顔良しスタイル良し、けれど仕事ぶりは人並みで…あまり目立つ事のなかった綾瀬が、ある時坂崎常務から呼び出しを食らった。 「お呼びでしょうか、常務」 オールバックに髪を上げ、最近のプロジェクトが忙しいのだろう。 坂崎は少し乱れた髪とネクタイを直し、そして綾瀬に席につくよう進めた。 「…あの、どういったご用件で…?」 下手なミスはこのところしていないはずだが…? 恐持てでも有名な坂崎に呼び出された事で、綾瀬の背筋に緊張が走る。 その様子に気づいたのか、坂崎は普段見せないようなやわらかな笑みをうかべ、『そんなに緊張しなくて良い』と促す。 少し待っていてくれ、と言われてから早二十分…… 「すまないな、待たせてしまって」 「いえ」 やっとデスクを離れた坂崎が綾瀬の目の前に腰掛ける。 「実は折り入って話があるんだ」 「はい、なんでしょう?」 「今わが社の社運を賭けたプロジェクトがあるのを知っているね?」 「あ、はい。SPチームを編成している途中だとか…それが何か?」 「その編成チームに、綾瀬くん。君にも参加してもらおうと思ってね」 一瞬、わが耳を疑った。 「え?」 今彼はなんと言った? 出世頭ってワケでもない自分にSPチームに参加しろって!? んなバカな!? 「ご、ご冗談……」 「冗談でこんなこと言えるほど暇じゃない」 ビシッと言われてしまった綾瀬。 また背筋に緊張が戻る。 「君の業績を見たところ、大きな成果こそ上げていないが如何せん客の評判が良い」 「…はぁ…」 「KSマネージメント社の接待では必要経費の半分以下でしかもあちらさんに十分に満足してもらっている。この時君はどうやったんだね?」 KSマネージメント…輸出入に必要な物資や人材の派遣会社で、そこの社長はえらい切れ者だということで、業界でも徐々に注目を集め始めている有限会社だ。 「KSの代表さんは、それこそいかにも金のかかった接待を嫌う人なんです。そんなわけで、俺の行き付けの焼き鳥屋に連れて行ったんですが…そしたらえらくそこの焼き鳥がお気に召したようでして、それ以来うちと取引してくれるようになったんです。俺の力って言うよりも焼き鳥屋のおっさんの腕だと………」 「相手の性格を考えた上で、接待してると言う事か。そしてよく調べを付けてあるな。よし、では君にはこのプロジェクトの営業担当になってもらう」 は?? またまた何ですと!? 「え…?」 「聞こえなかったか?プロジェクトの営業入りだと言っているんだ」 「えぇええええっ!?で、でで、でも、俺じゃ役不足だし、それに失敗したらどーすんですかっ!?俺まだ入社して三年ですよ!?」 「誰が一人だと言った。私と組んでの営業だ。失敗などするはずがない、そしていちいち驚くな」 「~~~~~っ…ι」 言いかえそうにも坂崎の視線が痛い…ι これは逃げ場もなにもないじゃないかっ! それに俺よりも営業(接待)が上手い奴なんて他にもいくらでもいるじゃないか! 何で俺なんだ!? 困惑している綾瀬に坂崎は一言付け足す。 「…自分の力を試すチャンスだと思えばいい」 「…!」 チャンス… 言われてみれば『社運を賭けた大プロジェクト』のメンバーに選ばれたのだ。 コレ以上のチャンスはそうあるまい。 男としてはここで自分の力量を試すには実にいい機会だと思う。 確かに失敗を恐れる気持ちは大きい。 けれど…… 「…わかりました、喜んでお受けします」 「それでよし」
こうして…新しい人生の幕が上がったのである。 そう、色々な意味で……
プロジェクトチームの一員として新たに配属されて…既にひと月が経った。 「どうだ、もう慣れたか?」 坂崎がPCの前でうたた寝していた綾瀬にコーヒーを差し出す。 「…ん…ぁ……坂崎…常務、すみません」 コーヒーを受け取り、ひとくち口に含むと、綾瀬はまたPCにむかった。 「君を選んだ事は正解だった…とは思うが、如何せん働き過ぎだろう。他の連中の倍近く寝ていないのでは?」 「…いえ、寝てますよ?もともと睡眠時間少ないだけで…」 「そんな嘘を相棒につくのでは…さすがにこっちも遣る瀬無いな、もう少し頼ってほしいのだが…」 坂崎の視線は優しい。 本当に心配してくれているのがわかる。 だからこそ、この上司の期待に応えなければと思う。
