『私、カッコイイ人がイイの。貴方みたいな人はもうゴメンだわ』 そういわれても、俺は俺だよ…どうしようもないじゃん。 こんな理由でフラレる。今日で5人目だった。 高校を中退して、俺・香坂 真人(こうさか まひと)はバイトをしながら就職先を探していた。仕事というものは難しい。慣れるのに一苦労だし、大抵が接客業だから、笑顔を絶やしてはいけない。どんなに嫌な客でも人形のように微笑む。 …ガラスみたいに純情だと言われた心も、今ではその辺の石ころと変わらなくなっていた。 「香坂~、5番テーブルにコレ持って行って~」 「はいっ」 閉店間近のファミリーレストラン。客は残り3人。その中に、あの人はいた。 「お待たせしました。コーヒーとサンドイッチです」 「…ありがとう」 漆黒の長い髪。ヘアバンドで鬱陶しいように髪の毛を上げている。 健康そうな肌に相応な体格。180cmくらいだろうか。 つりあがった眉と垂れた黒い目。今まで見たことないくらい美形だった。 「あの…どうかしたんか?」 ぼんやりとしていた俺に、その客は苦笑しながら声をかけた。 どうやら関西の人らしい。イントネーションが微妙に違った。 けど、そんな事に気付く余裕もなく俺は紅くなり、コーヒーとサンドイッチを置き、そのまま其処を去った。 「カッコイイ…」 一目惚れ…だと思う。もちろん、やましい考えじゃない。 あの客は俺がなりたいって思っている姿だったから。 誰だって〔ヒーロー〕になりたいとか、子供の時思うだろ? それと同じ気持ち。 「ああいうのに、皆惹かれるんだろうな」 最近俺をフった女も、そうだったのかも。 俺は160cmしかないし、細いし、女顔だし…。よくツルむ奴らは、俺のほうが可愛いって言ってた。 目は大きくて澄んだ空色。白い肌に、金糸の短髪。女に間違われるのなんてしょっちゅうだ。 「祖父ちゃん譲りの遺伝子が…今となっては恨めしい」 祖父はイギリス出身なんだそうだ。小さい頃は可愛く、大人になったら美青年になったと祖母や母から聞いた。190cm以上はあり、よく頭をぶつけてたとも。 「…ふぅ」 回想に耽るのを止め、仕事に集中しよう。 客が全員帰り、俺も仕事を上がった。先輩達に誘われたけど、何だか疲れていたので断った。 「何か……しんどいな…」 息が上がる。目の前が揺れる。地震…かな…? 突然視界には空しか映らなくなった。 「おい! しっかりしぃ!!」 誰かの声。 「起きって! 死ぬで!!」 揺さぶらないで…このまま寝かせて。 「しゃ~ないな…」
目が覚めた時、見たこともない部屋で着たこともないような服…たぶんパジャマ…を着て寝かされていたのに言葉が出なかった。 「目、覚めたか?」 しかも、隣には上半身裸の男。 「ここここここ…」 「此処はワイの家や。ワイは早野 朝芽(はやの あさか)って言うんや。よろしゅう」 くすっと笑い、朝芽は起き上がった。 「お前、道端で倒れててん。熱すごかったし、とりあえず此処まで運んだんや」 「倒れた!?」 「せやで。もぅ驚いたのなんのって。…熱は下がったみたいやな」 冷たくて広い手が俺の額に当てられる。 気持ちよかった。…というより、久しぶりだったからか嬉しいという感情が湧き出た。 ポロポロと涙がこぼれる。 「ど…どないしてん!?」 オロオロと慌てる朝芽に俺は涙を拭って、何でもないと言った。 「…そうか…。無理はすんなや?」 「ありがと…。あ、俺は真人っていうんだ。香坂真人」 「真人か。えぇ名前やな」 「そか? そんなこと言われたの、初めてだ」 自分でも気に入っている。だって、これは大好きだった父さんが決めてくれたんだもの。 「あ!! バイト!!!」 ガバッと立とうとする俺を、朝芽は無理やり寝かせた。 「阿呆! 熱で倒れた奴が働けるわけないやろ!?」 ものすごい剣幕で、朝芽は言う。 その威圧感に似た剣幕に、俺はビクっと怯えた。 「…ごめんな…いきなり怒鳴ったりして…堪忍な」 「…………ううん。良いよ…」 「せ…せや! 温かいモンでも飲も」 差し出された手に、縋るように掴まる。その様子に、朝芽は首をかしげた。 俺も自分の行動に驚いていた。まるで、捨てられた犬みたいな行動に。 「どないして…ほしいん?」 「…っ」 「そんな目で見つめられたら、そそられるで…」 苦笑交じりに俺を抱き寄せ、撫でる。 「初めて会うた時も、こんな寂しぃ目しとったな」 「…?」 「この格好やから気付いてへん思うたけど…昨日店に居た客やで?」 改めてマジマジと見れば、客と朝芽は一致した。 絶句してしまう。 「…ワイを見ていた目も、寂しく光っとった。だから、離せんくなった」 それって…?? 「一目惚れや…」 俺を離し、恥ずかしそうに頭を掻く。 そんな朝芽が可愛らしく見えて、俺はクスクスと笑い出した。 何だか胸がいっぱいになって。満たされるってこういう気持ちなんだと知った。 俺達は、付き合うことにした。エッチは抜きで。
