「あー、あっついわぁー……。ガリガリ君食いたいわぁ」 梅雨特有のじめじめとした空気が俺らを包み込む。歩いているだけで汗がダラダラ流れてきた。 草木には水が滴って地面はドロドロ。気に入っているアディダスのスーパースターの底には泥がぎっしり詰まって別の靴みたいになってた。 歩くたびに靴の中に水が入ってきて気持ち悪い。グチャグチャと靴下と靴底に溜まった水が音を立てていた。 「なぁ、レイってばぁ」 「うっさいわ」 俺の制服を掴んで揺らしてくるのは、俺の双子の兄イチだ。一卵性双生児である俺らは同じ顔で同じ血液型、性格なんかも似てると思いきや正反対だ。 イチは能天気だけど、俺は無愛想。イチは友達多いけど、俺は少ない。同じ顔した双子なのに、中身は全然違った。 「えーやんかぁ。アイス食べたい」 「こんな辺鄙な畦道のどこにアイスが売ってるん!?買いたいなら一人で街まで戻れ」 イチと俺を間違える奴は少ない。顔は一緒だけど見た目が全然違うからだ。イチは制服のネクタイをゆるめに締めて、シャツのボタンは外して中からTシャツが見えているけど、俺は制服をきっちりと着ている。 イチは髪の毛を茶色く染めてるけど、俺は真っ黒だ。 だからイチと俺を間違える奴は居ない。 「もー、ええわ。そんなん言うならお兄ちゃん泣いてまうわ」 「勝手に泣け」 たかだか母親の腹から先に出てきたからってお兄ちゃん呼ばわりなんか、笑わせるわ。 そもそも俺の両親は子供になんつー名前を付けたんや。 イチとレイ。壱と零。なんでアイツが1で俺が0やねん。 全ての始まりであるイチと、全ての終わりである俺。イチから始まって、レイで終わんねん。 こんな名前も、こんな顔も、俺は全部嫌いや。 イチと一緒にいるとたまに迷うときがある。本当に俺はレイであって、アイツがイチなのか。 本当は俺がイチで、アイツがレイなのではないかと疑うときがある。 「なぁー、なんでレイはそんなに俺に厳しいん?」 「うっさい、アホ」 俺はイチの前を歩く。歩いているときぐらいしか、俺はイチの前に立てない。俺がせっせか勉強してる時でも、イチはゲームしてたりほかの事をしている。なのにテストでは俺と同じぐらいの成績を取る。 運動神経はイチのほうがいい。 なんか全てをイチに持っていかれて、俺は残り物って気がすんねん。 「やっぱ、暑い。レイ、アイス買いにいこや」 「イヤや。家に帰ったらアイスあるやろうが」 「今すぐ食いたいねんてー」 「我慢せぇ」 今すぐ食いたいって言うが、今から町に戻るより今から家に帰ったほうが早い。こういうところで、イチは頭が悪い。 昨日、アホみたいにアイスを買ったんやから、これ以上買ってどないすんねん。 「なぁ、レイ」 「なんや」 「こっち向いて」 俺はイチの顔を見るのが嫌いやった。 いや、現在進行形で嫌いや。 「イヤや」 「何で!?」 「お前の顔、見たないもん」 イチの顔は俺の顔やから、イヤやねん。何も出来へん俺と同じ顔やから、一番嫌いな顔。 一番見たくない顔。 「えーから、こっち向けや」 グイッと腕を引かれて、俺はイチの顔を見た。茶色い髪の毛をつんつんと立てて、耳にはバカみたいな量のピアスが付いてる。胸元のシャツは第二ボタンまで外してあって、そっから黒いTシャツが見える。 シャツの下にシャツなんか着るからあっついねん。頭おかしいんちゃうか、コイツ。 「お前、自分の顔嫌いやろ」 「うっさい、ハゲ」 「ハゲちゃう」 ペシッと頭を叩かれた。身長も同じで体重もさほど変わらん。なのに、イチのが体格が良くて俺は少し貧相な体格をしている。 体育会系と文系。そんな感じに分かれてしまってる。 「俺は自分の顔、好きやで。レイと同し顔やもん」 意味分からんと言い返そうとしたときに、イチの顔が近付いてきた。俺と同じイヤな顔。それがどんどん近付いてきて、唇が合わさった。 意味が分からん。全く分からん。