深夜… 社員の殆どが帰宅して、部署内には坂崎と綾瀬しか残っていなかった。 時折警備員が巡回に来て確認をとる。 「…腹減ったな~…何か買ってくるかな」 区切られたフロアで仕事をしている坂崎に声をかけた。 「常務、腹空いてませんか?俺今から買い出しに行ってきますけど」 「ん?あ、ああ…それじゃあコーヒーとカップ麺、それとシュークリームかなんか…あったら買ってきてくれ」 シュークリーム… この上司にそんな可愛い面があっただなんて… 「わかりました」 会社を出てからちょっと失礼だけど吹き出してしまった。 「おもしろいモン見た♪」 コンビニよって色々買い込んで、両手荷物でフロアまで帰ると、坂崎の姿が見えない。 「便所かな?」 荷物を置いて、しばらく待ってみたが、一向に姿を現さない。 「…おかしいな」 気になったので辺りを探してみると、別室のソファーで浅い眠りについている坂崎を発見した。 「…寝かせとくかな…」 給湯室の一角に用意されたロッカーから毛布を出して、坂崎にかけてやる。 「お疲れさまです」 浅く寝息をたてる坂崎の寝顔をを見つめ、近くのデスクに頼まれたものを置いて、綾瀬はまた仕事を始めた。
朝、日曜日なので休日出勤者以外誰も会社にはいない。 「…ん」 目覚めた坂崎がふとデスクに目をやると、メモと一緒に頼んだものが置いてあった。 「…あいつ」 あれから仕事をしてそのうえでまた出かけていったと見える。 「私以上だな」 坂崎は苦笑して、買ってきてもらったもので朝食をとった。
そのころ、綾瀬は… 「うへぇ~今日も1日お疲れさんv俺~」 自宅のベッドになだれ込んで、スプリングが大きく撓る。 帰宅後そのまま寝てしまおうかとも思ったが、なにせ脂臭いのが鼻について眠れやしない。 「あ~~~~…眠いけど…安眠のためにはかえらんな~い」 よろよろと起き上がって風呂がヘ直行、そしてものの十五分足らずで上がってきて、それからまたベッドになだれ込み、深く眠った。
翌日の出勤。 「う~ん…生活サイクルが乱れてマス…眠いです…」 ぼーっとしながら時々あくびをして、通勤ラッシュ時にひと同士に支えられながら寝て…(図太い) ようやく会社に到着。 「よう」 出社早々坂崎に御対面。 「あ、おはようございます。坂崎常務」 「昨日…いや、今朝は済まなかったな」 「いえ、そんな事ないですよ。あれから帰ってゆっくり寝たし、常務ももう少し自分をいたわった方がいいですよ」 「君に言われたくないな」 「あ、確かに」 二人は年がいもなく噴き出して、廊下でまるで子供のように笑った。 「ところで、今夜あいてるか?」 「何です?デートのお誘いですかね?」 「はは、まぁそんなところかな。今朝の礼ということで、一杯驕らせてくれ」 「へ~ぇ?常務のおごりで??それなら断るわけにも行かないし、それにちょっと優越感~」 「なぜだ?」 「知らなかったですか?常務って結構人気あるんですよ?で、今まで誰とも飲みに行った事ないでしょう。そんなわけだから『ちょっと優越感』」 つまりは自分が常務と初で飲みに行く奴だ~ってこと。 「それだけで優越感?まるで小さな子供のようだな」 「あははは、かも知れませんね~」 無邪気に笑う綾瀬。 そんな彼を見て、坂崎は少し、苦笑した。 綾瀬にそれを悟られる事はなかったが、それでも… 「では今日の八時過ぎでいいかな?」 「勿論♪タダ酒呑めるのにすっぽかしはしないですよ~♪」 「現金な奴め」
プロジェクトの進行具合も上々。 自分の力を試す機会だと喜び勇んでいる綾瀬だが、この先… 自分の身に何が起こるかなんて…このときはまったく予想もしていなかった。