朝芽と出会ってから、1ヶ月くらい過ぎた日。いつものようにバイトをしていると、朝芽と見知らぬ男が入ってきた。 (誰だろ…) 「あ、真人」 俺を見つけ、朝芽は犬のように喜んでいる。メニューを持ってテーブルに行く。 「いらっしゃいませ」 「真人、今日何時あがりなん?」 「…10時。それがどうかした?」 「あと1時間かぁ…ううん。なんでもない」 いつもの注文を聞き、連れの男性の分を聞く。 「ご注文は?」 メガネに制服の男は、朝芽と同じモノを頼んだ。…この制服…! 「星霜学園の…?」 「おや、ご存知なんですか?」 知ってるも何も、つい最近まで通ってた学校だっつうの。 何で星霜の奴と朝芽が一緒に居るんだ? まさか…付き合ってるとか? そんな気持ちになると、俺は暗い表情のまま、仕事に戻る。 「メニューをお下げします」 「真人…?」 「しばらくお待ちください」 ロボットのように言葉を放つと、メニューを持ってさっさと退散した。 そんな俺を呼び止めようと立ち上がった朝芽だったけど、連れの男に止められ、座った。 注文されたモノを運んで行くと、見たくもない光景を見てしまった。…キスシーンだった。 「…っ!」 ガラガラガッシャーーーンッッッ 食べ物が燃えるゴミへと変化していく。 物音に気付き、朝芽と男はこっちを見た。朝芽は息を呑んだ。 「香坂君!? どうした?」 失敗をしたことのない俺に、店長が慌てる。他の店員に作り直すように指示し、俺には片付けを言い渡した。まぁ、店長も手伝ってくれたけど…。 「疲れたのかい?」 「いえ…あのスイマセン。バイト代から天引きして下さい」 「他の子より失敗はないから、そんな事しないよ。それより、今日はもうあがりなさい」 「…はい。じゃ、後は自分で片付けますんで」 割れたガラスのコップをチリトリの上に乗せる。 「痛っ」 紅く…血が流れる。切ったらしい。 「…痛いのは…何処だろ」
片付け、俺は仕事をあがった。それに気付いた朝芽は走って追いかけてきた。 「っ! 真人っ!!」 今は顔を見たくない。俺も走った。でも、タッパの差があるから、すぐに追いつかれて抱きしめられた。 「なんだよ…」 「真人…ごめんな…何か勘違いさせたみたいやったから…」 何度も謝罪する朝芽。背を向けている俺に、離さないと言わんばかりに抱きしめる。 「あいつは、ワイの友達で…その…」 「隠すことないだろ? 早野」 ビクっと俺の体が震える。あの男もついてきたらしい。 「お前が言ったんだからな。『香坂 真人に関してデータが欲しい』って」 俺の…データ? 「早野は学校のアイドル的存在の香坂が欲しかったんだよ」 しれっと言う男は、そう言うと俺に頭を下げた。 「?」 「誤解させたようだからな…さっきしてたのは、キスじゃない。拗ねて泣いてる早野の耳を引っ張ってただけだ。あの角度とソファーの所為で見えていなかったみたいだがな」 はぁ~っと大きくため息をつくと、そのまま男は去ってしまった。 後から聞いたけど、あいつは探偵なんだとか。探りを入れるため、制服を着用していたとか。 「…////」 恥ずかし過ぎて、耳まで真っ赤になる。勘違いも甚だしい。 「謝るの…俺のほうだよな。ごめん」 向き直り、朝芽に頭を下げる。 「謝らんといて~や、真人。ワイも悪いんやし…」 お互いに頭を下げ、謝る。 数秒も経たないうちに、笑いあってた。 好きな人は今まで沢山居たけど、好きになってくれた人は居なかった。 「せや、就職先探してるねんな?」 「うん」 「それやったら、家政婦はどうや? 月20万3食昼寝付で」 「え!?? そんないい仕事紹介してくれるのか???」 「あたりまえやん。雇うん、ワイやもん。ワイ、一人暮らししてるけど、中学生やで?」 「は?」 「年下。中学3年」 このとき、俺の頭が止まったのは、言うまでもない。 「18歳なるまで家政婦で、18歳なったら嫁さんな? あと3年我慢してや?」 にっこりと笑う朝芽に、俺は思わず頬を抓る。しかも、自分じゃなく朝芽の。 「イタタタタタ」 「…夢じゃないってことは…本当なのか!? こんなでかいのに中坊!?」 …まだまだ、続く恋愛の階段を前にして、呆然と立ち尽くす。 「えぇやん、年齢なんて。愛さえあればv」 「あればって…」 長そうだ…この恋愛は。ま、長いほうがイイのかな?
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