ここはシェレディアと呼ばれる大陸。 大陸の南にある、比較的人の少ない街道を四人組の旅人が歩いていた。 その周囲にはどう見ても山賊か盗賊にしか見えないごろつきどもが十数名。 「なんでこんなことになってるんですか・・・?」 囲まれている四人の中で唯一の女性は額に手を当てて、深い溜息とともに呟いた。 「ザッツが悪いんだっ!」 「アディが悪いんだっ!」 互いに相手を指差して見事に同じタイミングで怒鳴った二人は、その相手の言葉にまた同時に相手を睨みつけ、思いっきり目が合ってしまって不機嫌な顔のままで勢いよくそっぽを向いた。 本人たちにとっては不愉快でしかないのだろうが、まるで狙ってるかのようにぴったり同じタイミングの動作だった。 「そこで喧嘩をする前にやることがあるだろう」 呆れたような口調で二人の間に割って入ってきたのは、四人の中でも一番年嵩の男だった。 言われて二人はまだどこか不満げに、それでも互いに喧嘩相手にガンをつけ、ニッと不敵に笑った。 「こいつらを呼び寄せた責任は俺らにあるわけだしな」 ザッツと呼ばれた少年がニヤリと笑い、それに応えてアディはつまらなそうに肩を竦めて山賊たちに視線を向けた。 「そうだなー。オレらが騒いだからこうなったとも言えるし」 一瞬、視線が交わされる。それだけで充分だった。 「ヴァン、エレ。ここは俺たちに任せて見物してろよ」 「すぐ終るからまっててね~」 言うが早いか二人はぱっと左右に別れて駆け出した。 もうさっきまでの険悪な空気は微塵も見えない。
ザッツは腰のベルトから細い糸のような形状の武器を引きぬいて山賊たちに向かった。 対して、アディの武器は冒険者たちの間で普通に使われている細身の剣。 二人の強さは圧倒的だった。 多対一の不利などものともせずに、バッタバッタとごろつきどもを蹴散らしていく。 「フィニーーーシュッ!」 高らかに声をあげて剣を鞘にしまったアディは、くるりと後ろを振り向いた。 絶対自分のほうが先だと思って勝ち誇った笑みを見せていたが、 「へっ。お子様だな、アディは」 ザッツはニヤニヤと小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。 どうやらザッツはアディより一足先に山賊どもを片付けていたらしい。 「お子様お子様って・・・・・一つしか違わないだろーがっ!」 アディは十七。ザッツは十八。 確かに年下は年下だが、いちいちお子様と連呼されるほどの差でもないように思う。 怒鳴りつけたアディに、ザッツは余裕綽々の表情で言い返した。 「そうだなー。魔法使えばもっとラクに片付いたんじゃねーの? ”魔法戦士”さん?」 「ぐっ・・・・・・・」 アディは魔法戦士と名乗っている。だが、この仲間たちの前で魔法を使ったことはただの一度も無かった。 「はいはい、あんまり虐めないであげてくださいね」 エレが、苦笑しながら二人のほうに歩いてきた。 「知識だけは豊富なんだよなー、この自称魔法戦士は」 「うう~~~~~~~~~~~~~~っ」 勝利を確信したザッツの優越感たっぷりな物言いに、アディは反論の言葉を見つけられずに唸り声で返した。 「ほら、さっさと行くぞ。また襲われたらかなわん」 ヴァンが二人の背を押して先を促す。 そうして、四人は次の町を目指して道を歩き出した。
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ここに四人の英雄がいる。 一人は、魔法を使わない魔法戦士。仲間ですら通り名しか知らない少年――アディ。 一人は、百年前に魔王を封印した魔法使い”エレノイア・ユヴェイル”の子孫である少女――エリシア・ユヴェイル。 一人は、喧嘩するほど仲が良いとも言うのだろうが・・・アディと喧嘩が絶えないシーフの少年――ザッツ・ノット。 一人は、パーティの保護者的存在でありパーティ唯一の成人――ヴァン・レフォード。
