回ってしまうと何てことはない、受身の立場は楽だった。 ルキノは男に慣れていた。痛みのない挿入は心地良い。 心地良いがむなしい。目的がない。 「キケロはやめておけ・・・」 行為を終えた枕元。向こうを睨むルキノの声。 「別に狙ってねーよ」 「狙うとか、狙わない、という問題じゃない」 「・・・意味わかんね」 ルキノの、太い背骨の周りには筋肉が詰まっている。 それを指で押す。堅い。 「くすぐるな」 「感覚あんの?」 「過敏だ」 「・・・」 穏やかな悪戯心に、口端が上がる。 そっと唇をつけ吸ってみた。反応なし。 「元気だな」 「あ?」 子ども相手かのような、呆れ半分の声。 に、急激に愛しさが萎んで腹が立つ。 テッドの部屋は、テッドとルキノを収納すると即、 むさくるしさで暗くなる。 留守がちな両親は、この部屋が何度、 性交の場として使われたか知らない。 開けてある窓の向こうは雨雲で白く、 もしかしたらパラパラと降っているかもしれない。 「おまえは積極的だ」 「快楽に弱ぇのはマグランの血だからさ、」 「・・・」 「許せよ」 「、・・・マグラン、」 「やか?」 「・・・」 こちらが不愉快になるだろう答えを、 ルキノは吐きたかったのだろう。 そういう時ルキノは黙る。 黙るルキノは大人らしくて好きだった。 ポートも素になると、良く黙る男だった。 そこに、大人っぽさを感じていた。 否定的な事を、言わざるを得ない時、 そっと黙って後味に残す。 「おまえのだんまり、嫌いじゃねーな、・・・優しいよな」 「随分好意的に解釈するな」 「おまえのこと結構好きだし」 「・・・・・・・・・・・・、アンガスは・・・」 「ん?」 「・・・、いや、・・・いい、・・・」 「昔の奴の話ぐらいでキレねーよ、 どんだけ俺をガキ扱いすりゃ気が済むんだ?」 「・・・アンガスは、よく、言いたいことがあるなら、 はっきり言えと苛ついていた、」 「は、あいつらしい」 ルキノは口下手で、アンガスは口上手。 正反対の男二人が、よく結ばれていたと思う。 ルキノは口を開けばアンガスか、 良くわからない宗教の教えを説く。 退屈な男だったが、雰囲気は悪くない。 話をほとんど流していても、 空間が共有できれば満足する。 まだポートを求めている心の穴に、 煙のように充満してくれる。 ルキノの存在は痛みを和らげる。 「なぁ、ちょっと動けよ」 「何がしたいんだ?」 「おまえの背中の筋肉がセクシー、見とれたい」 「・・・」 大人しく、身じろいでくれたルキノの背に触る。 武に秀でた男の背。 羨望に混じり、性的な衝動が胸を打つ。 キケロやゴドーの背も、こうなっているのだろうか。 ゴドーの背は体育の、着替えの時にでも見てやろう。 キケロの背は、・・・と想像して顔が沸騰したことに気づく。 異様に高鳴った心臓と、キケロで興奮した己を責める心。 -キケロはやめておけ・・・。 数分前の、ルキノの台詞が頭に響く。 ポートへの強い執着と欲望とは別、 夢を見るような、美しい匂いのする誘惑。 何も考えられない、ただ想像するだけでも背徳を感じる。 「俺、は、キケロさんに恋でもしちゃってんのか?」 まるで少女のような、感覚に恐怖を覚えた。 ルキノが否定してくれれば、安心できるだろう。 口にして後悔した。 「・・・」 ルキノは良い意味でも悪い意味でも、 正直な男だった。それを褒めたばかりだった。 向き直ったルキノの目は冷たく焦っていた。 「後ろを向け」 「・・・なんでだよ、」 「いいから向け顔を見せるな、苦しい」 「っ、」 半ば強制、向こうを向かされ、 使ったばかりの穴の表面を擦られる。 「・・ン、」 すぐに指が中へ。 「・・・っぅ、ぁ、」 ゆるゆると奥へ。 「・・・っはぁ、・・・っぁ」 ルキノの求めは急だったが、 行為は心地良いし、嫌なことを忘れられる。 拒否する理由がない。 「おまえなんか行きずりだ、・・・手を組むついでに抱いている」 「あ?!」 呟きに反応してみたが、体内の指が止まらない。 意識がそちらに連れて行かれる。 「精神は伴わない、肉体があればいい、そういう相手だ」 「・・・は、ぁ、アっ・・・」 指が抜けすぐに、ぬる、と良く知った形の一物が、 侵入して来て目を瞑る。 「っぁ、・・・アァ、・・・ぁ、はぁ、」 「俺ばかり背を向けられる、俺の何がつまらない?」 「つ、・・・はぁ、・・・なん、・・・んぁ、」 中を摩られる感触に夢中になり、頭が働かない。 