大規模な運動の祭典が間近に迫り、近代化を加速させているこの都市では「売春許可条例」が制定され、「春を売る」人間が正式に職業となった。 ただし、言い方を変えることになり、「春」の訪れをもたらすので彼らは「妖精」と言われている。
上総(カズサ)は「妖精」の見習いで、今は主に「春宿」と言われている売春宿で「妖精」達の世話をしている。見目麗しい上総だが、彼がついている姉のやしろの方に視線が集まりがちで彼本人を「妖精」として見る人間は少ない。しかも、上総を買おうとするとやしろが嫉妬をして「春」を売らないという暴挙に出るために上総は誰の手にも付けられず、ずっと見習いのままだった。 「姉さん、いい加減、俺見習いを卒業したいんだけど」 「あんたみたいなひよっこ、買う人なんていないわよ」 「誰のせいだと思ってるんだよ」 「何か言った?」 「……いいえ」 この「春宿」ではやしろが絶大なる権力を誇っているので誰も逆らえない。 上総は我が姉ながら恨めしく思う日々を過ごしていた。 そんな矢先、やしろが風邪を引いた。 「この分じゃ、今日は仕事はできないわね」 「やりますよ。あたしの取り柄なんですから」 病床から這ってでも出ようとするやしろを、「春宿」の主は叱り付けた。 「もうすぐ要人の接待にここが使われるんだ。その時にお前が出てくれなきゃ困る。今日は上総を出すことにするよ」 「そんな!」 「姉さん、俺ももう成人してるんだから大丈夫だって」 言った途端、上総は思い切りやしろに睨まれたが、主が言うことには逆らえず、やしろは部屋にこもることになった。 「上総、今日こそ見習いを脱出だね」 先に「妖精」になった仲間が嬉しそうに言うので、上総も嬉しくなってうなづいた。 体を売ることに抵抗がないわけではなかったが、「自分の体が商品になる」という一種の快感が上総達、見習いの中ではあって抵抗を凌駕していた。
定刻になり、「妖精」が働き始めるたそがれ時になった。 「やしろ、いないの」 もうこれで何人目だろう。宿にやってきた人間は殆どやしろを求める。 「今日は上総なんてどうだい?」 主が勧めるが「いや、ちょっと……」 なぜかみんな、上総を嫌がった。 上総は明るくて活発な性格で、見習いながらも客からは受けが良かった。それがいざ出てみるとこうなので、本人も周りも不思議がった。 「俺、魅力がなかったのかな」 「そんなことないよ。上総は綺麗だし」 ほかの「妖精」が慰めてくれるが、上総は小首をかしげるばかりだった。 「残るは上総だけだね」 主がため息をつくころ、宿にいた「妖精」は仕事に入っていた。 「どこがダメなんでしょうか」 「解らない。あんたは器量もいいし、体つきもいい。歌も踊りも、教養も人一倍ある。なんたってやしろの弟なんだから、人気が出てもおかしくないんだが」 今日はだめかもとあきらめムードのところに、一人の客が入ってきた。 「あ、高槻さん」 「よう。上総。やしろ、いるか?」 高槻(タカツキ)はやしろの上得意の客だった。 今日もほかの客と同じくやしろ狙いだったのだろうが、「やしろは風邪だよ。それに、来るのが遅かったね」 上総は苦笑いをした。 「そっか。今日は仕事が立て込んでいてな。やしろが風邪なら仕方ない。帰るか」 「あ、待って!」 「ん?」 「今日は俺じゃダメ?」 「お前が?だって、見習いだろ?」 「俺ね、今日から妖精なんだよ。でも誰も買ってくれなくて……」 売れ残りだといいたくなくて唇をかんでいると、「お前、ついに妖精になったか」 高槻がしみじみ言うので少し不思議に思った。 「たかつきさん?」 「主。今日は上総を買う。いいな」 「は、はい」 「本当!?」 「売れ残りだから安くしてもらえるだろ?」 高槻が笑うので「仕方がないなあ」 上総は悔しさも忘れてちょっと笑った。
「男、初めてだよな?」 代わる代わる風呂を済ませると、ベッドサイドに座った上総に高槻が確認する。上総がうなづくと、高槻は「俺、初物苦手なんだけどな」 ぶちぶち文句を言いだした。 「仕方がないだろ?やしろが恐怖政治で俺は万年見習いだったんだから」 「いやあれはな、なんというか……」 「早くしようよ?俺はした?うえ?」 「お前、初めてで俺を抱こうとか生意気なこと考えてんじゃねえよ」 苦笑した高槻が上総を押し倒した。 同じソープの香りがするのに、高槻の身にまとわれるとなぜだか違う香りに思える。 「なんか、怖い………」 「がき」 女の子との経験はある上総だが、男とはなく、初めての相手が見知ったやしろの相手だということに安堵してもいいのに逆に緊張した。 キスを受け入れると、思ったより冷たい感触で戸惑った。 口腔に入ってくる舌は肉厚でくちびるに比べると熱い。それが口腔をまんべんなく貪って喰らわれるかのように激しさを増していく。 「ふっ……んっ………んあ」 もう中心に熱がともってしまい、こんなはずではなかったのにと上総は忌々しくなった。 「残り物には福があるって言葉は当たってるな」 「なにっ……あっ…………そこっ」 「反応がいい」 中心を優しく握りこまれて固くなるのを促される。最初はバスローブ越しだったのが、上総が息をあげている間に直になり、先走りの音がくちゅくちゅと部屋を濡らした。 「あ、たかつきさっ……て、だめ……よごすっ」 「いっちょ前にかわいい口たたきやがって」 出していいぞと、高槻が妖しく笑う。 