彼らの出会いは一年ほど前。 かつて世界に恐怖と破壊をばらまいた魔王復活の噂を耳にしたヴァンがエリシアのもとを訪れたのが始まりだった。 まず情報を集めなければと二人は共に旅立った。その道中でザッツと出会い、アディと出会った。 いまだ噂の真偽は掴みかねているが、最近魔物の動きが活発になっているのも確かだ。 魔物は本来人間と同じようにこの世界で生きる種だが、彼らにとっての一番のご馳走が人間の生気であったが故に人間に迫害されていた。 魔物たちは魔王の真の狙いに気付かず、人間を滅ぼしていく魔王を自分らの味方と勘違いしていた。 魔王の真の狙いは命無き世界。魔物も人間も、アレにとっては滅ぼすべき存在でしかない。 だが人間とてほとんどの者はその事実を知らず、大多数の人間が魔物は恐ろしい化け物だという認識を持っていた。
四人は魔物を退治し、時には説得しながらここまで旅を続けてきた。 そうしていつしか、魔物に怯える人々は彼らのことを”勇者”だとか”英雄”だとか呼ぶようになったのだった。
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四人の旅の目的地はかつて魔王との最終決戦となった地だ。 そこに行けば現在魔王の封印がどんな状態になっているのかわかるかもしれないと考えたためだ。 昼間の山賊騒動を経て、四人は日没直前に街に辿り着いた。 ここまででだいたい道のりの四分の三は終えている。 確かに魔物の動きは活発になっている。だが、エレはそれと魔王復活を繋げて考えてはいなかった。 かつての魔王騒ぎの影響で人間と離れていたがために人間に殺される魔物が減り、魔物の人口が増えたために殺される人間も増えた・・・・・と考えることも出来るのだ。
だが、その晩現れたある人物の登場により、噂は真実となった。
そしてその人物とは・・・・・・・・・・・・・・。
「やあ、こんばんわ」 彼はにっこりと微笑みながら部屋にやってきた。 ただし、窓から。 その日は月の明るい夜だった。 エレはなんとはなしに月夜を眺めていたのだが、空中を滑るように飛ぶ人影を見つけて首を傾げた。 なんだろうと目を凝らしているその間にも人影はどんどん近づいてきて・・・・・・・・・。 そして、彼は宿の三階であるこの窓から部屋に入ってきたのだ。 「き・・・・・・・・・・・・・・」 一瞬で石化したエレを不思議そうな瞳で見つめてきた彼。 次の瞬間、 「きゃあぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 叫んだ彼女に罪はないだろう。
バタバタバタバタっ!
賑やかな足音が廊下に響き、バタンっと大きな音を立てて扉が開かれた。 入ってきたのはアディ、ヴァン、ザッツの三人。 「なんだっ?」 「エレっ!」 「どうしたんだ?」 口々に叫びながら入ってきた仲間たちを見て、エレは窓の前の青年を指差した。 エレの指の指す先を追って、全員の視線が彼に集中する。 華奢な体。短髪と言うには少し長めの金の髪。整った顔立ち。見た目は十七、八歳といったところだろうか。 そしてなにより目立つのは、尖った耳と口元から見える牙。それと、背中にある蝙蝠に似た外見を持つ羽・・・・紛れもなく、魔物の容姿だった。 ヴァンとザッツが警戒態勢を取る中、アディ一人だけが呆然として彼を見つめていた。 彼の視線がアディに向いた次の瞬間、彼はまるで幼い子供のようにぱっと無邪気な笑顔を見せた。 「ミリー・・・?」 ぽかんとした表情のまま呟いたアディに、彼――ミリーは嬉しそうに大きく頷いてアディに飛びついた。 「アディっ。元気だったぁ?」 アディは抱きつかれたまま、照れくさそうに笑って小さく頷いた。 「・・・・・・・・・・・知り合い?」 唖然として事の成り行きを見守っていた三人。一番最初に復活したのはエレだった。怪訝そうな瞳でミリーを見つめて、囁くような声で問いかける。 アディはほんの少し間を置いてからゆっくりとした声で答えた。 「こいつはミリアレーナ。百年前の魔王封印の話は知ってるだろ? その封印の守人なんだ」 視線が、一斉にミリーに集中する。そして、次はアディに。 「なぜ、そんなことを知っているんだ?」 冷静に問い掛けてきたヴァンの声に、アディは視線を外して俯く。 その態度の意味にいち早く気付いたミリーは申し訳なさそうにアディを見つめた。 アディは苦笑してミリーに声をかける。 「魔王を相手にするならいつかは言わなくちゃいけないことだしな・・・・」 そして、仲間たちのほうへと向き直った。 