僕は気付いていたんだ もう、随分前から…あなたがあの人だと。
「え…これって…」 困惑した表情を隠すことなく、彼・大沢斎は僕を見下ろした。
驚くのは当然だろう。 今やバレンタインデーは、女性から男性だけにではなく、愛する人にチョコを通して気持ちを伝える日だと言われている。
しかし、大半の人は逆パターンはあったとしても、同性からもらうという発想にはならないはずだ。 だから、大沢が僕からチョコを貰って驚愕するのも当たり前の事なのだ。
彼は気付いていない。無意識下で『同じ年に生まれた』『同じクラスになった』『単なるクラスメイト』だという認識しかないのだから。
でも、僕は違う。 気付いてしまった。 彼は『彼』だという事に。
そして、僕は耐えられなかった。それだけなのだ。
大沢は10人が10人、口を揃えて『カッコイイ』と言う程容姿が整っている。身長も180cmは越すだろう。弓道で鍛えた体躯には、男でも見惚れる程のセックス・アピールがある。しかし大沢の魅力は外見だけに留まらない。
人当たりの良い性格と、生徒会長を実直に務める生来の真面目さ。県内でトップ3に入るという知能をひけらかす事もしない謙虚な性質に、誰からも憧れの眼差しを注がれている。
そんな彼がモテないはずがない。
1年の頃、一目見て気付いた。
“ミツケタ”と思った。
でも、彼は男で 僕も男で。
前とは違う。 この気持ちを受け入れてもらえるはずがないのだ。 諦めにも似た気持ちで、この3年近く遠くから見詰めているしか出来なかった。
でも、もうすぐ会う事もなくなる。 最後のチャンスかもしれないのだ。
僕は数日前、女性達で賑わうチョコレート専門店に足を運んだ。 好奇の目に晒されながらも、彼を想って耐えた。
そして、今彼は目の前にいる。
「あの、これは…」 「ずっと、大沢が好きだったんだ」 彼の言葉を遮り、一気に思いを唇に乗せる。
「俺、男…なんだけど…」 「うん。解ってる。でも、」
“それでも好きなんだ”
僕自身、そうとう煮詰まっていたようだ。 否定されるだろう。 罵倒されるかもしれない。 それでも、この気持ちを伝えないまま、後で後悔するなら―――僕は罵られても気持ちを伝えたい。 そう思ったのだ。
「俺…実は女の子と付き合った事ないんだ」 「え…?」 急な話の方向転換に、間抜けな声を出してしまった。
「結構、告白されるんだけど。あ、嫌味な奴って思うかもしれないけど、自慢とかじゃないんだ」
そんな人間だなんて思っていない。 『解ってるから』という意味を込めて、ブンブンと首を縦に振る。 ホっとしたような表情で、大沢は言葉を続けた。
「すごい可愛い子とかも居たんだ。正直、俺も男だから、これで脱・童貞とか思っちゃったりして」 ズキっと心に鈍い痛みが走る。 何を言いたいんだろう?もう、他の女の子からの気持ちに応えたから、諦めろって言いたいのかな。
「でもさ、どんなに可愛い子から告白されても、…なんでだか、心が動かなくて…。俺自身、ホモだとか思った事ってないんだけど、野々村の告白に…心を動かされたっていうのは、そういう事なのかな、とか」
「…嘘…」 嘘って言われてもなぁ…、と苦笑しながら、大沢は首の後ろを掻く。
『彼』と同じ癖… そう思ったら、ぶわっと感情が溢れ出して、それは現実に涙という形となって表に流れ出した。 「わっ!おいっ。なんで泣く?!」 「ご、め…っ。うれ、嬉しくて…っ」 僕が泣き出したので、慌てて傍に寄ってきた大沢は、一瞬躊躇した後、僕の背中を宥めるようにポンポンと叩いた。
「なんだか、野々村に泣かれると痛い、な」 「……痛い?」 「心臓がギュって縮まるみたいに痛くて、切なくなる」
同じ言葉。 やはり、『彼』は同じ事を僕に言った。
『万理…泣くな…おまえの涙を見ると、切なくなる』 『若君様…万理は…万理は……死にとうございます…』 『馬鹿な事を言うものではないっ!もうすぐだ…もうすぐ、あの家から出してやる』 『無理でございます…。養父は、私を花街に売ると…どんな事をしてでも連れていく、と』 『大丈夫だ。俺が助け出してやる。俺を信じろ!』 『でも、若君様のお母上様が…』 『母君の事は何とかする。だから、万理は俺だけを信じて待っていてくれ』 そう言って、若君様は、私の事をギュっと抱き締めた。 しかし約束が果たされることはなかった。
若君様の動向を探っていた家の者に密通され、予定よりも1日早く万理は花街へと売られてしまったから。
万理は花街で男達に強姦紛いに抱かれた後、人の目を盗み川に身を投げた。 それが、僕の思い出した前世の結末だった。
前世の記憶の中の万理の心残りは、『彼』があの後どうなったのか。幸福な一生を全うしたのか、それを知らぬまま逝ってしまった事。 多分、だからこそ、僕は前世の記憶を思い出したのだろう。
そうして僕達は再び同じ世に巡り遭った。
「野々村…抱き締めてみてもいいか?」 「え…」 「野々村を抱き締めたら、この感情が解るような気がするんだ」 本当に…? 信じられないような気持ちだったけど、もしかしたら『やっぱり恋愛感情じゃない』って言われてしまうかもしれない。最後かもしれない。 だったら…
「抱き締めて…」
抱き締めて欲しい。 僕が言うと、大沢は恐る恐る僕を自分の腕の中に囲う。 ギュ。 強く抱き締められた瞬間、涙が出そうだった。 「…そうか…」 その後に続く言葉を予想し、身を固くする僕に、大沢はまた宥めるように背中を撫でる。 「懐かしい、のか。」
なつかしい…?
「おかしいかな。なんだか昔に同じような事があったような…そんな懐かしさを、こうすると感じるんだ」 そう言って、また僕を抱き締める。
ああ、 彼もまた、僕を求めていてくれたんだ。 記憶として残っていなくても、心が僕の、万理の魂を欲してくれている。
「僕も、そう思った…」 「本当に?笑わないんだ?」 「笑うわけない。僕だって、大沢を一目見て、そう思ったんだ」 大沢は、心底驚いたような顔をして言った。
「そんなに、前から…?」 「うん。入学してすぐ…」 「3年近くも…すごいな…。俺がこんな事いうと変かもしれないけど、辛くなかったか?」 「……長くないよ…」
こうやって、貴方の胸の中で抱き締められたい、それだけを望んでいたのだから。 ずっと、ずぅっと、貴方だけを欲していた。 何度も何度も繰り返し貴方の魂を探していた僕にとって、『3年』なんてたかが知れてるでしょ?
そう言ったら、大沢はどんな顔をするのかな。
抱き締め返した僕の手の中には、真っ赤にラッピングされたチョコ。 やっと、心を通わせた僕達の愛の証。
END
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