「本当に綺麗な人は、そんな目をしない。あんたは、その人形めいた顔の下に残酷な本心を押し隠している、“悪魔”だよ。・・・そうだ。あんたは“悪魔”だ。」
目の前で今まで静かに事情聴取を受けていた少年が、突然その顔を無邪気に歪ませて、俺を“悪魔”と罵った。 隣に座っていた相棒は、大人しそうな少年の口から突如飛び出した暴言に驚き、とっさに俺を振り返る。
「そうなんだ・・・。“悪魔”が僕を捕らえようとしているんだ。その瞳に僕を閉じこめて、一生外に出さないつもりだ。だから僕は・・・」 俺は、狂った言動を続ける少年の様子を決して見逃さぬよう、ジッと彼を見つめ続ける。隣の相棒が何か言いたげな目で自分を見つめていたが、それは無視した。なぜなら、事情聴取で最も大切なのは、少年の奇行とその発言の中身だからだ。 「僕は捕まらないよ。絶対に捕まらない!!・・・・だって・・・だって・・・、僕を愛してくれる人が待ってるんだものっ。あの人は僕を救ってくれる!あの人は、あんたみたいに天使の仮面を被っている偽物じゃなくて、ちゃんとした天使なんだっ。ふふふふ・・・っ。神話の中に出てくる、神様の使い・・・天使様。そう、あの人は天使様なんだ。」 少年は狂ったように笑い、天使様、天使様と連呼する。 俺は、その恍惚とした表情を冷めた目で眺め、やがて彼が気絶してしまうと、用は終わったとばかりに席を立った。
「貫薙<かんなぎ>先輩っ!!」 取調室からさっさと出て行ってしまった先輩を追いかけて、空智<そらち>は急いで廊下へと飛び出した。そして、その長い足のおかげで随分と遠ざかっていた彼との距離を一気に詰めようと全速力で廊下を走り抜ける。 そして、やっとの思いで貫薙に追いついた空智は、息を切らせながら彼の肩に手を置き、その名前を再び呼んだ。 「貫薙先輩っ!」
貫薙は、署内に響き渡るその大きな声に眉を顰め、ようやく後輩であり、今は良き相棒でもある空智を振り返った。 しかし、その顔には明らかに不機嫌なオーラが張り付いており、空智は一瞬呼び止めたことを後悔した。 「あの・・・、貫薙せ、先輩・・・?」 同僚達からも常に羨望の眼差しを向けられている、その男らしい顔をそっと覗き込むと、そこには悪鬼の如き形相でこちらを睨む貫薙がいた。 空智は、自分の決して低くはない身長のなお上にある先輩の顔を見上げると、とっさにその顔に引きつった笑顔を浮かべた。 「あの~・・・、取調室で倒れている少年は、あのまま放っておいてよろしいのでしょうか?」 空智は恐る恐る、でも出来るだけ丁寧に尋ねると、わざとらしく首を傾げた。 がしかし、そこらのアイドルよりも可愛いと評判のその仕草も、目の前の先輩には全くもって通用しないらしい。その証拠に、次の瞬間には彼の頭に氷の鉄拳がお見舞いされていた。 「気味の悪いその仕草はやめろ。・・・そう前にも言ったな?男が可愛く首を傾げるなんて、気色悪くて鳥肌が立つ。」 ここの副署長でさえ簡単に落ちた空智一押しの仕草も、この男に掛かれば“気色悪い”の一言で一蹴されてしまう。 空智は叩かれた頭を押さえながらも、しかし、目の前の綺麗な顔を不満げに見たりはしなかった。なぜなら空智は署内で唯一人、この先輩にだけは尊敬の念を抱いているからだ。 貫薙の、その整った顔立ちはもちろん、180はある長身やバランスの取れたプロポーション、さらには一見冷めたように見えて実は人情に篤い所など、彼の細部に至るまでが空智にとっては憧れ、尊敬に値する。その他にも、何かと雑事の多い刑事というこの仕事に対しても常に真摯なところや、俊敏で無駄のないその動き、抜群なタイミングに働く勘などは、彼にとって刑事は正に天職だったということを如実に示していた。 彼は、刑事になるべくしてなった男だ。――――彼の側にいて、空智はいつもそんなことを思う。 貫薙は、空智と違ってキャリア組でこそないが、それでも29歳で警部というのは異例の出世である。相棒として、彼の下に就いている空智には、それが何より誇らしくて仕方がない。彼の実力が周りの皆に認められている気がして、つい嬉しくなってしまうのだ。