「どういうことだ?」 斜に構えた態度で言うザッツ。 ただただ優しく静かな瞳で話しを促すヴァン。 そして、どこか不安げな表情でアディを見つめるエレ・・・・・・・。 「オレの本当の名はアリエス。アリエス・ディアノイラ」 エレとヴァンは、はっとした表情を見せる。アリエスの名は、魔王を倒した勇者の一人として知れ渡っている。だが彼は魔王封印の際に、魔王の力を抑え込むために死んだ者とされていた。――・・・もともと歴史知識の少ないザッツは二人の表情の変化に首を傾げていたが。 アディはそんな三人の様子を見、小さく息を吐いてから事の次第を語り始めた。
「オレが生まれたのは、約百年前・・・・・・・魔王全盛期の頃だ。 オレは魔王のことなんか他人事みたいに思ってて、ただ力試しと興味本位で一人旅をしてたんだ。 だけどある時、魔王を倒すために旅をしていたエレ――エレノイアと出会った。 エレとヴァンは”アリエス”のことを知ってるみたいだからこれも知ってるだろうけど・・・・。当時オレは世間から大魔導師なんて呼ばれるくらいの魔法使いだった。 それで、最初はエレに――エレノイアに頼まれて一緒に旅をするようになったんだ。 その途中で、ミリーと会った。ミリーは魔王が魔物にとっても敵であることに気づいて、ミリーも魔王を倒すために一人で旅をしてたんだ。 そうしてオレたちは魔王に挑んだ。 だけど魔王は強くてさ・・・・・・・・敵わなかった。 で、オレが魔王の力を抑え込んでる隙に、エレノイアが魔王を封印することになったんだ。 エレノイアは当然大反対。嘘をついて説得した。封印に巻き込まれないように上手く逃げるから・・・ってさ。 でまあ、オレは魔王と共に封印されてずっと眠ってたんだけど、最近封印が弱くなり始めてオレは魔王より一足先に封印から解放されたってワケ。でもまだ封印の影響が消えてなくて、魔力が全然使えないんだけどな」
話が終わって、アディは不安げにチラリと仲間たちを見やった。 今まで隠していたことに彼らがどういった反応を示すのか不安だったのだ。 「ふーん、そういうわけか」 場の雰囲気に見事にそぐわない明るさでザッツが頷いた。 ニっと口の端を上げて笑い、からかうような口調で言う。 「自称じゃなかったんだなー、魔法戦士さん?」 「ゔっ・・・・・・・・・うるっさいなー。仕方ないだろ!」 とたんにいつもの調子で食ってかかるアディ。 口喧嘩がいつ取っ組み合いの喧嘩に発展してもおかしくないような二人のやりとりを止めたのは、ヴァンだった。 「二人とも落ちついて。・・・・・・・話はわかった」 喧嘩を止めながら言い、ミリーへと視線を向ける。 「それで、君は何故ここに?」 「魔王を倒して欲しくて、ユヴェイルの子孫を捜してたんだ。 ・・・・・・どうか魔王を倒して欲しい。確かにアディは封印から解放された。でも、まだ完全じゃない。 今もアディの身体は魔王と共に封印されてる。封印が弱くなったから、精神だけそこから抜け出してこれたんだ。 封印しなおすのでは、アディは身体の時を止めたまま長い時を生きなければならなくなる」 真剣な表情で言うミリーの言葉に、アディが顔を蒼白にした。 「な・・・・・・・何言ってんだよ、ミリー!」 だがミリーはアディの抗議にはまったく取り合ってくれなかった。 先ほどのアディの話と微妙に食い違うミリーの言葉に、三人も戸惑ったような――いや、どこか怒ったような表情で一斉にアディに視線を向ける。 アディは皆から視線を逸らして俯き、細く震えるような声で呟いた。 「・・・・・・・オレは・・・・・封印しなおすほうがいいと思ってたんだ・・・・」 「本当のことを言ったら反対されると思ったから言わなかったんですか?」 エレの声も震えていた。ただし、こちらは怒りだ。 刺さるような視線の中、アディは小さく頷いた。 とたん、パシンっと後ろから頭をはたかれた。 「反対して当たり前だろ。それに、封印ってーことはいつかは解けるわけだ。今回みたいに」 「ならば、倒せるときの倒したほうが良いだろう」 照れ隠しなのか、そっぽを向いて言ったザッツ。 ザッツの言葉に頷き、穏やかな声で諭すヴァン。 そして、今にも泣き出しそうな瞳でアディを見つめるエレ。 