「ぁぁ、・・・ん、・・・うごっ、もっ・・・奥、・・・ァッ」 「俺を好きだと言え」 「すぃ・・・ルっ・・・ぁ、すき、だか、おまえのもっと太いトコ、 まで、中つっこん、・・・、で、っぁ、太いトコで、はぁ、もっと、 ・・・さすって・・・っ」 「商売ができるぞテッド、っ・・・、意識はあるか? マグランの血は、淫乱の血なのか? ・・・っ、似合いだな!本家の嫡男が淫売する一族だ、 下品で卑しいマグランの、 その血の何が誇らしいんだ?」 「・・・」 罵られた覚えに、少し冷静になるが、 すぐに中が動く。 「っや、・・・だめ、・・・頭白っ、・・・なっから待っ、」 細かい、振動が与えられ唾液がたまって行く。 「はン・・・ぅ、はぁ、・・・ぅあ、はぁ、・・・っぁ、あ、ア」 トントントントンと肉がぶつかっては、 広がった穴に、擦れる感触。 ルキノの息の音が聞こえ、己の息の音に混じり、目が回る。 抜けては刺さって来る、ルキノの一物が生む、 体内をとかすような快楽に幸福感。 「すき、・・・これ、おまえとの、いい、・・・ほんと、イ、 あっ・・・い・・・っはぁ、・・・すき」 熱い頭と、息と目頭が、しばらく時間を止めていた。 気づいた時には体内に、ルキノの感触はなく、 先ほどまで高温で、強い存在感を示していた下肢が、 物足りなく冷めており、意識がはっきりとして来る。 「・・・ん?!」 マグランは下品でいやしい。その血の何が誇りか。 流してしまった暴言が胸に刺さり、緩んでいた顔が険しくなる。 「おい、さっき、」 言い掛けて部屋の、物悲しい空気に呑まれる。 ルキノは去っていた。どれ程呆けていたのか。 ルキノの退室にも気づかなかったとは。 ベッドの上は涎と、精液と汗でグショグショな上、 身体には疲れ。水気で冷たい身体の下からは異臭がする。 色々な面倒を置いて、帰ったルキノに憤りを感じ、 何も考えずに携帯を手に取って、電話をかけ、また思い出す。 俺のことを好きと言え。そんなことを言っていた。 ルキノの心中に合点が行く。わかりやすい男。 アンガスはポートに夢中。テッドはキケロに恋してる。 それは気に食わないだろう。怒って帰りもする。 『悪かった』 電話の第一声が、謝罪で思わず微笑んだ。 『何が?』 『・・・、心にもない、暴言を、・・・それと、片付けを任せた』 『任されるつもりはねーよ、戻って来い、 暴言は、心になかったっていうなら信じる、 で、気にしねーことにした、 あとキケロさんのことは、憧れだし、仮に、 恋でも発展はしねーから、 雲の上の存在すぎて、近づけねー、 おっかけとかしてる女にひっかかったみたいな、 そんな気持ちで向き合ってくれる気ねーかな、 もし二択、おまえとキケロさんどっち選ぶ、 とかになったら、おまえ選ぶから、 だからも少し傍にいてくれよ、 俺の時間全部、できる限り、おまえで消費したい、 今、そーゆー心境、おまえのこと好きだ』 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、 ・・・同じ言葉を、贈りたい』 鼻声。何で泣いてんだ。どーした。 『泣くな』 嗜めるとグスッ、と音を立て、『ああ』と涙交じり、 返事が来て笑う。こんな素直な人間は初めてだ。 男も女も、普通はもっと捻くれて、 体面を取り繕うものじゃないか。 テッドが相手をして来た者達の中、明らかに異色。 寂しいからと呼ぶ癖、寂しさを隠すキイチ。 独占欲の暴走を恐れ、別れを受け入れたポート。 ポートの好意を貪欲に求め、 執着されたくて突き放した。 ポートが混乱し、苦しんでいたことに気づかなかった。 キケロを想うテッドの、遠巻きな心と同じよう、 強すぎる気持ちは離れていないと辛いこと。 ポートが焦がれる痛みに、負けたことを責められない。 平常で居たい。生ぬるい幸福の、心地よさに浸りたい。 『テッド、聞いてるか?・・・どうした?テッド?』 自分に、キケロに立ち向かう気がさらさらないこと。 ルキノの安心感を、何より大事に思っていること。 自覚して、初めて、ポートの葛藤が骨身に沁みた。 『ポーラと俺が、似たもの同士ってことがわかった』 『・・・?・・・愛してると言ったんだが』 『え、まじで?!・・・悪い、もっかい頼む』 『・・・、聞いていろ、馬鹿者、・・・もう二度と言わん』 『いや、言えよ、せっかくだから聞きてーよ、 俺も言うから・・・!』 『・・・』 プツ、と音がして、回線が切れる。 数分後、不機嫌なルキノが戻って来た。
|