固定されてからでは、手遅れなものがある。 「ちょっと購買行って来る」 「あ、俺も行く」 「・・・」 いつもの組み合わせのいつもの調子が今日も、 俺の周りで展開されていた。 「それ、今から食うの?」 「食う」 「ダダってホントよく食うよねー、さっきコレ二つ空けたばっかじゃん?」 「ほっとけよ」 弁当箱の空二つを指して冷やかし笑うエリックを睨み、ダダが席につく。 購買から帰ったダダの手元の袋には、菓子パンが三つも収められていた。 続いて缶ジュースで手を温めていたカルロが槍玉に上がる。 「カレージュース苺味・・・」 「うまいんだぞーこれ」 「リオネが一口飲みたいって」 エリックの無茶ぶり。 「おい」 怒突く。 「リオネ、俺、リオネと間接キスはちょっと・・・」 すっぱい顔で、カルロがふざける。エリックが笑う。 「狙ってねぇ。第一飲みたくもねぇ。カレーで苺な飲料とか・・・」 「えー?うまいぜカレー苺!」 「あれじゃない?フルーツカレーみたいな感じなんじゃないの?」 「あ、うん、そんな感じかも」 「だってリオネ」 エリックは楽しそうだ。 「おまえはどうあっても俺に飲ませたいんだな!ってか自分で飲めよもう」 「だって、俺、カルロと間接キスはちょっと・・・」 「そのネタはもういい!」 「酷ぇー!エリック、俺は駄目だけどリオネならいいの?!」 「まぁリオネなら」 「・・・っ」 「ダダ!エリックが!エリックがさぁ・・・!」 「やめろ、俺をその寒い会話に巻き込むな」 カルロが騒ぎエリックが笑い、ダダが呆れる流れの中で、 冗談のノリに本気の衝撃を受けている自分が情けなかった。 カルロが騒ぐことを見越して、俺をネタにしたエリックの、 無邪気な会話の運びが憎い。 「俺が飲んだら飲むんだな!」 「?!」 カルロから奪った缶は暖かだった。 「・・・うぇ!」 洩らした声と同時、カルロの騒ぎ声。 「おいー!これ量少ないんだぞ!」 「貸して」 「あっ!」 ぐい、と煽るエリックの顔、瞑られた目に、 少しのいやらしさを感じて目を逸らす。 「っウ・・・!」 眉間に皺をよせ、目を細め数秒。歪めても絵になる美形の力。 「・・・いまいち」 呟き、がたん、と席を立ったかと思うと教室の隅、 丁度駄弁っていた場所から1,2m程度に設置されていた、 缶用のゴミ箱にその缶を捨てたエリックをカルロが叱った。 「何捨ててんだよ!」 「え、だって俺で空んなっちゃったし」 「はー?!」 「ん?俺と間接キスしたかった?」 「誰がだよ!女装してないエリックなんて俺興味ねぇし」 「あっそ?」 「ダダ、新しいの買いに行こうぜー」 「一人で行けよ」 「じゃぁエリックとリオネで買って来るってことで」 「何でそうなるの」 「缶飲み干しただろー!」 遠い購買、冬はあまり出向かなくなる場所だった。 しかし冷えた廊下も渡り路も人と行くなら短いもので、 エリックはごねたが俺は黙って席を立った。 「寒い」 室内と言えど廊下は冷え切り、学生を骨から凍らせる力を持っている。 猫背に呟いた背は薄く、つくづく、しなやかな線の男だと思う。 カルロと違い、俺はエリックを男と認識しながら意識している。 「冬だしな」 「早く教室戻りたいッ」 「どこも変わんねーって」 「変わるよ!」 軽口を叩きながら、早足のエリックに、内心ストップを掛けたい己の気持ち。 少し前を行くエリックの細い首に目が行き、その下、 服に隠された身は熱を持つこと。 「エリック」 「ん?」 振り返った顔が、珍しく崩れていた。 油断しきった、寒さを嘆く顔。眉を下げて、切羽の詰まった瞳。 抱き付きたいと思う自分を末期だと自覚しながら、 何かが起こることを日々期待している。 「鼻水」 「えっ?!」 