「お前、そっちあぶねぇだろ。ちゃんと歩道に入れよ」
「ぇー?だってここ狭ぇじゃん・・・何でこんなんあんだよー」
がんっとガードレールを蹴って。
それを飛び越えて歩道に入る。
「しょーがねーだろ?そこからこっちはは安全地帯なんだよ。」
安全地帯と、危険地帯の境目。だな
そう言って、お前は笑う。
ガードレール
「なあ、お前って就職決まったか?」
前を歩く圭次を見ながら俺は喋りかける。
「んー?まあ面接は受けた。合格の知らせ、明日なんだよ。」
「へぇー・・・。」
そうか、圭次、就職しちゃうのか。
ちょっと寂しいって気持ちと、羨ましいって気持ちが半々。いや、寂しいの方が上かも。
「お前は、進学だっけ?」
前を向いたまま、自然な口調で圭次が俺に言う。
何の感情もないようなその声に、苦笑混じりに道路を見ながら答える。
「うん。簡単に入れる場所めっけたから」
「そうかー・・・中学校からの腐れ縁も、ここまでか?」
「そうだな、清々すっだろ」
中学校1年から、高校3年まで、俺たちは一緒のクラスで。
自然と仲良くなって、自然と二人だけで行動することが多くなって。
お前は、俺の事よく「親友」って言うよな。
俺も、お前に「親友」って返すよな。
でも、お互いに本当はそんな事思ってない・・・ってのは、わかりきってた事だったけど。
「・・・寂しいな、結構」
涼しい空気も、車の走る音も、全てが消え去って。
寂しいっていうお前の言葉に、涙が滲みそうになる。
「ば・・・か、まだまだ卒業まで結構あるだろ?」
声が震えていたのは、気付かれなかっただろうか。
そうだったらいいな、って祈ってた。
「そうだけど・・・寂しいなって。何か、俺らっていつも一緒だったから・・・」
俺と同じように、圭次も道路の方を見る。
少し見える頬は、夕焼けのせいか赤く見えた。
「・・・離れるの実感わかないよな」
「何言ってんだよ、いつでも会えるだろ!?」
にっと笑って、相手に追いつくと肩をぽんっと叩いた。
なるべく明るい声をあげて、そのまま肩を抱く。
驚いたように圭次は笑って、俺の肩を抱き返した。
歩道は狭くて、斜めに歩くみたいな形だったけど
すっげぇ、何か楽しかった。何か嬉しかった。
「なあ・・・イチ・・・俺さ、」
肩を握る手が、ぎゅっと強くなったのを感じる。
真摯な声に、どくっと心臓が撥ねた。
「お前の事・・・」
俺たちは、今まるでガードレールの上に立ってるみたい・・・なんて思った。
ガードレールからこっちは、安全地帯。
でも、一つ間違えれば向こうは危険地帯になってしまう。
俺は、どちらを選ぶんだろう。
お前は、どちらを選ぶ?
「お前の・・・事・・・」
圭次の顔が赤い。
あまりにも真面目な、真っ赤な顔で「何か」を伝えてこようとする圭次に
こんな時にもかかわらず、俺はプッと吹き出してしまった。
「な、何笑ってんだよ!」
「だ・・・だって!お前・・・ッ!すっげー真面目な顔してッ!ははっ!」
肩をバンバンと叩きながら笑った。
俺の心臓の音が聞こえないくらいに、大きな声で。
すっげー、ドキドキしてんだけど
すっげー、嬉しいんだけど・・・。
ごめん、俺はお前を危険地帯なんかに連れてけねー。
真面目で、いっつも真っ直ぐなお前を
皆から認められる事のない場所になんて連れていけない。
「・・・もういい!イチなんか知らねぇ!!」
ばっと肩を掴む手が離れたかと思うと、すっと離れていく体。
あ、と思ったらもう圭次はかなり前の方を歩いてて
掴まれた肩をぎゅっと握り、目を細めた。
お前の事、連れて行く事なんて、出来ないから・・・
これで、いいんだって自分を説得する。
説得する、つもりだった、ってのが正しいのかな・・・
目の前を歩く彼奴
どんどん離れていく彼奴
嫌だ
離れるな。
ごめんな。俺、お前の事好きだよ。
だから、
だから、ごめんな
「悪かったって!待てよ圭次ッ!」
なるべく「冗談だよ」って顔を向けて
彼奴を追い掛ける。
でも、俺より遙かに背の高い圭次は、勿論歩幅も大きくて
どうしても追いつけなくて
「俺も、好きだよッ!」
その場に立ち止まって、大きな声で叫んだ。
ごめん、我慢出来なくて。
昔から通知票には「忍耐力がない」って書かれてたな、そういえば俺。
驚いて、圭次がその場に留まって俺を振り向く。
きっと俺の顔は真っ赤だっただろう。
くそ、と口元を覆う。
圭次の顔なんて、見れるはずもなくて
「・・・・・・・イチ・・・・・」
声がしたかと思うと、こっちに向かって走ってくる足音。
あぁ、恥ずかしい!
「イチっ!!」
嬉しそうな声を出して、抱きついてくる圭次。
ったく、ここ人前だって事忘れてるだろッ!
「離せよ!」
「嫌だ・・・」
ぎゅうぎゅうと抱きつけられ、息が詰まった。
「いいのかよ・・・もう、お前戻れねーぞ?」
安全地帯には、もう戻れない、戻さない。
「・・・うん、お前も、戻れねーぞ?」
そんなん分かってるよ。
しょーがねーじゃん、俺お前の事好きなんだから
「・・・離れたりしたら、許さねーからな!」
「わかってる。愛してるよイチ」
「・・・き、キショっ!!」
がっと相手を引きはがして、俺はガードレールを飛び越えた。
背後から車が来てて、慌ててハンドル切って避けていった。
そのまま、お前に捕まらないように走るつもりだったんだけど
「何がキショいんだよ!」
そう叫んで圭次がガードレールを超えてきたのには、流石にビックリした。
「悪ぃけど、二度と離さねーから、お前がこっち歩くなら、俺もこっち歩く。」
アホか、男二人が道路歩いてたら迷惑極まりねーだろうが!
・・・でも、嬉しいと思う気持ちも隠せるはずもなく
「・・・!」
ぎゅっと圭次の手を握って、ゆっくりと歩き出した。
驚いた声を上げた圭次が、きゅっと俺の手を握り替えしてきて
緩む頬を押さえながら、暮れる夕日に向かって歩く。
走る車は俺たちを迷惑そうに追い越していって
そんな事ですら笑えてきて、楽しくて
危険地帯も、なかなかいいもんだって思った。
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