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 (攻め×攻め/15禁)
『強者』


いつもにぎやかにキケロ宅に押しかけて来る、
両隣の住人が留守。
サリトは自宅に戻っており、ルキノは迎賓館に泊まり。
キケロ一人の部屋の中は広く静かで、
夜の空気が色濃い。
夕飯のために、フライパンを手に持ち、
キッチンに立っていたキケロの視線の先には、
窓の外の星空とおぼろ月があった。

出来上がった一品を皿にのせ、耳に無音が痛かったので、
テレビを付けようと、エプロンのポケットを探る。
リモコンを取り出し、最近新しくしたばかりの、
液晶画面に電波を送る。どっと人の笑い声が部屋に響いた。
拍子に手が滑り、リモコンがフライパンの上に落ちて大惨事。
「うっわ?!」
シューと音を立てるリモコンに顔を顰め、舌打ち。
「・・・クソッ、」
木ベラを使い、そーっとリモコンを救出すると、
並べていた皿に安置した。
ふと皿の上に乗ったリモコンにシュールさを感じ、
口端が上がったが、
報告する相手がいないので、
顔を顰め、笑いを封印する。

テーブルの上にはパンとレモン水と野菜の肉巻き。
冷蔵庫を開け、昨日の残りのクリームシチューを出し、
電子レンジに入れ、付けっぱなしのテレビを眺めた。
チャンネルを変えようとエプロンのポケットに手を入れ、
あ、と今は皿の上、油っぽいリモコンに目をやった。
やはり皿の上にあるリモコンに口端が上がりそうになる。
それに耐えて、温められたシチューを持って、
テーブルに向かうついで、テレビを消した。
エプロンを脱いで、椅子に座ったところで、
扉にノックの音。

席を立ち、扉を開け、笑みが湧いた。
「ゴドー・・・」
黒髪黒目。
がっしりと力強い友人、ゴドー・ジェキンスの来訪。
「邪魔して平気か?」
飾りのような伺いを立て、勝手に入って来るゴドーに、
苦笑いつつ、友人の登場に、キケロは浮き立った。
「またエリックとのチャンネル争いかよ」
「や、もうちょい深刻」
「・・・?・・・どした?」
部屋の、キッチン前、テーブルの方へ、
進んでいくゴドーの背に問うが、返事がない。
ゴドーは無表情な男で、
その機嫌を察するのは難しい。
ゴドーのほうで意図して、
分かりやすく訴えてくれるか、
特別気を緩ませてくれなければ、
感情が読み取れない。
「エリックと何かあったのか?」
ゴドーが盲目的に、想いを寄せているエリック・ヴェレノに、
キケロも昔、夢中になっていた。
ゴドーとは、このエリックへの気持ちが共通し、友人になった。
「喧嘩か?」
エリックは美しい男だったが、鋭い言葉で人を傷つける。
小さな頃からエリックの傍にいたキケロは、
それで何度も泣かされてきた。
「おい、」
返事の要求に、声を掛けるとゴドーは振り返り、
柔らかく笑った。
「聞いてる」
「じゃぁ、応えろ」
「ああ」
ゴドーの無言に不安を覚えるのは、
キケロがゴドーに秘密を持っているため。
ゴドーには決して、知らせられない過去。
できることなら洗いざらい、過ちを告白し、
審判をされたいが、キケロにその権利はない。
キケロがゴドーにそれを打ち明けたら、
エリックの誇りを傷つけることになる。

「夕飯か?」
ゴドーはテーブルの上の、
料理をじっと見つめながら聞いてきた。
「食うなよ」
「ん?」
ゴドーが肉巻きを一つ手に取ったので、
注意すると間の抜けた、笑いの含んだ顔をされた。
「食うな」
ゴドーは躊躇いなく、それを口の中へ放り、
顔を顰める。
「しょっぺぇ」
「だから食うなッつッたろ」
「・・・、聞こえなかった」
コノ野郎、とばかりにキケロが片眉を上げるのを、
無視して、さらにシチューの入ったコップを掴む。
そっと口に含み、もう一口、と飲み進めて、
「・・・、・・・、これは、好きだ」
と漏らし、コップを解放。コップは空になっていた。
「もうないのか?」
「・・・それで全部」
夕飯が荒らされ、不機嫌になったキケロを、
気に留めず、ゴドーはさらに奥へ。
「なんか他にねーか?」
キッチン周りをきょろきょろ。
「やりたい放題か」

