三ヶ月ぶりに会った男は、成長期特有のスピードでさらに大人っぽくなったような気がした。顎のあたりの骨が特にがっしりとして、噛みつかれたらさぞや痛そうだと思う。 「夏休みの間、東京の塾の夏季講習受けることにしたから」 そう、十日ほど前に決定事項だけを電話で伝えられ、僕はうん、と応えた。打診でも相談でもない。僕に与えられたのは肯定だけで、拒否する権限は皆無だ。もとより断る理由もない。 男とは僕が高校を出てから八年、会っていなかった。 再会したのは今年の春。まだ実質二回しか会っていないけれど、男は確かに僕を、支配していた。 彼の高校最後の夏休みが始まる七月下旬の日曜。大きな荷物を持った男は昼過ぎに僕の部屋に現れた。 「一ヶ月、よろしく」 軽くおざなりな挨拶をして、荷物を下ろす間も無く男は僕の手を引いた。まだ、子供の華奢さを残しているけれど、節が太くて器用そうな指が僕の二の腕に絡みつく。 「何?」 「久しぶりに会ったから、確認しておこうかと思って」 男は嬉しそうに笑った。無邪気と言えるかもしれない。でもそれは、野生の動物が餌を前にした時に浮かべる邪気の無さだ。 「朝方、帰って来たばっかりなんだけど」 「あぁ、そう。ベッドまだあったかいね。匂いが残ってる」 その言い方が恥ずかしくて、僕は目の前の男から目をそらした。身長も、伸びたかもしれない。なにより八つ下のこの男は、僕の前では性的な所を隠そうとしない。むしろチラつかせて僕の反応を愉しんでいる。 「昼飯は?」 「俺はまず、アンタの全部を確認しなきゃ落ち着けないんだけど」 今夜は仕事は休みだ。それを知っていて誘っているのか。抗う気力もなく、僕は大人しく言う通りにした。 「服脱いで。早く」 十代の男の性急さで要求される。部屋着のティシャツとスラックス、下着を男の前でゆっくりと脱いだ。ストリップと言うほど色気のあるわけじゃないだろうが、自慰を見られているような羞恥に全身が震えた。 「後ろ向いて」 男の声も低くなる。言われて、ゆっくり振り返りながら、そういえば客を取ったのは何時以来だろうと考える。五月にこの男に会ってから、極力同性の客と外で会うことはしなくなった。そうでなくとも僕ぐらいの年齢の男は、十分あの世界では年寄りの部類だ。 「何が楽しいんだ?」 「楽しい。すげぇ興奮する。この三ヶ月、アンタとのアレ思いだして、一人でやってたよ」 「受験生」 のくせに、と続けることは出来なかった。 不意に背中から抱きつかれ、無防備な前へ腕を伸ばされる。 「ひぅっ」 悲鳴が喉の奥で鳴った。耳元を男の低い笑い声が掠める。器用な指が僕に絡まり、根元から絞るように動かされる。 「あっ」 「あったかい」 自分にだって同じものがついてるくせに、珍しい玩具を見つけた子供みたいに指をうごめかす。子供とは違うしたたかさを持つ指先は、くびれを擦り先端から滴りを待つ。 「んあ、うっ」 「ずっと、真面目に勉強してたよ。遊びって言うか、息抜きはコレ思いだして自分でするのだけ。我ながら一途だと、思うんだけど」 「ん、ふぅっ」 息が上がる。男のジーンズ越し、後ろから押し付けられた熱にズクズク下腹部が煮えた。恥ずかしい声を上げながら、立ったまま逐情を強要される。 男の掌に溢す。耳元を舐められ膝が笑った。壁に両手をついて背中の甘い束縛に震える。 「アンタは俺以外とこういうことしてた?」 「つっ」 粘液で濡れた指が極みに触れる。縁をなぞりぬるみを擦りつけられ、音を立てて弄られる。その性感を緩く撫でられるような緩慢な愛撫を甘受しながら、首を振る。必死で。 「嘘つき。アレから何人にさせたんだよ?」 「て、ない」 「あぁ、キッツイね。最近は突っ込ませてないの?」 「んっ」 指の先を、無遠慮にくわえさせられる。爪の固さに思わず竦んだ。 「大丈夫、痛いことは、しないから」 自分で開いて見せて、と。 男は欲情した声で、囁いた。
