「…合コンて、言ってたっけ?」 「わりぃ、飲み会って言わなきゃお前来ないだろうし…。」
大学に入ってから仲良くなったお調子者の友人が企画した自称『飲み会』は、ある女子大の子達との合コンだった。
「お前顔も良いし、人当たりもいい癖に彼女が居るわけでもねーし…今日だけ付き合ってくれよ、な?」
両手を合わせて頼む友人に俺はため息をついて承諾した。
「えー、真澄くんて彼女居ないのー?」 「絶対居そうなのにー。」 「実は彼女に内緒で来てるとか?」
「や、そんなことないよ。ほんとに居ないんだ。」
ははっと照れくさそうに笑うと女の子達が頬を染める。
自分がそれなりにかっこいい部類に入ることは自覚してる。 さらに言うと、穏やかで優しげな雰囲気であることも。
「あ、じゃぁ私彼女立候補したーい。」 「…エリ、彼氏居なかった?」 「別れたよ!あんな奴、また浮気したんだもんっ。もうしないって最後には言ってたけど、絶対許さないんだから!」 「へぇ。さっきからやたらと煩いエリのケータイはその元彼からのラブコール?」 「たぶん。早くケータイ変えよっと!」
女の子達が盛り上がるのを横目に俺は自分のケータイを確認した。 もちろん、着信なし。 当たり前のことだけど、少しだけ彼女が羨ましいな、と思う。
「真澄くんは浮気とかしちゃう人?」
突然話を振られ、意識が戻された。
「ぁ、いや。」
「本当?いかにも浮気しないタイプには見えるけどなー。」 「あ、じゃぁさ。浮気は許せる人?」
「んー。そうだね、浮気しても俺を好きだって思ってくれてるなら、許せちゃうかな。」
きゃーっと可愛らしく声を上げる女の子達に断って俺は席を立った。
「真澄!お前二次会は!?」 「もう勘弁してくれよ、俺は帰る。」
えー、帰っちゃうのぉ!?と、女の子達に見送られ自分のアパートへ向かう。
「あ、おかえり。」
一人暮らしのはずなのに、なぜか自分の家の電気がついていて、ドアを開けると声がした。
「今日帰ってくんの遅かったなー。」 「…亮、来てたのか。」 「ん、ちょっと用があってさ。」
にっと笑うその男は俺が今の一言でどれだけ喜んでるか知らない。
「なんだよ、レポート見せろってか?」 「それもあるけど、明日の昼、暇?」 「…ああ、暇だけど。」 「飯、食いに行こうぜ!」 「愛しのマコくんは?」 「お友達とお食事だとよ。」
「で、お店はそのマコくんのお食事近辺?」 「うんにゃ、惜しいなー。マコが食事後買い物するはずの辺り。」
相変わらずな悪い癖に俺は小さくため息を吐いた。
「わかったよ、家に居ればいいんだろ?」 「ああ、迎えに・・・。」
途中で言葉の詰まった亮を不審に思い俺は顔を向けた。
「どうした?」 「やっぱ泊まってく。」 「は?」
亮が俺に見せたケータイは小さくバイブ音を鳴らし、ディスプレイには『マコ』と表示されていた。
「早く出てやれよ。」
亮がすっと俺に手を伸ばす。
「やだね。」 「可哀そうじゃん。」
心にもないことを言っている。 ぐっと引き寄せられ抵抗しないのがなによりの証拠。
押し倒されて、キスされて、
全てが終わった時には、亮のケータイにはマコくんから5回の着信が残っていた。
今までにも何度かあった。 亮の愛しい恋人はとても可愛らしい。 その可愛らしい恋人が起こって拗ねてやきもち焼くのが何よりも可愛いのだと、せっかくの男らしい顔をデレデレにして亮は言った。
本当は苦しくないはずがなかった。 なんとなくの雰囲気で寝てしまった俺たちだが、そのなんとなくは俺がない知恵絞って作り出したものだった。 一回だけで良かった。 思い出にできればそれだけで、そんな俺の健気な思いとは裏腹に亮はその後も俺を抱いた。
亮は俺に好かれてるなんて知らない。 俺が知られないようにしている。
隣で眠る端正な亮の顔を見ながら、心の中で呟く。
「俺はお前が幸せなら良いや」
次の日は亮の車で約束通り店へ行った。
「それにしても休みだから無駄に人多いなー。」 「んー。」 「これじゃマコくんが此処通ったとしても気付かねぇんじゃね?」 「んー。」
窓の外を見ながら話す俺に亮は生返事しか返さない。 心ここにあらず、だ。
俺と居るのにつまらなさそうな顔されるのは地味に傷つく。
「亮、…もうそろそろこういうの、止めたほうが良いんじゃね?」
俺は決意して言った。 実際苦しかったし、マコくんへの罪悪感だってあった。
