高山の友人に、宮川という男がいるらしい。 アマチュアの映画監督で、最近ぼちぼち目をつけられているとかいないとか。 高山も実は映画好きで、選手プロフィールの趣味の欄に映画鑑賞と書いている。 とは言っても、全米ヒット作なんかより所謂B級のコアなものばかりを選んでくる。 宮川の影響かな、なんて言いながら。 高山の好きな映画は、映像は凝っていてかっこいいけど、ストーリーがイマイチつかみ切れなくて、英介には理解不能。 その不可解さが面白いんだと、高山は言う。 面白いというビデオテープを手に、高山は英介の部屋にやって来た。 「頼みがあるんだけど」 そんな前置きをして、英介の好きなプリンやらお菓子やらと持って。 「なに?」 ゴルフゲームに興じていた英介は、高山からの珍しい言葉にゲームを一時停止する。 ベッドに転がっていた体勢から肘をついて顔を上げる。 高山はベッドの下に正座して、その目の前にビデオテープを差し出した。 ラベルはない。 「……エロビ?」 「ちがう。それより、お前、そのパーカー俺のだろ」 英介が着ている黒いパーカーは大きすぎて、うつ伏せで肘をついている状態だと首周りの露出が高くなる。 しかも下には何も着てないのか、素肌が見える。 「だって置いてあったから」 「着るのはいいんだよ。ただ、そのかっこで廊下とかうろつくな」 こつん、と額をぶつけられる。 間近に迫った高山の顔。 あ、キスしたいな。 自然にそんなことを思っている自分にびっくりする。 金髪にするかしないか散々迷って、結局黒いままの短髪は男らしく精悍な輪郭にぴったりで、猛禽類っぽい目も硬派で真面目な性格をそのまま映している。 薄い口唇に視線がいく。 気が付いた高山の手が後頭部を包むように引き寄せて、軽く触れた。 せっかくの連続オフなのに、高山はその初日の今日を一日外出してしまっていた。 さっき戻ってきたのだろう、触れているだけの口唇は少し乾いて冷たい。 顔を離して頬や鼻梁を指先で辿ると、やはりまだひんやりしている。 英介が首を傾げて口唇を寄せる。 角度をつけた口付けで、舌で冷たい口唇を辿る。 後頭部にある手に顔の角度を変えられて、舌を吸われた。 性急なものではなく、ゆっくりと穏やかに。 口付けてはお互いの目を見詰め合う、まるで会話のようなキスは、徐々に高山の体から冷気を溶かす。 熱が高まり過ぎないように、最後にまた額をつき合わせて一旦停止。 「どこ行ってたんだよ」 拗ねたような声になってしまった。 「このビデオ、貰いに行ってた」 「どこまで?」 「……東京」 「東京っ?」 英介が目を見開いた。 その目の前で、ばつの悪そうな高山。 「なんで東京まで」 呆れる英介に、高山は珍しく子供のような顔を見せる。 大切そうにビデオテープを握り締めて。 「これな、宮川の知り合いの映画監督が撮った映画なんだけど、まだ未公開なんだよ。デモって言うか、まだ完成品じゃないんだ。それで俺に見て感想聞かせて欲しいって、モニターになって欲しいって言うんだ」 言い訳をするときの高山の口調は早口になる。 「その監督って言うのが、外人なんだよ。イギリス人。で、これデモの段階だから字幕とか入ってないんだ」 「……訳せって?」 「頼む」 頭を下げる。 「って言うか、なんで東京まで行かないと駄目だったの? 送ってもらえばいいじゃん」 「いろいろ、あるんだよ」 「いろいろって?」 困っている顔。 眉間に皺がざっくり刻まれる。 「だから、いろいろ」 「……吐け」 眉間に向かって不意のデコピン。 「いてっ!」 仰け反ってうめいて、額を押さえる。 「いってぇ……」 「正直に吐いた方が楽になれるぞー」 布団に顔を突っ伏している高山の耳元で、ドラマでよく見る刑事を真似て言ってみる。 