「なに、おまえまだ帰ってなかったの?」 静まり返った教室に、低い声が響く。 俺の聞き慣れた声。 声の方に向くと、やはり、宮本の姿があった。 「返事くらいしろよ」 何秒か互いに静止して見つめ合ってしまって、宮本は笑ってそう言った。 奴が俺の傍に歩いてきて、隣に並ぶ。 「大学どこに行くか決めた?」 俺が掲示板に貼ってある大学のチラシを見ていたからだろうか。 俺は、おまえが行く大学に行きたい。 それは、思い切り偶然を装って。 おまえに変な風に思われたくない。 「アキ、俺をシカトしてるのか・・・?」 背の高い奴が俺の顔を覗き込む。 その切れ長の瞳が不安げに揺れている。 「そんなわけないか」 宮本の唇が妙に自信を持った言葉を発した。 「アキが、俺を無視するわけない」 その、自信が嫌いだ。 どっから湧いてくるんだ。 俺が、おまえに自信を与えるような行動をしているのだろうか。 いや、こいつは元々自信を持っていい存在だった。 顔もいいし、スタイルもいい。 だから女にももてるし。 かといってバカなプレイボーイかと思えば、勉強も優秀。 腹が立ってきた。 俺は奴の傍から離れて、自分の机に置いてあった鞄を持つとドアの方へ歩き出した。 「アキ?」 「・・・・」 返事なんか返すものか。 「帰るのか?」 わかってるくせに、わざわざ聞くな。 おまえなんかこれから一生無視してやる。 その、自信をものの見事にぶっ壊すからな。
廊下に出て、突き当たりの階段へ向かって早歩きする。 なんか歩いているうちにバカな事をしたような気がした。 俺、バカかも。 もうすぐ卒業して、奴との三年間の腐れ縁も切れるっていうのに。 ちょっとくらい一緒にいた方がよかったんじゃないのか? せめて、あいつが俺のことを好きで、今みたいになっても追いかけてきてくれるようだったら。 この高校生活も少しは充実してたのかもな。 「・・・」 なにを期待しているんだ俺は。 宮本が追って来るわけないだろ。 後ろを振り返る俺って、なんか情けないよな。 男が男に追われたいなんてさ、変だよなあ。
下駄箱につくと、遠目でもわかる奴の姿があった。 上履きを脱いで、下駄箱に入れると同時にローファーを手に取る。床に置いて、履く。 その一連の動作に見入っていると、目が合った。 「俺より先に行ったおまえがなんで遅いんだ?」 「ちょっと考え事してたら・・」 あ、俺こいつのこと無視するんだった、と思ったら微妙なところで言葉を切ってしまった。 「・・・・・・・・・・」 なんか、宮本、怒ってないか? 整った顔立ちのあいつが無表情になると、すごく怖い。 怖くて靴を取りに行けない。 「アキ、こっちに来いよ」 声はいつもと同じで、優しい感じだ。なんだ?怒ってないのか? 「帰るんだろ?靴履けよ」 俺は、そろそろと近づくと、なんとなく奴の視線が痛い中、靴を履いた。 「アキ、付き合ってくれないか?」 「・・・・」 帰りの電車の中で、ドアにもたれる奴が手摺側の俺にそう言ってきた。 「いいけど・・?」 「じゃあ、俺んち行こ」 通過列車の及ぼす揺れを感じながら、俺は頷いた。 あいつの家に行くのは慣れているが、今日はなんとなく行きたくない気分だった。 どうせ、あいつの野暮用に引き摺りまわされるだけだろう。 なのに、どうして俺は行くんだろう。 そんなこと、もうわかってるけど。
前を歩く宮本がコンビニに入る。 それを追って俺も入り、雑誌が置いてあるところで奴の買い物を待った。 「じゃ行くか」 「ああ」 ちらりと手に持つビニール袋を見るが、何を買ったのかわからない。 宮本はその目線に気付いたようだった。 「何買ったか知りたい?」 歩きながら奴が聞いてきた。 「まぁ、な」 気のなさそうな返事を返す。 その返事に奴は不敵な笑いを向けてきた。 「なんだよ・・」 「アキは童貞だからまだ使った事ないよ」 ん?・・ということは? 「コンドーム」 それを聞いて顔が非常に熱くなった。くそ、奴には見られたくないのに。 「初々しいなぁ、アキは。持ってないの?」 「ばかやろう!持ってるわけ、・・・」 奴は笑いをかみ殺している。 むかつく・・・・。
