高木の上に向かい合いで跨って腰を揺らすと、両手を添えただけの熱い昂ぶり同士が濡れた音を立ててこすれあう。 「あ、ふ……」 新也は高木の肩に顎を乗せて甘く息を吐く。同じように新也の首筋を鼻先で擦る高木が、ちゃんと手、動かして、といいながら新也の耳たぶをやわやわと食んだ。 「だっ、って、たかぎが……、うしろいじるから」 「いれて、っていったの江藤さんだよ?」 意地悪く喉の奥で笑われて、新也は、そうだけど、と荒い息を殺しながら高木の肩に額をすりつける。 高木の性器と自分のそれの先端を重ね合わせて、ローションを垂らした手で柔らかく、ひねるように揉み込むと、敏感なところすべてがこすれてひどく気持ちいい。もう片方の手では竿を一緒にこすり上げているから、ほんとならどちらも同じくらいに感じているはず、なのに、新也の後口へ手をまわした高木が、ぬめる指でくちくちとその縁と中を広げて弄るから、新也の方ばかりが息が上がってしまうのだ。 「っはぁ……、は、ぁ、たかぎ、もう、駄目、コレ以上こすったらいきそ」 「いっちゃうと後ろきついよね」 「ん、うん……」 新也が頷いて、本当はこのままいってしまいたいくらいに感じた昂ぶりから手を離す。高木が片手で小さなパッケージを新也に寄越した。 「江藤さん……ゴムつけて」 「ん……」 滑ってパッケージが開けにくいので、ローションと体液で濡れた手を高木の引き締まった腹で拭くと、笑う高木に額をつつかれた。 取り出したゴムをくるくると高木の竿の根元まで下ろす。 ──そういえば、自分のはフツーとか言っといて、ゴムはちゃんとでかいの買ってんだよな…… こいつめ、とつんと額をつつき返してやるが、どうしたの、と首を傾げて微笑む高木がなんだかかわいく見えて、結局新也はつついた額にキスをした。 高木の指が新也の頬をなぞる。 「江藤さん、前来て……」 「ん……この辺……?」 枕とクッションを重ねて背もたれにした高木の腹の上へ跨りなおし尋ねる。うん、と高木が頷き、新也の唇と胸元にくちづけた。 「……あ」 指先で位置を確かめられ、昂ぶりの先端をあてがわれて思わず新也が背を緊張させると、さっきさんざん弄られた左側の乳首にあたたかく濡れた刺激が走った。 体の奥が疼いて、喘ぐように息をして喉元を仰け反らす。あ、と思ったときにはいつもより楽に高木のくびれまでが新也の中へ侵入してきた。 「んっ、あ……っ」 「なんか入りやすかったね……?」 高木が繋がった縁をゆるゆると指の腹で撫でながら、ここのせいかな、と新也の胸の先を音を立てて吸った。 「あ! ……あ、まて、……んん……」 「ああ、いいかんじ……ゆっくり腰おろして……」 「ん、……っや、また、そこ……っ」 腰をおろせ、というくせに、新也のすごく感じるところ近くにくると高木はいつも新也の腰を掴んで動けないようにする。 「この辺だよね……」 ぐぐ、とゆっくりと腰をおろさせられていく。と、あの場所に高木の硬い先端が触れるなり、新也の腰が跳ねた。高木の肩を掴む手に力が入ってしまって、声を出さないようにしているのにバレバレだ。 「ッ……い、あっあっ……たかぎ、たかぎやだそこ……っ!」 「ここ?」 「や、っうん、ん、んあ」 抜き差しするのではなく、熱く硬いものをあてがうようにしたまま、高木が両手で掴んだ新也の腰を揺すぶるから、新也はその場所だけを抉られてわけがわからなくなるほど乱れてしまう。 高木の肩ににしがみついて揺らすのを止めようとすると、逆に自身の性器が高木との間でこすれて、新也はまた背すじを仰け反らせる。そんな新也の姿がいいのか、高木が欲情したように息を詰めるせいで、新也はそれにも煽られる。 「っ……江藤さん、かわいい」 「うる、さ、っああ、あ、あ! も、もう、や」 「もうちょっと……」 気持ちよすぎて涙が出てくる。新也の中を勝手に押し拓くような凶暴さは全然見せないくせして、新也の中を強く穿ちつづけるこの熱い塊を、いっそ奥まで飲み込んでしまいたい。