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 (年下攻め/18禁)
送り犬


 ゴウン、ゴウンと鳴る印刷機の音が、大きく大きく耳の奥で響く。
 水城涼は腕時計を確認し、壁にかかった時計まで見上げた。
 時刻は午後6時。初冬の空は、もう闇に沈んでいる。
 この印刷が終われば帰宅だと、学校から家までの15分あまりの道のりを頭の中で辿った。

 玄関を出て校門を出て左に左折。それから何度か角を曲がって、道路から斜めに伸びた小道に入ると、大きな公園に出る……

 日が沈んだ途端に無人になる寂しい場所には、木陰や東屋や繁みや―――
 人目を避ける陰がたくさんある……

 一旦、物陰に入ってしまえば、そうそう見つかることもない……
 何をしていても……
 どんな格好をしていても……

 誰にも気づかれない……


「隙を見せるからいけないんだぜ」

 耳の奥で、押し殺した声が突如響いて、ズクン…と疼いた腰の中で、熱い波がうねった。

「嫌――じゃ、ないよな。ホントに嫌なら、なんでココがこんなになってんの?水城センセ」

 含み笑いが耳を打つ。
 頭の中をトロリと潤ませる笑い声………

「……し…い……」

 はあぁ…っと熱い息を吐いて、声の主を思い浮かべ、その名前を呼ぶと、涼は堪らず自分の体を抱きしめた。
 覚え始めたばかりの甘い痺れが体中を包んで、目眩を起こしそうだ。

「ん……」
 誰もいない印刷室で、思わず座りこんでしまった涼だったが、ヒョイと室内を覗いた皺顔に気づいて、慌てて立ち上がった。

「水城先生、先、帰らせていただきますね」
 ラグビー部の監督をしている物理の老教師が、ニコニコ笑って寄ってくる。
 印刷して積み上げてある紙を一枚手に取って、目を通した。
「すいませんなぁ。部の雑用、全部水城先生にやらせてしまって」

 すみませんと言う割に悪びれない好々爺に、水城は疾しさで強張りそうになる顔を向け、ぎこちなく首を振った。
「いえ、私は藤田先生とは違って、ラグビーの指導などできませんし……」
「それは私の楽しみですから。水城先生に取られちゃ大変ですわ」

 はっはっは…と笑う定年間近の藤田は、若い頃はバリバリのラガーマンだったばかりか、今でも現役を自負するだけあって、生徒の指導を一手に引き受けている。外見の割に気持ちは若々しいが、それでも雑用が億劫になるには十分の年齢らしい。

「何せ、私、年寄りですからねぇ。部の雰囲気を溌剌としたものにするためにも、新任の若い先生に一緒にやっていただきたいんですわ」と、スポーツなどやったこともない軟弱な水城を熱心に誘ったのも下心からのようで、顧問となったその日から、パソコンで作成する書類や、部のスケジュール管理、生徒の父兄とのやりとりの全ては、涼の仕事になった。

「いやぁ、楽させていただいてますわ」と煩雑な雑務から解放された藤田は、毎日晴々とした顔で部活に臨んでいる。
 そんな藤田に、最近の涼は顔向けが出来なくて、今日もうつむきがちに「お疲れ様でした」と言うしかなかった。
 この、厚かましいながらも人の好い老教師を欺いている、と思いながら……

「ああ、水城先生、部室にまだ白井が残っているんですわ。鍵閉めたら持ってくると思うんで、受け取ってください」
 振り返って言った藤田の台詞に、水城の心臓が一瞬止まった。


 白井――
 白井庸介――――
 今年、ラグビー部のキャプテンになった2年生で、藤田の秘蔵っ子。
 高校生のくせに、水城なんかよりずっと背も高くて逞しい……

 その息遣いや汗の匂いを思い出した途端、ゾクリ……と体が震える…



「水城先生」
 印刷機を止めた途端に、名前を呼ばれた。
 白井庸介が鍵を片手に立っている。
 タイミングの良さは、絶対に部屋の外で涼の様子を窺っていたに違いなくて……

「…白井……」
 掠れた声で名前を呼んだ。
 白井が差し出してきた部室の鍵を受け取る。

「帰るんだろ?」
 訊かれて頷くと、「一緒に帰ろう」とも言わずに、後をついて来た。
 方向が一緒だから…
 家が近所だから…

 水城の借りたアパートと、白井の家は500メートルも離れていない。途中までは一緒の道を、白井は少し離れてついてくる。
 あの公園まで、二人の間に広がった10メートルの距離は縮まることがない。
 あの公園の暗い東屋の前まで……
 涼はドキドキと脈打つ心臓に、ギュッと拳を押し当てた。


