闘技には公式と一般がある。一般人が見られるのは一般のみ(だった)。 一族や企業の勢力誇示のため、行われていた公式闘技に対し、 一般は一般人の娯楽のため行われていた。
しかし近年、公式の兵士が一般試合に出るようになり、 公式のテレビ中継が許されるようになり、と変化を遂げた闘技は、 公式と一般の境目があやふやになった。
才能者がより富み、非才能者が落ち零れるシステムが完成しようとしていた。
「最悪よ・・・また城の奴に負けたわ」 バーのカウンター。ゲイだらけの店内は肉っぽさで溢れていて、 横でクドの話に耳を傾けている男もまたゲイだった。 「いいじゃない、クドはそれでも頑張って残ってるわけだから」 毎度クドの話を聞いてくれる彼の名はシマちゃんといって、 この店で出会い、別れた元恋人。そして現友人である。 「もうあたし、引退する」 酔った勢いで呟くと、シマちゃんは笑った。 「ファンが大騒ぎするね」 「お城勤めするのよ・・・」 「えー?今までさんざん公式兵士叩きしてたくせに!」 数年前まで、星の数ほど居た一般闘技専門の、勝負兵士は、今は数えるほど。 闘技参加人数、観覧人数も減って、闘技は文化として衰退しそうになっている。 そんな状況を背に、全国の勝負兵士を代表して、クドは静かに唸った。 「憎しみと憧れは紙一重なの」 クドの職業は勝負兵士。 心無い人間には底辺職業と呼ばれている。 月に一度の非公式闘技にエントリーし、試合に勝ち金をもらう。 収入は安定せず、身体が壊れたその時、職業人生が終わる。 対して公式兵士(城付きとも呼ばれる)は、 名家や企業に雇われていたり、北の軍事国家に認められていることを条件に、 クドのような勝負兵士と比べると社会的地位から収入、保証の面で桁違いに待遇されている。 「クド、なんで勝負兵士になったの?」 「・・・」 五年前、クドは数百の倍率を潜りフィオーレの兵士養成所ジェキンス寮に入寮したエリートだった。 北国ノードストロムの生まれで、フィオーレには兵士修行と学をつけるため来ていた。 武力の才があり、ジェキンス寮の教官には十七になった頃、合格をもらった。学業は十八まで。 一年間、クドには学業に専念する猶予が与えられていた。 ジェキンス兵士として、フィオーレの屋敷で働ける未来。 フィオーレから出ている奨学金で、悠々と学生生活を送っていた。 クドは規律の厳しいジェキンス寮から、郷土寮に移って、 最小限の訓練と定期的な能力検査をパスしながら、快適に生活していた。 自信に満ち溢れ、万人に優越した気持ちでいた。若かった。 クドを襲った悲劇は、クドが十八の冬、いじめっ子に絡まれていた後輩を助けた時に起った。 足を負傷。素人を相手に油断したクドもクドだが、残酷すぎる現実にクドは打ちのめされた。 実力が半減しただけでなく、規定にひっかかり就職まで数年の猶予が必要とされた。 学生の間だけの奨学金。怪我の完治、能力の回復が就職の条件だった。 その期間、家が裕福であったら大学なり、北への研修なりと進むことができたろう。 生憎、クドの家はすぐにでもクドの稼ぎを必要としていた。 クドをフィオーレに送るための借金の返済。勝負兵士は、勝てば高額の賞金が出た。 「クド?」 シマちゃんの丸い目が、過去を振り返っていたクドを不思議そうに覗き込み、 チラチラと輝いていた。 「シマちゃん・・・」 クドはカマ言葉を好んで使うが、性癖はタチで、 シマちゃんの丸い目をこよなく愛しており、その丸い目に欲情していた。 「可愛い目玉ね」 言いながら、彼の頬にキスをすると、 くすぐったそうに笑われ、距離を取られた。 「あん、・・・なんでよ」 眉を下げて責めると、シマちゃんは困った顔をした。 「僕等終わったでしょ」 静かに諭すよう笑うと、ジュースを飲み、溜息。 