■■■
男は翌日から塾に通った。 夕方に出勤して明け方帰る僕とはすれ違いな生活だけれど、どうやら真面目に勉強しているらしい。早朝家に帰ると、決まって居間のテーブルに大学受験用の参考書が置いてあった。 シャワーを浴びてから男を起こす。狭いベッドに二人並んで眠るわけにもいかず、交代するのがいつの間にか決まり事になっていた。 まだ朝の五時。起き抜けに少しぼんやりしている男は可愛かった。昔を少し思い出し、懐かしい気分になった。けれど、 「口でして」 要求する声と酷薄そうに口の端で笑う顔はあの頃の面影の欠片も無い。寝起きで体温の上がった男の股間に唇と舌で奉仕することを強請られる。従順なふりで言われた通りにしながら、酷く惨めな気分になった。 まるでソレ専用の人形になった気分。 客と、それが女だろうが男だろうが、ホテルに行った所でそんな気分になったことはなかった。形の好みなだけの抱き人形代わりにされても、心は動いたことはない。 なのにこの男に、ただ気持ちイイだけの道具みたいに使われるのは、どうしようもなく虚しい。 迸りを喉で受けて、満足した男の出て行った後、ようやくベッドに入る。体温と匂いに包まれながら眠りに落ちた。
■■■
平日はそんなふうに、すれ違いばかりで顔を合わせる時間は少ない。 その代わりのように、日曜は昼から、 「うぅっ」 裸でベッドから出してもらえなくなる。 日曜は予備校は休みで、僕も勤めに出なくてもいい日だ。心置きなく一緒に居られると、言った男の顔は嬉しそうだったが、その目の奥の不穏な光に気がつかないほど鈍くもない。 ベッドの中で男は口数が多くなる。 大昔、また男が小学校に上がる前。狭い布団の中で眠りに落ちる一瞬まで、その日あった取り留めの無いことを僕に話すのが、この子の日課だった。寝ぼけながら一生懸命僕に語りかける可愛い面影は少しもないけれど、 「アイツとは、どういうふうにしてたの?」 決まって聞くのは昔のことだ。 また、同じ屋根の下に住んでいた頃の、僕の、背徳を。 「この間久しぶりにアルバム見たよ。俺、まだ小学生だったからあんまり感じなかったけど、昔のアンタってすげぇ可愛いよね。線が細いっていうか、女の子みたいでさ。アイツが手出したの、少し判るよ」 手首を後ろに縛られる。うつぶせに膝を立てられ、奥を晒される。遮光カーテンを引いているけれど、薄暗い部屋は十分明るくて、 「ココに、最初にアイツが突っ込んだのって何時? 高校入ったときは、もう食われてたよね。よく襖越しにアンタの声、聞こえてたよ」 熱い舌の感触に背筋を震わせる。 「汚、い」 から、止めろと言うと、喉でくぐもるような笑い声を上げる。 それが。 少し、あの人と似ている。 「ガキだったから、精通あったわけじゃないけどさ。なんか、イケナイこと聞いてるって自覚あって、すげぇ興奮した。怖くて見ること出来なかったけど、今だったら覗いてマス掻いてるかも」 ジェルの冷たい感触が、狭間に滴る。湿った音を立てて固い指が入れられる。緊張し、強張る僕の体を開く動作は、熱心だけれど計算するような冷静さがあった。 「初めての時、痛かった? アイツ大きそうだったもんね。あんまり俺は、憶えてないけど」 双丘を両手で掴まれ、開かれる。まだ解されていない極みに、熱を押し付けられた。 「あぅっ」 「俺の、コレって、アイツのに、似てる?」 