You say good-bye, I say hello. 「そう、『さよなら』を言ったのは君だけど」
高校、大学、そしてついには就職先まで。 「つうかさあ。」 烏森(からすもり)徹23歳は焼き鳥の串をしみじみ見ながらため息をつく。 「大学まではまだわかるけど、なんで職場まで。 しかも配属先まで同じになるわけ?」 入社から1週間、待ちに待った配属発表の日。 今度こそはと身を硬くして自分と奴を分離するはずの声を待ちわびていたのに。 「腐れ縁ってやつだろ。」 ぐだぐだくだをまく烏森の隣で、涼しげな顔をして ジョッキをあおるは汐留(しおどめ)貴明、22歳。 烏森とともに先週末めでたく営業本部に配属された、今年の新入社員の中で一押しの「男前」。 まだ2人がぴちぴちの16歳だった高校の入学式で出会って以来、 何故か気がつくと烏森の隣を陣取って、 容姿端麗とまではいかないがまあそこそこな顔立ちのはずの烏森の 「彼女いない歴更新」に激しく貢献してきた男である。 そう、彼の隣に立たされた烏森はまさしく刺身の「ツマ」、 焼肉にそえらえた「飾りの野菜」、カクテルのグラスにささった「果物」。 高校のクラスメイト、後輩はもちろん友達に頼み込んで紹介してもらった女の子たちだって み~んな気がつくと「汐留く~ん(はあと)」…という始末。 ああそれなのにコイツときたら。 烏森は汐留の端正な横顔をじろりと睨む。 「…なんだよ?」 「お前。今度こそ誰かとつきあえよ。」 「……。」 烏森の言葉に汐留がふいと視線をそらし、「同じものください」と手をあげる。 そうだ。モテモテウハウハマンのこいつは、よりによって「フリー主義者」。 来るもの拒まず、去るもの追わずなもんだから 周りの女の子達はいつまでもコイツのことをあきらめず、 そのせいでちっとも烏森にチャンスがまわってこなかったのだ。 「俺はこの新天地でついに可愛いコチャンをゲットして、 暗く長かった独り者生活にピリオドを打つんだからな。 腐れ縁は我慢してやるから、とにかくお前も早く彼女を作れ。いいな?」 烏森の「余計なお世話」に汐留が切れ長奥二重の目を細めながらフンと鼻をならす。 「別に俺は困らないし。」 「俺が困るの!」 がっと噛み付く勢いで怒鳴った烏森に、 汐留がふうんとおもしろくなさそうにジョッキをあおる。 「お前さ。そんなに彼女が欲しいの?」 「当たり前だっ。」 と、意気込む烏森。 「彼女作って何がしたいんだよ。」 「何がって、そりゃあ…」 最終的な目的はひとつだが、それを今口にすると いくらなんでも品性を疑われる気がする。 なので烏森はとにかく思いつくままを羅列してみた。 「ええと…映画に行くだろ。」 「行ってるじゃねえか。先週末、歌舞伎町。」 「あれはお前とだろ。それからボーリングしたり、ビリヤードしたり、 カラオケ歌って盛り上がったり、飲みに行ったりさ~。」 「いつもやってるだろ。」 「それもお前とだろ。…あとは、旅行に行って。温泉とかいいよなあ。」 「それも行ったし。先月、箱根。」 そう。汐留が行こうって言うから、汐留の車で 2人で確かに温泉旅行に行った。楽しかった。…じゃなくって。 「ほら。」 「…何だよ。」 「彼女なんていなくても別にお前は困ってねえだろ。」 …いや、そういう問題ではなくてですね。 「お前としても仕方ないだろう。俺はさ、そういうことは 可愛いオンナノコとしたいわけ。わかる?」 はあ、とため息をつきながらガッコの先生よろしく 噛んで言い含めるように述べた烏森に、汐留はジョッキを最後までぐいとあおった。 「汐留?」 「…俺とじゃ嫌なのか。」 「そりゃあお前とじゃな~。」 嫌なわけじゃないけど。お前より女の子のほうがいいってだけで。 「…わかったよ。」 はい? 「もういい。お前がそう言うなら…終わりにするさ。」 そう言って汐留ががたんと立ち上がったので、烏森は何がなんだかわからないが とにかく「今日の飲み会を終わりにする」のかと思ってあわてて自分のジョッキを飲み干し、 「お、おいっ」 烏森にかまうことなく会計をさっさとすませて店を出て行ってしまった汐留を追った。 ずんずんと肩をいからせて歩く汐留を追い、烏森は息をきらす。 「な、…ちょっと。汐留ってば!」 ようやっと駅の改札口で汐留の背中を捕まえた烏森はしばらくぎゅっと背広の端を掴んだまま、 摂取したアルコールのせいで簡単にあがってしまった息を整えようと下を向いてあえぐ。 汐留は何故か上のほうに視線を向けながら、烏森の呼吸が落ち着くのを待っていた。 「…急にどうしたってんだよ?」 烏森がようやっと顔をあげると、 「俺、この改札好きだったんだよな。」 