シマちゃんはアルコールに弱い。そこもまたツボなのである。 「シマちゃん・・・」 「僕、好み変わっちゃったんだよ」 きっぱりとした声。 脈絡はなさそうだ。ここで食い下がって、友情まで失いたくはない。諦めよう。 「そうなの、・・・」 返す言葉が見つからない、頭が白い。 いよいよシマちゃんとはヨリが戻せないのだという現実にぶち当たってしまった。 頬に手をつけて黙り込むと、わらわらと友人等が寄って来た。 「何だよクドちゃんふられてるのか?!」 友人、という名の愛人でもある。 カウンターのような、目立つ場所で自爆するんじゃなかった。 「俺慰めてやろうか、ウマーイキノコ食わせてやるよ、直腸から!」 「やめろよ、クドちゃんはオシトヤカだけどタチなんだからな! 俺が心の子宮で包み込んでやるんだよ」 「僕の御尻はねー、鍛えてるから凄い絡みつくの、きっと癒されちゃう」 「黙れクソネコども!いいか!ふられたタチはネコに目覚めやすいんだよ、 邪魔すんな、チャンスを」 どうしようか。今は興味のない他人に慰められたいという気分じゃない。 ゆるりと上の空を決め込む。 店はゆったりとしたスペースを持ち、洒落ていて、 青い照明が居心地の良い暗さを作っている。 広い窓の外には夜景が広がっていた。 来ている人間は金に余裕がある層。つまり高い店だった。 勝負兵士の収入は不定期だがでかい。 転職に失敗したら、生活はがらりと変化してしまう。 そのことへの恐怖がクドを今の職業に縛り付けていた。 「なぁクドちゃん、一回抱かれてみたいと思わねぇ?!興味本位でもいい!」 「俺ネコだけどサドだから、毎週クドちゃんが負けるたびにもう、 凄いムラムラしちゃってさぁ~」 クドは焦げ茶の髪と目に、黒のくっきりとした眉、大きな鼻を持っていた。 落ち着いた穏やかな顔立ちだったが、体格が良いので、 見る人によっては恐ろしさを覚える類の、所謂熊系。 熊系は男のフェロモンが濃いためか、ゲイの中では若干、もてはやされる。 「貴方がサドでもあたしはマゾじゃないの」 「わかってるよ、でもこのトキメキを伝えたくて!」 「十分伝わってるわよありがとう、ごめんなさい」 「クドちゃん!」 口説きに適当な返事をしながら、シマへの想いをどうにかしようと心を鎮めるのに必死になっていた。 「シマぁ、フり方甘ぇんだよ、もっと手ひどくやってやれよ、慰めが必要なくらいにぃ」 「・・・さいてー」 シマの罵倒を受け、ふー、と息をつく貧相な男の足を踏む。 「イテッ、デェ、うわ、がぁっ、いてぇ~」 「なんの騒ぎですか」
「ルカぁ!」 痛みに喚く男の悲鳴を遮って、力強い声がした。 シマちゃんが歓喜してその人物に抱きついた。 少しの下がり目と形の良い額、くりりとした大きな目。 「ルカ、いいところに」 フィオーレ次期当主、ルカス・フィオーレはまだ若かったが、 皆、揉め事があるとよく、彼に意見を仰ぐようになっていた。 「こいつら何とかして」 まだ十八かそこらの青年は、店の常連で、 小さなボスと呼ばれ可愛がられていた。 クドにしてみれば、 元就職先のトップの息子であり、現、恋敵である。 複雑な感情が湧くはずの相手だ。 が、面と面を向き合わせ、睨んでみようとするとそれができない。 「何とかって、彼等が何をしたんだ?」 「・・・えーと」 「何もしてねぇよ、フィオーレ!」 「ちょっと口説いてただけ」 「クドがつれないことがよーくわかった」 「それよりフィオーレ、一昨日な、 凄い可愛い子が来て、これ写真」 「何、タチか?!ネコか?!」 「ネコ!!」 「でかした」 「俺、俺も狙ってるんだから」 「わかってる、勝負だ」 「ちょっとルカー!僕等恋人同士でしょ~!」 「恋は多いに越したことはない!」 「やだーぁ、僕だけ見ててよ~!」 