グッと。 腰を入れられ無理に押し入られる。僕は悲鳴を上げた。細くて小さなものだったから、男を止めることは出来なかったけれど。 イヤだと泣いて懇願しても、おそらく止めてはくれなかっただろう。 先端の膨らみが、こじ開けた中に捻子入った。痛さと衝撃で僕はブルブルと震える。無造作に前に回された指が、捏ねるように僕をなぶった。 「力抜いて、ね。こういうのも、初めてみたいでイイけど、やっぱグジュグジュ柔らかく、吸いついてくんの好き。淫乱って感じするけど、すげぇ気持ちイイ」 耳元で囁かれる言葉に泣きたくなる。背中に伸し掛かってくる体重に、縛られた腕が痛くて辛い。僕に入った男の、が、ドクドク鼓動を刻んでとても。 「あっ」 気持ち、良くて。 中の、深い場所をグリグリ擦りつけられて、だらしなく前から溢れる。先端の赤い膨らんだ部分を指で弄られる。粘膜でヌルヌル、恥ずかしいくらい滑って、 「きもち、イイ?」 「あぁ」 「アイツより、イイ? すげぇ、隙間から暖かくなったジェル、ダラダラ垂れてるよ。まるで女の人みたい。内股に伝って」 「ひぅ。あ、あぁっ」 「口ン中、みたいに、俺の頬張ってる。可愛い。アイツにも、こういうふうに締めつけて飲み込んで、強請ってたの? ねぇ、何回、中で出させた?」 喘ぐだけの僕に、言って、と入り口の浅い場所をグルリと抉る。ひくつく下腹部を撫でられ、吐精を促され、 「ひぃっ」 そのまま、指で。 根元を、キツク抑えられる。 「あっ、あぁ」 「しゃべってくれなきゃこのまんま、だよ」 「や」 「言ってって。アイツに何回中出しされた? 気持ち良かった? どんな体位ですんのが好き、だった?」 「お、ぼえて、な」 「嘘つき」 ギリッと。 先端を、爪で抉られ、僕は悲鳴を上げた。 「あぁ、い、痛、痛い」 「言って、って」 痛い、止めてくれと僕は泣いて頼んだ。けれど僕に含ませ、弱い部分をすべて掴んでいる、男は残酷に支配して。 永遠のような、長い時間の後、 「て、乗って、した」 「乗っかったの? それって中学校のころ? そんなガキの頃から、いやらしかったんだね、アンタ。後は? 乗っかって、自分から腰振ったの?」 「違、う、から」 「下から、ズンズン突き上げられんのが好きなんだ」 朦朧とする頭で、僕は一生懸命、男の質問に答える。もうずっと大昔の、幼い頃の思い出を。 それを口にするたび、朧げな記憶が明確な形を成してゆく。息を殺して、部屋の隅で抱きあって繋がった、あの時の感覚が。 入ってくる、形、が。 あぁ、こんな、風に。 「あん、ん」 「それから? なぁ、あとはどんなのが、好きだったの? アンタと、アイツと」 「ふっ、う」 中に、ぴったりハマる。ジワジワ、何かが染みるみたいに滾って、溶けてしまいそうで。 「なぁ、応えて。アンタ、親父、と」 似て、る。形も熱さ大きさも。声も、舌の味も、この男は。 この男の、父親と。 「俺と、どっちが好き?」 男は。 僕に含ませた灼け杭をさらに、奥に突き上げて。 半分同じ遺伝子を持つ体液を、僕の中に吐きだした。
■■■
「俺、大学東京にするよ」 実家に帰るその日、男は僕にそう告げた。 「だから、春になったらここに一緒に住まわせてよ。他に寮とか下宿とか、金もったいないし、いいよね」 もはや決定した事柄を告げるように、男は笑う。 冗談じゃない、と僕は、言うべきだったかもしれない、けど。 「うん」 「良かった。今から楽しみだよ」 素直に頷いた僕に、男は嬉しそうに僕を抱きしめ、接吻られる。舌を絡める感触に、息苦しくなった。 「兄さん」 そう、弟は僕を、呼んだ。
|