暫らく無言でいる高山の髪の毛を、英介は弄ぶ。 染めるなと言ったのは自分だった。 その通りになってしまった色に、少しだけ優越感を覚える。 「いろいろって、何? 俺が聞いちゃいけないこと?」 「……いや」 問いを重ねると高山も観念したのか、布団に伏したまま英介の方を向いた。 「宮川が」 「宮川さんが?」 「このビデオと引き換えに、お前を撮らせろって言うから」 「俺?」 「あいつ、前からお前に会わせろってうるさくて。お前に話してもよかったんだけど、あいつが撮るもんってエロいのが多いんだよ。だから、会わせたくなくて」 「AV?」 「そこまでは言わないけど。そういう目とかで見て欲しくねぇし。これ以上人気が出てもマジ困る」 英介は高山の髪を弄び、高山は英介の髪の毛を梳いている。 「このかっこうですら、寮生に見せたくないのに」 頭にあった高山の手はするすると滑り、英介の耳から首筋、大きく開いた襟元からさ更に忍ばせて肩を摩る。 高山の髪の毛に絡んでいた手に、きゅっと力が入る。 「それが嫌なら東京まで出て来いって言うから、行ってきた」 「嫌がらせ?」 「嫌がらせだろ。明らかに。ポストに鍵入ってるって言うからその鍵でアパート入って、テーブルの上にこのビデオがあって、それを貰って用事終わりだからな」 本当は英介と会わせないなら、彼と過ごす貴重な休暇を一日貰おうと言われた。 仕方なく東京まで行って来たのだ。 「そんなに欲しかったんだ、そのビデオ」 「……おう」 「馬鹿だね」 「……はい」 ごめんなさいと謝って、持参した土産を差し出した。 「頼む。訳してください」 袋の中をのぞきこんだ英介は、まんざらでもない顔をして仕方ないなぁと言った。 英介は英語が話せるが、高山はまったくできない。 勉強はしているらしいが、聞き取りが全然できないらしい。 そんな高山に頼られるのも嬉しい。
「一時間くらいだと思うからお願いします」 嬉しそうにビデオをセットして、テレビを見る時の低位置の、ベッドの上に上がり、壁を背にして座る。 画面はオープニングテロップもなしに、いきなりストーリーが展開されていく。 外国のレンガ造りの館に、夜の風景。 そこの響くズルズルと言う奇妙な音を聞いて、英介は高山を仰ぎ見た。 気が付かないふりをしているのか、楽しみにしすぎていて気がつかないのか、高山の視線は真っ直ぐ画面だけを向いている。 英介がホラーや怪談話を苦手にしていることは知っているはずなのに。 画面のおどろおどろしい雰囲気は、英介の苦手な匂いがぷんぷんする。 ズルズルという濡れ雑巾を引き摺るような音の正体は、案の定英介が見たくもない類のもので、緑でドロドロに溶けかけている人間がベタベタと歩いていく。 思わず高山の服の裾を掴んでも、こっちを見ない。 それでも目を反らしたくなるほどではないのは、全米ヒット作のようなリアルさにイマイチ欠けているせいかもしれない。 そしてゾンビの目の前に、白衣を来た老人が現われる。 高山の見る映画には何故かこういう老人がよくでてくる。 マッドサイエンティストやドクターといった役だ。 老人の乾いた声が紡ぐ英語を、英介はそのまま訳していく。 声が震えていることに気が付かないのだろうか、高山はやはり画面に集中している。