ルカスの腕に絡まって甘えるシマちゃんに絶望しつつ、 クドはある視線に気づいた。 「・・・クドさん」 すぐに誰だかわかった、と同時に息が止まった。 「センダック」 小柄で細身の、少し神経質そうな青年。 黒い髪に緑の目の、気弱そうな三白眼。 同郷の後輩で、クドをこの道に自覚させた男だった。 可愛らしい顔なわけではなく、ただ弱弱しい男。 その弱弱しさが、クドの庇護欲を大いに刺激した。 「どうした、どうしてこんなところに」 「貴方こそどうして、」 「俺は仕事の付き合いだ」 自然に嘘が出た。 「大変ですね」 緑の目はクドをとらえ、すぐ宙に戻る。 きょろきょろする視線。人と目を合わさない。 センダックはまったく変わっていない。 「元気か」 「・・・はい」 この青年はクドに良く懐いており、 寮の中でもクドだけに心を開いていた。 それがクドの独占欲までもを刺激し、クドを大変悩ませた。 訓練に励んでいたのと、人を好きになりにくい性質が、 それまでクドに恋のなんたるかを知らせずに来た。 センダックによって、知らされて夢中になった。 何かと言えば構って、構えば構うほど懐かれた。 絡まれているところを、思わず助けた後輩。 このセンダックが、クドの人生の大失敗である足の怪我の原因。 にも関わらず、こうして顔を合わせてまず、沸いて出る感情が憎しみでなく、 喜びだというのだから、恋は重症のようだ。
「ここがどういうところかわかってるのか?!」
落ち着き払い、問う。内心は期待と混乱と、焦燥で一杯になっていた。 もしこちら側の人間だったら。 冷やかしで来たとして、これをきっかけにクドの性癖がばれたら。 「迷って来たなら戻れ、送ってやる」 「いえ、ちゃんと目的を持って来ました! その、僕、ちょっと興味が、どういうところかだけでも、 知りたくて、ルカスさんに連れてきてもらって、 クドさんが居たので、 びっくりしちゃったんですけど、ええと」 びっくりしたのは俺のほうだ。 「興味本位で来るような所じゃない」 「すいません」 「貞操の危機に晒されたりするかもしれないんだぞ」 「ごめんなさい」 「俺が居合わせたから良かったものの、もし何かあったら、 親御さんにあわす顔がないじゃないか」 「あ、はい、親にまでご配慮頂いて、ありがとうございます」 「ルカス・フィオーレとはどうして知り合った?」 「えっと、・・・友達の友達で」
「級友だ、同じクラスなんだよ、俺と彼は」
「なるほど」 センダックの説明に、ルカスが横入りし、完全に、 店はセンダックとルカス、クドの三人に注目している。 「ちょっとクドちゃんどうしたの? 凄い男らしい顔してるわよ・・・」 友人が苦笑交じり、声を掛けて来た。 「俺は男だからな」 友人の声に、この店では滅多に出すことのない、 低い声で返すと、あたりがシーンと静まり返る。嫌な予感。 「いやぁぁぁ!クドちゃあああああん抱いてえええええ」 わっ、と歓声。 「俺やっぱ抱かれたい!!ネコやってとか言ってごめんなさぁあああい」 「ミスターグラディエター!」 「やああーーーーああん」 「あたしたちクドちゃんが何べん負けてもクドちゃんが大好きよぉおお」 「抱いて!」 「クドちゃーーーーん!!!」 「ミスターーーー!」 やめろ、そういう言い方したら俺がここの常連みたいじゃないか。 いや、常連だけど。今必死で常連じゃないふりしてるのわかれよ。 「相変わらずだなミスター、もし良かったら俺も抱いてくれ」 はっはっは、とルカスまでがからかいに来る始末。もう言い逃れしようがない。 「クドさん、あの、」 「外に出よう」 センダックの肩を持ち、店の外へ誘う。フゥーーゥ、やらヒュー、やら囃す友人等は後で絶交だ。
*
