「止まないねえ、雨」 「はい」 知っているはずなのに。決して止まない雨だということを。 少しずつ、すべてをすり減らしていくしずく。 いつかは何もなくなってしまうだろうね。 捨てられたんだね、僕たちはきっと神様に。 薄く笑みを刷いた口唇で、あなたがそう言ったのはいつだっただろう。
「かたちのないものって、好きじゃないんだ」 「こわれてしまった、って泣くこともできないからさ」 あなたの言葉の、断片を時折思い出すことがある。 そのたびにわたしは、幾度か思った。 あなたは何をそんなに恐れていたのかと。 あなたより先にこわれはしないと、言えばよかったのだろうか。 「だから僕はね、愛っていう言葉がなんだか好きじゃないんだよ」 「だってそんなの、見えないんだもの」
しとしとと、細い雨が落ち続ける。 割れた空から。奇妙に平坦な、鉛を流したような空から。 「あなたは、愛という感情を必要としないのですか」 「君は」 「わたしには、分からない」 「本当は誰だって知らないんだ」 表情を変えるでもなく。 「知ってるフリをしているか、知ってるつもりになってるか。どっちかだよ」 彼の言葉はすべて真理だった。わたしにとっては。 わたしを生んだあなた。 臓器移植用のクローン胚だったわたしを、戯れに拾い上げてかたちづくったあなた。 捨てられるはずだったわたしを、人にしたあなた。 それっきり、誰の前にも姿を見せなくなったあなた。 降り始めた雨。 捨てたのは、すべてを捨てようとしたのは、 「眠ろうか」 あなたではないのか。 「ベッドの用意を」 乾いたシーツに取り替えなくては。湿気は建物の中にも容赦なく滑り込む。 あなたはわたしの手を掴んだ。 行くな、ということだった。 「ここで眠ろう」 細い指がわたしの口唇をふさぐように、触れた。 その先端をそうっと舐める。 あなたはあの薄い笑みを浮かべて、ソファに身を横たえた。
「キスして」 「そ…触って、もっと、たくさん」 「そこもだよ」 あれほど饒舌なあなたが、たどたどしく言葉をつむぐようになる。 身体の熱が上がっていくにつれて、それは顕著になっていった。 「わかって、います」 「いいこだね」 腕を伸ばし、わたしの首をしがみつくように抱くあなた。 ばさばさになったわたしの髪をまさぐる指。 耳朶を噛んだちいさな痛み。 何を探しているんだろう。 あなたはいったい、何を探してわたしに歯を立てるのか。
「ふ…ぅん……っ」 うっすらと紅潮した首筋をついばむ。かすかな汗のにおいがした。 一度達して白い蜜を吐き出したあなたの分身が、 わたしの手の中でゆっくりと硬さを取り戻していく。 やわらかな口唇が重なる。 「欲しいんだ。分かって」 「セックスとは愛や、それに似た感情に基づくものではないのですか」 「錯覚だよ」 うるんだ睛で、濡れた口唇であなたは言う。 「性欲を解消する術は愛じゃない。ただの摩擦に過ぎないんだ」 わたしには、わからない。 「僕は正しくないよ。これは私見に過ぎない」 ただ、とあなたはわらった。 「けっこうあたってると思うんだ」 「わかりました」 あなたは、眠りたいだけ。 死に近い絶頂の中で、ことんと落ちるような眠りを。
あなたがこぼした蜜を指でかき集め、蕾に塗りこめてやわらがせる。 ゆっくりとほぐし、指が3本まで入るようになったとき、 あなたの分身は硬く脈打ち、あなたの爪がわたしの腕に食い込んでいた。 「早く…欲しいよ」 錯覚だと言った口唇で、欲しいとせがむ。 醜いはずの矛盾が、どうしてこうも惹きつけるのか。 ほぐれた場所に自身を押し付け、少しづつ挿入する。 何度かあなたは短い声を上げた。 きつく締め付ける内壁をふりほどくように、わたしは腰を動かした。 「やっ…ぁ……んぅっ、い…ぃっ……」 あなたの声を掻き消すように、雨足が強くなる。 ノイズのようにわたしをかき立てる。 捨てられるはずだったわたしを拾い、 生きてきた、またこれからも生きていくはずだった場所を捨てたあなた。 「どうして」 わたしに世界を与えたのですか。 そんなにも簡単に、自分の世界を捨てられるというのに。 もしただの気まぐれというなら、どうしてそんなに爪を立てるのだろう。
眠りに落ちる少し前の、途切れるような声を飲み込んでわたしは、 あなたの中に熱を吐き出す。 あなたが欲しがっていたものかどうか、わからないけれど。 眠ってください。どうか。 そうしたら、雨が止んでいるかもしれませんから。 あなたはまどろみながら、何か言おうと口唇を動かした。 雨音が、あなたの声を消した。
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