「そ、そうだよね、ごめん…。」
ああ、違うだろ? 悪いのはお前じゃない。 なんで謝る?どうして俺を見ようとしない? イライラと噛みしめた唇からは血の味がした。
俺の幼馴染は大馬鹿野郎だ。 昔っから馬鹿正直で阿呆で、救いようがない。 そんなあいつが嫌で嫌でたまらなくなって、離れようとした時期もある。
けれど、びえぇぇんと大泣きして鼻水垂らしながら俺を追いかけてくるその姿に負けたのは俺のほうだった。
そして、いつからだろう。 幼馴染を恋愛対象として見ている自分に気がついたのは。
「…あっ、そういえばね、お姉ちゃんがシュークリィムを買って置いてくれたんだっ!」 俺たちの間に流れる重苦しい空気を取り払おうと、ミキはいかにも今思い出したように言い出した。 「・・・俺は要らないよ。」 「え?あ、でも、あの陽ちゃんが大好きなお店のシュークリィムだよ?」
そう言いながら俺の肩に触れようとしたミキの手を振り払って、俺はミキの部屋を後にした。
自分の部屋に戻ってベッドに寝転びながら、俺は今日一日を振り返った。 だいたい、朝からミキの奴が変なおっさんに声をかけられてる所を見てから俺は一気に気分が悪くなった。 ミキの奴は「道を聞かれただけだよ?」と言っていたが、あのおっさんのイヤらしい視線に気づかなかったのか、お前は。 体育のときも鈍くさいあいつは二人で行う柔軟体操を、一人余って相川の奴に捕まった。 体育の先公らしく筋肉ムキムキの気持ち悪い相川の手がミキの太ももを撫でてる時は思わず俺と組んでた奴の背中を思い切り蹴飛ばして自分を落ち着かせた。 他にも、他にも、ミキの周りにいる奴らが全員俺の敵に見える。
だからさっき酷いことを言ってしまった。 学校からの帰り道、俺の隣を歩きながら能天気にへらへら笑うミキにイライラした。 いつものようにミキの部屋で漫画を読む俺に他の奴の名前を出して笑うミキにイライラした。 そんなことは全て言い訳でしかないけど。
「お前、男が好きなんじゃねぇの?」
「・・・え?」 一瞬ポカンとしたミキの顔が瞬時に赤くなる。
正直予想外の反応に驚いたのは俺のほうだ。 ミキは言い当てられたと言うように、真っ赤な顔のまま俯いてモゴモゴ言っていたが、俺の耳には入らなかった。 冗談のつもりだった、さすがのミキも怒るだろうと思っていたのに。
驚きの次に来たのは怒りだ。 いつ? 誰だ? なんで? どうして、ミキに好きな奴が居る??
ぴぃぴぃ泣きながら俺の後をくっついてきたミキに好きな奴、しかもそれが男だなんて信じられなかった。 信じたくなかった。
「…ハ、気持ち悪いな、お前。」 「陽ちゃん?」 「マジにして馬鹿じゃねぇの?男が男を好きだなんて、最低だな。」
ミキは少しだけ寂しそうな顔をして 「そ、そうだよね、ごめん…。」
諦めたように微笑んだ。
イライラする。 自分に。 最低なのは自分のほうだ。 気持ち悪いのも自分のほうだ。 ミキを手に入れたい、閉じ込めて、グチャグチャにしたい。 実際にそれを夢の中で実践して、自己嫌悪することもある。
「おはよう。」 ミキは昨日のことなんて無かったかのように俺を出迎えた。 「…何だよ。」 「あのね、今日良い天気だよ。だから、散歩しよう?」 「わざわざ休みの日にこんな早く俺を起こした理由がそれか?」 「さ、ん、ぽ!しよ?」 ミキが俺の腕を引っ張る。 触れられた部分が酷く熱く感じる。 俺は舌打ちしてサンダルを足に引っかけた。
「いやぁ~、良い天気ですなぁ。」 「・・・・。」 「お腹空かない?」 「・・・・。」 「僕は空いちゃったよ。ね、肉まんとあんまん、どっちが良い?」 コンビニを前にして、にこにことミキは笑う。 「肉。」 「よーし、特別に奢ってあげる!」 勢いよくコンビニに入ってったミキは、すぐに戻ってきた。