何で、俺、イチにキスされてるん? でもって、何で俺はイチのキスを断らんねや。 自分が一番分からへんわ。 俺が断らずにいると、イチの舌が俺の中に入ってくる。漏れる吐息。俺のファーストキスの相手が自分の片割れとかイヤやわ。イヤやけど、悪い気がせぇへんのは何でや。 擽るように俺の口のうわっかわが舌の先端に蹂躙される。あかん、なんかムズムズしてきた。 少しでもイチの舌と俺の舌が当たるだけで、ビクってなるのに……。 分からん。俺の体どーなっとんねん。 イチの唇からやっと解放されて、俺はイチの顔を見た。へらへらと笑った間抜けな顔。 「きっしょ……」 「何て?」 「きしょいってゆーたんや!何で俺がお前となんかキスせなあかん!?意味分からへんわ!」 「レイも抵抗せーへんかったやんか!キスしたかったからしたんや!!」 「うっさい、黙れ!ボケェ、カス!」 イチの言うとおりや。なんで俺、抵抗せーへんかったんやろう。分からん。ちょっとでも心地いいとか思ってもうた自分が情けない。 「同じ顔で同じ遺伝子から生まれた兄弟にキスするなんか、変態やろ!?」 「変態でええもん」 「はぁ?」 「俺、レイのことスキや。だから、変態でええもん」 イチはきっぱりはっきりそう言いよった。俺は黙ってイチを見続けていた。靴が泥まみれでぐちょぐちょだとか、靴下びしょぬれで気持ち悪いとか、アディダスのスーパースターが泥まみれでスーパースターの欠片もなくなってることとか、そんなん全部吹っ飛んだ。 「好きやゆーてくれたんは嬉しいけど、いや、あんま嬉くないな」 「何で」 「だって、俺、お前のこと好きちゃうもん」 俺もきっぱりはっきりそう言ってやった。やっぱり、兄弟やし、意味わからへんし、そんな目で見たことないし。 コイツの言うスキと、俺の言う好きはちゃうんや。 「もー、ええ」 イチはいきなり俺の腕を引っ張って家へと早足で歩いた。ぬかるんだ泥道が足をもつれさせる。それなのに、イチは俺のことなど気にせんと無理やり歩かせた。 何でコイツこないに怒ってるんやろ。分からん。 畦道の中の一軒屋、俺たちの両親がせっせか建てた大きい家。田舎で土地安いし、かかったのは家を建てる費用ぐらいやろ。 イチは玄関の鍵を開けて家の中に入る。腕は引っ張ったまま上がろうとするから「ちょお、待てや」とさすがに声を掛けた。 「何や」 「何や、はこっちの台詞や!俺の腕引っ張って一人でズカズカ歩くな」 腕を振り払おうとしても、イチの掴んでいる力のが強くて振り払えない。俺はイチを睨みつけた。 「離せ」 「イヤや」 「離せゆーてんねん」 「絶対イヤや」 イチは靴を脱いで家の中に上がっていて、俺は靴を履いたままだから玄関にいる。だから、どうしてもイチに見下されている気がした。 泥まみれになって星の輝きすらも失ってしまったアディダスの元スーパースターを脱いで、泥まみれの靴下を脱ぎながら家に入った。靴下が汚れてるってことは、足も汚れてるってこと。 「風呂入りたいねん。離せや」 「俺も一緒に入る」 「ふざけんな、なんでお前と一緒に入らなあかんねん」 そりゃあ、小学校中学年ぐらいまでは一緒に入ってたけど、もう高校生やで。それにさっきまで、好きやだの、変態だのゆーた奴と一緒に風呂入るのはごめんやわ。 「……なんで分かってくれへん!?」 「はぁ!?分かってもらわれへんのはこっちやわ!」 「俺はレイのことスキやってゆーてんのに、レイは全然分かってくれへんやんか!」 駄々っ子か、コイツは。お前が好きやーって言うても、俺は好きやない。一方通行な恋に、俺は屈しない。 「そんなん理解できへんわ!」 「ええもん、もーええ」 何がもうええねん。さっきからもうええばっか言いよって、何の解決にもなってないやんか。 イチは何を思ったのか、カバンをリビングに投げると俺の腕を引っ張って階段を上がっていった。 