俺の人生コレと言って何の変哲もない。
この先もそうだと思って疑わなかったのに……。
― 満員電車 ―
朝の満員電車。 自宅から大学までの道のりの大半をアキユキはこの息苦しい空間で過ごす。 教職課程を取って毎日一限から出なければならないばかりに 彼はこの圧迫地獄に苦しめられている。 アキユキの降りる駅は社会人には無縁なのと、時間帯のせいもあって下車する人が少ない。 なのですぐ降りれるように、扉に張り付いて乗っている。
以前、乗車の流れに飲み込まれて扉から遠ざかってしまい、降りる駅を過ぎてしまったことがあったからだ。 体格は細見ながらもガッチリして筋肉も程良くついているのだが、さすがに数十人を押し除けることはムリだった。
その日の朝もアキユキはいつも乗り込む扉に張り付いていた。 後ろから押しつぶされるのはいつものことで、息苦しくもさほど気にはしていなかったのだが、
「……?」
尻の割れ目をナゾられる感覚がした。 今日はレザーパンツをはいていたので、その感触がよくわかった。 その動きは何度も上下に割れ目をナゾり、かなり執拗なものだった。 アキユキはちらりと横を見ると同じ年ぐらいの愛らしい女性が視界にはいった。 この人と間違えられてる?と、一瞬思ったが、
「っ!」
ファスナーをゆっくり降ろされ、間違われてるんじゃないと気づいて余計に焦った。 ファスナーを降ろされたフロント部分から、そっと細いモノが侵入してくる。 それは迷うことなくボクサーパンツの前開き部分も押し広げ、アキユキのまだ柔らかい幹に絡めた。 その触れてくる感触に始めは痴女かと思っていたが、
――マジかよ。
男の骨張った指なのだと気づいて鳥肌が立った。 相手が男だとわかって嫌悪してもそこは本能。 ヤワヤワと指先で揉まれれば自然とそこは張りつめ、己の欲を主張する。 更には数日処理していなかったこともあり、アキユキは与えられる刺激にビクンビクンと腰を揺らした。
頭では一方的な慰みに屈辱で悔しさがいっぱいだったが、窮屈なパンツの中で破裂しそうな欲をもっといじって欲しいと思う自分も本当だった。 幸か不幸か、誰もアキユキが男に、指先でなぶられていることには気づいてないと思った彼は、
――ヤバ……きもちい。
あろう事かアキユキは痴漢相手に催促しようとそこに手を伸ばし、振り返ろうとした。 だが、
「あ、」
先程みた女性とは反対側の方向。
「……」 「……」
アキユキよりも一回り背の高い男と目があった。 スーツをきっちり着込んだビジネスマン風で、体格も体育会系なのかがっちりしていて、清潔感のある黒髪に生真面目そうな顔立ちだった。 アキユキは思わずじっと見ていると、
男が一瞬眉をひそめ、顔を逸らした。 だがアキユキは見逃さなかった。
男が頬を赤く染めたのを……。
――バレている。
男がアキユキが痴漢になぶられているのに気づいているのは一目瞭然。 アキユキは頭の中が真っ白になった。 男にいいようにされて悦んでしまっている自分に気づいて血の気が引く思いがした。 悔しいのと情けないのとで涙が出そうになったとき、
「これ、噛んでなさい」 「え、」
キレイに折り畳まれたブルーのハンカチを口にあてがわれた。 アキユキはわけが分からなかったが、言われるままにそれを噛んだ。
「あと五分で次の駅だ。我慢、出来るね」
そう耳元で囁かれ、アキユキは察した。
この男は自分に恥をかかせないようにとしているのだと。 事実彼はアキユキの隣いいる女性の視界に入らないように、自分の鞄を仕切りにしてアキユキの先走っている欲を隠していた。 そしてなるべく気持ちを和らげようと、優しく背中をさすっている。 下では激しく自身の硬くなった幹をシゴかれ、上では優しくあやされ、アキユキは何だか不安定な感覚に思わず男のジャケットを掴んで顔を見上げた。