「またこうやって、お話できて嬉しいです」 センダックは屈託なく、声を掛けて来た。 素朴な顔立ちは、純粋に、男という性別だけを訴えて来る。 すぐそこの畑で取れた野菜のような、 飾りのない魅力。 「忙しくて、声を掛けられずにいたから、心配していた」 バーのある建物の屋上。ベンチに座らせて、自分は横に立つ。 並んで座ると、緊張が悟られてしまう恐れがある。 「僕の方こそ、沢山、お世話になっていたのに」 「いや、世話になったのは俺のほうだ、あれ以来・・・」 怪我をした時、不自由な生活を支えてくれたのもまた、この後輩だった。 「あの時は、本当に・・・」 センダックの顔が曇るので、慌てて次の話題を考える。 クドの怪我に対し、センダックが後ろめたさを感じていることは、 怪我の後も今もずっと変わらない。 クドは怪我で、永遠にセンダックを支配する力を得た。 (ああ、それが、) その力がクドに、センダックを憎ませない。 そして、怪我によって歪んだ人生を嘆かせない。 「大丈夫だ」 自然に出た言葉。意味は特に無い。 それよりも、我慢できず肩に触れてしまったことがまずい。 センダックはクドを見上げて来ている。丸い目。 クドの丸い目フェチはここからだった、 ということを思い出し胸が締め付けられる。 「クドさん、」 少し痩せた肩は骨と、体温とはりのある肌の感触で、 クドの性感を大いに刺激した。 思わず力を入れ、親指で二の腕を摩ると、 その性的な雰囲気にセンダックからストップが来た。 クドの手首を掴み、ぎりぎりと離しにかかるセンダックが愛しく、 笑みが零れた。 「疑ってるのか」 「え?」 「俺があの場所に居たから、 俺を、そういう趣味の人間だと」 「・・・」 「どうなんだ」 怪我の原因を作ったセンダック。 クドは時々、何かに躓く度、 センダックを怪我を理由に脅して犯してしまおうかと思った。 思ったが実行しないで来た。 それはセンダックの純粋な好意を失うのが怖かったため。 加えて、今のような、性的なアプローチに対する、 センダックの水面下での、激しい拒絶に萎縮して。 過去、怪我の面倒を見てもらう最中にも、 身体が密着するとよく魔が差して、こういうちょっかいを出していた。 その度に、センダックは平気な顔、時には笑顔で、水面下、激しく拒絶した。 当時は萎縮していたが、今は逆に興奮する自分がいて驚く。 「前から、先輩はちょっと、そっちの気があるのかな、 って思ってて、でも、隠してるみたいでしたし、 必要があったら言ってくれると思って、 今日、会った時は「やっぱり」っていう感じでした」 そういえばこの後輩、賢かった。と思い出して、 心配していた絶縁だとか、 絶望だとかが、吹っ飛ぶ。 そうか「やっぱり」か。もうばれていたのか・・・。 「カマ言葉で喋っていいか」 「嫌です」 「・・・」 きっぱりと言われ、残念な顔になった。 のがセンダックにもわかり、センダックが少しにやけた。 「先輩にはかっこよく、男らしく居て欲しいです、 僕はそういう風になりたくて、なりたい一方で崇拝していた」 夜風で、センダックの髪が揺れる。 耳の上の頭皮が見える。 髪の付け根を指でなぞり、小さな頭を撫でたい。 クドの熱い視線を、センダックは無視し、 クドと視線を合わせることなく続けた。 「今、仲の良い友達が丁度、先輩みたいな人で・・・、 いや、先輩よりずっと凶悪な感じで最初は凄く怖かったんですけど、 でも中身は先輩と同じ、優しくて分別のある男の理想みたいな人で、 その人の気を引こうと、僕はこんなところまで来てしまった。 その人もちょっとそっちの気があるようだったから、過去、 先輩とのこともあって、凄く、気になった、こっちの世界のこと」 予感として、心音が高まっていた。 何か嬉しいことを言われる気がする。