しかし、最近そんな貫薙は元気がない。空智が何か話しかけても上の空であることが多いし、何より疲れているような仕草をすることが多くなった。彼の吐くため息の数は数え出せばきりがないし、おそらく長時間立っているのがシンドイのだろう、椅子に座ることも多くなった。さらには、何かをする時には必ず眉間に皺を寄せるようになったのも、ごくごく最近のことである。文句なしに様になっているその表情に、最初は浮き足だって騒いでいた署内の婦警達も、貫薙の顔色に少しずつ疲れの色が見え始めると、心配になったのだろう、遠慮がちに尋ねるようになった。
「貫薙警部・・・。顔色があまりよくありませんよ?疲れが溜まっているんじゃ・・・・?」 しかし、彼女たちにそう尋ねられる度、貫薙は決まって同じように答えていた。 「最近は、特に忙しいんですよ。・・・それに、もうすぐ三十路ですからね。私ももう若くないということでしょう。無理はできなくなったな・・・。」 貫薙はそう言って笑い、彼女たちの尋問をはぐらかしていた。 それは、空智に対しても変わらず、彼が本気で心配して言っても、 「お前はまだ、25だもんな。俺も年を取ったもんだ・・・。」 と笑って取り合ってくれなかった。
空智は、貫薙が心配で仕方ない。 それは、最近彼がやけに一人になりたがり、隙あらば一人で何処かに消えてしまうという所為でもあった。そして、空智が自分も行くと言えば、一人にしてくれと返し、足早に去っていってしまう。今まで、二人で行動する時間が圧倒的に長かったために、そんな貫薙の行動は空智にとって非常に寂しいものであったし、同時に何かがおかしいとも感じた。
貫薙は何かを隠している。――――最近、空智はそう思うようになっていた。
「ああ・・・。彼の世話は後藤がやると言っていた。その後は、警察病院の職員が彼に付き添って帰るはずだから、問題ないよ。倒れた時にどこかを打った様子もなかったしな。」 貫薙は、不機嫌だった顔を柔らかに崩して、先ほどの空智の問いにそう答えた。しかし、その微笑みには、やはりというか元気がない。否、元気がないというよりは、疲れ切っていると言う方が正しいのかもしれない。いつもは張りがあり、誰もを引きつけるはずの笑顔が今は生彩さを欠いていた。 「・・・わかりました。それじゃあ、調書は課長に提出しておきますね。」 空智はその顔を曇らせて答える。 「頼む。・・・俺は、仮眠室で横になっているから、何かあったら起こせ。」 「―――はい。」 貫薙は心配げに見つめ、返事を返した空智の様子には気付かずに、余裕なく仮眠室へと去っていった。
身体が熱い――――。 どうしようもなく身体が火照って、居ても立ってもいられなくなる。 相棒にこの身体の熱を気付かれなかっただろうか―――? 貫薙はそんなことを思いながら、仮眠室のドアを開け、後ろ手に鍵を掛けた。