視線の先には心配そうな、だけどどこか複雑そうな男の表情。 アキユキの涙で潤んだ瞳と、高揚する艶めかしい表情の下で激しくなぶられている姿を見て男は何を思っているのだろうと考えると。
「んっ!」
背中から脳天にかけて快感がせり上がった。 それと共に幹の先端からどぷっと、濃い欲が零れる。 まだ達してないのに溢れてくる感覚に、アキユキはたまらなくて男の胸板に顔を埋めた。 ドクンドクンと早い鼓動が伝わってきて、アキユキは何とも言いしれぬ昂ぶりを感じた。
『まもなく~』
到着前のアナウンスが流れた。 先程の先走りでクチュクチュと音が聞こえだし、もう限界にきていたアキユキ。 早く早くと縋るように男にぎゅっとしがみついた時。
「え……」
さっきまで散々イジっていた指が、アキユキの張り詰めたままの欲をパンツに仕舞い込んで そのまま何事もなかったように引っ込んだ。 そして電車は駅に到着し、
「降りるよ」 「あ、」
男に促されてアキユキは駅のホームに降りた。
自分が思った以上に足腰にキているのに気づいて、そのままホームで男に寄りかかったままでいたかったが、
「あの……」 「ん?」 「トイ、レ」 「歩ける?」
心地よいテノール音で囁かれ アキユキは軽く目眩を覚え、コクンと頷いて男にトイレまで支えて貰って歩いた。
「この時間帯だし、無人駅だから」
そう言って男はアキユキをトイレの個室に入れると、洋式タイプの便座に座らせた。
「これでよかったら、後で飲みなさい」
そう言って差し出される未開封のお茶のペットボトル。 アキユキはそれに向かって手をのばすと、
「え……」
男の手首を掴んだ。 男は動揺するも傷心で心細いのかと思ったが、
「なっ、」
アキユキが男を見上げ、ベルトを緩めると、パンツのフロントを外し、ファスナーを下ろして治まっていない自身の欲を引きずり出した。 男は驚くも動揺のあまり手をふりほどけない。 パンツを膝まで下ろし、脱いだ片足は便座に乗せた。 そそり立つ欲と共に晒される、
「え……」
紅くひくついた蕾。
「気づかなかった、ですよね」 「な、に」 「俺、前だけじゃなくて、後ろもイジられてたんです」
そう言ってあいていた手の指が、
「ほら、こんなに簡単に」
その濡れそぼった蕾を開いてなかに埋まっていく。
「き、君は……」 「塗られたみたいです。クスリを……」 「え……」 「俺の指じゃ、イイところに」 「ま、待ちなさい」 「熱くて痒い……」 「君っ」 「お願いです。アナタので、俺の中抉るように擦って」
懇願する瞳に男はこれ以上の思考を奪われた。
俺の人生コレと言って何の変哲もない。
この先もそうだと思って疑わなかったのに……。
「やっ、あぁっ!」 「くっ、アキ」 「フジセさ、またっイっちゃう!」
俺はせまっ苦しいトイレの個室で、男の中を自身の欲で荒々しく抉っている。 満員電車でいつも乗り合わせていたこの彼を、
「すごっ、きもちぃっ!」
アキユキ、君には悪いが、
「フジセ、さんっ」 「イきなさい」 「ひぁっ!あぁぁぁっ!」
俺はとても役得だったと思う。 だけどそれは決して口にはしないで、
「フジセさん……」 「ん?」 「あの、」 「君は、一目惚れって信じる?」 「え?」
膝の上に乗せた彼を抱きしめて柄にもないことを耳元で囁く。 昂ぶりの波は過ぎるも熱く火照った体は、強ばることなく、
「悪くないと、思う」
そう小さく呟いて俺にすり寄ってきた。 キッカケはどうであれ。
「あ、講義……」 「俺も会社初めて遅刻だ」 「……」 「……」 「……ゴハン、食べてないんだよね」 「奇遇だな」
まずは、食事からやり直そうか。
end
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