「鬼頭義男、享年19歳です」
『よ、ユキ』 そう言ってユキオに話しかけるのは、先ほど死んだと医師に告げられた筈の親友のヨシオだった。いわゆる、幽霊、というヤツだ。 「・・・・縁起でもねェ」 『あ、こら!無視すんなよ!』 公園のベンチに座って、親友とも言うべき友の死に暮れていた矢先、これである。 「悪いけど俺に霊感はねーんだよ」 『変な能力はあったけどな』 「・・・・・・・・・・」
ユキオには超能力がある。 超能力というのも烏滸がましいような、特異体質を持っている、と言い換えた方が良いかも知れない。 人の思念が見えるのだ。 全てが全て、見えるわけではないけれど、特にユキオ自身に向けられる思念は見やすかった。これから言わんとしていること、全てが映像として見えてしまうのである。そしてそれは現実との区別があまり明確ではない。故に、ユキオは『勘の鋭い人間』と思われがちである。 『ユキ!待てって!』 ヨシオが去ろうとするユキオの腕を掴もうとした。
スカ。
「・・・・・・・・・」 『だから幽霊なんだってば』 はあ、と溜め息を付くユキオ。 「俺にどうしてほしーんだよ・・・・」 成仏させてやるべきかと、ユキオは溜め息を付きつつ呟いた。
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『でさぁ、死後の世界ッツーのもまた面白くてさァ』 べらべらとヨシオは小一時間話しッ放しである。元来おしゃべりなのも手伝って、口は止まらない。 『で、どうやらこっちとあっちを自由に行き来できるみたいなんだよな』 うん、不思議だ!と結ぶ。ふぅん、と曖昧な返事を返すが、ヨシオは気にしない。ユキオの返事は常にそうなのだ。 『・・・・・・俺さぁ、こういう状態がずっと続くのかなぁ』 ひとしきり話したヨシオが呟いた。ユキオはその顔を見上げる。空を見上げているヨシオの表情は読めなかった。 『こういう状態がずっと続くんだったら大歓迎だよな!俺ってば天国に行けるみたいだしさァ~、ってことはよ?生まれ変わるまでそこに居ても良いって事だろ?いや~死後の世界って言うのも変わらないもんでねェ』 はいはい、とばかりにユキオは煙草に火を付ける。 『あ、ずりィ!結局、俺、煙草を堂々と吸う前に他界しちゃったんだな~。チッ、俺もお前みたいに早生まれだったら良かったのに!』 2月生のヨシオは言う。 「誕生日と命日は自力じゃどーにもなんねーだろ」 『・・・・そりゃそうだ。流石ユキオ。一流大学生だぜ。大学生活の醍醐味はこれからだったのになぁ。なに、バイク事故とかしてんだろ、俺。』 ちぇーと唇をとがらせてヨシオは言う。 ユキオが座っているベンチの隣に腰を下ろした。 「間抜け」 手に挟んだ煙草の紫煙を吐き出しながら言うと、うるせーな、とか、お前に言われる筋合いはねー、と1に対して10の返答がある。物静かなユキオには、この五月蠅さが心地よかった。
『なぁ、ユキオ』 「何」 言ってから、ヨシオが珍しく言いよどむ。怪訝な顔をして、ユキオは吸い殻をベンチ脇の吸い殻入れに押し込んだ。 「何?」 語尾を上げて再度尋ねる。今度は俯いていてヨシオの顔が見れなかった。 『火葬っていつかなぁ』 「・・・明後日だって」 『そっかぁ』 ヨシオが顔を上げた。その目は何かを見ているようでいて、しかしユキオにはわからない。 『じゃあさぁ、その日まで、俺と遊んでよ、ユキ』 「なにそれ」 別にその日以降も遊んでやるよ、と言った。 ヨシオは良いよ別に、と笑って言った。海外にでも引っ越してくと思ってよ、と笑う。
だから。
その日は一緒に映画を見に行った。 ずっと前から一緒に見ような、と言っていた映画だった。 その映画の話を(ヨシオが一方的に)していたら、日付が変わり、次の日はユキオの部屋でずっと語り合った。 眠いというユキオを得意のおしゃべりで寝かさず、二人は夜を徹して喋り明かした。