エリックと喧嘩、エリックに叱られた、
エリックの友達が来る等々、
自宅から逃げて来る他、
普通に遊びに来るなど、
ゴドーはキケロの部屋をよく訪れる。
何の躊躇もなく、冷蔵庫を空け、
中を物色し始めたゴドーの尻を蹴る。蹴り返される。
今朝、ルキノが作ったホットケーキが見つかり、
ゴドーは「ん」、と無造作に、
キケロにそれを渡す動作で、
キケロにそれの暖めを要求。
「自分でやれ」
「ああ・・・」
恐らくエリックは今の動作で、
世話してくれるのだろう、
渡せば暖めをやってもらえると、学習している。
「甘やかされやがって」
「あ?」
ゴドーに、母親のように愛情を注いでいるエリック。
キケロには鬼のように厳しかった。
心中で舌打ちつつテレビの前に移動。
「テレビ付けるか?」
「おぉ、・・・そーいや付いてなかったな・・・?」
「・・・さっきフライパンにリモコン落としてよ」
「それは、」
ゴドーが言葉を失ったのを見て、愉快な気持ちになる。
「そこ、皿に乗ってる」
「なんで皿に乗ってんだよ」
聞かれてまた笑いが込み上げ、ふっふ、と息を吐く。
「や、何となくっ・・・」
「食うのか?」
「おまえの餌にどうかと思ってよ、」
「フライはちょっと・・・」
ゴドーの口端がいくらか上がっている。
「茹でたほうが良かったか?」
「ああ、次は茹でといてくれ」
ゴドーとの冗談の応酬は心地いい。

キケロが食事を開始する横で、
ゴドーは今度は、
床下に仕舞っていた巣入りのハチミツを出した。
「ハチミツ派か」
「まぁな」
レンジが鳴り、テーブルに温かいホットケーキが加わる。
ゴドーの武骨で巨大な手が、巣を切り分け、
小さな固まりをケーキの上に乗せた。
巣を潰して、蜜を溢れさせる作業に入る。
見守っていたら、にやりと笑われた。
「にやっとすんな」
「してねぇよ」
「思い出し笑いかよ変態が」
「・・・おまえと一緒にすんな」
言いながら、パクリと口に運ぶゴドーの、
食べっぷりに誘惑される。
「それ、俺の分よこせ」
「おまえは今食ったろ、夕飯」
「そっちも食うことにした」
「横暴な・・・」
「俺ん家にあったもんだろ、俺には食う権利がある」
「・・・」
ゴドーは再びにやりとし、ケーキを切り分け、
キケロの皿に分けた。
「さっきからよ、なんでにやっとすんだよ?」
「楽しんでんだよ、この空気を」
「あ?」
眉間に皺を寄せたキケロを他所、
ゴドーは数秒でホットケーキを片した。
それから、
「おまえと友達で、要られなくなるかもしんねーからな」
と呟いた。
「・・・」
言葉の意味はすぐにわかった。
酔いの醒めたような、すっとした感覚。
互いの顔面から、表情が消えていく。
ああ、ついに。
ゴドーはある程度の、確信を持って、
キケロの悪事を問い詰める気でいる。
足元がヒヤリとした。これからゴドーに憎まれる。
ゴドーとの関係が終わる。