老人は唐突に語る。 お前はあまりにひどい人生を歩んできた。 だからチャンスをやろう。 これからお前は蘇る。 想いを寄せていた女性と恋に落ちることができれば、もう一度人生をやり直すことができる。 次の満月までにそれが叶わなければ、塵にかえることになる。 ゾンビは艶やかな肌をもつ青年の姿に変わり、呻き声しか発していなかった口が言葉を紡ぐ。 そして再び、街へと戻るのだ。 陳腐といえば陳腐な筋書き。 どこかで見た気がしなくもないストーリー。 高山は相変わらずじっと画面を見つめている。 傍らに英介というスピーカーを置いて。 ちゃんと聞いてる? 尋ねたくなるほど真剣に。 蘇った元ゾンビが街に出ると、ホラーチックなシーンはなくラブストーリーに変わる。 隣では高山も喉を震わせて笑う。 そして、月は丸みを帯びていく。 焦り始めた青年は、彼女と強引に肉体関係をもつ。 体の関係は成立したけれど青年の体に変化はなく、その日は喧嘩別れ。 その後、彼女は事故に遭う。 重体の女性を前に、青年は泣き崩れる。 「彼女のために生まれてきたのに、彼女がこの世界からいなくなくなら、僕も一緒に消えたい。元の醜いゾンビに戻って、心なんてないままに在ればいい。彼女を救ってくれるのなら、蘇らなくてもいい。僕は喜んで塵になる」 泣き声を、英介は淡々と訳していく。 女性は目を覚ます。 目を覚ましてしまう。 記憶の奥に、青年の告白を残して。 青年は塵になる。 死体も骨も残らない。 ただ、彼女の記憶の中にだけ残る。 彼女は繰り返す、I Love Youと。 訳さなくてもわかる言葉を、英介は一度だけ、口にした。
「愛してる」
映画はエンディングの音楽だけが流れ、やがてそれも終わると砂嵐になる。 愛してる。 それが最後の通訳になってしまった。 高山がビデオを止めて、テレビを消す。 ペットボトルのお茶を飲んで、英介の顎を持ち上げる。 「おつかれさま。ありがとう」 満足そうな顔。 「面白かった?」 「面白かった。あれだけ堂々と中だるみしてるのも、わかりやすい筋書きも」 「……わかんねぇ」 「よく言われる。ごめんな、疲れた?」 頬を包むように撫でられる。 もう一口、お茶を飲ませてくれる。 乾いていた喉がすっと癒される。 「もうちょっと、キスしてもいい?」 触れるか触れないかぎりぎりの距離で囁かれれば、英介には拒めない。 「ぅん」 頷くこともできない距離で、英介は小さく喉を鳴らすようにして音を出す。 目蓋を降ろす前に口唇が触れる。 間近にある高山の顔は凛々しくて、男らしくてかっこいい。 口唇の薄い表皮を舐められて、それがくすぐったくて開くと舌が滑り込んでくる。 熱い舌を絡められる。 濡れた音が聞えてきて、体の芯に火を灯そうとする。 「……んっ」 顔を反らそうとするが、後頭部には壁の感覚。 左右に首を振ろうとする仕草も、高山の手に封じられている。 息継ぎがしたくて高山の肩を強く掴むと、口唇が離れる。 深く息を吸う間に、体を押し倒されて高山に組み敷かれた。 濡れた口唇を指が辿る。 早く欲しくて英介はその指をちろりと舐める。 角度を刻んで降りてくる口唇は、再び英介の口内を蹂躙しはじめる。 気持ちよさに、英介は陶然となる。 高山の口付けはいつも心地良く、英介はそれだけで満たされる。 安らぎと快楽の狭間にいるような、危ういけれどうっとりするような心地良さがある。 「そういう顔をするから、宮川なんかに会わせたくねぇんだよ」 ぼそりと吐き出す。 「……タカにしか、見せないじゃん」 高山は微苦笑を浮かべた。 高山の大きなパーカーの襟元を引っ張ると、鎖骨が晒される。 顔を埋め、キスマークをつけられる。 久々の連休だから、いつもは止める英介も黙って受け入れる。 こうしていると、大きな獣に食べられているような錯覚に陥ることがある。 食べられてもいいかもしれない、なんて思ってしまう。 鎖骨よりも上の首の付根に、一際強く吸い付かれ僅かな痛みを感じた。 明日の朝には赤い痕がくっきりと浮かび上がっているんだろう。 寮生に見つからないようにしないといけないな。 思考を別の方向に飛ばしていると、パーカーの裾から手が滑り込んできて乳首を指で挟まれて体が跳ねた。 たくし上げられたパーカーは、英介には大きすぎるうえに厚手で、英介はまるで布地に埋もれるようになっている。 「脱いだら寒いか」 愛撫を中断して、高山はエアコンの温度を上げる。 「電気、消して」 「やだ」 思わぬ即答に、英介は目を丸くしたかと思うと意地悪いことを言う高山を睨みつける。 「俺にだけ、見せてくれるんだろ?」 同じセリフを富永や矢良が言えばいやらしくしか聞えないだろうに、高山が言うと真剣で、見せてと乞われているような気になる。