ふいとミリーの方に視線を寄せると、してやったりとでも言うように胸を張って得意そうにニヤリと笑みを見せた。 アディは、小さな笑みを零して顔をあげた。 「・・・さんきゅー・・・」 皆が頷いたのを確認したとたん、唐突に調子が変わる。 「あ、そういやさ。部屋どうすんの?」 あまりにも突然過ぎる話題の転換の理由はバレバレだった。 だが、あえてそれを言わずに置いてくれた皆に心の中で感謝しつつ会話を続ける。 「そうですねー・・・」 エレは呑気な口調で腕を組んで考え込んだ。 とりあえず男三人とエレで二部屋とっているが、一部屋に四人はさすがに狭い。とはいえ、まさか女性であるエレと男性が同室になるわけにはいかない。 「・・・・・・もう一部屋借りるか」 ヴァンは恨めしそうに財布を見つめ、階下へと降りていったのだった。
色々と大騒ぎの挙句、部屋割りはヴァン&アディ、ザッツ&ミリーとなった。 当初は久しぶりの再会だし積もる話も・・・・という流れでアディとミリーが同室になりかけたのだが、エレの強い反対でこうなった。ちなみに、それならと提案されたザッツ&アディ同室案もエレによって却下されたのだ。 エレの必死の反対の最中、アディが思っていたことはただ一つ。 (女の勘ってすごい・・・)
その日の夜中。草木も眠る丑みつ時。 アディは誰かの気配を感じて目を覚ました。 瞬間、目の前にあったのはミリーのドアップ。 思わず声をあげかけたが慌てて抑え込んで、小声で怒鳴りつけた。 「なにやってんだよ。ミリーの部屋はあっちだろ!」 ミリーはニンマリと質のよくない笑みを浮かべた。 「でもさぁ、ぼくおなか減っちゃって。ここ百年ずぅっとマトモな食事してなかったからさ」 わざとらしいまでに可愛い口調で言うが、表情が全てを物語っていた。 魔物は人間の生気を食物とするが、魔物にも個人差があり、器用に生気だけを奪う事が出来る者もいれば、肉ごと食べなければならない者もいる。 ちなみにミリーは吸血行為を介して生気を得るタイプだ。 「へいへい。ほらっ」 アディは上に乗っかっていたミリーを払い退け、上半身だけ起きてベッドに座り、自分の腕を差し出した。 ミリーは他の魔物と違って人間との付き合いが長い。故に、どの程度ならば相手の健康に害をなさないか、殺さずにいられるかをよく知っている。 だからアディも食事をしたいと言うミリーの申し出をあっさりと受けたのだ。 「ええぇぇ~~~~~」 だがアディの対応に、ミリーは思いっきり不満げな声をあげる。 「なに」 アディは冷たく睨みつけて短く問い返す。 ミリーはクスクスと楽しげな笑いをあげたあと、唐突にその表情を変えた。 爽やか過ぎるくらいに爽やかな笑顔でアディを見上げる。 「首筋のほうが美味しいんだけどv」 付き合いの長いアディは、ミリーのコレが”おねだり用笑顔”であることに気付いていた。冷めた口調で言い返す。 「・・・・・・そりゃ気分の問題だろ」 実際食べるのは生気であって血液そのものではない。どこから摂取しようが栄養的には変わらないし、アディの言葉通り味にもたいして差があるわけではない。 「でもほら、人間だって綺麗に盛りつけた料理のほうが美味しいって感じるでしょ? 同じだよ、お・ん・な・じ♪」 いつのまにやらアディの膝の上に座り込んでいたミリーは、アディの腕を掴んでそのままベッドに押しつけた。 「オレは料理じゃないだろぉが~~~~~~~~っ!」 まさかこんなところをヴァンに見られるわけにはいかないと小声で反論するも、ミリーはクスクスと楽しげな笑みを零して言い返した。 「そうだけどさー。でもせっかく久しぶりのマトモな食事なんだし、美味しく食べたいじゃん?」 「オレの意見はっ!?」 ミリーの手から逃れようと必死に腕を動かすが、魔物であるミリーは華奢な体格に似合わず力が強い。 暴れるアディを楽しそうに――アディから見れば意地悪以外のなにものでもないが――見下ろして微笑んだ。 「あんまり暴れるとヴァンが起きちゃうよぉ~?」 「うっ・・・・・・・」 静かになった瞬間、ミリーの唇がアディの唇に重なった。 それはほんの一瞬触れるようなものであったが、それでもアディは顔を真っ赤にしてミリーを睨みつけた。 「アディってばかっわい~v いつもと大違い♪」 言われてアディはさらに顔を赤くする。 