「・・・僕、先輩のこと理解したかったんです、ずっと」
「センダック!!!」 抱きしめようとゆったり広げた手。 「聞いて下さい」 あっさりと空振り。 「はい」 素直に収める。 「僕は実際女の人が好きです」 「はい」 「でも先輩のほうが好きです」 「は?」 「だから理解したかった、そういうことです」 「・・・」 「できるわけないんですけどね、こんな生理的なもの、 本とかインターネットとか、相談所とか、 そういうので調べたりして、でも、大体全部微妙でした」 「そう・・・微妙、・・・でしたか」 「なんで敬語なんですか」 「緊張して」 「緊張、僕に?」 「・・・」 ピタリと合った視線。 滅多に合うことのない、センダックの視線は、 不慣れで、見詰め合う時の温度を調整することができない。 クドとセンダックの間、視線がどんどんと熱くなっていく。 センダックの丸い目の、中心、緑の瞳が、不安げに揺れた。 頭の血管が切れそうだ。今戦ったら、誰にも負けない気がする。 センダックは無表情に下を向くと、身を折り曲げた。 片肘を腿に置いて、片手で顔を覆う。細い肩に骨ばった、男の特徴が浮かぶ。 それがクドをクラクラさせることも知らず、センダックは笑った。 「僕は幸福だ」 「幸福?」 後ろめたさで逆らえない男の厳つい先輩に貞操狙われているのに? 「今までモテない金ない運ないで来たのは、 貴方に好いてもらうためだったのかな・・・」 「・・・まあ、おまえが冴えないことはよく知ってる」 「なんでこんな冴えないのを好いてくれるんですか」 「う・・・そう、だな・・・んんん?」 好みだから?ムラムラするから?懐かれて嬉しかった? 会った時から何か好きだったから?冴えないからこそ独り占めできるから? 「困らないで下さい」 「・・・、悪い、でも、好きなことは確かだ、改めて言うと、大好きだ」 「・・・」 センダックは顔から片手を放すと、思いのほか大人の顔で、 クドを見上げ、口はしを上げた。また視線が合う。 クドの数年掛りの、気持ちが打ち明けられた場面だというのに、 冷静なセンダックにクドの背はじっとりと濡れて来た。怖い。何を言われるだろう。 「気味悪がってもいい・・・」 こんな形で告白することになるとは。どうしてこんなことに。何も考えられない。 数分前まで、シマちゃんとのヨリを戻すことに夢中だった癖、もうどうでも良い。 「好かれてるっていうのは、肯定されるってことです」 ポツリとした呟き。 「貴方は僕の理想の人です、その理想の人が、僕を、・・・それがどれだけ嬉しいことか、 貴方に想像できますか」 センダックはまた下を向いた。クドは何も言えない。 言葉のない時間が経ち、それからセンダックは少しだけ顔を上げた。 「僕の人生にはあまり良いことがなくて、うん、性格が暗いところからまず終わってた、 自分でさえ自分を肯定できなかったので、貴方の好意、肯定が、本当に嬉しかった」
気持ちを一先ず受け止められたことで、浮かれている心が、ふわふわと脆くなっている。
「それはおまえが、 最初に、 俺に懐いたろう、それで俺も、やむなく・・・!」
今、この状況で、センダックに少しでも否定的なことを言われたら、不快そうにされたら、 恐らくもう一年戦えない。センダックという存在が恐ろしい。攻撃的にもなる。 クドは、現実というものがそんなに甘くないことを知っていた。そして怖れていた。 そんなこちらの都合に構わず、センダックは苦笑した。 「好意は向けても返ってこないものでした、 お父さんに始まり、好きだった女の子、先生、 母も新しいお父さんに取られたし、 友達は、愛想よくすれば仲間に入れてくれたけど、いつも内心で僕を馬鹿にしていた。 