「は?」
きょとん、とした顔で俺を見る亮に苦笑して俺は続けた。
「だからさ、もう「あ、来た。」」
人が必死に言葉紡いでる最中に見事に遮った亮は窓の外を見て目を輝かせてる。
俺も目を向けると、確かにそこにはマコくんが立っていて。 こっちを見ていた。 ・・・随分と凝視している。 と、思った瞬間こっちに向かって走り出してきた。
亮が嬉しげに横目でマコくんを見ながら俺の頭を引き寄せた。
「ちょ、馬鹿っ。ここ外、店ん中!」
慌てた俺の声を無視してぐっと身を乗り出して俺に口付けてる…ふりをする。
確かにこの状態じゃ、外から見たら確実にキスしてるように見えるだろう。 店のざわめきが大きくなったのもたぶん気のせいじゃない。
こういうとき、悲しくなる。 マコくんは小さくて、帽子を深めにかぶってしまうと女の子と間違われる。 だから外でもイチャつけるんだと、亮はニヤニヤ笑っていた。
対して俺はどうあがいても男にしか見えない。
「そういうこと?」
氷よりも冷たい声がした。
慌てて亮を押しのけると、俺達のわきにはいつのまにやらマコくんが仁王立ちしていた。
「昨日のメールも、電話出なかったのも。」
亮はマコくんをチラリと見て「ああ。」と答えた。
マコくんは俺達の机に会った水をガシッとつかむと上へ振り上げて 俺は覚悟して目を瞑る。
バシャッと音がして、「冷たっ」の声に目を開ける。 濡れたのは亮のほうだった。
「さよなら。」
「亮!なぁ、早く追いかけろよ!」
俺がそう言うと亮は顔を曇らせた。
「今ならまだ間に合うかもしんねぇだろっ。」 「落ち着けって。」 「落ち着けるかっ!」
なぜか俺のほうが席を立ち亮の腕をひっぱり立たせようとしてる。 亮はと言えば、苦笑して俺を宥めてる。
「あれはまずいぞ。」 「ああ。」 「別れちまうぞ!」 「…ああ、別れたな。」
あっさりとした亮の言葉に俺は言葉を失った。
「・・・。」 「な、真澄。俺を思いっきり引っ叩いてくれ。」 「は、何言って…」 「いいから!」
亮の目は本気だった。 頬を叩けば目が覚めるかもしれない。
俺は仕方なくペチッと軽く叩いた。
亮は不満げに俺を見る。 「そうじゃなくて、「早く追いかけろ!」」
俺が言葉を被せると益々不機嫌な顔をした。
「なんだよ、その顔。お前が悪いんだからな、亮?」 「へーへー、そうですね。俺が悪いんですよ。」 「反省したなら、今すぐ追いかけて弁解してこい!」
俺が言うと亮は大きなため息をついてぼそぼそっと呟いた。
「これだもんなぁ、もう少しチャンス!とか思ってくれたりしても良いのになー…。脈なしかよ。」
「何か言ったか?」
俺のむすっとした言葉に亮はサラっと答えた。
「ん?もう浮気しないって言ったんだよ。」
ズキッと心が痛む。
「そうだな・・・。」 「これからはもう一人しか見ない。」 「…。」 「今度浮気なんてしたら、ヤキモチ焼くどころかふらっと消えちゃいそうだし。」 「…。」 「て言うか、側を離れたくないのかも。」 「…。」 「俺が側にいない間に他の男に近寄られそうだし。」 「…。」 「他の奴に目がいかないんだもんな。」 「…。」 「愛してる、真澄。」
「は?」 「うわ、お前のそんな間抜け面初めて見た!」
ケタケタと笑う亮を目の前に俺は間抜け面のまま固まった。 今のが聞き間違いじゃなきゃ、いったい何だって言うんだ。
「な、なん」 「真澄は?俺のこと好きか?」
「…あ、あぁ。」
あまりにもサラリと聞くもんだから俺もあっさり答えてしまった。
「じゃ、もう二度と浮気なんてしないって誓うから俺と付き合って。」
いつのもようにヘラリと笑いながら俺の手をぎゅっと掴む。 その手が震えていた。俺じゃなく、亮の手が。
しばらく沈黙した俺に、亮は俯き俺の手を握る力を強くした。
「…浮気したって良いよ。その中で俺を一番にしてくれるなら。」
視界が潤んでくのを自覚しながら俺は言った。
「ちなみに、真澄昨日はなんで帰ってくんの遅かったの?」 「あ、友達に誘われて、合コ「合コン!!??」」 「・・・あ。」 「へぇ、だから昨日は真澄から香水のにおいがしたんだぁ。 ・・・・・・・・この、浮気者!!」
「お、お前が言えた義理か!」
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