『俺さぁ』 火葬場から数メートル離れた公園でヨシオが呟いた。 『これって夢じゃないかなって思うんだ』 「え?」 ユキオが顔を上げる。きっと、数メートル先の棺桶の前でヨシオの家族は泣いている。葬式には行かなかった。側にいる友人の冥福を祈るなんて、ユキオには出来ない。 『死んでも、直ぐに脳が死ぬワケじゃないと思うんだ、そうだろ、医学部』 「・・・・死んで直ぐに活動全てが停止するワケじゃない、のは真実だな」 推理小説であるだろう?死体解剖して食事の消化具合から死亡推定時刻を割り出したり。 ユキオが答えると、ヨシオはうっすらと笑った。 いつも、朗らかに笑うヤツなのに、とユキオは思う。 『おまえさぁ、人の考えてることが読めるじゃん』 「・・・・・読めるって言うより見えるんだけどな」 そう、それ。とヨシオは指を指す。 『お前に見えてる俺って、もしかして、それじゃねぇの?だってさ、そうじゃん。死んでも夢を見てるから死後体験談とかがあるわけでさぁ。俺が見てるものって全て妄想なんじゃねーの?』 「ヨシ・・」 『昨日からさ、断片的に記憶が薄れてるんだよ。』 怖かった、とヨシオは呟く。 どうして気付いてやれなかったと自分を責めてもユキオに出来ることはない。ただ、おしゃべりな友人の話を聞くだけである。 『俺さ、焼かれるじゃん?そしたらさ、完璧に無くなるんだよ。亡くなるんじゃない、無くなるんだ。』 怖いよ、とヨシオはまた呟いた。 『怖いよ、ユキ。どうしよう、俺、すっげぇ怖い』 「ヨシ・・・」 震えだした体を抱き留めてやろうと指を伸ばしても、ユキオの手にヨシオは触れられない。 人の思念を見ることが出来ても、それをどうこうする術はユキオには無かった。 『死にたくねぇ・・・!俺、まだ死にたくねえ!やだよ、何も考えられ無くなるんだぜ?!全て忘れちまうんだぜ!?こうやって怖がることも出来なくなっちまう!イヤだ!』 ヤだよユキ!と少年と青年の重なったままの姿が泣き叫ぶ。 俺もイヤだ、とは言えなかった。少なくとも、ユキオにはヨシオのこの苦しみを覚えていることは出来る。 『死にたくねえよ、もっとお前と遊んでいたかったよ!』 ヨシオが悲痛な顔で、ユキオを見つめる。涙が、滲んでいた。 どうしてバイクで事故ッたりなんかしたんだろう!俺そんなに日頃の行い悪かったかなぁ、とヨシオは泣き笑う。 ユキオには、為す術はない。 ただ、ヨシオが泣き叫ぶ姿越しに、煙が見えた。 焼かれて、居るのだ。この男の肢体が。 死体ではない、とユキオは思う。だって死んでなんかいない。 ヨシオの体がうっすらと透け始める。それでもヨシオは。 『ユキ・・・』 「・・・・・・・・」 泣き出しそうな顔のまま、ヨシオはユキオの唇に自分のソレを重ね合わせた。触れることはなかったけれど、ヨシオの体越しに透けた世界が歪んでいた。ユキオの、目に、涙。 『好き』 「・・・俺も」 『死にたく』 声だけが木霊しているようだった。 ユキオの視界には歪んだ世界と、消えかけた、殆ど見えなくなったヨシオの泣き笑いがある。 『無かった』 もう、その声が聞こえる時には、ヨシオの体は見えなかった。 「ヨシ?」 ユキオは尋ねてみる。返事はない。無いだろう、もう煙が上がってから随分になる。きっと親友の体は灰になってしまった。 「ヨシ」 今度は呼びかけてみる。視界は歪んだままだ。なぁ、ヨシ、とユキオは言った。 「馬鹿・・・野郎」 馬鹿みたいに、涙が頬を伝った。ユキオは情けない気持ちでその場にしゃがみ込む。ぼたぼたと止めなく滴が落ち、アスファルトに黒い斑点をつけてゆく。 ユキオに、為す術はない。 「・・・っく、う・・・」 青い空が憎たらしいほどに、高かった。 ユキオは一人、嗚咽を隠すことなく泣いた。通行人が不振な目で見ても、それでもユキオは泣いた。どうしてやることも出来ずに死なせてしまった友人を思って泣き続けた。 医者なんか、役立たずだと思った。 「・・・う、っく、・・・ひっ」 それでも。 ユキオに、相手の思念を見る能力があっても、その相手と会話する能力はなかった。 ユキオは受信しかできなかったのだ。 それでも、ヨシオはユキオとこの二日間、話していた。ずっとずっと話し合っていた。
「んっ・・・う、ぅ」
それだけは、二人だけの奇跡だったのかも知れない。 ユキオは、ただただ泣くしかできなかったのだけれど。
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