勝手知ったる人の部屋。 ベッドの下を探ると、可愛らしい猫の絵柄が描かれた缶がある。 兄思いの英介の妹からのプレゼントらしい。 珍しく妹から荷物が届いたとわくわくしながら開いて出てきたものに、英介は真っ赤になっていた。 中身はコンドーム。 妹の友里曰く、 『えっちゃんの体は、えっちゃんと高山さんだけのものじゃないんだからね。オフん時はいいけど、シーズン中はコンディション維持のため中出し厳禁。えっちゃん、高山さんが真剣な顔して迫ってきたら流されちゃうと思うけど、ちゃんとゴムしてって言うんだよ』 だそうだ。 これと同じものが高山にも送られてきて、それは英介の兄の勲からだった。 『無茶したらコロス』 とだけ書かれた手紙が入っていた。 有り難いのか余計なお世話なのか、判別できないプレゼントを一つ千切って枕元に置いた。 高山はさっさと上半身裸になって、引き締まった体を英介の目に晒す。 少し前から矢良に肉体改造の特別メニューを組んでもらって鍛えなおした体は、ますますごつくなってバランスもよくなった。 多少の当りは跳ね返す。 英介もパーカーを脱ごうとしたが、やんわりと高山に止められる。 「腰浮かせて」 スウェットのゴムを引っ張られ、上半身を起こして後ろに手をついた体勢で腰を浮かせると、一気に下着ごと脱がされる。 大きなパーカーと剥き出しになった下肢と細められる高山の双眸とで、今の自分がどんな風に映るのかがわかってしまった。 「……変態」 軽蔑してるんだという空気を出したいのに、上手くいかなかった。 「英介だから」 そんなセリフをあっさり吐き出して、ベッドに上がってくる。
無意識に、間近に迫った胸板にペタリと手の平を押し付けた。 昨日の練習で自分を吹っ飛ばした恋人の筋肉は確かに強化されていて、悔しくなる。 不意に難しい顔をした英介の考えていることを察したのか、高山は高山で英介の足に触れる。 昨日の練習で自分のキープしたボールを掻っ攫って行った脚だ。 脹脛から膝、太股から双丘を辿った手はそのまま腰を抱いた。 「可愛い」 目を細めて、ぎゅっと抱き締めながら囁かれるセリフは英介が嫌いな形容詞だったけれど、高山になら言われても不快感がないんだよなぁと不思議に思う。 軽々と口にしないからかもしれない。 腰のあたりを優しく撫でられると、じわりと熱が集まってくる。 足を閉じて体を捩ろうとするのを止められて、パーカーの裾で隠れるか隠れないかぎりぎりの中心に触れられる。 「……あっ」 くっと細い顎が天井を向く。 喉を反らして過ぎる快感に翻弄されまいと耐える姿が、高山は気に入っているらしくいつも視線を感じる。 下肢を弄ぶ手はゆるゆると蠢き、英介の吐息を熱くする。 「……服、汚れる」 「いいよ」 与えられる刺激に、英介の体が時折ぴくりと跳ねる。 英介は震える手を高山のジーパンに伸ばして、ボタンを外そうとする。 おどおどした手付きを高山は止めず、したいようにさせる。 くそ、余裕顔しやがって。 そんな感情が大きな瞳にありありと見て取れて笑いそうになるが、ぐっと堪えた。 笑えばきっと不機嫌になって愚図りだす。 下着の中に入り込んできた英介の手が、高山自身を取り出して自分にされているのと同じように手淫を施し始める。 