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 (ヤクザ/鉄砲玉/青年/リンチ/15禁)
裏切り


「こんな細腕で一丁前に鉄砲玉かよ」

 男の一言に、その場にいた全員が一斉に笑った。
 そのどれもが下卑ていて、余計にうんざりとなる。

 こうなった以上、どうあがいても簡単に殺されることはない――一瞬で彼は『生』を諦めた。

「――ッ」
 ぐい、と髪の毛を掴まれたと思った途端に即座に蹴りが下腹に食らわされる。
 固い革靴でのそれは案外攻撃力がある。
 即座にそのまま頬を殴られても、髪の毛がむしりとられただけで床に伏せることはできなかった。

 少し歪んでいた体勢を、また髪の毛をつかまれて無理やり戻される。
 
 
 粗末などこかの事務所のようなここは、まさしく彼らにとっての『事務所』だ。
 ここは年季の浅い連中がたむろする場所になっているようで、案外広いこのフロアにもある扉の向こうには
 青年が目指すところの『親』がいるはずだった。


(はめられた・・・・・・かな)
 何もかも奪われた挙句、最後は犬死だ。
 ろくな抵抗もできなかった自分には、最も相応しい最期なのかもしれない。
 ただ、連れて行かれてからまだ一度も会わせてもらっていない姉のことだけが心配だった。
 
 ――そうして。

「おいおい、随分な余裕があるようだなぁ。あん?」
 先ほど先頭に立って彼を笑った男がくい、と顎をしゃくると、心得たように彼の弟分らしい数人が
 彼の両手両足を掴み、床へと仰向けに押さえつける。
 彼らは楽しげな顔をしたまま、ナイフやら何やらを取り出していた。

「まぁいい。取り合えず、今の内に誰がお前を送り込んだのか吐けよ。そうすれば半殺しで終わらせてやる。
 なに、病院の近くにちゃんと置いてきてやるからよ」
 安心しろ、と言いたげに男がニヤニヤと口許を歪めた。

 最初から殺す気はないのかもしれない。
 ただ、いたぶりたいだけなのだ。それで死んだのなら仕方ないだろう、というのが彼らの共通認識なのかもしれない。
 遺体を隠すのはひどく難しいことだというが、随一の繁華街の片隅にそっと私刑で暴行された遺体は
 捨てられていてもろくに調べられることもなく無縁仏となるのが関の山だ。
 そんなことは、こちらの世界に引っ張り込まれてから間もない彼でも十二分に分かっていた。

 ――一思いに殺してくれ。
 そう言いたくても、既に何度か殴打された時に唇を派手に切ってしまい言葉を発し辛い。

 どうせ殺されるのなら。
 父親を罠に嵌めて、自分から全てを奪い去っていったあの憎くて仕方のない男の首元を噛み切ってから殺されたかった。
 しかし現実では、この組もそうであるように『親』というのはひどく厳重に守られている。
 たとえ『子』が何人使い捨てになろうとも、絶対に死守しなければならない存在であるのだ。

「コ・・・・・・ロセ・・・」
 それは、ようやく搾り出せた一言だった。

「うっせーなぁ・・・・・・ん? ――おめぇら、コイツの顔よく見てみろよ。男にしちゃ結構お綺麗な顔してるぜ」
「は? ――あぁ、本当だ。身体は細ぇしチビでこんな可愛い顔してるんだったら、ビデオにでも出してみるか」
 結構売れるかもなぁ、とダミ声が笑う。

「そういうことなら取り合えずケツが使いモンになるかどうかテストしてやろう。ご出演は顔の傷が
 治ってからだな・・・・・・あーぁ、盛大に唇噛みやがって。結構腫れるぞ、こりゃ」
 バラバラ、とボタンを勢いよく床に飛ばしながら、仰向けにされたままだった彼のシャツが肌蹴られる。
 そこから現れたのは、鉄砲玉という役目に相応しくないほどに日本人離れした白い肌だった。