肉まんを受け取り、ミキを見るとあんまんにしたようだった。 俺が食いかけの肉まんをミキに差し出すと、ミキは首を傾げた。 「どうせ後で俺のも一口欲しいって言うんだから、今、食え。」 「…っ・・・だ、大丈夫!ありがと。」
いつもなら飛びつくミキに俺は不審に思い、ミキを見ると今にも泣きそうな顔で笑っていた。
「此処の公園もわざわざ二人で来るのは久しぶりだね。」 「いつも帰る途中通ってるだろ?」 「そうだけどさー・・・・。」
ミキは無言でベンチに座る。 俺もつられて隣に座った。
「あのね、前にね、陽ちゃんが『陽ちゃんて呼ぶな』って怒ったときがあったでしょう?」 俺がミキから離れようとしたときだ。 「僕は嫌だ、って大泣きしたけど…今更だけど、陽ちゃんのこと『陽介』って呼ぶことにする。」 「はぁ?何言ってんだ突然、ミキ、お前」 「僕のことも『幹久』って呼んで?」 俺の言葉を遮るようにミキは言う。
「確かにいつまでも子供っぽい呼び方してらんないよね。」 「…ぉぃ。」 「知ってる?僕たち…俺ら学校でホモ疑惑出てるんだぜ?」 ミキが俺以外の人間と話す口調になった。 「おい!ミキ!」
「何だよ?どうせ、陽介だって俺のこと気持ち悪ぃと思ってんだろ!?」
ミキの叫ぶような泣き声が俺を突き刺す。 けれど、ミキを見ても泣いちゃいなかった、俺を強く睨みつけたまま続ける。
「『友達』としてで、側に居られるなら、それでいいから!」 「・・・・。」 「俺を拒否すんなよ、陽介。」
言いきった後、項垂れたミキの頭をポンっと叩く。
「昨日は悪かった。」 「・・・・。」 「あれは本心じゃねぇよ。イライラしてたんだ、…許してくれ、ミキ。」 「…っその呼び方、卑怯だ!」 「は?」 「俺のことは幹久って呼べよ。」 「今更かわんねぇよ、ホラ、ミキ?」 頭に置いた手をそのまま軽く撫でてやる。
「ふぇ、陽ちゃんのバカ…。」
肩が震えて、ミキが泣いた。
「お前にはその喋り方と泣き顔がお似合いだ。」 「ひどっ…。」 「良いじゃねぇか、可愛くて。」
ミキが弾かれたように顔を上げる。 「可愛い?」
涙で濡れた瞳や上気した頬、嬉しそうに弧を描く唇。 俺は平静を装って軽く言う。
「おーおー、可愛い可愛い。」 俺がニヤリと笑うとミキはふにゃりと笑った。
「お前はそのままで良い。」 「…っ・・・うん。」 素直に頷くミキにとりあえず安心する。 ミキが学校では男らしく喋っているのには気がついていたが、実際自分にそういう態度をとられると酷く狼狽した。
俺の前だけ態度が違うなんてとても愛しいじゃないか。
「あ、陽ちゃん!まだシュークリィム残してあるの!」 「はぁ?」 「だってさ、陽ちゃん好きでしょう?」 お前だってあの店のシュークリィム好きなくせに。
「ああ、好きだ。」
ミキの手を取り言う。 ミキは不思議そうにこっちを見る。 いつか伝われば良い。
「好きなんだ、すごく。」
僕に言ってるのかと、勘違いしそうになる。 そんなわけないと、自分を嘲笑って僕はにっこり笑う。
「もー、そんなに好きなら早く食べに行こう?」 取られた手を逆に掴み、僕は引っ張った。
掴んだ手が熱い。 陽ちゃんに触れる部分がドクドクと脈を打ってる気がする。
『気持ち悪い』『最低』
その言葉はまだ僕の中にあるけど。 陽ちゃんは僕を拒否しきれなかった。 そのままで良いって言ってくれた。
その優しさのせいで僕に付け込まれる。 ごめんね、大好きなんだ。
この手を放せないという独占欲と、陽ちゃんから離れなきゃ、という思いが僕の中に混在してる。
ごめんね、
陽ちゃん。
大好き。
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