「冗談」 「・・・」 姿を見ないよう、前に進んだこちらの、気も知らず、 からかいへの反撃に軽く蹴りを入れて来た友の、自然なじゃれつきに笑みが浮かぶ。 エリックは特殊でも、人嫌いでもなく、当たり前のことに当たり前の、 感情を持つ同い年の男で、だから、「何か」が起きてはいけなかった。 「リオネって時々性格悪いよね」 「常に性格悪いおまえにはかなわねーよ」 「・・・俺、性格悪い?」 「自覚ねぇの」 「や、ないってことはないけど・・・指摘されると地味に傷つくんですけど」 「つか、性格良いエリックとか考えつかねー」 無言の後、蹴り、小さく傷ついているらしいが、 それぐらいはこちらの胸の負担を思えば小さい。 「あった、カレージュース苺味」 「カレージュースバナナ味もあんのか」 「・・・凄まじいね」 気づけばどくどくと、早まっていた心臓は、 寒さのせいではなく、俺の口付けた缶をエリックが煽ったこと、 それを、ふいに思い出して、意識する心のせいだった。 購入した缶を見つめエリックがにやりと笑う。 「あいつ途中まで飲んでたくせにさ、よくあんなに騒ぐよね」 「大分軽かったぜ、持った時」 「どうせ奢らせる気だろうし、飲んじゃおうよ」 「これを?」 「うん」 「・・・」 「ちょっとクセになる味だよね」 「正気かよ・・・」 「嫌ならいいよ、あっためるなら胃からだよねー」 「なるほど寒いんだな」 「うん」 カシュ、と音を立てた缶が、エリックの唇と接触し、 だから俺はその缶が欲しくてたまらなくなる。 「うわ、やっぱまず!」 顔を顰めるエリックの手から、缶を奪い少量口に含んだ。 「ゲロ甘」 「結局飲むんじゃん」 「仕方なく」 「間接キス完成のために?」 「ッ」 「冗談冗談」 「・・・」 咽てしまったこちらに笑い掛けるエリックの、 丁度、頃合を見計らってネタを繰り返すという、 笑いのテクニックの高等さを恨む。 辺りの人の気の無いことを確認し、 狭い自販機の並ぶスペースで、壁際に居たエリックと距離を縮める。 「リオネ?」 押しつぶされるように、壁と俺に挟まれたエリックから表情が消える。 「正直、間接じゃ、・・・物足りねーかも」 「・・・うわー、笑えない」 近い距離にある、エリックから、 ほんのりと感じられる熱に当てられ、 勢いづく己が止められない速さで、エリックの顔が目前にある喜び。 息の当たる近さに眩暈を覚えながらできるだけ真剣な顔をつくる。 「リオネ・・・おい、ちょっ・・・」 「・・・」 「おいって!!」 青ざめ、本気で慌てたようなエリックの声に笑い顔をつくる。 「・・・ビビった?」 「・・・」 どう喚くのか、それとも呆れたような顔をするのか。 「・・・ビビったよ」 「・・・」 「悪い?」 ぼそりと、洩らされた声は悲しげで悔しげ。 どきりと鳴ったのは痛みか喜びか。罪悪か。 「エリック」 「・・・」 目の前のエリックの顔は、本当に苦しげで、 その細められた目だとかその目を飾る睫毛の揺れだとか、 寄せられた眉と食い縛った口から、漏れる息に興奮しそうになる己。 「嫌な奴で・・・ごめん」 「ん?」 俺の望む、何かの起こることを最も恐れている人間。 俺を必要としてくれているからこその恐れだった。 「エリック」 「我慢できなかったらすぐに消えるから」 「・・・」 「ダダもカルロもさ、おまえが好きなんだ、 でも俺のことは・・・、きっと、おまえが居るから・・・」 「そういうこと、あんまり気にしない奴だと思ってた」 「・・・するよ、人だもん、・・・好かれたいよ、 できればね、ただどうすれば、 好かれるのかわかんない、おまえは知ってる、 だから、・・・卑怯だよね俺はっ、 おまえのことわかってて、 あの輪の中に居たいっ・・・から、 俺一人じゃ、あんな輪つくれなくて、 あそこは、居心地が良い・・・毎日が楽しい」 