ダイレクトな感触に、高山も僅かに呼吸を乱した。 吐息の温度を確かめようと、英介は首を伸ばしてキスをする。 「積極的」 にっと高山が口角を上げる。 色っぽい目と声に、どきっと英介の鼓動が跳ねる。 「体勢、変えるぞ」 英介の返事を待たないで、高山は英介の体を抱き上げる。 「わっ」 慌てて高山にしがみ付く。 高山の膝の上に正面をむいて座らされた状態で、高山は英介を昂ぶらせていく。 高山の体を挟むように大きく足を開かされ、閉じようにも閉じられない。 恥ずかしくて俯けば、高山の手の中で蜜を零す自分の性器が目に入る。 慌ててぎゅっと目を閉じ肩に顔を押し付けた。 「英介、俺のも」 短い言葉で促され、英介は再び高山のものに手を伸ばす。 「……く、ぅん……」 声を殺し、与えられる愛撫に溺れてしまわないように耐え、英介は拙い愛撫を止めないようにする。 高山は、その手をどかして硬くなった二人の昂ぶりを一緒に手の中に包み扱き上げる。 「やぁっ、あ……ぁ」 どちらのものかわからない先走りで高山の手が滑り、淫らな音をたてる。 英介はむずがる子供のように首を振って、高山の背中を掻き抱く。 恥ずかしいような満たされているような、逃げ出したいようなしがみ付いていたいような、複雑な感情を胸に英介は高山の肩にもたれたまま、間近にある高山の顔を見上げてみる。 汗ばんで、目を眇めて、時折乾く口唇を舐める。 くらくらするほどかっこいい。 セックス以外のことを考えていると、高山と目がばっちり合った。 なに? そんな風に目で尋ねられる。 英介が答えずにじっと見返していると、一瞬だけ視線を反らした。 再び英介を熱く見つめる双眸の先で、英介の体が跳ね背中を反らす。 濡れた指先が蕾を探る。 「ぅんっ、あっ」 異物感と先にある快感を想像して、体が疼く。 高山の視線は身悶える英介の姿をじっと映している。 それに気付いて英介は、恥ずかしそうな怒ったような視線を向ける。 体の中に埋められていた指がぐっと壁を圧す。 そして仰け反る英介の反応を、高山は愛しそうに目を細めて見ているのだ。 「馬鹿、見るな、変態」 震える声での罵倒も可愛らしいだけだ。 睨みつけて、英介は高山の頭を抱いて自分の肩に押し付けた。 「可愛いのに」 「うるさいな」 クスクス笑いながら、高山は中を解す指を増やす。 整えようとしていた呼吸が乱れた。 パーカーを少し引っ張ると、片方の肩が露わになる。 頭を抱えられたまま、そこに口付ける。 もう一本、指を増やしてバラバラに動かすと体が震えた。 「……タカっ、もう……」 泣き声に促され、高山は枕元のコンドームを英介に咥えさせる。 ビニールの梱包の端を高山も咥え、角度をつけて千切っていく。 いつもの行為。 この瞬間が高山は好きだった。 性欲を前にした英介の瞳が濡れたように輝くから。 素直じゃなくて、鈍感で、子供な英介の瞳が、艶かしく高山を見つめ返すから。 自分を抱く腕の持ち主が自分であることを確かめて、その先の行為を許すから。
高山は腰を抱いていた腕に力を入れて英介の体を支える。 「……このまま?」 不安そうに尋ねて来る英介の口唇を啄ばむように口付けて、高山は抱えた腰を自分の上へと落していく。 濡れてはいるが閉じた蕾に熱い先端が当る感触。 怯んだ英介の腰が逃げを打つが、高山の腕がしっかりと回されていて逃げさない。 「力抜いてな」 「……うん」 そろそろと息を吐き出す英介の体を引き降ろす。 「……っあ」 押し入られ、貫かれる感覚がいつもよりも生々しい。 根元までおさめて、英介は強張っていた体からそろそろと力を抜いた。 そして自分をしっかりと抱き締める腕の力強さを実感する。 溶けて流れて消えてしまいそうな体を繋ぎとめる腕。 