ああ。だめだ、考えることが多すぎる。 オレ西山結城は悩んでいる。 只今高校三年生。4月末期。 大学も決めなきゃならないし、勉強も始めろと言われる日々。 それだけならいい、まだいい。 オレにはもっとひどい悩みの種があるのだ。
「ユウキ! 次体育だぞ」
オレは一時間目の数学での疲れを机にうつぶせることで癒していた。 そんなところに悩みが頭に浮かんできて、いっこうに疲れは癒えないのだが。 っていうか、こいつ。 なんにも考えてなさそうな無垢な笑顔でオレを呼ぶこいつ、高野遙。
「おまえのせいだ・・・」 「はあ?」
心底わからないっていう顔つきをして、オレの手首をつかむ。
「とにかく行こうぜ、バレー、深井じゃん!? 遅れたらコロされるぞ」 「あー・・だな」
ああ。 神様。オレは獣です。 手首つかまれたくらいで押し倒しそうです。 こみ上げる熱い欲を我慢してからだがはちきれそうだ。
ひっぱられていた感覚が消え、つかまれていた圧迫感がなくなってしまった。
「どうした?」 「体育館シューズ忘れた!」 「はああ? んなもんそこらの借りればよくねえ?」
焦る遙をよそにオレは忘れることに焦りを感じることのない不良な人間だ。 遙はそういうのを嫌う良い子で。
「そういうのはその場しのぎにしかならないじゃん!おれとってくる」 「おいっ、・・・しょうがねーなあっ」
なんて要領の悪いやつなんだろ。 でも、まっすぐで好きだ。 そういうところが、好きなんだ。 って・・・恥ずかしいオレ!!
ふたりで遅れた授業。 オレだったら適当に仲間んとこに交じっちゃうのに。 遙は違う。 まっすぐに深井のところに行くと、謝った。 遠目で見ているオレは弱い。 あいつほどの度胸をめんどくさい仕草でかくしてる。
遙、おまえに好かれたい。 おまえに好きといいたい。 だからオレはおまえのために変わるから。 あきられたくないんだ。
「スンマセン」 「え、ユウキ・・?」 「おー、えらいじゃないか西山! どういう心境の変化だ?」
なんとでも言ってくれセンセイよ。 オレは世界でただひとり遙を愛する男なんだ。 かっこわりー姿はさらしたくないんだよ。 だが、この想いはあと一年ほどで消える。 ジ・エンドだ。
遙はすごく不思議そうな顔してオレを見ていた。 でっかい目で。 オレは笑い返してやった。
「ユウキってたまに不可解」
昼休み、食堂でメシを食ってるときそう遙が言った。
「そうか?」
オレは鼻で笑う。
「そうだよ! 体育の時びっくりしちゃったよ!」 「だろうな、オレはエライ。よくわからん社会の常識をやり直そうとしているのだ」 「・・・もう、なにがそうさせんのかわかんないけど、無理すんなよ!」 「無理?」
口に運びかけた牛丼の肉片を止めてききかえす。 遙は味噌汁をすすりかけていた手を止めて、予想しなかったオレの反応に少しばかり驚いたようだった。
まずオレが口を開いた。
「べつに無理してねえよ?」
遙は真面目な目をして箸を器に渡す。
「なんで無理とか、言うんだ?」
遙は気まずそうにテーブルの端に指を重ねたりして、下を向いた。
「オレ、見た目悪いからそう思われてもしかたねえと思ってる」 「そんなこと!」 「けどな、どう思われたってオレは変えてやるよ、こういう自分を」 「なんで・・」 「お・・・・・・・・」
おまえのため・・・なんて言えるわけない。
「将来のためだよ」
帰宅時のコンクリートは足を踏みしめるたびにジャリ、と鳴ってうるさい。 灰色の空に春によくある生ぬるい風。 咲き誇っていたチューリップは花びらも開ききってみすぼらしい。 オレ、なんであんなこと言っちまったんだ? “そっか、ちゃんと考えてんだな。ごめんな、無理とか言っちゃってさ” あんなこと言わせるために、 あんな顔させるために、がんばろうとしたわけじゃないのに。 すべては遙のためにしたことなのに。 要領悪いのはどっちだよ!!
