そいつを始めて教室で見かけたとき、俺は一瞬自分の胸が高鳴ることに驚いた。 広い大教室。 新入生でざわめく教室の隅で、真新しい教科書をぱらぱらと捲りながら一人でパックのジュースを飲んでいる。 光に透けて茶色く見える髪。 白い肌。 細い首や肩に手足。 気だるそうに教科書を眺める双眸はどこか柔和で、女性的ではない『可愛い』という表現の似合うような、男だった。 俺はなじみの友人何人かと固まって、サークルをどこにするかなんて話をしながら、そいつを眺めていた。 そいつは教室で一人。 けれどそれが苦にもならないようで、むしろ一人のほうが楽だとでも言うような空気だった。 俺は友人の一人に耳打ちした。 『あいつの名前、知ってる?』 友人は俺の視線を追うように見て、ああと頷いた。 『草間だな。草間新』 『アラタ、ね……』 覚えるように口の中で反芻すると、別の顔なじみが下卑た笑いを漏らして囁いた。 『ああ、まぁた、司の悪い癖だ』 俺はそれに返すように含み笑って。 『うっせぇよ。しょうがねぇだろ』 その、草間新の方へと歩を向けた。 『一目惚れなんだから』 俺の本気に、友人たちはそろってフザケタ笑みを返した。
新は人見知りする性格じゃなかった。 それどころかクラスの人間とは誰とでも気軽に話す。 見た目の無害さと、話しかけやすい雰囲気。それに加えてどこか、苛めたくなるような空気が、新にはあった。だからクラスの連中は、新に好意を抱き、それを隠すようにたまに弄っては笑っていて。新もそれが楽しいような表情だった。 多分、クラスの連中は気付いていない。 新自身だって、気付いているかどうか。 けれど俺には、直感で分かった。 新を見た瞬間、こいつだと思った。 俺の中の、加虐趣向を受け止めてくれる唯一の人間だと。 本能が、そう言っていた。
新と親しくなり、特別な感情を抱かせるのは容易だった。 優しく、優しく扱えば、新は嬉しそうに笑むのだ。 信頼しきったように、無防備な表情をよこしてくるのに時間はかからなかった。 驚いたことは、新にもそういう性癖があったということだ。 自分のマゾヒズムに気付いているかどうかは分からないが―――というより、アレは気付いていて認めたくないのだろう―――男同士の恋愛、肉体関係は、経験があるようだった。 それはもう、なんて幸運。 俺は何度か自宅に誘い。 そして新が俺に好意を抱き始めたことが、新にも俺にも分かるほどあからさまになったのを見計らって。 優しく、大事に、抱いた。 大切に。 そして、次第に、その優しさが物足りなくなるように。
「なぁ、新」 その日は二人で大学内の食堂で昼を取っていた。 二三日前に新とシタ後で。 そろそろ次が欲しくなる頃だろうと思って、俺はそれを口にしたんだ。 「お前、被虐趣向者だろ」 一瞬、新の箸が震えた。 俺は身体の奥から笑いが込みあがるのを必死で押さえて、新を見つめた。 優しいだけじゃ物足りないんだろう? お前はもっと、別の動きを望んでるはずだ。 その証拠が、新の赤くなった顔だった。 俺を見る目に、焦りが浮かんでいる。 どうやら自分の性癖に気付いていて、それを認めたくはないらしい。 「な、何、言って…」 冗談っぽく笑おうとする新に、俺は圧する口調で告げる。 「嘘つくなよ。俺は根っからのサディストだから分かるんだよ」 耳打ちする俺の言葉に、新の顔に朱がさす。 その瞳の奥。 隠しきれない『期待』に、俺は笑いそうになった。 ほら、やっぱり、そうだ。 新は表面じゃ認めていないけれど。身体は欲しているんだ。 自分の被虐精神を満たしてくれる。 俺みたいな存在を。 俺は教え込むように、新に告げた。 「お前がどんなに隠したって、俺には分かる」
その夜は、久々に満たされた。 嫌がる『素振り』を見せる新を裸に剥き、ベッドに押さえつけて、後ろ手にベルトで縛る。 腕のきしむ音に苦悶の表情を見せる新に、胸がすいた。 求めていたものが、すべて手に入ったような充足感。 満ち足りた気分に酔いしれる反面、身体の底がどんどん乾いていく。 新を見れば渇きが増し、新を詰れば満たされて。 最高級の麻薬のようだった。 「……司ッ、痛いっ……」 ベルトの締め付けに怒鳴る新の髪を、後ろから掴んで、シーツに押し付ける。 「誰の名前、呼んでるんだ」 低い声で詰問すると、新の顔に怯えが走った。 「ッ……何…?」 「俺のことを名前で呼ぶなって言ってるんだよ」 言って、剥き出しの双丘に指を忍ばせる。 ぴくりと白い尻が震え、新の顔が紅潮した。 「ゃ……やだ、離し…」 そう望んでもいないくせに拒絶の言葉を吐く新。 無意識でやっているのならなんて素晴らしい才能だと、嘲笑いたくなる。 俺は髪を掴んで顔を押し付けたまま、空いた手で新たの尻を弄った。