その名も名高い高級ホテルの地下バーで、綾瀬は坂崎と二人で呑んでいた。 「う~~~~…美味いっ…vvv」 「それはよかった」 「常務はいつもここで?」 「たまにな」 こんな所で例え『たまに』でも呑んでる事がすごいと、薄給職員の綾瀬は感動する。 しかもボトルキープしてるし(爆) 自分じゃ考えられない。 「名前は知ってるけど、飲むの初めてなんですよ~vvクリュグって」 「そうか、ではつれてきた甲斐はあったという訳だな」 上品に手元の杯を空ける坂崎が、またなんとも色っぽくて……ついつい見惚れてしまった。 「綾瀬?」 「Σへ?あ、はい。何でしょう??」 「さっきから呆けているが…もう酔ったのか?」 『そんなことないです』と否定するべきか…言葉を濁すべきか…答えて何か突っ込まれたら嫌だしなι 『なんで呆けていたんだ?』とかさ…ι 「普段呑まない酒ですから、ちょっと感動に浸ってみたりして~♪」 当り障りのない台詞を選んだ。 よし!俺ってばナイスッ!!(←阿呆) 「…気に入ったのであればまた連れてきてやるぞ」 「!!マジっすか!?」 あ…ここは本音(爆) 自分の反応がよほどおかしかったのか…坂崎は口元を押さえて噴出す。 まぁ…否定はしませんよ? 子供っぽい風に作ったから… 即席の思い付きじゃそうなっちまうって…ι でもそんなこと言えないし。(遠い目)
「どーも今日はご馳走様でした!」 「まったくだ、まさかあれほど呑むとはな…」 一本五万のクリュグ二本他結構高い酒ニ、三本…… トータルしても十数万強… しかしそれに何ら慌てる事もせず、伝家の宝刀(笑) ゴールドカードで一括払いだし。 「……驕りってなるとど~も箍が外れちゃって…ι以後気を付けマス…ι」 頭を下げると、上から彼の含み笑いが聞こえて、え?と思って頭を上げようとすると子供にするそれ同様に、頭を数回ぐしゃぐしゃと撫でられた。 「じょ、常務!?」 「今度からは普通の居酒屋にするとしよう、でないと毎回あれではいくらなんでもこっちの懐が保たんからな」 「……済みません…ι」 「ところで終電大丈夫か?」 「へ…?Σあ。やべっ!!」 時計を見るともう十一時四十五分… ここから最寄の駅まで走っても三十分……ι だめだ。 絶対間に合わん…ι 「だ、大丈夫です。会社泊まりますんで」 「近くに私のマンションがある。明日の打ち合わせもしたいし、ついでに泊まっていけ」 「えvいいんですか!?やったー♪Σはっ…!ま、まさか常務…俺を襲うつもりじゃ…」 「ボケたわけ」 冗談ぬかした瞬間に後頭部叩かれて「あでっ」と前のめりになる。 歳は5~6歳ぐらいしか離れてないけど…なんだか親父とか、近く言えば兄貴のような…そんな気がした。
「Σうっわ…なにこの高級マンション!!!」 「騒ぐな、近所迷惑だろう」 見るからに家賃高そうな高級マンション。 「最上階はぶち抜きで二部屋しかなくてな、できて間もない物件だし…最上階は今のところ私だけだからなかなかどうして…隣近所を気にしなくて過ごしやすい」 「はへ~……ι」 もうこの人のことが何なのかわからなくなってきたι ゴールドカードで一括払いするわ、こんなところに住んでるわ…… 「…常務って…実は働かなくてもいいぐらい超大金持ちだったり?」 「…まぁそんなところだな。言っても、遺産が入ってきただけの話だ。気にするな」 気にするなって言われても…やっぱ気になっちゃうんですけど…
それから部屋に入ってもやはり感動の連続で… 俺はいちいち感動するなっ!と、ついには怒られてしまった。 意識を仕事モードの戻して常務と昼の会議の打ち合わせをして、俺は心地よいソファーで眠りについた。 「……人の気も知らないで…よく眠れるものだ」 眠る綾瀬の髪に触れた後、坂崎はまるで衝動を抑えるかのようにベッドへ入った。
ベッドに入ったものの… こんな美味しいシュチュエーションを逃すのは実にもったいない(笑)、そう思った坂崎は再び綾瀬のそばへ寄る。