「は・・・。んぁ・・・・。」 一つ一つが独立し、個室となっている仮眠室に入った瞬間、貫薙はその場に膝をつき、身体を二つに折った。 「ぁ・・・・ん・・・ぁぁっ。」 彼は簡易ベッドまで何とか這っていくと、そこに横たわり、両手で股間を押さえる。すると、そこはすでに熱く立ち上がり、先走りさえにじませていた。 貫薙は、その整った顔を淫らに歪め、小さく喘ぎながらファスナーを下げた。 「うぁ・・ぁ・・ん・・・はぁ・・・っ。」 男らしく、キリッと鋭い瞳は今や、トロトロに潤みきっており、その目尻にはすでに涙さえ浮かんでいる。 貫薙は己の股間を下着の上から握り込むと、余裕なく上下に動かし擦り上げ、嫌々ながらも腰を振る。そうしなければ、もはや彼は達することさえ出来ない淫らな身体となり果てていた。彼は、情けなさに涙を零しながらも、女のように懸命に腰を振る。 やがて、はち切れそうに震えていたそれは、少量の精液を放出して下着を汚したが、しかしそれはすぐに立ち上がって再び彼を苦しめ始めた。 「も・・・っ・・・・んんぁ・・。た・・・すけ・・ぅん・・・あ・・・。」 いつもの冷静な貫薙の姿は、そこになかった。あるのは、淫らに腰を振り、女のように喘ぐ魅惑的な青年の姿だけ。 彼はもう我慢できない、とでも言うかのように精液で汚れた下着を膝まで下ろすと、片方の手を後ろに回し、隠された秘所に指を突っ込む。そこは、もうすでに何かの液体でグショグショに濡れそぼり、それ自体が生き物であるかのように伸縮運動を繰り返していた。 彼はそこに三本もの指を入れ、抜き差しを繰り返す。 その間にも、彼の綺麗な唇からはひっきりなしに喘ぎ声がこぼれ落ち、それと共に唾液も糸を引いていた。
彼が最近、元気がない理由―――それはこれが原因だった。 今まで、性に関しては淡泊であったはずの彼に突然襲いかかった、貪欲なまでに激しい性欲の奔流。 この性欲の波は、四六時中彼を苛み、場所や時間を選ばずに襲いかかってくる。 初めは、夜だけだったものが、最近では昼にまで浸食して彼を悩ます。しかも、その衝動は日々に強さを増し、今では前だけでは満足できず、後ろの秘所にある前立腺を刺激してもなお、達することが出来なくなっている。どんなに腰を振っても後ろの穴が熱く疼き、何かをくわえ込みたいとヒクヒク収縮する。 これでは、淫乱な娼婦よりもまだ酷い。そう思っても、この衝動を抑え込むことは出来なかった。 夜は身体が火照って眠れず、昼は昼で仕事の最中にもかかわらず、股間は容赦なく熱くなる。貫薙は身体的にも精神的にも疲れ果て、限界まであと一歩というところまで追いつめられていた。 どうして、こんなことに・・・・―――。 彼は狂った頭の片隅でそんなことを考えながらも、懸命に腰を振った。
「あぁ・・・・ぁぁん!!」 達することの出来ない切なさに、彼は泣きながら指を動かす。 汗で濡れ、身体にピッタリとくっついてしまったワイシャツの下には、真っ赤に勃起した乳首が浮かび上がっていた。その様は、普段の彼からはとても想像できないくらいに淫蕩で、魅惑的だった。無我夢中で振り続ける、身体の割に細い腰を見れば、その気のない者でも犯したい衝動を押さえ切れないだろう。 もはや彼は、美しく淫乱な娼婦と化していた。 真っ赤に熟した秘所は男を誘い、挿入された熱い固まりを貪欲にくわえ込んで離さない。艶やかに、でも切なげに寄せられた眉は、全ての男の嗜虐心をそそり、トロトロに潤んだ瞳は支配欲を刺激する。 「助け・・・ぁ・・ん・・・。はぁぁん・・んんっ。」
彼が、目に見えぬ誰かに助けを求めたその瞬間――――。
「・・・・か、貫薙、先輩!!」 彼は、存在するはずのない相棒の声を聞いた。 「っ!!そ、そら・・ち・・・!」
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