この腕が好き。 この瞬間が好き。 抱き締められたまま英介はきゅっと腰に力を入れて、中にいる高山を締め付ける。 「……っぅ」 高山の微かな声にゾクゾクと背中に快感が走る。 腰を回すと自分を抱く腕が波打つように動いた。 「感じる?」 額を合わせて震える声で問う。 「すげぇ、気持ちいい」 ペロリ、と目尻を舐めて即答すると少しは困れと怒られる。 そんなやり取りに、絡まる呼吸の熱さに、笑いが零れた。 その振動も刺激になって、忍び笑いが嬌声に変わっていく。 「うっ……ぁあ」 縋るように抱き付いてくる英介の腕を外して、高山は横になる。 「タカっ」 支える腕を無くした英介の声は不安そうで、子供のようだ。 「動ける?」 「んっ、無理っ。できな……あ、ぃ」 長い袖に隠れた指先が、腕に縋る。 繋がっている場所はパーカーに隠れて見えず、自分に跨り快感に喘ぐ姿は可愛らしく卑猥だ。
腰を突き上げるとボロボロ涙を零して、手で口を覆い悲鳴を殺した。 「英介、声」 手をどかせようとするが、首を振って拒まれる。 「聞きたい」 「駄目っ、隣、昴さん……、いる」 ここが英介の部屋だと言うことを忘れていた。 高山の部屋は角部屋で、唯一の隣人は一年後輩のユーキだ。 しかもユーキの部屋とはクローゼットを挟んでいるし、ユーキなりの気を利かせるのかよく同期の寮生のもとに行くから留守がちだ。 しかし英介の部屋は、昴と寺井に挟まれている。 昴の部屋とは壁一枚隔てただけで、しかも壁際にベッドがある。 あまり大きな声を出せば聞えてしまうだろう。 「寺井さんは帰省してる。昴さんは、今日は合コンだって」 「……ホントに?」 「本当に。だから、声出していいから」 震える指先を包みながら突き上げると、安堵していた英介は艶やかな悲鳴を上げる。 自らゆっくりと腰を回して快感を引き出そうとしているが、膝に力が入らないせいで動きが制限されてもどかしさを募らせる。 「ふっ……ぁ、タカ、も……ゃ」 キスをしようと上体を倒すと自分を貫く剛直の角度が変わって、英介を悶えさせる。 高山はその体を引き寄せて、口付けを欲しがって震える口唇を覆った。 体勢が苦しいのか、今度は英介は体を起こそうとする。 後頭部に手があって口付けから逃れられず、時折突き上げられる愉悦から溢れる喘ぎも飲み込まれる。 思う存分口内を蹂躙され、酸欠になる直前で解放される。 英介が息を大きく吸い込んでいる間に、高山は上半身を起こす。 そうして英介の体をしっかりと腕の中に囲み、思うが侭に突き上げ揺す振り始める。 「あっ、ああぁんぅっ、……はぁ、あっ、タカぁ」 ハラハラと溢れ細い顎から飛び散る涙も、背中を抱く自分よりも細い腕も、愛しい。 「英介」 仰け反る喉に口唇を押し当てて、さっきまで見ていた映画の最後のセリフを囁いた。 映画自体は高山にとっては面白いものだったけれど、塵になってしまった青年のような愛し方はしない。 自己犠牲だとか、愛だけが至上のものだとかは思わないから。 生かし生かされる。 そんな愛情の形が、自分達にはベスト。 そのスタイルを保っていけるのは、パートナーが英介だからだ。 視覚は快楽に染められて霞み、聴覚も鼓動と呼吸しか聞き取れなくなる。 鼻先を押し付けて、手の平を背中に這わせることで英介は高山を感じる。 世間には禁断の愛だとか言われている。 だけど、こんなにも破滅とは程遠い愛はないと思う。 生み出せるものの価値は、低いのかもしれない。 でも、込み上げてくる愛しさを数値で表す術がもしもあったなら、それはきっと対等だ。 だって、好きだという感情を抱くことで涙が溢れそうになる。 抱き付いてくる英介の腕の力が強まった。 最奥を突きながら、蜜を零す英介自身に触れて余裕のないキスをする。 頭の中が真っ白になり、二人同時に絶頂を迎えた。