僕は何事も人より劣っていたので、人になかなか興味を示されなかったんです、だから、」 「・・・」 「僕は優しい人を探して、その人に必死で取り入るようになった、 同情で仲良くしてもらおうと、無意識に、・・・優しい人と会うと全身全霊、 懐くようになったんです、それが僕の処世術、弱者の生き方です」 言い終えて、センダックは完全に顔を上げた。 横顔からは、センダックが何を考えているのかわからない。 建物の屋上は、視線の先に夜空がある。 空を見つめたまま、センダックは黙ってしまって、 クドはその横に縛り付けられていた。まさに裁きを待つ人間だった。 「座って下さい」 命令され、座る。 「気分悪くされましたか?」 「何に」 「僕が自己肯定のことしか、考えていないことに」 「・・・」 センダックとクドの距離は隣り合わせた見知らぬ人同士程ひらいている。 また下を向いたセンダックと、センダックを観察するクドの姿は、 久しぶりに会った先輩と後輩の関係を出ない。 センダックは下を向いたまま、顔だけ傾けクドを見た。 「色々言いましたけど、僕は、要するに、貴方に好かれたことで得られた幸福感の、 恩返しをしたいんです、貴方に、何か貴方が幸せになれればいい、と思って」 「・・・」 「僕にできることだったら、何でもいい」 「センダック、」 少し声が裏返る。 転がるように展開が進んでいて、頭がついていかない。 センダックがクドの気持ちに気づいていたところからまず大事件だというのに。 「調べたということは、俺が何を求めてるか、 俺に好きにさせた結果、 自分の身がどうなるかわかってるんだな」 「わかってます、」 「・・・」 少し、手を震わせつつ、センダックの腰に腕を回すと跳ねる、憎らしい体に内心で舌打つ。 「大丈夫なのか」 「微妙です」 確認すると案の定な答えが来て思った以上の苦しみがやって来た。 興奮している身と心が鎮まらない。が、微妙だというセンダックに無理強いはしたくない。 「すいません、 今日会うなんて思ってなかったので、うぅぅぅ、僕の意気地なし!!!」 まったくだこの意気地なし!!!と心中で罵ると腕を引っ込めた。 「変わってないわねー、まじで」 衝動が抑えられない腕を、ベンチの背に回し聞こえよがしに溜息をついた。 「・・・、カマ言葉やめて下さい」 「あらごめんなさい」 「先輩!!」 「キーキーすんじゃないわよ、可愛いわね」 「やだぁーー!僕のクドさん像が崩壊するーーーー!!」 「だまんなさいよ、泣くわよ」 「・・・先輩?!」 「あたしの本性コッチだもん、あんたの勝手なあたしの像なんて、 もう粉々になっちゃえばいいのよ、 何よ、もう、恩返しとか言って・・・、 振り回さないでよ、緊張が行き過ぎてカマ言葉出ちゃったのよ、 わざとじゃないわよ、もう好い加減にしてよ、っ・・・」 「クドさ・・・」 頬がスースーすると思ったら泣いていた。 センダックが心底驚いた顔をした。その後で温かい表情を浮かべた。 「なんだろう、クドさん、 この感じ、 覚悟? 欲求? スイッチ入ったみたいな」 柔らかい感触が目の下に来て。 それがセンダックの唇だったことが判明した頃、センダックはクドの頬を両手で包み、 愛しげにクドを見つめていた。 かつて健康的に見えた後輩の骨格は、今は大人びて性的だった。 「やれるところまでやってみてもいいですか? というかたぶん、やれると思うんです」 「あたしタチよ」 少し怯えていた。それが伝わった。 センダックは目を細めた。三白眼というのは、細められた時、悪魔じみた色香を生む。 それは黒目がちな目が作る壊したくなるような欲求とは違って、むしろその逆。 崩されそうな予感、不安や恐怖に繋がる、死の開放感に似た身震い。 「わかってますよ」 センダックは社交辞令のように頷いた。安心できない。センダックの考えが読めない。 「あたしも何かしていい?」 