「おー、ユーキ先輩! お久しぶりです」
そんな哀愁漂っていただろうオレの背中に声をかけたのは中学ん時の後輩。 名前はなんつったかな、いっぱいいたから忘れた。
「おまえ名前なんつったっけ?」
そいつはおもしろい顔して悲しんでいた。
「斎藤圭吾スよ、忘れないでってあんなに言ったじゃないですかー!」 「ああ、わるいわるい。それよりどうしたこんなところで」 「藤堂あかりって知ってます? 二年の」 「トウドウ? 知らねえ」
斎藤はがくっ、と肩を落としてため息をついた。
「けっこう可愛いって評判なんですよお?」 「あん? そうなの?」
つーか、オレはこの高校生活を遙に出会った瞬間から他に目、いってないもんな。
「ていうかおまえはその子の彼氏なわけ?」 「そうっす、とんないでくださいよ! 彼女、先輩のこと憧れちゃってんですから!」 「はあ?」
電柱があって、犬連れた散歩のおばさんとか、買い物帰りのOLとかが通るなんの変哲もない狭い道路で。 例をあげれば昔見たドラえもんの、のびたの家の前に通るああいう道で、くだらない話をする。 そういうのも気が紛れていい。 ・・・まて、気が紛れるってなんだ? オレ、また逃げようとしてるのか? 遙が遠くなっていく気がすることが、気のせいじゃないと思うのは・・?
「やべー・・・」 「どうしたんすか?」 「わるい、オレ用事あっからまた今度な!」
思わずよろめく。 気が付くと手を口にあてて、目があてもなくコンクリートを眺めていた。 足は砂利音を響かせながら歩いていた。
「好きなんだ」 “・・・え” 「入学式のとき、おまえが代表の挨拶してんの見て、憧れて」 “・・・・” 「同じクラスだって知ったの3日後くらいだけど、それはオレの性格上の欠点で・・」 “そんなことないよ” 「とにかく言いたいことは言った、あとは遙が思うままに行動してくれ」
・・・なに、オレ、告白の練習してんだろ。 すごいだせー。 ださい? かっこわるい? あいつは受け入れてくれるだろうか。 でもオレが一緒にいたいのは、理由なんかなくて。 というか、理由が見つからない。 ただ、求めてる。
「おはよー! ユウキが気に入りそうなCD買ったから今日家来いよ!」
どっきっ!! うっそおだろ? ふつう男を家に呼ぶかよ!!・・・あ、男同士か。 1,2年んときはよく行ったけど、意識しだしてから行ってないからなあ。 押し倒しそうで自分がこわい。
「んー、明日持ってきてくんない?」 「・・・なんでだよ、つか明日は校門検査あるらしいから無理」 「じゃあ、あさって」
オレが遙を見上げると、めずらしく不満そうな顔に出会った。
「強制連行だからな! いいから来ること! なっ!」
遙は座ってるオレの目線に合わせて体制をひくくして、机をバシッ、とたたいた。
「あ、ああ。わかったよ」 「よし! 決まりな、今日は昨日みたく勝手に帰るなよー!」 「おう・・」
チャイムとともに席につく習慣のある遙は、さも楽しげに戻っていった。 ・・あんな遙、初めて見たかも・・・。 以外に強引なとこも可愛いなあ・・・。 ほんとに、なんで男同士なんだろ。
遙はオレをどうおもってるんだろうか。
「ただいまー」 「・・じゃまします」 「あら、久しぶりじゃない結城くん!」
遙の母親の千鶴子がいた。 遙が高3のわりには若くて、美人。 オレが昔出入りしてたのを覚えてくれていた。
「お久しぶりです」 「ん! 相変わらずハンサムね、遙の婿に来ない?!」 「えっ!?」 「ちょっとカーさん、やめろ」 「あら、親にむかって言うじゃない」 「ユウキが困ってるだろ!」
遙がオレを指さす。
「あら~、可愛い! 私と再婚してくれない?!」 「だから、やめろって、行くよもう! ユウキ行こ!」 「ああ・・」
手をひかれて二階の遙の部屋に行く。 あの反応は、顔の熱さでわかるように、オレは真っ赤だったんだな・・・・。 そんな状態で、いいのか連れ込んで遙。 今のオレは野獣より危ないぞ。 襲って、八つ裂きかもよ? 毎夜毎夜、おまえを妄想して抜いちゃってんのよオレ、知らないのが幸か不幸か、だな・・・。
「ほら!」 「あっ!? それ!」 「限定版なんだよ」 「知ってるよっ、すげー数少ないって」 「それが持っちゃってんのさおれ、ほい!」 「え?」
CDをあぐらを組んだ膝に乗せられる。 思わず下を向く。 で、見上げる。 遙の笑顔の、度アップ。
ドクン、って、外にはきこえないよな?