そうすればきっと楽なのに、新也の腰を掴む高木の手がそれを許さない。 抽送はされずに、ただ掻きまわされるせいで、どろどろに濡らされたそこはぬちぬちとひどくいやらしい水音をさせている。前は自分ばかりやらしく喘ぐのを見られているのがいやだったのに、今は情欲を瞳に浮かべて新也を見つめる、高木のうっとりした表情に感じてしまうくらいだ。 「は、ぁう、ったかぎ……っ、ん、っあ、……ぅ、あっ、あっ」 ただ、ひらきっぱなしで喘ぐ口の中は、カラカラになっている。高木のキスで濡らして欲しい。 「たかぎ、……たかぎキスして」 「ん?」 ねだる新也を見上げる高木の唇に、乾いた唇を押し当てて舌を絡める。高木の舌に舐められ唇が濡れると、しっとりと高木の唇とよく馴染んだ。 「ん、ん」 「……ふ」 高木の肩に爪を立てていた腕でその頭を抱え、高木の唇を甘噛みしながらくちづけを深くすると、新也の腰を掴んだ高木の手から力が抜ける。 「っ、ふ……」 腰をよじって新也が内襞を抉るものを奥へと呑みこませると、高木がくちづけしたままの眉を、しまったというように軽くひそめるのが見えた。 根元まで高木をおさめた新也が、はぁはぁと胸を喘がせて高木に縋ると額に軽くキスされる。 「もうちょっとあそこ、ぐりぐりしてあげたかったのに」 「やだ、よ……あそこわけわかんなくなる……」 浅い息をする新也の中で、高木がずくずくと脈打っている。内奥まで高木が入り込んでいる今の方が、ずっと高木を感じられるから、新也はどっちかというとこうして穏やかに繋がっているだけの方が好きだ。そう言うと、高木が同意する。 「僕もずっとこうしてるの、好き」 「んじゃ……、なんであそこばっかすんだよ……」 高木とセックスすると、毎回一度はあの場所をいいように抉られてしまうのだ。しかも、だんだんあそこで得る快感が強くなってきて、いつか「もっとして」とねだってしまいそうでこわい。 だから高木の肩にしがみついて、ゆるゆると一緒に揺れながら新也が文句を言うと、かわいいから、という一言であっさり返された。 「……、どうしていつも場所、わかるんだよ」 あの、ひどく感じる場所のすぐ近くになると、勝手に動けないように腰を押えられ、あとはゆっくりと正確な場所を探り出されてよがらされるままになってしまう。高木がくすくす笑う。 「企業秘密です」 「高木」 名前を呼びながら高木の肩口に頬をすりつけて、新也が上目で見上げると、高木は俄かに困ったような顔をした。 「すごい甘え上手」 江藤さんじゃないみたい、と言われて肩の筋肉に噛み付くと笑われた。そのまま、高木の指が、二人の繋がった濡れた縁をさする。ひくり、と勝手にそこが収縮してしまうせいで高木の大きさを感じて、新也は体を強張らせる。 「っな、に……」 「ここ、にね。どれくらい入ったか、さわってたしかめてるだけ」 どのくらい入れると当たるかわかるから、と言いながら高木が軽く腰を揺すり上げた。 「っあ」 「ふふ……かわい」 言いながらまた、高木がぬめる指先で繋がった縁をなぞってくる。反射で、濡れきった中をきゅっと締め付けては新也は息を詰める。 そうやって新也が反応するたびに、中の高木のものが大きさを変えるのがわかる。思わず高木の肩にしがみついて息を逃がすと、呼吸に合わせて自分の内襞が食い締めているのもわかる。ほとんど動かしていないのに、互いを感じるだけで自分の中からどんどん快感が湧き出してくるのがこわいくらいだ。 「江藤さん、中、ひくひくしてる……」 「っ……たかぎだって、どくどくしてる」 「ん……すごい気持ちいい」 「……うん」 抱き合った新也の首筋から耳元へ、高木がやさしくなんどもくちづける。新也は高木に身を任せて体中で抱きついている。 じわじわ高まってくる性感に、新也がたまらず腰を上下させると、それだけでいけそうなくらいに感じて、互いにびくりと背すじを跳ね上げた。 