「ほー。男には勿体無いくらいの白さだな。・・・・・・これは高値がつくぞ」
 ゴク、と生唾を飲み込みながらできたばかりの青痣をゴツゴツとした男の手が触れる。

 そのおぞましさに彼が鳥肌を立てると、数人が淫乱だ、と哂った。

「コイツはいいオンナになりますぜ」
「ヤメ、ろ・・・・・・ッ!!」
 一際強い彼の拒絶と共に、もともとベルトを奪われていたズボンが下着と共に剥ぎ取られる。
 かろうじて残っているシャツの他は全てを曝け出した青年に、今度こそ全員が笑い合った。

「無理やりヤッてもいいんだがなぁ、後々響くと面倒だし」
 口元をにやつかせたままの男が、彼の身体をひっくり返しながらしっかりと引き締まった双丘へと
 手を滑らせた。ますます募るおぞましさに吐き気を催すが、既に腹を何度か蹴られた時に
 中のものは全て出し尽くしていた。

 あれを持って来い、と言われた男たちがバタバタとしている間に、扉が開く音がした。

 羞恥と怒りと絶望と、いろんなものがない交ぜになった彼は苦労しながら床に己の血をなすりつけて
 その音がする方へと首を向ける。

 そこにいたのは。

 ――そこにいたのは、写真で指し示されただけの、彼が狙うべき獲物だった相手。

 しかし、今となっては決して手が届かない相手だった。
 あんなに必死で近づこうと思っても決して近づくことができなかった相手だというのに、男はゆったりとした
 足取りでこちらへと近づいてくる。


「・・・・・・何を笑っている」

 まるで、鋼鉄を思わせるような。
 耳にじんと響く低い声が彼の耳朶を震わせても、彼はこみ上げた笑いを消すことが出来なかった。

 その間にも上腕がきつく何かで巻かれ、プツッと一番濃く血脈が浮き出る場所を針が穿つ感触がする。
 先ほど男たちが言っていたあれ、というのを打たれたらしい。

 それでも笑わずにはいられなかった。
 なのに、目の前が溢れだした液体でどんどんと見えなくなっていく。
 最早自分でも制御しきれない感情があふれ出し、彼は思考することを放棄した。

 笑わないままの、鋭い双眸が射る。
 
 その持ち主が、早急に薬が回りだした彼の身体に手を伸ばし始めた男たちの親玉だった。

「ハハ・・・ハ・・・ッ、あ・・・・・・ッ!」
 体中がどうしようもない熱で覆い尽くされたところで、両胸の中心で色づく突起を二人の男たちが
 指でつまんだ。ぺたりと座り込むように上体を抱えあげられたところで、ようやく真正面から彼らの親玉を
 目にすることが出来た。

 その親玉を目前にしたところで、下卑た笑みを浮かべた男たちが指を引っ込めると、両側から青年の胸の突起へ
 舌を伸ばし始める。わざとらしく濡れた音を立てながら柔らかな舌で舐られ、身体を覆う熱が表情にまで
 現れ始めた彼の唇は、確かに喘ぎ始めていた。

「う、ぁッ・・・・・・イヤ、だ・・・・・・ッ」
 左右に首が緩やかに振られると、先ほどまで眦に溜まっていた涙の残滓が零れていく。
 それすらも煽られると、また誰かが笑って彼の頬を舐めあげた。

 胸の性感帯から与えられるじわじわとした快感に彼が無意識に身を震わせていると、後孔へ
 ぬるりとした感触が訪れる。
 それと同時に首をもたげかけた彼自身も、潤滑液に浸された誰かの掌がすっぽりと覆いこみ
 更なる快感を彼へ与え始めた。

「ん? 意外と慣れてんのか。これなら話は早いなぁ」
「あ! あぁ、あああッ!!」
 するりと彼の後孔へと入り込んだ指は、呆気なく数を増やしていく。
 そしてまた、男を知っている指は男を知っている身体が最も喜ぶ場所を、探り当てた。

「や、あ・・・・・・メ・・・ッ」
 ジュ、グジュ、とまるで女性との性交を思わせるような生々しい水音が青年の後孔から漏れる。
 全身に走った強い性感にギュッと目を押し瞑った彼の顔に、男たちが欲情する。
 それは、男だと分かっていても耐え切れないほどに、壮絶な色香を放っていた。