のどに歯を立てられて舐めあげられる感触と、中心を愛撫する感触で上総はあっけなく達してしまった。 「ご、ごめん………」 「反応が良すぎてうける」 「そんな言い方しなくても……」 「お前、客は取れないんじゃないか?」 「初めてなんだから仕方ないだろ!慣れれば出来るもん」 唇を尖らせた上総に、高槻は笑った。 「じゃあ、今度は俺を気持ちよくさせてもらおうか」 太ももに当たっている高槻の中心は熱を持っていて、それは明らかに上総のより大きい。上総は息をのんだが、「口?バック?どっちがいいの」 取り敢えず訊いてみた。 高槻は平然と「両方」 言ってのけるので上総は及び腰になったが、せっかくの客なので頑張ろうと思い高槻の中心を口で咥えた。 物凄く熱いそれは小さな上総の口では世話がしきれないほどだったが、つたない愛撫に反応してくれるのが愛おしくて上総は必死に奉仕をした。 舐めあげて、くびれの部分には時折歯を立てる。先走りを飲み込むと、苦い味がしたが、頭をおさえる高槻が興奮しているのが解って嬉しくなった。 「おま、こんなのどこで覚えるんだ。やったことない見習いのくせに」 「ん、……やしろの、見てた」 「さすがは弟」 当然のことだったが、そういわれると胸が痛んだ。 自分はやしろの代わりに、高槻に買われたのだと思うとなんだかすっきりしなかった。あまりものだとわかっているけれど、悲しくなって泣きそうになった。 高槻は解ったのだろう。上総の髪を優しくすくと、頭をなでてくれた。 「初めてが俺でいいのか?」 うなづいて目をあげると、高槻は少し嬉しそうな顔をした。 「来い。本当の妖精にしてやる」 口はもういいのかと思ったが、勝手の知らない上総は任せることにした。 足を開かれ、未開のつぼみに指が入る。 見習いの時に習っていたが、実際は客の「手入れ」の仕事だとしてそこに指を伸ばしたことはなかった。上総は誰が触れるのだろうと思っていたが、高槻の優しいしぐさにこの人で良かったと思った。 高槻は決してやさしい顔つきの男ではない。 むしろ険しい顔をしているときのほうが多いのではないかという、こわもてだったが、上総を抱くときの顔はやしろにも見せたことがないような優しい顔だった。 「あっ、んっ……ああっ」 「ここがいいところだ。覚えておけ」 「うんっ、ああっ」 ぽろぽろ、上総の目から涙が出た。 快感と「妖精」になる喜びが混ぜ合わされる。さらに、高槻がねぎらってくれるので優しい感触にも涙が出た。 「たかつきさん、もう……いい……っ」 「待て。傷がついたら困るだろ」 「んっあ、ああんっ……ああっ」 前立腺をこすられて達してしまった。その白濁を掬い取って高槻がつぼみの奥に押し込む。潤いが増したそこに、ついに高槻が侵入してきた。 「うっ、うあっ」 「だから初物は嫌いなんだよ……」 「ああっ、いたっ」 高槻が眉をひそめる。つらそうにしているのを見て上総は呼吸を整えて受け入れることに専念した。 自分はこの人とセックスをするのではない。「春」を売るのだと、厄介な商売魂が今更ながらに出てきていた。 「よく頑張ったな。動くけど、しがみついてろよ?」 「う、うん……」 びくびくしている上総に「お前、俺が初めての客で良かったな」 高槻はまた笑った。
上総が「妖精」になったという噂は、上総のいる「春宿」だけではなく周囲の「春宿」にも伝わった。 今まで上総の美貌を知っていたがやしろがいる手前で手が出せなかった人間が上総目当てにやってくることも多くなった。 しかし、上総は客を取らなかった。 「高槻さんは今日来るの?」 「うん。さっきメール来てた」 「あの野郎。あたしの上総に手を出しやがって。しかも永遠貸し揚げってどういうことよ」 「まあまあ」 高槻は、上総を「妖精」にした後、主に上総の「春」の代金を支払った。それは上総がほぼ永久的に「妖精」として仕事をしなくてもいいくらいの大金だった。 『なんで?俺、高槻さんにそこまでしてもらう理由ないよ?』 主から聞かされた上総は急いで高槻に連絡を取った。何事もなかったように「春宿」に来た高槻は『惚れたんだから、それは理由にならないのか?』 しれっと言うので、上総はますます意味が解らなかった。 『なんで惚れるの?俺、ノーテクだっていう自覚あったよ?最後だって失神した感じで眠っちゃったし、後始末だってろくにしなかったし』 『ノーテクでもなんでも。っていうか、お前……ほんと、知らねえやつだな。俺がやしろの上得意になった理由がなんだかわかるか?』 『ううん?』 きょとんとする上総の頭を高槻はくりくり撫でた。 『やしろといると、お前がちょこんとお酌してくれるだろ?嬉しそうに、キラキラした目でいつも見ていやがって。お前は綺麗だけど可愛いんだ。小遣いやると嬉しそうに有難うございますって礼儀正しくいうし。今どき珍しい見習いだって思ってるうちにはまった。でもやしろが守ってるから手は出せなかったし、あの時、俺は内心小躍りしてたんだ』 全然知らない事実を言われて、上総は赤くなった。 『お前が俺に惚れてなくても、そのうち惚れるから大丈夫だ』 だから法外な金を払ってでも上総の体を買っておきたかったと、高槻は締めくくった。 「俺、もう恋に落ちてるかも……」 「あー!!ヤケ酒だわ!!」 やしろが吠えても、上総は高槻が来るたそがれ時まで静かに待っている。
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