「っすご……」 「ん、……すぐいきそ……」 「いっちゃおうか」 高木が新也の尻を両手で掴む。 「っ、……ま」 待て、と言おうとしたまま、新也は新也は仰け反りよがる声を噛み締めた。高木が新也の薄い尻の肉を揉みしだきながら、強く突き上げてきた。 揉まれるたびに、抽送される高木のものと、とろけるように濡れた内壁がこすれて、新也は悦楽で身を強張らせる。腰をよじり、高木の肩に爪を立てて、絶頂に達しそうだと新也は舌足らずに喘ぐ。 「いい、いい……ッ、い、く、いく、たかぎ……っ」 「ん、いって……っ」 強く腰を突き上げながら、高木が片手で新也の性器を掴んでくれる。 体中で感じたまま、新也が高木にしがみついて、呻きながら達すると、高木もきつく新也を抱きしめて腰を震わせた。 「っはぁ……、はぁ……、……」 全力疾走した後のような息を重ねて、しばらく、物も言わずに抱き合う。 弛緩した体でもたれかかり、新也が柔らかく高木の首筋をなぞると、滲んだ汗に触れた。高木も汗かくほど気持ちよかったんだと、新也が唇を当てると、息の落ち着いてきた高木が喉の奥でくすぐったそうに笑う。 無言のまま、またしばらくお互いの髪を梳いたり、冷えてきた背中を撫でたりしていると、好きで好きでたまらない気分が湧いてきて、どちらからともなくキスをした。啄ばむように数回角度を変えて重ねて、唇をほどく。それでやっと一息ついたように、高木が新也の前髪をそっとかきあげた。 「なんか、気持ちよすぎて眠くなっちゃった」 「俺も……」 新也が頷くと、まどろむような瞳で微笑んだ高木が、ゆっくり体をずらして、新也の中から少し萎えてきた自分を抜いた。 新也はベッドサイドからティッシュをとって、体を拭う。新也の体液で汚れてしまった高木の腹も拭いてやると、手早くゴムを捨てた高木が、ティッシュをごみばこへ放り投げた新也を抱いて、ベッドに潜り込んだ。 「ちょっと寝て、シャワー浴びたらお昼食べよ」 「そだな……」 瞼を重くする眠気に抵抗せず、新也は高木の腕の中で目を閉じた。
──……腹減った…… 頭に最初に浮かんだのがそれで、次に浮かんだのは、昼飯なんにしよう、だった。 はっと新也が気づくとそこは、さっき眠りに落ちたときと同じ高木の腕の中だった。 確かベッドの枕元に時計があったはず、と手を伸ばして新也は時間を見る。 「……さ……三時半……?!」 部屋は遮光カーテンがかかっていて薄暗く、そのせいでかなり寝てしまったようだ。だとしても、最低でも四時間は眠っているわけで、 「高木起きろ、寝すぎた」 「……んー? いまなんじ?」 くそ、かわいいな、と寝ぼけ声の高木の鼻をつまんで時間を告げてやると、高木は飛び起きた。 「せっかくの江藤さんとの週末なのにっ……!」 「いや、まあ一緒に寝るのは楽しいしいいんだけど。ていうか、風呂入って買い物行ったら、昼飯ってより夕飯って時間じゃないかと思って」 「あ、そうだね。どうしよ」 江藤さんに簡単なご飯習おうと思ったのに、と高木が言う。 「んー。とりあえず最近俺が食ってるようなのでいいなら教えるけど」 ちょっと偏ってるんだよな、と呟くと、高木がそれでいいですと嬉しそうに頷いた。 「じゃ、お風呂入って買物行こう。江藤さん一緒に入ろ」 「え。いや、狭いだろ」 「広いお風呂がこの部屋借りる時の不動産屋さんの売り文句だったんだけど」 「う……」 にこやかに見つめられて新也は返す言葉がない。この部屋を案内したのは新也本人だ。 「じゃあ、一緒に入るけど、……悪戯すんなよ」 「はい先生」 高木がきりっと、敬礼するように額に手を当てる。普段ならかっこいいと新也も見蕩れてしまうだろうが、お互い素っ裸ではなんだか間抜けで、思わず新也は噴き出した。
