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 (一方通行の三角関係 / 大学生/18禁)
Nothing to say


「無かった事に……しないか」
 切り出したのは、俺じゃなくて柊(シュウ)。

 互いに素っ裸で向き合った朝だった。
 二日酔いのぼんやりした頭でも、現実を誤魔化すことは無理だろう。俺の胸についた鬱血や、アイツの背中についた爪痕――何があったか、分からない筈はない。
 だから、最初はシュウも謝り倒した。

「魔が差したっていうか、……オマエもそうだろ?」


「男に抱かれただなんて」
 ――男を抱いたなんて、
「笑い話にしかならないだろ?」
 ――笑い話にするしかないだろ?

 俺への言葉の裏に、透けて見えるアイツの本音。


 嗚呼。どうして、こんなヤツを好きになっちまったんだろう?
 いっそ、気持ち悪いと振ってくれりゃいいんだ。


「……何で謝んだよ」
 ようやく絞り出せたのは、その一言だけ。
 意味が通じないのか、シュウはまじまじと俺を見るだけだ。それが余計に腹が立つ。つい、枕を投げつけた。
「お前が『謝る』理由なんてねえだろ? ――それとも何か? 『何か』あったっていうのか?」
 声を出す度に、昨日シュウを受け入れた所が疼く。だが、『何』も無かった以上、これは存在すべからざるもの。
 一瞬遅れて、「あ、いや、……なんでもない」と呟く声が聞こえた。嗚呼、そう――軽く息まで付いてな!
「ったく、……気持ち悪りぃ。先にシャワー借りるぜ?」「ああ」
 ふらつく身体を叱咤する。『何も』ない以上、眠った後に体力を消耗しているだなんて、ある筈がなかった。

 全て洗い流してしまいたかった。触れた唇も、身体を重ねた痕も、今頬に伝わるこの濡れた雫も、全部。
 ――後ろから聞こえた、「悪かった」という呟きは、聞こえなかった事にした。


 だから、俺とシュウの間には『何も無かった』。
 そして、『友情』と呼べるものがあったとしても、それもなくなった。

 今の俺たちの関係は、『チームメイト』。同じ大学、同じチームで、コートで共にボールを追いかける仲間。
 信頼なんて、もうない。それでも、仲間と思わねばならないのが苛立たしかった。


***


「淫乱」
 俺の上で、腰を振る男が詰る。
 隠しようのない、荒い息を吹きかけて。滾る欲望を、俺の中に突き入れて。
 俺を床に引き倒しているのは、シュウには似ても似つかない男。

「どっち、が」
 ――その淫乱に、盛ってるのは誰だよ?

 鼻で嗤ってやる。
 それが、ヤツの気に障ったのか。奥まで突き上げられて、嘲りは嬌声に変えられた。


 俺を抱くキヨ――清春は、俺と同じ学部・学科、競技は違うが同じくスポーツで大学に入ってきた口だ。互いに勉強は二の次、選ぶ授業は単位の取りやすいもの……と考えていたら、いつの間にか多くの授業が被っていた。チームメイト以外では、一番ツルむ事が多いヤツだ。

 ……本当なら、それだけだった。

 爛れた関係に反吐が出る。
 嗚呼、キヨだって『友達』だった――こんな関係になるまでは。


 シュウとの、『なかったはず』の一夜。だが、全てをなかった事にはできなかった。
 あれから、俺もシュウも互いを避けた。それは、周りが訝しむほどの変化だった。
 当然だろう。今まで、親友と呼べるほどに近かった俺たちだ。特にシュウに甘えまくっていた俺が、目も合わせなくなったのでは、不審に思われるのは当たり前だった。
 その上、俺とシュウがプレイするのはバスケット。チーム人数が少ない分、仲違いの影響は直ぐに出る。喧嘩でもした、としか見えない俺たち2人を、チームメイト達は放っておいてはくれなかった。それが煩わしくて、俺の態度は頑なになった。 元々、気難しく、周りからはとっつきにくいと思われがちな俺を、フォローしてくれていたのがシュウだったのだ。仲間のくれる気遣いに、苛立ちで返す日々は悪循環だった。

 そこを、助けてくれたのがキヨだった。被らないはずの授業にまで押しかけてくる、仲間の大きなお世話に辟易し始めていた俺に、「じゃ、オレがお子様ワクの面倒を見てやりますかねー」と、割り込んで助けてくれた――ちなみに、『ワク』は俺の呼び名だ。苗字の和久井から『ワク』、と、大体のヤツが呼ぶ。

 そうして、部活以外の時はキヨといる事が多くなった。
 その内に、「お前、アイツ好きだったんだろ? よく一緒にいた、バスケ部のヤツ」と、見破られた。誤魔化そうと開いた口からは、言葉が出なかった。だから、小さく頷いて、認めるしかなかった。……いや、本当は誰かに、気付いて欲しかったのかもしれない。
 これまで秘めていた思いだ、吐き出し始めれば早かった。大っぴらにできる話じゃないから、と、キヨを家に招いて、洗いざらい聞いてもらった。キヨはじっと耳を傾けてくれた。チャラいキヨにしては、真面目だった。真面目すぎて怖い、と、今なら思う――だが、あの時は気が付かなかった。シュウ本人にさえ否定された、この思いを認めてもらえた事が嬉しかったのだ。