尻肉を手で掴み、割り広げると、掠れたような声が新から漏れる。 「ぁ……ッ」 泣きと期待を含んだ声に聞こえてならない。 じりじりと指の先ですぼまった入り口を引っかくと、腿が震え、逃げるように身体が蠢いた。 「何嫌がってるんだ。ココ、好きだろう?」 耳元に囁いて、きつく耳朶を噛む。 歯を当てられたことに悲鳴を漏らすが、身体はびくびくと歓喜に震えていた。 「やっ、好きじゃ、ないっ……」 拒絶には、罰を。 「ひっ……!」 濡らしてもいないそこに強引に指を突き立てる。 中指全部を押し入れると、熱をもった内壁がぎちぎちと絡みつく。 「ぃ、いたっ……」 嗚咽が漏れているのも無視して、抜ける直前まで指を引き抜き、また、傷つけるように指を押し入れる。 「あああっ」 ベルトで拘束された両手に、堪えるように力が加わった。 「素直に返事をしないからだ、新」 耳元に囁きながら、何度も何度も指の抜き差しを繰り返す。 そうすると次第にそこは、以前の「優しさ」で慣らした時のように解れて、熱をもってきた。 「あっ……ぅんん」 「ほら、もう一度聞くぞ」 「っ、あ、あああっ」 奥まで指を入れて、抜く直前で、入り口付近を引っかく。 「ココが、好きだろう」 しこりを捕らえて、痛むくらいにそこを押してやると、新の体はがくがくと痙攣した。 「あっ、やぁっ、ああっ」 「ほら、言えよ。好きだろう?」 シーツと身体の間にある新自身が、前立腺を押されるたびに打ち震え、硬さを増していることに気付いていたが、まだ、触れてはやらない。 俺は再度、拷問のようにそこを責める。 「好きだろう、新」 「ふぅっ……うっ、ぁ、……はいっ」 目尻を赤くし、びくびくと体を震わせながら、新は乱れた息の中で、答えた。 教えてもいないのに、敬語で、だ。 俺は口元に自然と浮かぶ笑みを抑えず、指を引き抜いた。 「ぁ……」 物足りないと言うように新が喘ぐ。 そんな新に、俺はズボンのポケットからピンクローターを取り出して、眼前にぶら下げた。 新の目に怯えが浮かぶ。 玩具は、どうやら初めてらしい。 俺は、たぶん残酷にすら見える笑みで、新に囁いた。 「入れて欲しいだろう?」 もちろん拒絶など、許さない。 そういう意味を含めた、威圧的な低い声で言うと。 新は目を伏せ、小さく頷いた。 嫌そうに、悔しそうに、けれど、期待するように。 「………は、い…」 「いい子だ」 従順には褒美を。 俺はにこりと微笑んで、新の髪にキスを落とした。 一瞬、新の身体が熱をもって震える。 怯えと、不安と、快感。 けれど、まだ、足りない。 指で解したその部分に、新の身体の本能的な抵抗も無視して強引に、ローターを押し込む。 「んんんっ」 切なそうな声が漏れて、身体に力が入る。 そんなに力んでいると、余計振動を感じてしまうのに。 なんて忠告は勿論してやらず、俺は新の尻から伸びるコードの先にあるスイッチを持って、上から新に問うた。 「さて、新。俺のことはなんて呼ぶんだ?」 「ッ……司ッ…」 意図を分かっていない視線が俺を見上げ、嫌がるように首を振って名前を呼んだ。 俺は苦笑して。 「違うだろう?」 ローターのスイッチを入れる。 ひっと息を飲んで、新の身体から羽音のような音が静かに漏れ始めた。 「あ、ああ、やだっ」 拒絶には、罰を。 振動は俺の手の中の摘み一つで強くなる。 「やだぁぁっ」 ぶるぶると新の狭い筒の中で振動を繰り返すローター。 それは新の性感帯を確実に刺激し、触ってもいない新自身を固く反り返らせていた。 「ちゃんと俺のことを呼べたら、許してやるよ」 俺は笑いを堪えて、新に命令した。 手の中でローターの振動を強くしながら。 「さ、俺は、誰だ?」 拒絶には罰を。 従順には褒美を。 新にはもう分かってるはずだ。 さぁ、それを口にして、俺を喜ばせてくれ。 俺を満たしてくれ。 「ぁ、あああっ、ああっ」 新の形のいい赤い唇から淫を含んだ声が漏れ。 それは震えながら、一つの形を作った。 「……ご主人、様ッ」 俺は。 新の中のローターをマックスにしたまま、コードを引っ張った。 入り口付近を刺激され、新が一際高い嬌声を漏らす。 その自身は、触られてもいないのに。 「やっ、ああっ、あああ、やだ、ご主人様ッ」 ピンクの玩具が尻から引き出されると同時に。 白濁を散らした。
涙で熟れた瞳が俺を見上げている。 俺は新の顎を掴むと、その唇を塞いだ。 「いい子だ、新」 ゾクゾクした快感が俺の中から湧いてくる。 もっと、もっとと望んでいるのは、新だけじゃない。 「これからもっと、躾てやるからな」 俺の囁きに、新は小さく、頷いた。 従順には、褒美を。
俺は深く、愛しむ様に新に口付けた。
終
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