買ってきた食材を、一人暮らしが使うにしては大きい冷蔵庫へぽいぽい投げ入れながら、新也は高木を横目で見る。買い物に行くため着替えたから、スッキリしたパンツと柄シャツで、そういう格好をしているとやっぱり高木は学生に見える。 まさか、『悪戯しない』を忠実に守られるとは思わなかった。しかも、風呂のみならず、買物の最中も高木は素直に新也の後ろをついてくるだけで、手を握ったり頭をつついたりというちょっかいを一度も出してこなかったのだ。 ──何もされないのも変な気分だということがわかった…… それでいいのか自分、と思いつつもまたちらりと高木を横目で見ると、新也に見られているなど全然気づかずローテーブルを拭いていたはずの高木が、こらえきれず、と言った様子でくすりと笑った。 「あっ……高木お前、わざとかっ」 どうやら新也が、『高木はいつちょっかい出してくるんだろう』『変だぞ高木が何もしてこないぞ』と伺っているのを、気がついた上でほったらかしてようだ。新也がずるい、と叫ぶと、テーブルを拭いたミニタオルを手に、高木がキッチンへ戻ってきた。 「わざと、っていうか、先生の言うこと聞かないとなって」 「あれは、風呂で悪戯すんな、って意味だろ」 わかってるくせに、と新也はむくれる。 「じゃ、今はいいんだ?」 ようやく、いつものように高木が新也の腰に手をまわしてくるから、なんだかほっとする。一体この数ヶ月で、自分はどれだけ高木がそばにいることに慣れてしまったのかと、新也は内心で苦笑した。 人と付き合う、ということは、新也にとって束縛されるのと同義だったのに。本来なら友達でいられる人間と、『付き合って』しまうことで壊れてばかりだったから、新也は恋人としての人付き合いに非常に慎重になっていたのに、高木とだと全然違う。 高木が新也に会いたがるのも電話してくるのも、くっついてくるのもセックスしたがるのも、すべて束縛というネガティブな言葉には繋がらない。嬉しいだけだ。 「高木、好きだよ」 斜め後ろに立つ高木を振り向いて軽くキスすると、三倍にして返された。 「ところで」 唇を離した高木が言う。視線の先にはビール、ワイン、日本酒の入ったビニール袋二つがリビングの床の上、どでんと置かれている。 「あの大量のお酒は……」 「ん? 晩酌用」 350ミリリットル缶ビール六本セットと、コンビニで売っている安いワイン二本、一合瓶の日本酒一本で「大量」呼ばわりなんて、何をおっしゃる、と新也は高木の肩を叩く。 「それより腹減ったし、もう作っちゃっていいよな」 「あっ、待ってまって」 シャツの袖をまくって新也が手を洗うと、高木がいそいそとダークグレーの布を差し出してきた。布を広げて新也は首を傾げる。 「エプロンか。いつもしないからいいよ」 と新也が一刀両断の一言をぶつけると、高木があからさまにショックを受けた顔をする。この図体とこの顔でそれをされるとかわいくてたまらない。はいはい、と新也は満更でもなくエプロンの紐を首にかけ、背中でちょうちょ結びした。 「ちょっと、待て、おそろいかよ」 隣でうきうきと高木も色違いのエプロンをつけ出したのを発見して、新也は思い切りふきだす。 「高木はほんと、たまにすごいかわいいよなー」 「はは、こういうの初めてでなんか舞い上がってるかも」 照れもなさそうに、にこやかに言って高木は瞳を緩ませる。 バカだなあと思いつつも、こいつのこういうさらっとしたところに弱いんだよな、なんて新也は見蕩れてしまう。 「でも手伝えること何ひとつないから見てます」 「何のためにエプロンしてんだよ」 「おそろいのため?」 あっさり言われてまた笑う。どうやら高木は本気で何をしていいかわからないようなので、新也ひとりで冷蔵庫から使う食材を出しては適当に刻んでいく。ぼーっとしてるだけでは暇だろうと、高木にさっきから疑問に思っていたことを問い掛けた。 「そういや高木、コンロ怖いってなんだよ」 「あー。小学生の頃……あれは二年生かなあ。コンロの火をどうしても点けてみたくて母親に頼んだわけ」 変なものに興味を持つなあと、小学二年の高木を想像して新也は和む。まださすがに小さいだろうしかわいいだろう。 