 最初はふた月前の夕方だった――――。
 帰り道を歩く度、東屋を目にする度に、涼はその日のことを鮮明に思い出す。

 秋風が立った途端に、夏の間に体に溜まった疲労までが浮いて出て、夕暮れに沈む東屋に立ち寄った。軽く目眩を感じたから、少し休んで帰ろうと思って。
 そこに差し込んだ大きな影に気づいた時には、涼の口は熱い手の平で塞がれていて……「隙を見せるからいけないんだぜ」と耳元で囁かれた。

「しら…、何す……」
 叫ぼうとした口を荒々しいキスで塞いで、白井庸介は涼を組み伏した。
 5歳の歳の差など、体力差の前に簡単に埋まってしまう。

「声を出したら、人が寄ってくるかもしれないぞ」
 脅すように囁かれ、声を出せなくなった涼の前で、庸介はいきなり涼のものを口に含んだ。
 それまでとは違った意味で声を出せなくなった涼が、小さな呻き声を上げて弾けたのは、恥ずかしくなるほどあっと言う間だった。

「早いな」と言う庸介が、悔しさと恥ずかしさに身を震わせる涼を押さえつける。
 下半身を剥かれ、自分自身見たこともなかった場所を、たっぷりとべとつくジェルで解されて、熱い塊を捻じ込まれたのは金曜の夕暮れ。

 切り裂かれる痛みなど感じなかった。
 涼の窄まりは、最初から緩やかに広がって、決して小さくはない庸介の男根を飲み込んだのだ。「慣れてるのか…」と庸介が呆れるほどに、すんなりと……。

「違う、初めてだ」と、激しく首を振って否定したけれど、庸介は信じたかどうか……。
 それ以来、何度も何度も、金曜が巡ってくるごとに、涼は帰り道で東屋へ引きずり込まれる。
 東屋の前まで来た途端、襲い掛かるようにして走り寄る白井が、10メートルの差を一気に詰めて、涼を東屋へ引っ張り込む。

「お待たせ」

 そんな台詞に最初は抵抗していたのに……
「嫌…じゃ、ないよな。ホントに嫌なら、なんでココがこんなになってんの?水城センセ」
 からかうように言われた台詞に、自分の体の変化を知った。

 最初から、嫌じゃなかった……
 一目見たときから、憧れていた……
 ラグビーボールを抱えて走る姿に、食い入るように見入った……
 白井は生徒なのに……
 自分は教師なのに……
 二人とも、男なのに………

 強姦のように襲われるシチュエーションに酔う自分がいる。
 雄の欲望を丸出しにして襲い掛かってくる白井を、心待ちにする自分がいる。
「抵抗しないの?」と言われて、「嫌だ」と足掻く自身の演技に、ますます煽られる自分がいる。
 今日も、東屋に近づくごとに、股間が固くなっていく……身体が疼きだす……。

「白井……」
 思わず呟いて後ろを振り返れば、離れて歩きながら、涼をじっと見つめる白井庸介の姿が見える。
 もう少し…もう少し……
 あと数歩で、庸介が襲いかかってくる……



 けれど―――
 今日の庸介は、東屋を目の前にしても、走っては来なかった。
 東屋の前で立ち止まったのに、庸介の足音はしない。

 だから、自分から倒れ込むようにして、東屋へ踏み込んだ。
 眩暈がした…。
 最初の時と同じに……。
 隙を見せた……。
 だから……

「襲って…」
 来て……
 抱いて……
 庸介……


 その時突然、「誘ってるのかな」と庸介とは違う声が響いて、涼は咄嗟に小さな悲鳴を上げた。
 男が前に立ちふさがっている。
 今の今まで、東屋に人がいることなど気付かなかった涼は、正直に顔を強張らせた。
「売り…、やってるわけじゃないよね」と訊いた男が、優しげな笑みを顔に乗せて、涼の腕を掴む。

「あ……」
 息を飲んだ涼の顔から、忽ち血の気が引いた。
 男の手は熱く汗ばんでいて、落ち着いた口ぶりとは裏腹の興奮と強引さを伝えてくる。
「もう少し、筋肉ついていた方が好みだけど、相手いないなら付き合うよ」
 笑い掛ける男に、涼は激しく首を振った。

 違う……。
「違う、あんたじゃない……」
 抱いて欲しいのは、あんたじゃない。

「けど、今入ってきた途端に襲ってって……」
 座った眼をして、腕を掴んだ手に力を入れる男に向かって、それでも涼は必死に首を振った。
「あんたに言ったんじゃない……」