宮本はマンションで一人暮らしをしている。 実家はすぐ近くにあるが、親に了承を得て、家を出たらしい。 これは前にちらと奴に聞いたのだが、詳しくは教えてくれなかった。 つまり、奴は俺には心を許していないんだ。 俺はただの、友達。 それはふつうな事だけど。 「おまえさ、ずーっと黙ってるけど、それってずーっと考え事してるの?」 「え・・?」 エレベーターは8階を目指し、重い音を唸らしている。 中には二人だけだ。 「そういうわけじゃない、けど」 「ならいいけどな。話し掛けられたくない時だってあるだろうから、俺も黙ってたんだけどね」 そう言いながら壁にもたれると真横の俺の肩を抱いてきた。 わ。なんか顔が熱い。 「これからはじゃんじゃん話し掛けるからね」 奴の顔が近い。 「ちょっと、重い・・」 こいつに俺が照れてるって思われてたまるか。 「着いた。行くよ」 「おい・・」 エレベーターの扉が開くと、奴は俺の意思を無視して、肩を抱いたまま歩き出した。 こういうのって、人に見られたらどういう反応をもらうんだ? その、まずいんじゃないか? いくら友達同士だからって・・・ ああ、俺自滅してる。 「なんか飲むだろ?」 「なにがある?」 「ミネラルウォーター、チューハイ、ビール、ワイン、そんなもん」 水以外酒じゃん・・・ 「水でいいよ・・」 「酒はだめなんだっけ?」 飲んだことすらないよ。 「別に、飲む気がしないだけだよ・・」 「飲んだことないくせして」 奴はくっくっくと笑う。 本当にむかつく奴だ。 ミネラルウォーターのボトルとコップにチューハイを手に、奴はリビングに戻ってきた。 それらをロウテーブルに置くと、ソファにくつろぐ俺の横に身を沈めた。 その瞬間いい匂いがした。 コロンをつけてるのかな。 すごい、いい匂いだな。 この距離だと微かにしかわからない。 もっと近づけばわかるのだが。 ・・・ばか、何考えてるんだ俺は。 「酒に酔ったところを襲おうと思ってたんだけどな・・・」 ・・・なんの話? 「なっ・・なにするんだよ!」 突然、宮本が立ったと思ったら、俺を片手で脇抱きしてきた。 そのまま移動を始めて、俺が暴れても無駄と言わんばかりに離さない。 「アキ、暴れないで」 その言葉は有無を言わさぬものがあった。 しかし、なぜに寝室なんだ。 しかも、優しくベッドに下ろされる。 俺は勢いよく起き上がるが。 「噛むなよ、アキ」 顎を引っ張られて、唇を奪われた。 ちょっと・・・、待って・・・。 一体何が起きてる?? 「・・んっ」 奴の舌が口の中の粘膜を愛撫してく。 俺は体が金縛りにでもあったみたいに硬直して、それなのに、初めてのキスが気持ちいいのを知った。 あいつの舌が俺の舌に絡んで、ブレザーが脱がされて、ベッドの脇に落ちる音がした。 粘液が混じる音が俺の耳にまとわりついてる。 息が、できない・・・っ 「や、め・・・っくるし・・・!」 両手で宮本の体を力いっぱい押しのけようとすると、その手をとられて、ベッドに押し倒された。 「なにするんだよ、なにを・・」 襲う、と言っていた。 そして、激しいキスと、ベッドに押し倒されて、ワイシャツのボタンを外してくる。 これは、なにをしようとしているのかと考えるまでもなく・・・ けど・・・こういうことは、男相手に通用するのか? 俺は、やつにどう思われているんだ・・・・・?! 「アキ、こんなこと誰にもされた事ないだろうな・・?」 と言いつつ、全開にされたワイシャツからのぞく素肌をひんやりとした手の平で撫で上げられた。 「やめろ・・変な事するなっ・・・あっ!」 胸の突起を舐められたら変な声が出てしまった・・・恥ずかしいっ・・・ 「いい声」 「っ・・・ばかやろ・・!」 「と、俺も脱がなきゃね」 胸がどきりとした。 細長い指でネクタイをするりと抜くと、ベッド脇に落とす。 その動作だけでも、俺の心臓は破裂しそうなくらい高鳴っていた。 ワイシャツのボタンを片手で器用に外していく。 徐々に見えてくるやつの胸板。 衣擦れの音がして、思わず俺は目をつぶった。 「アキ・・、俺の体に興奮してるだろ」 「しっ、してないっ!」 「目、閉じてる間に全部終わっちゃうかもよ?」 全部終わる?? ・・・・うわ、やばい・・俺、やばい・・ 宮本の体、すごいきれい。 目が離せない。 宮本・・・ 「目が濡れてる。欲情してるんだ・・」 アキの頬が、かあっと赤くなる。 「かわいい、アキ」 上に乗っかられたままきつく抱きしめられた。 「好きだよ」 耳に奴の唇があたっている。 甘い声がしっとりとした感触とともに伝わってきた。 でも・・頭がぼんやりして、反応ができない。 俺も・・・・ 「アキは?」 俺・・・ 「アキ・・」 俺もおまえのこと好きだ。 そう思うと同時にやつの背に手をまわしていた。 ぴったりと合わさる肌と肌が、お互いに吸い付いたようだった。 「もう、止められないからな」 俺は小さな声でうんと言った。
|