情事の後の、けだるい空気。騎上位のかっこで果てたから、光也は俺の腹の上に倒れこんで、腕の中でくたくただ。光也も男だからそれなりに重いんだが、その重さまでもが「これは夢じゃないんだ」と言われてるみたいで愛しい。光也はこてんと頭を俺に乗っけて、身じろぎしながら俺の首筋に頬を寄せる。特に意識するわけでもなく、癖みたいにこうしてくる。普段男らしいくせにこんなところで可愛いもんだから、俺はたまらない。
幸せすぎて、こわくなる。
こういう関係になってから最近、光也の「好き」の回数が減った。情事中は俺が攻め立てるから、それこそ、うわ言のように何度も言ってくれる。だからまったく無いってわけじゃないんだが、友人だったころは普段から「友人として」好きだ好きだと惜しげもなく言われていたのに、と思うとその差は大きい。 こんなに恵まれた状況にいながら、それだけでどうしても不安になる。光也がこの関係にいてくれるのは、俺への同情じゃないのだろうかと思ってしまう。 しかし、たとえそうだったとしても、ほんとうなら現状で満足すべきなんだろう。 光也が俺に甘えてくれて、体を許してくれて、わらいかけてくれる。このうえさらに「同じ形」の、つまり俺と同じ意味での「好き」が欲しいなんて、過ぎた願いだ。わかってる。 「みつや」 首筋に顔をうずめる光也の髪を撫でながら、その名を呼ぶ。それだけで、いつも胸が甘く苦しい。こんなにちかくにいるのに、これ以上を望む俺は本当に馬鹿だ。 「俺のこと好きか?」 「あのな……やってる最中、散々言わせといて、なに聞いてたんだお前」 顔を上げずに、かすれた声ですねる光也。首筋に当たる髪の毛がくすぐったい。 「今、聞きたいんだよ」 自分の不安を気取られないようごまかすように、なるべく睦言に聞こえるように。そう心がけたけれど、微妙な空気を察してしまったらしく、光也はそっと状態を起こして俺を見た。俺を労わるような、優しい目。 「……片瀬、なんか変だぞ。もしかして俺……なんか不安がらせてるか?」 核心を突く光也の台詞にぐっとつまってしまって、言葉が出ない。そんな俺に、光也はため息を付く。 「……最近、好きって言ってないから。とか?」 ごまかしようも無くて、小さく頷いた。すると、光也の顔がわずかにゆがむ。
どうしよう。 「好き」の気持ちが「違った」なんていわれたら。
そんな俺の不安を悟ったのか、光也が表情を変えないままで「あほ」と言い俺の額にデコピンをはなつ。 「変なこと考えるなよ。お前のことは好きだよ。ただ……」 そういって、光也は何か考えるように黙りこくる。好きだといわれて、でもまだ難しい顔で、ほっとしていいのか不安がればいいのかよくわからなくなる。しばらくして光也は「あー、くそ」と呻いて俺の胸に倒れ込んだ。かと思えば、めずらしくもごもごと口ごもっている。俺の視線から逃れるようにまた首筋にもぐりこんで、小さな声で言う。 「あのな。その、だな」 「…… うん」 「お前のこと、好きで」 「うん」 「好きで」 「……おれも好きだよ」 久しぶりに好きと連呼してくれるのがうれしくて返事をしてみれば、起き上がった光也にぺチンと叩かれた。 「口を挟むな。言えなくなる」 「ごめん」
俺の謝罪に頷いて、光也はひとつ、気持ちを落ち着かせるように息を吸う。
「今までは、なんの躊躇も無くいえたんだけど、最近はなんか」 光也はそこで顔を赤くして、顔をうつむかせた。 その言葉と態度に、俺の中で変な確信めいた期待が持ち上がり、ふくらむ。
これは、もしかして。 「もしかして、はずかしい?」 そう尋ねれば、光也は素直にこくりと頷いた。
――うわ、どうしよう。
俺はどうやら、とんでもない誤解をしていたらしい。
「……その、だな。もどかしいって言うか、くすぐったいっていうか」 「うん」 今までの不安なんてふっとんで、現金だが俄然楽しくなってしまい、光也が見てないのをいいことにおもわず口が緩む。ああ、言葉を搾り出す光也を、今すぐ抱きしめて、撫でてやりたい。でもその言葉の続きも聴きたくて、おれは伸びそうになる手を必死に我慢する。
「好きって言えば言うほど、お前のこと好きなんだって自覚しちまって……自分でもすげー恥ずかしいんだよ」
その声の調子はいつもどおりに男前で、なのにちょっと赤くなってて
「不安にさせて、ごめん。でも、前よりずっと好きになってるんだ。それだけは信じて欲しい」
――光也、お前は俺の喜ばし方を熟知してるとしか思えないよ。
「あ? え、ちょ、片瀬? なんかお前、また元気になってきてんだけど」 俺の萎えていたものがまた硬度を取り戻して、光也の尻に当たったらしい。光也はびっくりしたように俺を見下ろした。 「光也、だめ?」 起き上がって光也の腰に手を回し、対面した状態で問うように見つめると、光也は苦笑して俺に触れるだけのキスをする。そして唇が離れた至近距離で、こんなことを言う。 「……俺も、欲しい」
その言葉も態度も素直そのものなのに、わずかに恥らうその表情。 くそ……反則だ。
「うあっ」
光也の背を支えながら、ベッドに落とすように俺は覆いかぶさった。
「光也、好きだよ。……また好きになった」 優しくささやけば、光也はおれをからかうように笑う。 「……俺の方が、きっとずっと好きになってるけどな」
ああもう、ほんとうに光也は俺の扱い方を心得ている。
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