振り払えない俺はイチに連れられるようにして、階段を上がり俺の部屋に詰め込まれた。 そこでようやく俺はイチから解放されて、腕が自由になった。 「さっきから何やねん、お前!」 「それは俺の台詞や!俺とは目合わせへん、さきさき歩いて行ってしまう、そんでもって顔は見た無いって言う!俺やってそんなん言われたら傷つくねんで!分かってるん!?」 そうか、俺は気づけへんうちにイチを傷つけとったんか。両親居なくなってもーて、この家にはイチと俺の二人きり。 唯一の家族やもんな。 「……ごめん」 「謝るなら態度に示してもらおうか?」 「は?」 今、何て言うた、コイツ。 聞き返してるのに、イチはニヤニヤと笑うだけで何も言わない。俺にじりじりと近付いて、肩を掴んだ。 そして、そのまま真後ろにあったベッドに俺は押し倒された。 「やめっ、おい、イチ!」 イチは俺がどんだけ抵抗しても顔を近づけてキスしてきた。唇が合わさった瞬間に、俺は抵抗できなくなった。全身の力が抜けていくような感覚、そして心地よさが込み上がってくる。 唇が離れて俺はいやそうにイチを見た。細く歪んだ目が俺を見て笑っている。鼻筋の通った鼻に、薄い唇、そしてくっきりとした二重の黒目が大きい目。 俺と全く同じの顔。 髪色変えて、髪型変えるだけでイチと俺は全然違う。 「俺、レイのことスキやねん」 「だから、何や」 「レイの全部を俺に頂戴」 イチの言っている意味が分からず、俺は首を傾げた。イチはもう一度にこっと笑うと、俺の唇ではなく首筋に唇を合わせた。 1時間かけて歩いてきた道のりでかいた汗とか、授業中下敷きを仰ぎながらかいてた汗とか色々混じってるのに、イチは丁寧に俺の体を舐めてきた。 「あっ、い、ち、おまえっ、なにしてん、あぁっ……」 気づけば服はほとんど脱がされて、上のシャツだけが微妙に腕にかかっている程度だった。ケツん中ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、女みたいに喘がされて、全身アホみたいに舐められて、頭の中ぐちゃぐちゃになって何を考えているのか良く分からない状態だった。 「気持ちいい?レイ」 「わからっ、なぁ……」 気持ちいい?気持ち悪い?そんなのも理解できないぐらい、頭の中はショートしてた。今は目の前に居るイチが全てで、それ以外頭の中に入ってこない。 「いちぃ、あっ、もぉ」 「俺によがっちゃって、かーわいー」 イチはそういって俺のデコにキスをして、俺の中にイチのペニスが入ってきた。襲ってくる激痛に俺は叫んだ。 それからイチは俺の様子を見ながらゆっくりと進入して、最後のほうになると俺も自分から腰振っちゃったりとか、恥ずかしいことペラペラと喋ったりとか、恥ずかしいこと聞いてくるイチの言葉に感じちゃってそれ以上に恥ずかしいこと言ったりとかしてた。 俺の最も深いところでイチが果てると、俺も一緒になって果ててベッドの上は汗やら涎やら精液やられ汚れまくってた。 そして、襲ってくる虚無感。 俺は兄弟となんちゅーことをしてしまったんや……。ましてや、よがって求めて、中に出してくれだのああだこうだ言ってしまったではないか。 恥ずかしくて、死ぬ。 「レイ?」 「……なんや」 鬱になりかけてる俺とは打って変わって、イチは満足そうだ。そりゃ、俺の中に突っ込んだ側だから痛くないだろうし、吐き出せてすっきりしたんやろーけど……。 俺は痛い。まだ尻がジンジンしてる。 「スキやで」 「はいはい」 俺も物好きなのかもしれん。 「え……」 なんか、俺も前からイチのことが好きやったのかもしれんな。 「……ちょ、どういう……」 世間的には頭が狂ってると思われるかもしれへんけど、しゃーないやんか。 好きなもんは好きやねんから。 「そういうことや」 戸惑っているイチに俺からキスしてやった。
俺たちは一卵性双生児。
壱から始まって、零で終わる。
|