 四つん這いになって腕で己の身体を支えることもできない。胸の突起を両側から舐り続ける男たちによって
 無理やり支えられながら、両膝立ちになったままで彼自身にも内側にある最も彼が喜ぶ場所も同時に攻められ、
 誰もいない空間にビュク、と白いものが吹き上がった。

「よっし、じゃあ・・・・・・」

「――待て」 

 その時。
 再び、あの低い声が響き、男たちの動きをいとも簡単に止めて見せた。
 コツコツと渇いた靴音が響き、おもむろに膝をついたかと思うと、四つん這いへとされかかっている青年の
 欲情で潤みきった顔、その顎を掴み取る。

「先程は何故笑った? 可笑しいことなど何もなかっただろう。それとも気が狂ったのか」

 どうして、この男は――彼にでもすぐに分かるほど高級そうなスーツに身を包んだ、しかし裏社会に生きてますと
 しっかり主張する強すぎる双眸を持つその男は、その部分にこだわるのか。
 何度も――ここに鉄砲玉として押し出される前から慣らされてしまっていた身体が続きを求めて勝手に腰が動き出すのを
 感じながら、もう一度彼は笑って見せた。

「だって、おかしいだろ。俺はあんたを殺すために、必死になって探し続けた。なのに今、俺が殺される番になって
 あんたの方から現れるなんてさ・・・・・・なぁ、俺を殺してくれよ」
 まだ青年と呼ばれる年齢に達したばかりの彼の声が、静まり返った事務所の中へと震えたように広がっていく。
 彼は、心の中で最愛の姉にさようなら、と告げた。


「おい、社長におかしなこと言ってんじゃねぇよ! おら、とっととツッコんでや・・・・・・」

「待てと言っているだろうが!」
 まるで、雷が真っ直ぐ落ちてきたかのような強い声。
 ビリッとしたそれに強面をした男たちが情けないくらいに肩を震わせる。
 それすらもおかしくて、彼はひとしきり笑うと、本当にささやかに、小さく微笑した。

「俺は男相手に悦がるんだよ。脅されれば人だって殺しに行く。もう、あいつを満足させるのは懲り懲りだ」
 熱に浮かされながらも、己の心臓が嫌になるほどに鼓動を速めていくのを彼は聞いていた。
 殺されなくても、先ほど腕に打たれた薬がこの身体を終わりにしてくれるかもしれない。

 その僅かな期待ですら、彼には救いだった。

「確かにそれは便利だな。こちらが、利用することもできる」
 目を剥いた青年の視界には、男らしく整った精悍な顔に暗い哂いを浮かべた男たちの親玉が映っていた。
 
(早く、終わりに――)
 早く、早く終わりにしてくれ。
 
 遠い日の――何も知らず、ただ普通であることを満喫していた、一番幸せだったあの時の
 家族たちの笑い声が聞こえてくるかのようだ。

 今まではずっと遠すぎたそれが、今ならこんなにも近い。

「――ぁ、ッ」
 ギリ、と顎を掴む指に力が込められ、思わぬ苦痛に彼の眉根が寄った。
 すぐ傍まで寄った男の唇が青年の耳に触れそうなほどに、近づく。

「お前は殺さない。自身を裏切り、・・・・・・最後に俺の手元に落ちてくればいい」
 
 そんな言葉が聞こえるのと同時に、青年は意識を失った。
 


「医者を呼べ。今ならまだいるはずだ」
「・・・・・・は、はい!」
 彼らが便宜上社長と呼んでいる男は、己の上着を躊躇することなく、ガクリと頭を垂れた素っ裸の青年の肩へ纏わせ
 難なく抱き上げる。
 
「組長、気に入ったので・・・?」
 奥にある自身の部屋へと青年を抱いたまま歩き始めた男に、数人いた男たちの中でも年が一番上だった男が
 恐る恐るといった風に声をかける。


 ――が、それに返ってきたのは。


 決して感情的に笑うことなどなかった男の、勝算に満ちた笑みだった。
「ここまで読んでくださいましてありがとうございました。」
...2009/11/15(日) [No.504]
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