どことなくあどけない表情の綾瀬に、抑え込んでいた火がまた燻り始める。 眠る綾瀬に髪にキスして、爆睡しているから気づかれないだろうと、坂崎はついでに首筋に口づけをする。 「……ん…」 「!」 一瞬、綾瀬が身じろぎしたので即座に離れたが、彼の反応があまりにも可愛かった。 「……っ…襲うぞこら」 気持ちよさ気にソファーで眠る綾瀬。 「……ロマンチストではないが…このまま時が止まればいいと、思うときがあるよ……雅人」 綾瀬の名前。 こんなときだから…ちょっとぐらいいいよな? そう思いながらベッドに戻ろうとしたとき。 「……やっ…やめ、こない、で…」 「?」 シャツの裾をしっかりと握られているので動けない。 「…寝言?……悪い夢でも見てるのか…」 「…っ……ふっ…ぁ…」 「…!!」 眠っている。 眠っているけれど、眉間に深く皺が刻まれ、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。 「……綾瀬…?」 何に怯えている? すると信じられない言葉が部屋に響いた。 「……んで……っくに…セッ…クス……する、の…?」 「!!?」 『何で僕にセックスするの…?』 鼓動が早くなる。 目の前で呟かれる内容… 誰かに犯された? 動揺の色を隠せないながらも、坂崎は冷静に分析する。 僕、と言っている時点で『今』の彼ではない。 もっと昔の、あえて断定するなら小学校か中学のとき? 言い方からして目上の人物…… しかし分析もそこまでだった。 「!……っぁ…!!おと…さ…っ…!!!」 「…父親…!?」 坂崎のショックは大きい。 幼い頃に、彼は実の父親に強姦されていたのだ。 「…なんだと…?」 眉間の皺が深まる。 綾瀬が憎いのではない。 彼にそんな仕打ちをした父親が許せないのだ。 「…うっ…ひっく…や、だぁ…」 泣きじゃくる彼の頬を優しく撫で、坂崎はその低くそれでいてひどく穏やかな…優しい声で囁く。 「…雅人、大丈夫だ。私がついている…だからもう泣くな…雅人…」 そうすると、綾瀬は誰かと間違えたのだろう、もしくは寝ぼけているのか… 坂崎に抱きついてきた。 「!?あ、あや、せ??」 起きたのか? 「……お、に……ちゃ…」 「………兄?」 恐らく、実父に犯された後、兄が彼を慰めていたんだろう。 もしくは行為の最中に押し入ってやめさせたか、だ。 しかし坂崎は複雑だった。 今慰めたのは兄じゃなくて自分だから… それに気づいて欲しかった。 すると、抱きついていた綾瀬の腕が緩まる。 「…綾瀬?」 「え、あ…???じょ、常務????い、今俺…」 「目が覚めたか?」 「ご、ごごごごめんなさいっ!!!寝ぼけちゃったみたいで……」 「構わない、それより魘されていたが大丈夫か?」 「へ?Σあ、うわっ寝汗すごっ」 自分を見るなり綾瀬は驚いた。 カッターシャツが透けて肌が見えるぐらい、寝汗でぐっしょりと濡れていたのだから。 そして彼ははたと、坂崎に目をやる。 「……俺…寝言で、何か言ってました……?」 本当ならここで『いや?』とか言ってやるのが優しさんだろうが…坂崎には隠すことが優しさだなんて思えなかったのだ。 「……ひどく、夢に魘されていたよ……そして、多分、昔のことなんだろうな…父親と兄のことを口走っていた」 「!!!」 綾瀬のショックは大きい。 しかし、すぐに坂崎はフォローを入れる。 それは気休めの慰めにしかならないけれど、それでも…少しでも気が晴れるならと… 「……辛かったようだな?綾瀬……私でよければ相談にのる。だから…そんな風に泣かないでくれ…」 大粒の涙が零れ落ちる。 「…っふ…!」 口元を抑え、声を殺して泣く綾瀬が…また一段といとおしくて… 「!?じょ…」 「大丈夫だ、だから泣くな…私がついてる」 そっと頭を抱え、まるで小さな子供にするそれのように優しく頭を撫でる。 それがなんとも嬉しくて…悲しくて… 綾瀬はまた泣き出してしまった。 大の大人がみっともない。 そう思われてもいい… 今は…この腕に縋っていたいから…
つづく
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