ゴドーの言葉を最後に、会話の死んだ食卓で、
二人は友人として顔を合わせていられる、
最後になるかもしれない時間を共有した。
エリックのキケロへの当たりの酷さと、
当時付き合いのあったモラルの低い友人に、
打たれた薬物の影響で、
キケロは精神異常を起こし、
エリックを強姦している。
そのことをゴドーは知らない。
「エリックから聞いた」
正確に言えば、知らなかった。
「・・・ああ」
数時間前か、数日前か、
ゴドーはキケロの罪を知った。
友人をやめる気で、
真相を知るため、やって来た。
「本当なのか?」
「本当だ」
「・・・」
ゴドーは深く息を吐いて、横を向いた。
「本当か・・・」
「ああ」
1分か2分、沈黙が続き、
胃がキリキリと音を立てた。
「おまえに痛みを与えることを禁じられてる」
テーブルの上、ゴドーの手は開かれていたが、
指先が震えていた。
「誰に?」
「あいつに」
「・・・」
聞くまでもなかったが聞いた。
キケロの身を案じる、エリックを実感したかった。
しかしエリックの名を口にできず、
眉を下げて苦しげなゴドーを前、
聞いたのを後悔した。
「俺は・・・この衝動を、
 どうしたらいい?」
ノド奥から、今にも枯れそうな声を出し、
宙を睨んでいるゴドーに覚悟を決める。
「殴れよ、好きなだけ」
「・・・」
「痛めつけろよ、」
「駄目だ」
「気が済むまで、やれ」
「っ、」
「ゴドー・・・」
「初めて会った時から、
 おまえとエリックとの間に、
 何かあることは、
 ・・・わかってた」
耐えようと必死に、キケロから目を逸らしているゴドーに、
目頭が熱くなる。ゴドーとの距離が、どんどん遠くなっていく。
「最悪の出来事があってごめんな、
 俺は・・・、」
感情の高まりで、心臓に痛み。
それから血流が音を立てて、全身に回りだした。
指先が震えている。恐らく舌先も。
「俺は生きてて恥ずかしい」
グシャグシャの声が出た。
すぐに欲望に染まる、己を心底、
恥ずかしい人間だと思っている。
エリックの他にも、被害者はいる。
常にこうして反省していれば、
無害で要られるのだが、
生きていると目先の出来事にすぐ、
意識を持っていかれる。
そしてまた罪を重ねてしまう。
たまに生命活動を、停止するべきじゃないかと、
本気で考えるが、悲しむ人間の存在を思うとできない。
「後悔してんのか」
「してるけど、治らねぇ・・・、
 さらに、性質の悪いことに、俺は俺を殺せねぇ。
 誰かに殺されるまでずっと、
 俺は人に苦しみを与え続ける、
 おまえにさせることになって、
 申し訳ねぇけど、
 ここらで社会悪は、消されたほうがいいかもな」
「・・・」
ゴドーはキケロに、殴りかかることはせず、
ベッドまで歩き、ベッドに座り下を向いた。
「・・・、・・・、・・・なんで治らねーんだ?」
下を向いたままの、ゴドーからの問い。
「弱ぇんだよ・・・」
痛切な声が出た。
「・・・人間として、
 弱ぇ奴なんだよ、
 理性が足りねぇ、
 頭が可笑しいんだよ」
ゴドーは冷静で、寂しげだった。
落ち着いたゴドーの、その身に縋りつきたい。
己を省みる度、己への酷い失望と軽蔑で、
もがき苦しんで精神異常を起こす。
定期的に医者に、生活の様子を、
報告しに病院に行く。
その帰りに、どうして、自分はまともじゃないのか。
と考え出して劣等感にこの世の全てを呪い出す。
「こっちに来い」
命じられ、キケロはゴドーの前に立った。
立ってすぐ殴られ、床が目の前に迫った。
床に着く前に蹴られて次は棚。
バサバサと本が降って来て、頬に紙の感触。
ジンジンと殴られた頬骨が痛み出し、
髪を掴まれて棚のでっぱりに鼻の骨をぶつけられる。
鼻から血が出て、鉄の味が口内。
またぶつけられる。痛みよりも熱が顔面を覆った。
息ができない。
骨を砕かれる。
意識が飛びそうだ。
気絶寸前、ぎゅっと後ろから抱きしめられ、
暴力が止んだ。
「・・・っ?!」
ゴドーの顔が当たっている肩が、じわりと熱く濡れた。
ハァ、とゴドーの息が響く。涙の合間の吐息だった。
ん、・・・だとか、ふ、だとか弱弱しい嘆き声を、
たまに立てる他は、只管、
静かに泣くゴドーに言葉が掛けられなかった。
破壊したい対象が親友。
抑えられない殺意を、抑えなければならない。
その辛さにゴドーは今耐えている。
ポタポタと、床に雫を垂らしながら、
ゴドーは泣き声さえ封じ、
石のようにキケロを抱きしめたまま、
衝動をやりすごそうと、ただ息をしている。
時間がゆっくりと、ゆっくりと過ぎて、
やっとゴドーがずるりと動いた。
棚に手をついて、よろめきながら、
その場にへたり込み、また下を向く。
「どうしておまえだった?」
問われて、頭が白くなる。
「ゴドー・・・」
呼ぶと、ダン、と拳を床に打ち、
ゴドーは顔を上げた。
涙で頬を行く筋も汚し、
目を潤ませ、
無念を瞳で訴えて来ている。
床に膝を着き、ゴドーの目線に合わせ、
正面からゴドーを抱きしめた。
どうしてゴドーのような男が、
キケロを友人として愛したのか。
ゴドーもキケロも、命令があれば命懸けでぶつかる。
その時は、ゴドーは決して途中で、
攻撃をやめたりはしないだろう。
今日のものは、ゴドーの心から来る攻撃だった。
ゴドーの気持ち一つで、無くすことのできる暴力。
ゴドーは理性で、暴力を殺した。
「ゴドー」
名を呼んで、腕に力を込める。
「俺はおまえを許したくない・・・」
湿っぽい声が耳の傍に聞こえた。
「ああ」
「けどおまえが好きなんだ」
「・・・」
「だから、許すしかないっ、悔しくて吐きそうだ」
ガチガチと歯が、ぶつかる音。
ゴドーはやりきれなさに震えていた。
そんなゴドーの感情の激しさに寒気。
ゴドーの意思の力が、キケロを生かしていた。

その夜遅く、家に帰るゴドーを送り届けて、
玄関口、あの日苦しめてしまった、エリックと顔を合わせた。
エリックは何でもない顔で、ゴドーの身を受け取ると、
キケロと軽い挨拶を交わして扉を閉めた。



6:22 2011/03/11
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...2011/3/13(日) [No.548]
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