「・・・」 「ごめ・・・」 「いいよ」 「おまえの気持ち利用して、 踏みつけてるね」 「うん」 「いつか友達になってくれるって、 都合良いこと、考えてたよ、 失いたくないんだ・・・」 「うん」 「一回甘い汁吸っちゃったらさ、 もう駄目、あの輪から、 抜けたくない、俺は、 おまえに応えられない、 でも失いたくない」 「ヤな奴だ、おまえは本当に嫌な奴だよ」 「・・・良く言われる」 「いつか俺に襲われても、知らないからな」 「その前にもっと、おまえにとって必要な奴になるよ」 「・・・」 「それに、襲って来ても返り討ちに、す・・・」 肩を掴み壁に押し付け、口を塞ぐ。 「ぅ・・・っ」 「何、返り討ち?」 「・・・」 開放すると熱い息を吐いて、唇を隠す、 仕種にまた色気を感じる。 「・・・クっ・・・ソ」 こちらは全力の力を出し迫るが、 向こうは友人に対して、力一杯の抵抗が、 できないことを知っている。 ましてエリックのような、人に恵まれない男が、 嫌われるかもしれないぐらいの痛みを、 身を守るためだけにふるえないことを知っている。 「ずるくない?今のはさぁ」 憎憎しげ、呟かれた声に溜息をつく。 「怖がっとけよ、せいぜい、 それでやっとお相子になるから」 「・・・」 「今日みたいなの、って、わざとやってるとしたらさ、 あれは、おまえなりの挑戦? 俺が暴走しないくらい、おまえが大切かどうかの」 かまをかけて、手を出されたら、 自分の価値はなく、 手を出されなければ自分の価値はある。 どうしても知りたかったのだろう、 せっかちで不安定な人間だ。 「・・・勘付くあたり、おまえも相当性格悪いよ」 エリックは絶対の友を欲している。 「最近自覚して来た」 しかし応えられない。 「どうしたら好きになってくれるわけ」 「いや、好きだけど」 「そういうほうじゃなくて」 「・・・」 「努力するから・・・性格、ちょっと、改善したい・・・つか、 する、・・・したい」 「うん」 「おまえが、俺との、関係壊すの、 恐れてくれるようになるまで頑張る」 「・・・それ喜んでいいのか悪いのか」 「オトモダチが頑張るって言ってたら頑張れぐらい言えば? ってわけで離れて離れて人通るから、誤解されたら困る」 急激な、冷たい声に胸が痛い。 これでも恋しているのだから、 些細なことで傷つくのだ。そこを気遣って欲しいというのに。 「皆、信用した途端裏切って来るよね」 「ゴドー先輩も俺も、悪気はないんだよ」 「なくても悪だよ、悲しくなるし」 「・・・それだよ、そういうとこだよ」 「は?」 「今何の話してたからわかってるよなぁ、 俺はおまえが好きなんだよ、そういう気持ちを悪呼ばわり? 悲しい?あー!むかつく!!思いやってみろよ!!少しは俺達のこと! おまえが思いやらないから俺も思いやらない!この無神経!」 「・・・」 言い放ち、くるりとエリックに背を向け教室へ走る。 「あれ、リオネ、エリックは?」 「さぁ?」 「何怒ってんだよ、エリックに暴言でも吐かれたの?」 「おまえも怒りやすいからなー」 「ホントあいつ無神経」 「あらあら、可哀相に酷いこと言われたのねぇ~」 缶をカルロの机へ、置くと中が走ってる内、 大分こぼれてしまっていたことに気づく。 「でもそれがエリックの持ち味だよな」 ふいにカルロが呟き、ひやりと背に冷たいものが走った。 エリックが理解され始めている。 「まぁ、何か無理だろうな、あいつが良い奴になるとか」 ダダの同意に苛々とする。このままではエリックは溶け込むだろう。 関係が友達と友達と友達で、固定化されてしまう。
永遠に何かが、起こらなくなる。
ならば起そうか。
もし起したとしたら。 想像してみて、 失われるものに、ちくりと胸が痛んだ。
終
|