朝から降り続いている雨は、止むことを知らないかのように、まだ降り続いていた。 HRはもうとっくに終わっていて、オレしかいない教室には、雨の音だけが響いている。 いつも、雨の日には思い出す。 今みたいな梅雨の時期は…特に。 雨の音。 体を打った雨のせいで冷たかったはずなのに…アイツの腕の中は、凄く暖かかった。 ――今でも…忘れることなく覚えてる。 『アツキ…ぼくは、ずっとアツキのそばにいるよ……』 そう、オレを抱きしめたままで、セツヤはオレに言い続けた。 あたたかくて、優しいキヲク。 今はもう――たったひとりで思い出すことしかできない…… 「………帰ろ。」 オレは誰に言うでもなく、机の上からカバンを取って、教室を出た。 「うっわ……」 教室の中ではわかんなかったけど、朝と比べると、雨の勢いは…スゴかった。 バチバチっていう、ウルサイぐらいの(というか、ウルサイ)豪雨の中は、傘をさしてても、帰るのは難しそうだった……。 HRが終わってすぐに帰らなかったのを後悔してると…少し離れたトコロに、誰かがいた。 ――誰だ…? たぶんオレと同じようになってるんだな~…。 ――って思ってたら、その人が…オレのほうへ振り向いた。 ――――あ。 「………」 セツヤだった。 久しぶり。…2ヶ月ぶりか…? セツヤと最後に会って、話して、遊んだのは…2ヶ月前の、入学式の前日だった。 いつもみたいに遊んでた。いつもと…同じだった。 『オイ…アツキ。…起きろ』 『ん……』 中学最後の思い出!…とかっていうことで遊びまくってたオレは、久しぶりに言ったセツキの部屋の居心地のよさに、眠っていた…… 『じゃ…オレ帰るな。あ…そうだ。今度…』 『――アツキ』 セツキが、真顔でオレを観ていた。 『セツ…キ…?』 『もう――俺の家に来るな…』 ――モウ、オレノイエニクルナ…? 『は…?』 『もう…疲れたんだよ……ッ』 そう言って目をそらしたセツキは…オレも苦しくなりそうな、表情だった。 『うん…わかった。――っ、じゃーな!!』 それ以上訊いても、セツキは絶対答えてくれないだろうし…もう、そんな残酷な言葉は聴きたくなかった。 だからオレは、セツキの部屋を出た。 もう――二度と来ることのない、セツキの部屋。 長い、長い幼馴染の関係は、一瞬で終わった――…… 「――ッ、アツキ…っ!?」 久しぶりのセツヤの声。そして―― 「え……?」 何…コレ? 頬をつたう、冷たい水。 雨なんかじゃない。冷たい、冷たい、心が痛いぐらいの…… 「―――涙?」 なんで…? どうしてだ…? 「アツキ……」 雨の音のほうがウルサイのに、セツヤの声が、オレの耳に響く。 「~~~~~っ」 「アツキ…っ!?」 打ち付ける雨も、冷たいと感じることはなかった。 雨に濡れた方が、すべてが、まぎれてなくなるような気がしたから…… ―――涙も、この…胸の痛みも。
オレが走って10分がらいすると、すこしは雨の勢いも弱まった。 だけど、オレの制服はもうビショビショに濡れていた。 しょうがなく、近くの公園へ行って、土管みたいな遊具の中へ入ると、雨やどりをすることにした。 きのうの天気予報では、夜までには止むとは言ってたけど…本当なのか? オレの家までは、走ればあと10分もかからないけど…走る気力は残っていなかった… 小学生の時も、こんなことがあったな… しかも、よく似たカンジの… 梅雨時の、雨の日。 ここの公園の、この遊具の中。 ビショビショに濡れた…自分。 前も、今も、オレは……逃げていた――― 今はもう完全に離婚してるけど、離婚するまでは、オレの両親はハッキリ言って、泥沼状態だった。 大声で叫ぶ、暴言。 いろんなものが、壊れていく音… オレは部屋にいたけど、その声や音は、怖いくらいに聴こえてきた。 そして――オレは、逃げた。 傘を持つことさえ忘れて走って…この公園に来て……父さんと母さんが、ふたりで、笑顔でむかえに来てくれる姿を待った。 そんな時…セツキが来た。 水色の傘をさして、オレに微笑んでいた。 傘を地面に置いて、遊具の中に入ってくると、オレを抱きしめたまま、何度も言った。 『ずっと、アツキぼそばにいるよ……』 ばかセツヤ… 約束破ってんじゃんか… 「―――アツキ!!」 「え……?」 オレが思い出の中にいた時、オレを呼ぶ声へと上を向くと…思い出に重なるように、セツキがオレを見ていた。 「オマエな…昔と同じところにいるって…進歩のないヤツ……」 呆れたようにいって、オレに手を差し伸べる。 オレは、導かれるように、オレも手をのばそうとして…止めた。 「アツキ……?」 「オレの事嫌いなのに優しくするって…なんかおかしいんじゃないのかよ…」 「…ら…じゃない……」 「セツヤ?…――ん!!」 オレを傘の中に引き入れたと思うと…唇を重ねてきた。 オレが呆然としてると…… 「嫌いなやつに、こんな事するはずないだろ……」 そう、セツヤは言った。 何……コレ? キスしたんだよな?オレは…セツヤと。しかも、男同士で。 なのに…ワケわかんない感情が――― 「セツヤ……」 セツヤの名前を呼ぶと、オレは少し背伸びして…自分から、セツヤへとキスした。 今度は、セツヤがオレを呆然と見る。 そして―――オレたちは、今度はもっと深いキスをした。 セツヤの傘の中へ、2人で入っていた。 久しぶりにつないだ手は、どんなものよりあたたかくて、幸せで…オレは。話さないように、指を絡ませてみた…… <end>
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