汐留はやはり上を見上げながら烏森の問いに答えることなくぽつりとそんなことを呟く。 「はあ?」 「汐留と烏森ってさ。書いてあるだろ。」 「…ああ。書いてあるな。」 でもどちらかというと、烏森はこの改札が嫌いだった。 大学時代もこの駅が側だったからとかく話題にされがちだったが この改札を会社のほぼ6割の人が利用している今、 この2週間ずっと「ネタ」にされてきたからだ。 「君たちは『新橋出口コンビ』だな~」 よりにもよって『出口コンビ』だと、『出口コンビ』! 今はまだいいが、明日から本格的に外回りに出ることになっているし 絶対コイツと二人、自己紹介をしたとたん「オヤジギャグ」の大嵐にあうに違いない。 それを考えると今から深いため息が喉の奥からでてくる気がする。 「でもよく考えたら、表示は一緒でも方向は逆だもんな。」 またもや訳のわからないことを口走る汐留に 烏森はため息をこらえながら、なあ、どうしたんだよ、と掴んだ背広をぐいとひっぱる。 …しかしその時。 「え?」 ばっと手を振り払われて呆然と烏森がからっぽになった自分の手を見る。 そして振り仰いだ先には今だかってない程に冷たく顰められた汐留の眼。 「…汐留?」 「…今まで悪かったな。これからはお前の望む通りにしてやるから、 安心しろよ。」 「おい、ちょっ…」 そしてふいと烏森から視線をはずすとぽかんとしている烏森をその場に残し 汐留はそのまま改札口の奥の人ごみの中に姿を紛れ込ませてしまった。
なんだってんだよ、一体。 翌日、烏森は汐留への文句で頭の中をいっぱいにしながら出社した。 「お前の望み通りにしてやる」ってなんだよ。 俺の助言に従って、彼女でも作ってくれるってことか。 でもなあ。絶対言うだけに決まってるし。 あいつが特定の女と長く続くわけがないし。 つまりは俺の暗い日々は、社会人になっても途切れないってことだよな? 「おっす、烏森。」 「あ、おはようございます。」 悶々としながら営業本部のフロアーに入ると、指導係の鳴瀬智明が声をかけてきた。 今日から烏森と汐留をつれてお得意先めぐりをしてくれることになっている、 なかなか面倒見の良い先輩だ。 「今日は午後から外に出るから、午前中は午後まわるお得意さんについての マメ知識の確認な。15分後に第3会議室に来いよ。」 「はい。じゃあ、汐留にも声かけときます。」 そういって汐留の姿を探してフロアーを見渡した烏森に、鳴瀬がああと手を横に振る。 「汐留はいいよ。俺の指導から外れることになったから。」 「…え?」 鳴瀬の言葉に烏森がぴたりと動きを止める。 「もともと1人で2人見るってのは特例だったからさ。」 鳴瀬は「これも目とおしとけよ」と顧客リストをぽんと 烏森に手渡すと、「あ、杉山。白田課長があとで昨日の件、報告しろってさ」と 同僚の杉山良太のところへ行ってしまう。 烏森は手渡された資料の表紙をぼけっと見ながら、一体どういうことだろうと首をかしげる。 そこへ、白田課長と汐留が第2会議室から出てきた。 烏森が気づいて顔をあげると、その先で珍しくもあの汐留が真剣な表情で 白田課長に頭を深々と下げている。 課長は汐留の肩を軽く叩くと、報告のために資料をまとめていた杉山を促して 再び会議室へ入っていった。 「汐留」 「…烏森。遅かったな。」 烏森がぱたぱたと汐留に近づくと、汐留が「二日酔いか?顔色悪いぞ」と笑いながら 烏森の横をすりぬけて自分の席へ向かう。 いつもどおりに見える汐留に、烏森はちょっとほっとして同じように汐留の隣の席の 自分の席に着くと、ノートPCの電源を入れた。 「なあ。お前、鳴瀬さんの担当外れたって聞いたけど。」 「ああ。」 「なんでだよ。鳴瀬さんと何かあったのか?」 鳴瀬に聞こえないように、顔を近づけて声をひそめた烏森に、 汐留は「別に」と言うとノートPCを鞄にいれて立ち上がる。 「汐留?」 「俺、今から永田課長と外回りだから。」 「永田さん?」 烏森はその名前にいぶかしげに眉をひそめる。 永田玲子。白田課長ひきいる営業本部IT事業部のお隣さん、 営業本部公共事業部の課長で今年39歳になるやり手のお姉さまだ。 「お前、配属はIT事業部だろ?なんで公共事業部の課長と 外回りなんてするんだよ?」 「今日きたら、そういう指示があったんだよ。」 とにかく呼ばれてるから、と汐留はさっさと席を離れてしまう。 「…なんだってんだよ、一体。」 昨日から頭の中をかけめぐっている言葉を口にして、 烏森は離れていく汐留の後姿を再び訳のわからぬまま呆然と見送った。
<後へ続く>
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