ミリーが言ういつもとは、百年前・・・エレノイアと共に旅していた頃を指している。 あの頃のアディはまあ一言で言ってナンパ野郎。当時恋人であったエレノイアがやきもちを焼く姿を見たいがために通りすがりの女の子を口説いてまわる不届き者であった。 当然軽いキスなんて慣れきっているはずだし、彼女とは何度も最後までヤっている。 だが、 「当たり前だーーーーーーーっ!」 ミリーの言葉の意味に気付いたアディは思いっきり反論を返した。 女を口説くのには慣れきっていても、男に押し倒されることには慣れてない――慣れたくもないが――。 「わかってるよ♪」 ミリーは軽い調子で言い、今度はアディの額に口付けた。 そこから、頬に移動し、次は首筋。 「・・痛っ」 首筋に歯を立てられて思わず声が出る。 「痛かった? ゴメンな、あんまり美味しそうなもんでつい」 顔を動かさず、視線だけでアディを見つめて言う。 皮が切れる感覚――首筋に牙が突き刺さり、内側へと侵入してくる。 少しずつ、自分の血が失われていっていることがわかった。 「・・・・・んっ・・・・・」 首筋の敏感なところを吸われ、舐められて・・・・・・自分の鼓動とともに疼く小さな痛みすらも快感になった。 しばらくの後、首筋から耳の裏へ・・・名残惜しげに舐めあげられてから唇が離れていった。 真正面にミリーの顔があり、目が合った。声に出さず口の端だけで小さく笑ったミリーの口元には、赤い血が一筋、滴っていた。 「ま、痛くしちゃったお詫びに思いっきり気持ちよくしてやるからさv」 (いらねぇ~~~~~~~~っ!) だが乱れた息のせいか、その言葉は声にならなかった。 身を捩って逃れようとしても、ミリーの怪力から逃れられるはずもなく。いつのまにか、アディの両手はミリーの右手だけで抑えつけられていた。 ミリーは空いた左手を服の下に滑り込ませ、アディの肌を撫でながらゆっくりと上へ移動していく。 その動きと共に、再度ミリーの唇がアディの唇へと接近してきた。 慌てて顔を逸らすも、ミリーはしっかり追いかけてくる。自由の効かないアディは、とうとう逃げきれなくなってしまう。 深く、長い口付け。ぎゅっと閉じた唇を無理やり割り開いて侵入してきた舌は、我物顔でアディの口腔内を動きまわる。 必死に逃げるも、結局執拗に追いかけてくる舌に捕まってしまった。 「・・・っん・・・」 何度も何度も舌を絡めとられ、次第に息苦しくなってアディは小さく息を漏らした。 アディの瞳に映るミリーは、薄い笑いを浮かべてアディを見つめ続けている。 さきほどから少しずつ移動していたミリーの左手が、とうとうアディの胸のあたりに辿り着いた。 胸の突起をピンっと弾いて、ゆっくりと撫で回す。 「ひっ・・・・・・や・・・」 やめてと、そう言おうとしたはずなのに押し寄せる刺激に邪魔されて、言葉にならなかった。 最初は突起の周囲に小さな円を描いて動いていた指が、少しずつ広い範囲を撫で始めた。 肌に触れては、また突起に戻ってくる。アディはその度に小さく声をあげた。 必死に声を噛み殺している様子に気付いたのか、ミリーは意地悪な笑みを浮かべてアディの耳元で囁いた。 「声、出しても大丈夫だよ。音が外に漏れないように結界張ってあるから。それに、ヴァンには眠りの魔法かけといたし、扉にはロックの魔法をかけてある。誰も来ないよ」 言い終わると同時、ミリーはアディの耳たぶを軽く噛んだ。 すでに身体中が敏感になってしまっているアディには、それすらも過剰な快感となった。 「っんあ・・・・・・ミ・・リー・・・」 「可愛い反応見せてくれるじゃん」 ニヤリと不敵な笑みを見せたが、アディはもうそれに反論する力はなかった。 一瞬のキス。 そして、ミリーの唇はアディの胸に・・・ミリーの左手は下へと伸びる。 「あンっ・・・・・ふ・・・」 胸の突起を舐められて、思わず腰が浮きあがった。 もうアディの両腕は解放されていたが、アディはそれにすら気付かなかった。 背中に回されたミリーの右手が、執拗なまでにアディの背を、腰を、撫で回す。 「や・・・・・・・っは・・あ・・」 快感に身を任せた声をあげていたアディであったが、遅ればせながらミリーの左手が目指している場所に気付く。 