「じゃあ見ててあげるから、って母親が言ったのね。押して回して離せばいいのよ、って」 「ふんふん」 「江藤さん手際いいね」 冷凍ロールイカ切るのに手際もくそもないぞ、というとそういうものなんだ、と高木が感心する。新也は話の続きを促す。 「で、母親もいるし、と思って思い切って押したわけ。で……回すまでにちょっとばかり時間があったんだよね」 「ああ。ガス出すぎで点火したとき火がでかかったのか」 「そう! しかも小学生でさ、ほとんど目の前で火が、火がぼーっと」 ハロゲン調理器をつけながら、ぷぷ、と新也が笑うと、高木がすっごい怖かったんだよ、と力説する。 「火が怖いのはわかったけど、ここのは電熱系だから火でないけどそれでも怖いのか?」 「こっちは怖いっていうか。大学のときの友達が、電熱器でお湯沸かしたまま寝てヤカンやばかった、って聞いてから、コンロ怖いなーって。あと……」 どうも高木はコンロにまつわる嫌な思い出が色々あって苦手なようだ。こんなかっこいいくせに天敵がコンロとか笑える。 「高木にコンロトラウマがあるなんて初めて知ったよ」 「江藤さんはいつから料理してるの?」 「大学入ってからだなー。最初は炊飯ジャー捨てた」 「なんで?」 「……ある日ジャーを開けると色とりどりのカビが」 「ストップ! 何か危険な話になってきた」 「うん、聞くな」 そんな下らない話をしながら適当に切ったり炒めたりしている内に、買ってきた食材を使った料理が次々とできあがった。 ローテーブルに所狭しと並べられた皿に、高木が感嘆の声を上げる。 「すごいよ江藤さん、一時間足らずでこんなに」 「だろだろ」 「しかもこんなに種類豊富に」 「だろだろ」 もっと誉めていいぞ、と鼻高々で胸を張ると、高木から鋭い一言が飛んでくる。 「……ところで、何で酒のつまみばかりなんでしょう」 「俺が最近作ってるのはつまみだけだから」 エヘンとより胸を張るととうとう笑われた。 「偏ってる、ってのはこっち方向のことだったんだ」 そういえば最初に電話したときもお酒飲んでたよね、と高木が新也の頬を撫でる。ああ、と思い出して新也は頷いた。ビール一本程度じゃ酔いはしないのだが、基本的に酒が入るだけでテンションは上がるタチなのだ。それを酔うというのでは、とは言われるが、底なしに飲めるのを考えると酔う、というのともまた違う気がする。 「あのとき酒飲んでなかったら、高木にかっこいいなんていわなかったなあ」 「そうか、もしお酒入ってなかったら、僕は江藤さんとこういう仲になれるのにもう少し時間がかかったわけだ」 「付き合うのは決定なのかよ」 こぶしで高木の肩をぐりぐりしながら茶化すと、大真面目な顔の高木に肯定されて、新也の方が逆に照れてしまう。グラスをいくつか出して、とりあえず乾杯しよう、と高木をテーブル脇に座らせた。
結局、買った酒のほとんどは新也が飲んだ。高木はビール一本と日本酒をコップ二杯飲んだ後はずっとミネラルウォーターを口にしていたが、九時からのドラマを見るともなしに見ているうちに、とろとろとソファでまどろみだしてしまった。どうやらあまり強くはないらしい。今までこんなふうに酔う高木は見たことがなかったから、ちょっと新鮮だ。 すやすや眠る美形なんてかわいいもの、なかなかお目にかかれない。しみじみ高木を眺めた後に新也は、高木が喜んで食べていたつまみの皿を流しに出して洗った。残ったビールは冷蔵庫へ突っ込み、ざっと片付けて、ゴミの始末をした後、高木を軽く揺する。 「なあ、十一時すぎたし、そろそろ帰るわ」 明日は日曜だが、新也は仕事なのだ。高木が目を覚まして、大きく伸びをした。 「ああ……なんか今日、僕寝てばっかりじゃない……?」 「疲れてんだろ。あと飲み過ぎ」 珍しい、と新也が言うと、つまみがおいしかった、とまだ寝ぼけているような甘い目付きで微笑まれる。作った料理がおいしい、なんていわれることが、どんだけ嬉しいかわかってんのかこいつ、と新也は高木の頬にキスする。