伺わずにすれば良いのに、伺いを立てる。 「いいですよ」 さらりと認められた。 技術で言えば格段に上のはずだ。何年この世界に身を置いて来たと思う? センダックは悠長にクドの顎やら首やらにキスを降らせている。 羽織っていたものが脱がされ、肩にまでキスが降りた。溶けそうなほど熱い。 肩にキスをされた。センダックがクドの肩にキスをしている、その認識がクドの目を回らせる。 キスだけでなく、ゆったりと腕を撫でられている。一方で、腕の付け根を親指で摩られている。 本能に組み込まれているとは言え、センダックの男としての動きに動揺する。 「っ、ゥ」 腰骨を撫でるよう、摩り出したクドの手に、やっとセンダックが反応を示した。 「それやめて下さい」 「嫌」 ハァ、と息の音がして、クドを押すような体制に居たセンダックの身が、ぐっと下がり、 眼前に、細い背中が息をしている景色が広がった。汗で肌に少し、服が張り付いている。 感動であがりそうになった声を抑え、センダックの頭を掻きまわした。 途端、カチャカチャと音がしてベルトが外された。 流れるように外気に触れた性器は始めから元気良く飛び出したが、センダックは動じなかった。 センダックの小さくてぽこぽことした指が、きゅぅっとクドのものを掴み、摩りだした。 「なんか大丈夫そうです」 「え?」 「むしろしたい」 クドのものに集中した顔で、熱に浮かされたよう呟かれ、腰に力が入った。 「予定外だったから、僕も何が何だか、 でも、貴方に再会してわかりました、 僕は貴方のためにここに来た」 ぐっ、とセンダックを押したと同時、射精が起った。 店付きの屋上ということもあって、こういった行為がよく行われている場所だったが、 クドはいつもキチンと着けるものを着けてから発射することが多かったので、羞恥で頬が染まった。 センダックに脱がされた上着のポケットを探り、行為用の座薬を一つ取る。 「下脱いで」 指示すると、カチリと目が合う。きょとんとしている。 センダックはどうしたいのだろうか。センダックが相手なら下になってもいいかもしれない。 けれど、できたら、センダックの中に。 「入れたいの、脱いで」 切羽詰った声を出す。 「・・・、いいですよ」 驚くほど、柔らかに、微笑まれて快諾され、 身体が軽くなった。嘘のような現実。 「言ったじゃないですか、むしろしたいって」 歌うように言いながら、センダックが脱いだ。 「どうして、急に、」 何もかも上手く行き過ぎて不安だ。 「急じゃないです、ずっと考えてましたから、 今日答えが出たってだけです、 それ入れれば良いんですね?」 座薬を手渡す。 センダックはそれを、ぎゅっと目を瞑って入れた。 歯を食いしばって、緊張して入れた。 そのことに胸が痛み、背を撫でてやると、頬にキスが来た。 「結構簡単に入りました」 湿った声で言われ、こくこくと頷く。 首に腕が回され、センダックの体温が近い。 センダックの身は熱くて小さかった。 「っ」 座薬によって、緩められた穴がクドをするりと受け入れた。 「アツイです」 センダックの早口な感想に、うん、と返す。 まだ先端だけだが、センダックの腰を持ち、振って慣らしにかかった。 何度か経験のある人間と違って、またはその手の才能のある者と違い、 センダックは極端に感じることがない。 震える息と、ぅ、とも、ク、ともとれる音を咽喉から出し、 クドの首にきゅっとつかまることに徹している。 つらいだろうと思い、背を摩ると少し中の緊張が解ける。 繋がったまま、動いたり止まったり、クドの気が済むまで時間が流れた。 センダックは一言も言葉を発しなかった。
*
「やっぱ僕入れたいです」 後日店に訪れたセンダックの発言で、 クドは飲んでいたものを三割噴いた。
|