人間と猫の間に生まれた子を拾った。 この世のどこにも属さぬ種類の生き物だ。俺の元へ辿りつくまで、様々な場所をたらい回しにされたんだろうか、酷く怯えている。 銀色と黒の毛並みが尻尾や尖った耳、手や足先を覆っているが、容姿は9割がた人間。服は身に付けてない。片方の足には靴下を履いているので、どこかで脱がされたのだろう。
動物病院を開業して数年たつが、こんな珍客は初めてだった。 どこの誰が何の目的で置いて行ったのか。段ボールに入れられていたこれを、俺にどうしろと言うのだ。
「おい」
少し歩み寄っただけなのに、びゃっと悲鳴をあげて失禁した。 小さいが股間に付いてるそれを見れば、オスだと分かる。
顔や身体中に無数の切り傷が目立つ。至るところから血がにじみ、全身は真っ赤だ。自身の爪で引っ掻いてしまったのか、第三者に傷つけられたかは不明。 この厄介な落し物、どうしようか。しばらく考えたあと、自分の好きに扱うことにした。
「おい、逃げるなよ」
俺は半猫人間の首根っこを掴むと、院内に引きずり込んだ。
*
まず、子猫を手術台にのせる。途端に発狂して手足を暴れさせたので、柔らかい綿素材の布で縛り付けた。ついでバケツいっぱいに用意したぬるま湯を、足先からゆっくり流していく。その最中も恐怖に引きつった顔でびやっびやっと鳴いていたが聞こえないふりをしていた。 大体の血液を洗い流すと、消毒液をしみこませたガーゼを細心の注意を払って押し付ける。手足の爪が伸びていたので爪も切った。子猫は、やはり怯えた様子で俺の顔を見ている。しかし、もう鳴き声は出さなくなっていた。
俺は覚悟しろよと呟くと子猫の両手両脚を解放し、バスタオルで全身をつつむ。そして傷口を手で触れないよう注意しながら抱き上げた。 すぐさま2階の自宅へ上がり、浴室に同じくぬるま湯をためる。俺はバスタオルにくるんだままの子猫を浴室へ連れていき、ゆっくり湯のなかに沈めた。子猫が気持ち良さそうな顔で湯船に浸かっている。
ふん。
それを見てひと笑いすると、安心しきったその頭に手をかけた。 耳や尻尾の汚れを丁寧に洗い流してやるためだ。耳の後ろは擦ってやると気持ちいいようで、目を細めて俺の行為を見ていた。
銀色だと思っていた毛並みは、綺麗な白色だった。子の顔も、洗えば象牙色の美しい肌色をしていた。 のぼせたのか、顔が赤い。すぐさま湯船から上がらせる。さっきとは別のバスタオルを用意し、時間をかけて全身くまなく拭いてやった。
どうやら、おいしく食する準備ができたようだ。 込み上げる笑みをどうにか抑え、黙々と子猫に服を着せた。シャツ一枚で身体がすっぽりと隠れる。 「座れ」というとリビングの椅子に座らせ、急いでスクランブルエッグとフレンチトーストを作る。
「どうだ、これ、食べたいだろうお前」
作りたてのそれを目の前に並べ、「待て」と言い、しばらく眺めさせてやった。 子猫は口から涎をタラタラ流してそれを見ている。俺はある程度熱の冷めたところで、ようやく食べさせてやることにした。 子猫が食べやすいよう一口大にパンをちぎり、口元まで持っていく。まさか中に蜂蜜を仕込んでいるとは思わない奴は、それをすぐに頬張った。そして、次第に口内を襲う甘い味に、うっとりと顔を微睡ませている。
やった……! 俺は心のなかで笑っていた。 ひと口ふた口。子猫の様子を見ながらそれを与え、完食すると今度はベットルームへ連れていった。今度は何だろうと、戸惑った様子で子が俺を見ている。 何も言わず、上から昨日干したばかりの布団をかけてやった。 しばらく観察しているうち、それはすぐに寝てしまった。
*
数日後、子猫は依然として院内にいる。 今は2階からほとんど降りてこないが、休憩中に俺が顔を見せると「みゃあ」と人間の発音で奇妙な鳴き声をあげ、擦り寄ってくる。 こうなると2時間は離れようとしない。困ったものだ。
俺は、離れろと言うかわりに「いい子にしてたか?」と猫撫で声をだし、子猫の頭を思い切り優しい手つきで触った。
「いちろにゃ」
最近覚えた俺の名前を、子猫が呼ぶ。俺はあえて返事はせず、かわりに小さな顎に手をやるとくすぐってやる。
「いちろ、にゃ……。すき」
言葉と鳴き声を同時に発する子猫が、気持ち良さそうににゃんにゃんと悶えながらそう言った。 真顔でそれを見つめる俺は、内心可愛いなと思っている。 俺はこの先も、この子を好きなように扱うことに決めている。 もう俺なしでは生きていけないようにしてやるのだ。そして一生、この子の面倒を見てやる。 この上なく幸せそうな顔をした猫の顔を見、俺は心の中で笑っていた。
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