「・・・・・・ちょっ! どこ触って・・――っあ・・・ん、やめっ・・・」 慌ててミリーを引き剥がそうとしたが、言い終わる前に握られてしまい、抗議はすぐに喘ぎへと変わった。 「まだまだ、本番はこれからだろ?」 ミリーは熱っぽい声で、囁くように言う。先ほどまで腰の辺りを蠢いていた右手が、そのまま下へと移動していく。 「・・・・・・・・本番、って、まさ・・・かっ・・・・・・・」 さすがに顔色が変わるが、ミリーは不敵な笑みでもって返しただけだった。 だがそれも一瞬。握ったままの左手を動かされ、あっという間に頭が真っ白になってしまう。 「あっ、やっ・・・・・・・・は・・・・・・」 強烈な感覚に果てようとした直前、 「~~っ・・・・・・!」 根元を強く握られてぎゅっと目を瞑った。涙が零れるのを止められない。 「んっ・・・・・」 頬に流れた涙を舐めとられて、ゆっくりと瞳を開く。 困ったように笑うミリーと目が合った。 「せっかくだから・・・さ。一緒にイこうよ」 ミリーの手が、閉じられた入り口に触れた。 「ひっ・・・・・・・・」 慣れない感覚に、恐怖にも似た小さな悲鳴があがる。 ミリーは自らの指を舐め、そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
バアンッ!
「へ・・・・?」 突如響いた大音声に、さしものミリーも唖然として扉を見つめた。 「ミリー~~~~~~~~~~っ。貴方、何してるんですかっ!」 怒りに満ちたエレの叫びに、二人は呆然と呟いた。 「エレ・・・・・・・・・」 短い沈黙。 エレは怒りのあまりか荒い息を吐いて肩を上下させている。 「た・・・・・・・・・・・・・・・たすかったぁ・・・・・・」 アディは力なく呟き、ミリーにギロリと睨みつけられた。 「だ~~~~~~っ! くっそ、エレがいなきゃ邪魔者もいないと思ったのにぃぃぃっ!」 「は?」 地団太を踏むミリーの言動に不可解なものを感じたのかエレは思いっきり怪訝そうな顔をした。 ミリーは悔しがってるだけで答えようとしないので、乱された着衣を整えつつアディが替わりに答えてやる。 「エレノイアのことだよ。彼女の愛称も”エレ”だったんだ」 「あ、そうですか・・・・・・・・・」 勢いにおされて頷きかけ、ハッとアディに睨みつける。 「って、アディっ! 貴方もなんで抵抗しないんですか!」 「いや、したんだけど・・・・・・・・・」 苦笑いとともに呟くが、頭に血が昇っているエレには見苦しい言い訳にしか聞こえなかったらしい。 なおも何か言おうとしていたが、ミリーの深い溜息で一瞬場の空気が静まり返った。 あまりにも落胆した雰囲気に、エレとアディの視線がミリーに向かう。 「これで通算十八回・・・・・・全部阻止されたか」 ナニを阻止されたのかはまあともかくとして。 「六回目じゃなかったっけ?」 アディの記憶では、ミリーに襲われかけた――ちなみに、前五回は全て何かされるまえにしっかり撃退している――のはこれで六回目のはず。 ミリーはチラリとアディを見つめ、また溜息を吐いた。 「アディのとこに辿り着く前に阻止される事のほうが多かったんだよ」 もう何を言うべきか言葉も見つからず、呆れた表情で沈黙するアディとエレ。 「なんの騒ぎだあ?」 この騒ぎに目を覚ましたのか、ザッツが乱入してきた。 ちなみに、眠りの魔法をかけられてしまっているヴァンはいまだに一人ぐっすり夢の中である。 「ああ、ミリーに襲われた」 乾いた笑いと共にアディが簡潔に説明した。途端、 「なにぃっ! てめえ・・・・」 怒りに拳を震わせたが、エレに止められてなんとか拳を収めた。 「まったく、扉に魔法までかけて」 腰に手を当て、憤慨した様子で呟くエレ。 そんなエレを見つめてミリーはぼそりと呟いた。 「女の勘って怖い・・・・・・・」
とりあえず、騒ぎは収まったかに見えた。 だがこのミリーの行動は、今までアディに想いを寄せながらも行動に移さなかった者たちに多大なる影響を与えた。 かくして、この日を境に壮絶なアディ争奪戦が開始されることになったのだ・・・・・・。
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