一緒に入ろうと言ったのに、一人で入れるからと言う英介が一人でバスルームに篭っている間に、高山は英介の体液が着いたパーカーをざっと手洗いする。 さきほどの英介の痴態を思い出してしまう。 パーカーの裾から伸びる足、指先を覆う袖、鎖骨が露わになる首周り。 英介の小柄さが強調されているようで、可愛かったなぁと。 英介の同じような姿を高山は以前、英介の兄が持っていた秘蔵アルバムの中でも見ていた。 さすがに下にトランクスをはいてはいたが、大きめのパーカーを着て無防備に転がる姿は愛らしかった。 「なに考えてんの?」 ユニットのカーテンの間から、英介が胡散臭そうな視線を寄越してきた。 「やらしい顔になってるよ? 兄貴と似てきたんじゃない?」 「……マジで?」 「マジだよ、マジ」 しゃっとシャワーカーテンを閉めてシャワーの音が続く。 「……マジかよ」 自分のパーカーを見つめて、高山は呆然と呟いた。 さすがにショックだった。 「でもさ」 カーテンの向こうから水音に負けない声で英介は言う。 「タカとだったら、どんなエッチでもいいけどね」 思わずカーテンを開けた高山には、シャワーの雨。 ぐっしょり濡れそぼった高山に、英介は笑顔を見せる。 「一緒にお風呂入る?」 天使なのか悪魔なのか、どちらにしても可愛い笑顔を。
食堂を利用する寮生はいつもよりも少ない。 外泊している寮生が多いのだ。 いつもよりも静かな食堂で、英介と高山はいつものように朝食をとる。 「おはようさん」 そこに昴が顔を出した。 「おはようございます。合コンどうでした?」 ご馳走様、と手を合わして英介が尋ねれば、昴は人の悪い笑みを浮かべる。 ニヒルというよりも悪戯小僧の笑みだ。 「ドタキャン」 「「……ドタキャン?」」 コーヒーを口に運びかけた手が、宙で止まった。 二人の眉間に皺が寄る。 「そう。待ち合わせ場所に行く前にキャンセル入りやがんの。結局、即行で帰ってきたよ」 空気が強張る。 「部屋で一人淋しく飲んでた」 いただきます、と昴が朝食を前に手を合わせた。 「ちょっと早く帰ってきすぎたかな」 「……昴さん」 「昨日はお盛んだったんだ?」 「昴さん」 「だって、ドタキャンくらって傷心抱えて帰ってきたのに、お隣じゃアレだよ」 本当は、ドタキャン食らって帰ってきた後、英介の部屋に高山がいると聞いて、着替えを済ませるとすぐに他の部屋に飲みに行ったのだけど。 「……すみませんでした」 なんともいえない表情で頭を下げる後輩が可愛いから、ついついからかってしまいたくなる。 「いーんじゃない? 愛されてるねぇ」 クスクス笑いが止まらない。 この可愛い後輩たちは、見ている方が大変だなぁと思うくらいに禁欲的で生真面目だから、オフの時くらいには羽目を外してもらってもいいと思う。 それにしても、この二人でどうやって甘い空気にもっていくのかが昴には不思議だ。 ロッカールームで恋人同士とは思えない口論をしている姿もしょっちゅうみかける。 それでもどうにかこうにか恋人関係は築けているのだろう。 恥ずかしがっている英介の首にキスマーク。 どんなに喧嘩をしても甘い夜を過ごしても変わらない、食事の時に座る位置関係。 正面を向いて、気安い雰囲気を漂わせて。 「俺もそろそろ一つの愛に執着しようかしら」 ついついそんなことを思わせる。 けれど、震えた携帯が知らせた昨日の合コンの埋め合わせにテンションを跳ね上げて外泊許可をもらいにいく昴は、もう暫らくは落ち着きそうにないなと、食堂にいた寮生は思った。
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