 だから、話を聞き終わった後。
「タダで、慰めると思った?」
 簡単に押し倒され、のしかかられたのだ。

 見下ろすキヨの、その目には覚えがあった。シュウに酒を飲ませて、誘いをかけた時だ――あの時は、俺が押し倒した。俺の下で狼狽えていたシュウの目が、その内に熱を帯びた。そして、俺に手を伸ばしてきてくれたのだ。
 嗚呼、そうだ。覚えがあった。その意味を分かったからこそ、キヨを受け入れた。――いや、誰でも良かったのだ。ただ、存在さえ否定されたこの胸の痛みを、失恋にさえならなかった心の空洞を、埋めてくれるものが欲しかった。


 そして、教えられた。
 抱かれるのが、苦しく痛いだけじゃない事。入れられる事が、気持ちいい事。
 互いの熱が溶け合う快感を。

 ――俺を淫乱というなら、淫乱にしたのはキヨだ。


 キヨは、シュウみたいに誤魔化さない。
 大体、男の体なんて誤魔化しがきかない。

 今もそうだ。
 キヨの動きが激しくなる。限界が近いと教えている。
 キヨだけじゃない。俺も、もう我慢できない。

 もう少し――
 中が疼く。堪らず、腰をくねらす。
 ――欲しい。もっと奥まで。

 体を、自然と押し付けていた。
 だが、キヨに腰を引かれた。抜こうとするのを察して、上げた足をキヨの腰に絡める。

「出るぞ」
「いい」

 それよりも、欲しかった。満たして欲しかった。
 背中に回した手に、力を込める。

 なのに、キヨの動きは無情にも止まった――アイツも求めているはずなのに。

 顔を見上げる。
 キヨも俺を見ていた。笑って、唇を歪ませて、
「じゃ、遠慮なく」
 グッと、深く突き入れられる。
 思わず爪を立てた。――また、嵌めやがった。

 そこからは、遠慮なんてなかった。腰を掴まれ、揺さぶられ、全てが刺激に塗りつぶされていく。
 頭の中がショートする。同時に、体の奥でキヨの熱が膨れて弾けた。
 

 体の中から、引き抜かれる。すると、追いかけて、どろっとした感覚が体の奥から流れ出た。

「……出したな」
「抜くな、って言ったの、お前だから」

 当然、と、キヨは飄々と呟く。俺は、睨むしかなかった。
 ――言わせたのはキヨ。なのに、あたかも俺が望んだ様に言ってくる。


 今だけじゃない。いつもそうだ。
 最初の時からそうだった。のしかかり、だが流石に抱くのは躊躇いを見せたキヨ。それを、いいから抱け、と、強引に求めたのは俺だった。――いや、今思えば、それはキヨの狙いだったのかもしれない。
 俺に……いや、俺から欲しい、と言わせるための。


「とっとと出してこいよ。腹壊す前に」
「分かってたら出すな! 後が面倒なんだよ!」

 頬を膨らませながらシャワーに向かう俺の背中を、キヨの笑い声が追いかけてくる。
 ――それを、誰かに見られているなど思いもせずに。
 

***


 シャワーを浴びて、ロッカーに戻る。
 もう、キヨの姿はなかった。――多分、先に授業の席を取りに行ったのだろう。俺も同じ授業だ、教室に行けば会える。
 着替えを済ませていくと、後ろから声を掛けられた。聞き慣れた――だが、今は一番聞きたくなかった声。

「……マナ」

 俺は振り向く。
 俺を、名前の真登(マナト)で――『マナ』と呼んでくる相手は1人しかいない。

「シュウ? 何でここに」
「お前こそ、どうして他所の部の部室にいる?」
「キヨと自主練してたんだよ。筋トレ」

 言いながら、シュウに背を向けた。
 今の俺たちは、元通り……とはいかないまでも、顔を合わせて挨拶を交わす程度には戻った。ただ、それ以上はお互いに、なかなか踏み出せないままだが。

 今もそうだ、会話が続かない。
 居た堪れない沈黙。破ったのはシュウだった。

「……何で避けてんだよ」
「避けてなんてねえよ」
「――オマエ、自分が何やってんのか分かってんのか!?」

 肩を掴まれ、思わず振り向く。その剣幕で、気が付く。……先ほどまでの、キヨとの一部始終を見られていたようだ。
 ――バレているのか。なら、シラをきり通しても意味がない。

「分かってる。で?」

 ナニ?、と、シュウを睨み付ける。
 汚らわしい、とでも思ったのか。目を逸らされた。そこにも、地味に傷つく。

「口だされる筋合いはねえ」

 これ以上、話す事が辛かった。一緒の空間にいる事も、刺々しい会話を交わす事も。
 シュウから逃げ出す為に、手早く服を整える。

「オマエも呆れてんだろ? なら、ほっといてくれよ」

 着替えもそこそこに、荒っぽく荷物をカバンに詰める。そして、立ち去ろうとした。
 だが、そうは行かなかった。すれ違いざま、腕を取られてしまった。

「やっぱり……あの日の……」
「は? 俺達に『何が』あったって?」


 再び、真正面からシュウの顔を見る。途端に、アイツの目が泳いだ。


 嗚呼、そうだ。忘れろ、と、そう言ったのはオマエだ。
 だから、忘れてやったさ――あの日、俺がどんな思いでオマエを誘ったか。
 酒に酔わせて、だまし討ちみたいにしたけど。

 そういや、あの時に好きだとも、嫌いだとも言われなかったな。
 ……俺も、何も言えなかったけど。


 そうだ。振られる事すら出来ずに切り捨てられた思いは、望み通り全て忘れてやる。
 だから、シュウ。オマエは――

「思い上がりも、いい加減しろ」

 俺は、シュウの手を振り払った。
 ――オマエは、俺を全部忘れてしまえ。
作者のホームページへ「『本音を口にしている者は誰もいない。3人とも卑怯です』お読みいただき、有難うございました。」
...2015/12/10(木) [No.580]
桃 みつか
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