 あんたじゃない。抱いてって言ったのは……、襲い掛かってきて欲しい相手はただ一人、白井庸介だけで……

「今さら、それはないんじゃないのかな?」
 笑い顔を強張らせ、熱い息を吐く男の顔が近づいてくる。
 押し戻そうとした胸板は、涼程度の力じゃびくともしない。
「やめ……」
 悲鳴を上げようとしたその時――――

「何してんの?」

 声が響いた。
 東屋の前に、学生鞄を抱えた背の高い人影がたたずんで、こちらを見ている。
「水城センセ、何してんの?」
 微かに笑いを含んだ声が、涼の名前を呼ぶ。

「…白井……」
 掠れた声で、視線だけで助けを求めると、庸介が東屋の中の男を覗き込むように首を傾げた。
「誰?友達?なんか、襲われているように見えるけど」

 忽ち男がビクリと肩を揺らした。
 何も言わずに掴んでいた手を離したところを見ると、涼を襲おうとした疾しさの他に、世間の目に対する怯えを感じたのかもしれなかった。
「なんでもねぇよ」と言って足早に出ていく。

「白井……」
 震えそうになる足で駆け寄った涼を、庸介が片手で受け止めた。
「っぶねーなぁ」
 震える涼を見下ろして言う。
「ホント、あんた、危ねー。人がいるのにも気づかずに、こんな暗いとこにノコノコ入って行きやがって……」

「…だって…白井が……」
 出てきたばかりの東屋を振り返って言い淀んだ涼に、庸介が可笑しそうに苦笑した。
「俺が襲い掛かるのを期待してた?周りが見えないくらい、心待ちにしててくれたんだ?」

 途端に羞恥心が一気に押し寄せてきて、俯いてしまった涼の頭を、庸介が鞄で軽く叩いた。
「帰るぞ、送ってく」
「え?」

 さっさと歩きだす庸介にくっ付いて、涼は初めて2人で並んで帰路を歩いた。
 頭一つ大きい庸介を見れば、いつもと変わらない顔つきで、前を見ている。
「白井……」
 掠れた声で語りかけた。

「今日は…しないのか………」
 何を―――と口にしなくても、暗黙の既成事実が2人の間にはできている。

 庸介がチラリと涼を見下ろした。
「今の奴が、どっかで見てるかもしれないからな」
 だから、この公園では涼を抱かないというのだろうか?
「だったら……もし、よかったら、家……」
 言った途端に庸介の脚がピタリと止まった。

「俺、先生ん家、行く気無いから」

「家に来ないか」という言葉を封じ込められて、涼は咄嗟に唇を噛みしめて俯いた。
 羞恥心にみるみる顔が赤くなる。
 そんな涼をじっと見下ろして、庸介は軽いため息をついた。

「俺、強姦しか、する気ない」

 強姦――――そんな言葉のえげつなさに、赤くなった顔から血の気が引く。
「な…何で……」
 震える声で聞いた涼を置いて、庸介がまた歩き出した。
 二人して黙って歩くと、涼の家への道のりなどすぐに終わる。

「また、来週、な」
 手を振って、さっさと踵を返した庸介の後姿を見送って、言葉にできないほどの寂しさと空しさを抱えて、涼は階段を上った。
 足が重くて…、庸介の中での自分の軽さに愕然として、その場に蹲ってしまいそうだった。

“強姦”――――危険な遊びを気軽に楽しめる相手でしかない。そう言われたも同然だ。
 最初から抵抗なく庸介を受け入れたから、男に抱かれ慣れていると思われたのだろうか?誰彼構わず簡単に身を任す尻軽だと……。

 違うのに……
 本当に庸介が初めてだった……
「……ぅ…っ……」
 涙でぼやける目で、鍵穴に鍵を差し込めば、堪えていた哀しみは嗚咽になって口をついて出る。

 ドアを開けた途端、ドンッと背中を押された。
 たたらを踏みながら部屋に入った涼の背後で、ガチャリと鍵の閉まる音がする。
 振り返った涼の前に立っていたのは庸介だった。

「泣いてんじゃねーよ」
 口元に、緩やかな苦笑が浮かんだ。
「油断してっから、家の前で襲われるんだ。知ってるか?自分ちの玄関先って危ねぇんだぞ」

「……白井……なんで……家、来ないって言った……」
 呆然と見上げる涼の肩を突き飛ばして、庸介が部屋に上がり込んでくる。
「あんた、襲いに来たんだよ」
「どうして……」

