突然降り出した雨に修哉は苛立ちの表情で雨宿りしていた。他にも何人かビジネスマンがスーツを濡らしながらやってきて忌々しげに空を見上げている。とそのとき、稲妻が派手に光り、轟音が空気を揺らした。 「落ちたか……」 ふと声に出して呟くと周りもざわめく。だがそれもすぐ雨の音にのみこまれ、にわか雨にしては長い雨宿りに次第に諦めの表情が浮かんでいった。 「────?」 何となく視線を感じて修哉は振り返った。そしてその先に佇む一人の男が意味ありげにこちらを見ているのに気付く。大手取引先の御曹司──白木和志だった。 声はなかったものの唇が動き短く挨拶され、修哉は黙って一礼するとやや躊躇いながら視線を戻す。立ち話をするには人が多すぎたし、急ぎの用事を済ませたいと気が急いていたからだった。 そうして5分ほどしてから、目の前にリムジンが停車した。 「失礼。────坂口さん。」 低めの声が呼ぶのに振り返ると、他ならぬ彼が車の前で手招きをしている。名を呼ばれたにも関わらず自分だというのが一瞬信じられず、怪訝そうに首を傾げてしまった。 「そう。…風邪をひく前にどうぞ。」 促す言葉は強制ではないけれど拒否をさせないという響きがこもっていた。修哉はぎこちなく車に近づき、当惑しながらも乗り込んだ。
1時間後、とあるマンションの一室に通された。20畳のリビングだけで自分の安アパートより広い、気後れしながら修哉は濡れた服の代わりにこざっぱりしたスラックスとシャツを渡されて着替えた。 「用事の方は心配しなくてもよいですよ。手配していますから。」 着替えている間になくなっていた封筒を目で探していると、白木はそういって笑った。カップにコーヒーが入り、ソファのテーブルにトレイごと置くと修哉の隣に座る。 ────状況がわからない、と修哉は戸惑いながらも出ていくことを告げられずにいた。暇を告げる言葉を紡ごうとして視線を合わせると、その気持ちが萎えていく。不可解な表情で口をつぐむ修哉を横目に、白木は愉しそうに笑みを浮かべた。 「ゆっくりされてください。それから少し貴方と話をしたかったのでね。」 「…何故です?」 上司がいれば立場が違う相手に対する口のききかたをわきまえろと言われそうだ、と思いながらもくだけた口調で問い返す。ふむ、と白木はじっと修哉を見据え、髪に触れようと手を伸ばした。反射的に修哉は身をずらし、立ち上がろうと腰を浮かせる。
「逃げなくてもいいんじゃないか。私とお前の仲だというのに。」 急に口調ががらりと変わったのに修哉はぎくりと身を竦めた。その口調を知っている、言葉を知っている、声を知っている、と心のどこかで既視感を覚える。そして何故か嫌悪感と屈辱感に襲われてわけもなく怒りがこみ上げた。手首を掴まれ、その感情は増幅する。 「離せっ…つ、…この!」 荒っぽく手を振りほどき、ソファから立ち上がると修哉は全身に走るおぞましさに震えた。
知っている────この手の感触は。
「逃げても無駄さ。でも───覚えてないんだな。」 「な……っ…何、を……」
覚えている────その声と瞳を。
修哉は殆ど本能的に後ずさり、外へ通じるドアの方へにじり寄った。 「無理だと言っただろう。──来い。」 最後の言葉と同時に、白木の双眸が光を帯びたようだった。そして射抜かれるような視線に修哉は息が詰まり、望まぬ方向へと足が進むのに愕然とする。声も出せず、そのまま白木の目の前まで近づく。
お前、は────お前は。