わかってなさそうな色男は、わからないなりに微笑んでお返しのキスをくれた。 酒も抜けてきたし、帰るなら下まで送る、と高木が立ち上がった。 「うわ。もしかして洗い物江藤さんしてくれたの?」 「ああ。起きた後汚れ物いっぱいって泣けるだろ」 「ありがとう」 「どういたしまして」 自転車の鍵をチャラチャラいわせながら玄関をあけると、入り込んできた空気はなかなか冷たい。朝来たときより寒そうだというと、高木がシャツを貸してくれた。 マンションのエントランスを出て自転車置き場まで行く途中の桜の木は、すっかり青々とした葉になっている。それを見上げて、新也は呟く。 「しかし今日はいい天気だったなー」 「洗濯日和だったねー」 「……洗濯……」 「日和……?」 二人して、何かいやなことを思い出した気がして、パタリと会話が止まる。 「ねぇ、洗濯日和だったのはいいけど、……干したっけ」 「いや……俺は干した記憶がないなあ……」 ばたばたと高木の部屋へ取って返そうとするが、夜も遅いということでそろそろ歩きで戻った。 二人して洗濯機を覗き込めば、脱水まで終了されてあとは干すだけ、の洗濯物が鎮座ましましている。 「ええと、これ洗い直して明日干せばいいかな」 高木の問いに、新也は首を振った。 「明日は雨っぽいこと週間天気予報でいってた気がする」 「……洗濯物って腐る?」 いつまで放っておくつもりなのか、高木が新也を真剣に見つめて尋ねてきた。さすがに新也も洗濯物を腐らせた経験はない。 「ああ、そうだ」 新也がぽんと手を叩く。 「でかいコインランドリー、歩いて十分くらいのところにある」 「コインランドリーって、乾燥できるんだっけ?」 できるできるなんでもできる、と頷くと、高木が行き方を教えてくれという。 「何。高木一人で行くの」 「だって江藤さん、明日会社でしょ」 高木の言葉に新也は頬を緩める。ホントに高木はいい奴だ。 「バカ。乾燥すんのって三十分とか四十分とかかかるんだぞ。ひまだぞ」 「え。そんなにかかるの」 「かかるかかる。……あと、ついでにいうと、俺の会社は十時ギリギリに出勤しても怒られることはない」 ほら、でかい袋なんか出せ、と新也は高木の肩を叩く。 酒に弱くて、でかいわりにかわいい性格で、寝顔まで美形で、酔ってるくせに新也の明日の仕事に気を使うようないい男を、一人寂しく夜中のコインランドリーにほっぽり出せるはずがない。 「江藤さん、一緒に行ってくれるの?」 高木がぱあっと顔を輝かせる。 なんだ、一緒にいたかったのが見え見えじゃないか。かわいいやつ、と新也は笑む。 「俺は心やさしいので行ってあげますよ」 「先生だしね」 「そう、先生だから。……ていうか、泊めて」 さすがにコインランドリーから帰ってきたら一時近くなるだろう。朝早めに起きて自宅に戻った方がマシな気がする。そういうと、高木がお安い御用です、と、また嬉しそうにした。 洗濯槽の中の濡れた洗濯物をほぐしながら、新也はざくざくビニール袋に移していく。もう一枚大きめの袋を持って、乾燥したものはそれに入れて帰ってこよう。 「ほらいくぞ」 新也が玄関に向かうと、高木がついてくる。 「江藤さん、……手つないでいい?」 「まあ、夜中だし。……手ぇ繋いで行くか」 靴を履いて、高木を振り返りながら新也は片手を差し出す。その手をそっと取りながら、新也をどこまでも甘やかすような柔らかい笑顔で、高木が耳元に囁いてくる。 「江藤さんはかわいいな」 かわいいのはお前の方だよ。 そんなことを思って高木を見上げるけれど、反論するとキスされる。そう気づいて新也は気合をいれて黙るけれど、ついとあごを持ち上げられて唇を重ねられた。 ──どっちにしてもキスされんのか。 なんだかとても可笑しくなって、ふふ、と笑うと、高木も幸せそうに笑った。
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