「これでも毎日我慢してんだ。次の日休みの金曜くらいは、欠かさず犯らせて貰わないとな」
 引きずり倒した涼に馬乗りになりながら、庸介は唇を押し当ててきた。無骨な手で、器用に涼のネクタイを緩めながら、シャツを託しあげる。
「今日は室内だしさ、ゆっくり時間をかけてやるよ。いっつも慌ただしすぎて満足できないんだろ?」

 図星をついた台詞に、それでも涼は顔を背けて逆らった。
「何で?お前…俺のこと、レイプしにきたんだろ…?俺が満足しようがしまいが、関係ないだろ…」
 言っているうちに、自分でも情けないことに、熱い涙が湧いてくる。

「うっ…」と身を捩って、本格的に泣きだした涼に、庸介が大きな大きなため息をついた。
「泣くのは反則だろ、センセ」
「うるさいッ。好きな奴にオモチャ扱いされてんだ。泣きたくなって当然だろ!!どうせお前は俺のことなんか、仕掛けた遊びに乗ってきた、馬鹿で尻軽な淫乱教師くらいにしか思ってないんだ!!」
 言っていて、自分でも切なくなる。

「ちげーよ。んなこと、思ってないって」
 庸介が、今まで馬乗りで跨り、両手を押さえつけていた涼の身体を解放した。
 泣きながら転がっていた涼の手を取って、引っ張り起こす。
 その体を抱きしめた。

「ちゃんと好きだよ。先生のことも信じてる。返してくる反応が、一々高校生より初心だしな。けど、俺は卒業するまで先生のことをレイプするだけって決めたんだ。毎日後ろにくっ付いて送っていって、金曜の夕方にはあの公園で、無理矢理あんたを抱くんだよ」
「なんで…」

 戸惑う涼に、庸介は困ったように視線を泳がせた。
「先生、青少年健全育成条例っていうの、知ってるか?」
 青少年保護育成条例、青少年健全育成条例―――名前は違っても、どの県でも設置されている条例だ。18歳以下の少年少女への淫行が処罰の対象になる。

「先生が未成年の俺を誘ったのがバレたりしたら、アウトだよ。例え恋人同士だって言い張っても、処罰されるのは先生だ。けど、俺に襲われて強姦されたんだっていえば、罪にはならないでしょ?被害者なんだからさ」

 庸介の物言いに、涼は正直に呆れた顔をした。
「…た…、例え見つかったって、生徒に強姦されたなんて恥ずかしいこと、言えるかよ」
「けど、気持ちの問題だって」
 笑った庸介が、ペロリと涼の唇を舐める。

「今だって、俺が先生の隙をついて、部屋に無理矢理押し入ったんだろ?あんた、また俺の性の捌け口にされるんだ。可哀そうだよな、水城センセ」
 笑って首筋に舌を這わせてくる庸介の頭を、無意識に抱きこんだ。
 たったそれだけなのに息が荒くなる。

「…白…井……」

 切ない声を上げた涼に、笑いを含んだ声が囁きかけた。
「ダメだよ、センセ。ちゃんと抵抗しないとさ」
「抵抗……?」
「ああ。これは強姦なんだからさ。自分から腰振ってたって、口では嫌だって言いな」

 庸介の熱い舌が涼の胸の上を這う。
 胸の突起を甘噛みされ、口の中で転がされ、涼は再び床に押し倒されながら、ゆっくりと首を振った。

「嫌…だ……、やめろ……」
「嫌じゃないだろ?期待してんだよな」
 わざとらしく庸介が尋ねる。
「…ちが…う……。俺は、本当に……こんなこと……したくな……っあ……」

 庸介の胸板に手を当てて、突っ張るようにして首を振る涼の中に、今日も庸介が押し入ってくる。
 その生々しい感触に嬌声を上げながら、涼の口から出てくるのは、拒絶の言葉だけ。
「やめ……、こんなの嫌だ……、こんなこと……酷い……」





 送り犬……人の後をつけてくる山犬で、躓いて転ぶなどの隙を見せたなら、ただちに襲ってくる危険な妖獣。家に戻るまで気を抜くことはできないが、一方では、前を行く人を守護する面も持っている。別名、送り狼とも。
                 (参考:幻想世界の住人たち〈日本編〉 新紀元社)

                          
                            
作者のホームページへ「私自身、気に入ってしまって、短編のはずが続きを2本書いてしまいました。」
...2009/4/3(金) [No.474]
シャンパンG
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