「ん、っ……!」 柔らかい唇が重なった刹那、ガラスが割れたような音を頭で聞いた。急に身体が自由を得、振りほどこうとしたのより白木が抱き寄せた方がほんの数瞬早かった。体格差は殆どないのに力の差は予想を遙かに超えて白木の方が強い。舌が割り込んでくる感触に背筋を震わせるが、えもいわれぬ刺激を振り払うように修哉は思いきり噛みついた。 「つ……、っ……」 顔をしかめて唇を離すと、鮮血がつっと零れてシャツに染みを作った。白木はぺろりと舌で血を舐め、くつくつと笑った。 「相変わらずなことだ。愉しませてもらうよ。」 「…くっ、お前、は…!」 修哉の中で有り得ない記憶が突然噴きだした。現代とは似ても似つかない時代の、目の前の存在は────妖魔であり敵だった。被害を最小限に食い止めるために退路を確保し、そこに現れたのが奴だったのだ。 「やっと思い出してくれたか。そうでないと面白くない。」 余裕たっぷりに笑う白木の表情が情欲に満ちたそれに変わる。修哉はかっとなって白木に殴りかかるが、あっさりと躱され鳩尾に一撃を食らった。がはっ、とくぐもった呻きが漏れ、意識が明滅する。片膝をついた状態から再び立とうとすると見下ろした顔が近づいて無理矢理に唇を塞がれた。鉄の味がじわりと口腔に広がる。 「あ、…っ……ぐ……」 痺れが全身を襲い、修哉はその場に崩れ落ちた。
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声一つあげず自身を受け入れた修哉に、白木は容赦なく責めを与える。組み敷いて服を引き裂き、朱痕が至る所に散らされるたびに、修哉は歯がみして堪えた。強情さは相変わらずだと意地悪く囁き、白木は四肢に痺れの効果をもたらす自分の血を口移しで修哉に取り込ませる。逃げることも許されず、意識を失うことも叶わないまま、修哉は数度の吐精を強いられた。後ろを異物が入り込み、押し広げられる感覚に気が狂いそうになるのに、精神(こころ)はその感覚を知っているのだと、やがて甘いものに変わるのだと告げてくる。 「────、…ぅ……っ……」 痛みと違和感、あらゆるおぞましさが意識を混濁させる。屈しまいとすればするほどに理性が削られ、前世の記憶と同調していく。 「っふ…認めてしまえ、よ…」 そういって白木はぐい、と深くを抉った。蕩けきった内部を犯す快感に陶然とし、貪欲さに任せて腰を突き上げる。痛みに歪む顔と、締め付けがきつくなるのに軽い目眩を起こしながら、もっと、と荒々しく蹂躙した。
「ひ、あ……っ…ぁ…!!」 堪えきれずに修哉の口から零れた声は、紛れもなく快楽を認めていた。我に返り、止めようとして唇を噛むがその端から次々と甘ったるい吐息混じりの喘ぎが漏れる。違う、と心が叫んでも快感は止まらず、瞬く間に理性が失われていく。 腰を打ち付ける音がリズムを刻んで、いつしか掠れた嬌声と混ざり合っていた。じっとりと汗ばんだ身体は紅潮し、のしかかった白木の背に修哉は腕を回す。 「っくく………」 陥落した目が淫欲に溺れているのをみとめ、白木は婉然と笑ってより深く繋がった。入り口はきつく絞るように締め付け、襞が絡みつくように欲を迎えるのに熱い吐息をつく。絶頂が近いのを自覚し、思うままに荒らすと二人の間で擦れた修哉自身も張りつめ、やや前後して吐精する。 「ぅ……、……っ…」 熱が引き、疲れの表情をみせる修哉からやや乱暴に自身を引き抜くと、ぐい、と身体を反転させて四つん這いの格好をとらせた。ひくつく秘所があらわになり、残滓を零すそこへくぷりと指をつき入れる。 「ぐ、……っ…やめ……っ…」 快楽に溺れた後悔もさめやらぬまま、角度を変えて入り込んだ指に思わず腰が揺れた。出し入れする水音が耳につき、痛みよりも悦楽が心を征服する。 「今更だろう?溺れてしまえよ。」 ぞっとするような囁きがどうしてこんなにも甘く聞こえてしまうのか、修哉は首を振りながらもいつしかねだるような仕草で応えていた。ぐちゅり、とたつ淫猥な音に身を捩らせ、拒もうとする心を粉々に砕いていった。
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ほぼ一日が過ぎた頃、死んだように眠る修哉を見下ろしながら、白木は形のよい唇をつり上げた。 「…生かしも殺しもしないからな。お前は俺の物だ。」
END
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