「あげるよ! 前から欲しがってただろ?」 「・・・え、これ、めっちゃレアだぞ、その。知ってる?」 「あたりまえじゃん~、だから、だよ」 「え」
遙の手が肩にかけられた。そこに少しだけ重力がかかって、オレはカーペットに後ろ手をつく。
「だから、好きなんだよ」
え?
オレのくちを奪ってるのは、誰だ?? 線の細い体つきの、でもって成績優秀で、きれいな顔したオニイチャン? もしや、いや、まさか。
「ハルカ」 「・・ん? びっくりしただろ、ちょっとがまんできなくなった、ごめん」 「計画にないぞこんな展開」 「ええ? なんのこと??」
なんか三年間分の欲望が流れ出したみたいだった。
「っ・・ユ・・キ」 「好きだ」
抱きしめて、キスして、押し倒して、からだを撫で回す。 毎夜練習した成果は予想通り無に帰した。 夢中でそれどころじゃなかった。
「・・ぁ・・あ!」
肌を摺り寄せて、鼓動を感じ取る。 すべすべしてて気持ちよくて、熱くて。 満たしてくれる。
「待って・・ちょ、カーさん・・いる」 「・・・!」
そうだった。
「それに・・・まだ準備が」 「・・・? なんの?」
遙が口をあけて真っ赤になってしまった。 ワイシャツのボタンを全部あけたまま、オレの口付けを残した肌を目撃して。
「まだまだ先は長いんだぞ」 「無理・・おれすごい恥ずかしいって」
そう言って涙目になる遙。 真っ赤なのが嫌がってない証拠。
「優しくするから、な」
起き上がって、座りなおすと抱き寄せた。 また、鼓動が高鳴ってる。 心臓って内側にあるから、がんばって無理してんのばれたりしないよな?
「心臓の音、すごい伝わってくる・・・」 「えっ!? うそ!!」 「おれのもすごい?」 「え?」
目を閉じてオレの心臓に耳をあてる遙。 どっちがどっちのかわかんねえ、でも、妙に落ち着く。 つか、平静よそおってんのばれてたし。 恥ずかしいオレ。
「無理しないで・・・」
え?
「ユウキには自然であってほしいんだ」 「遙?」
なにを言ってくれてるんだ?
「おれ、ユウキがおれに合わせてくれてるのわかってた」
遙の手のひらが肩におかれる。
「自惚れかも知れないけど、気づいたときは嬉しかった・・・! でも」 「でも・・・?」
「無理に変えなくたって、ユウキにはいいところがいっぱいあるのに、もったいないし・・・ 見ていて、おいてけぼりにされたみたいで、ユウキが先を歩いていってしまうみたいで」
“寂しい”と言った。
オレはこれ以上きくことはないと思った。 簡単なことだったんだな。 無理しなくたって、あいつはオレのことを認めてくれてて、受け入れてくれてたんだからさ。
「じゃあ、無理しないことにする!」 「・・・なんか切り替え早いなあ」 「だっておまえが言ったんだろ」 「もうちょっと、なんつーの? “あ! また無理してる! だめじゃん!”とか言わせてよ」 「・・・どうしようもねえな」 「ええ? なにが?!」
この可愛さ。 たまらない。 あ! そういえば神様、どうもありがとう。 このとおり、愛し合うことができました。 次は、エッチ大成功と、大学合格でよろしく。
|