俺 もっちー◇◇◇◇◇◇
・・・・、いや、ごめん、無理・・・。
俺、好きだもん、生まれて初めてストーキングするぐらい・・・。
会議開始から二時間半後、ついに我慢できなくなった俺は颯爽と席を立ち、マネージャーの下に駆け寄る。
「マ、マネージャー・・・。
私の祖母が倒れたらしく、申し訳ありませんが病院に行ってきます」
スイマセン、嘘です。
・・・俺様、只今、とんでもない嘘吐いてます!
しかし、今日の俺はそんなものなどどうでもいい。
会計士の仕事なんか別に零細の事務所でだって出来る。
クビ覚悟の気迫で迫ったのが功を奏したのか、俺は二つ返事で帰っていいことになった。
ありがとう!
きっと、あなた様のことは仲人として俺ともっちーの結婚式に呼びます!
いや、そりゃないか・・・。
内心、自分の浮かれ気分に嫌気がさしながらも俺はタクシーを走らせる。
時計は7時前。
タクシーは青山通りを思ったよりも早く進む。
駅に着くと、俺は猛ダッシュで件の花屋に向かう。
眼鏡は落ちると面倒だから、ささっと収納。
焦って走りすぎたお陰で普段はきちんとセットしている髪型も崩れてしまいそうだ。
時間は7時半過ぎてる・・・、ひょっとするともっちーはいないかもしれない。
いや、普通にバイトは7時半までだし、常識的に考えて帰ってるだろ・・・。
たかだか一回だけ会うのを逃した過ぎないのに、物凄い徒労感が俺を襲う。
「あっ、すいません、あの、ブーケ作って欲しいんですけど」
俺はとりあえず、最後の希望を持ってレジの奥に向かって言う。
ひょっとしたら、裏でタバコ吸ってるかもしれないし・・・。
「あ、店長さん、俺がやりますから」
って、来たよ!?
いや、嬉しいけど、思いが叶って少し怖いというか。
よし、言うぞ、ちゃんと、俺のハートを伝えるんだ!
「じゃ、すいません、今日は白系で」
・・・・、あぁ。
俺って、凄い意気地なしの臆病者だ。
マネージャーに嘘までついてここに来たのに、結局これしか言えないなんて・・・。
俺は花を選ぶもっちーの横顔を見る。
うっとりするぐらいに整っているのはいつものことだけど、今日は少しだけラフな格好をしてて、何というか・・・。
このままじゃ抱きつきたくなるのも時間の問題かもしれない。
『諦めよう・・・』
彼があんまり綺麗だからか、そんな言葉が浮かぶ。
大体、俺なんかに付きまとわれて迷惑だって思っているだろうし。
俺も早くこんな思いを捨てたほうがいいんだと、頭では分かっているのだ。
『じゃ、今日、告白しろよ。
思いを秘めてるよりは自爆したほうがましだろ』
俺は会計士にあるまじき、悪魔(リスク選好型)の考えが浮かび上がってくる。
つまり、当たって砕けろって奴だ。
しかし、180近いむっさい男に突然店内で告白されたとしたら、もっちーは即座に警察に電話しかねない。
周りには人の目だってあるわけだし・・・。
その時、俺はレジのところにメッセージカードがあるのを発見する。
そうだ、紙媒体で思いを伝えればいいんだ!
俺って、頭いいな!?
などと、古代人並みの大発見をして、俺は鼻から意気をふんっと吐く。
「あ、あのっ、すいません、メッセージカードとかありますか?」
俺はもっちーの手からカードを受け取り、それにサラサラと書いていく。
伝票と帳簿の付け方なら世界一の自負心だってあるんだZE?
『君のことが好きです。
気持ち悪かったら即行で燃やしてください、すいません』
だらだらと好きになった経緯から今の心境まで400字詰めで千枚程度には書けると思うけど、結局俺はストレートに思いを告げることにした。
そうだ、これぞ玉砕魂って言う奴だ。
「じゃ、お会計は2415円になります」
俺は代金を支払い、一旦、店を出る。
後はどうやってこのブツを渡すかだ・・・。
公安当局のマークも厳しくなっているし、軽率なことは出来ない・・・。
センター街のイラン人も、新大久保のミャンマー人も、或いは江戸川区の怒羅権にも俺のブツは渡せない・・・。
渡せるのは奴だけだ。
って、なんかカテゴリー変わってるけど、それぐらいヤバイものを運んでいるんだ。
あぁでもない、こうでもないと俺が一人で悩んでいると、花屋から颯爽ともっちーが出てくる。
何か不満そうな感じで、口が少しだけとがっているのが気にかかる。
彼はこの間と同じように成城石井に入って、ビールを物色し始める。
相変わらず、おベルギーのおビールがお好きなようだ。
そう言えば、前回、俺はせっかくお揃いでビールを買ったのに、飲むのを忘れていたのだった。
今度こそ俺も飲もうと、この間買ったのと同じものを2本ほど購入する。
・・・って、そんなことをしていたら、もっちーは何も買わずにつらつらと出て行くではないか。
これってひょっとして、巧妙に尾行をかわされているんじゃないかとか焦ってしまうが、俺はとりあえず料金を支払い外に出る。
ちきしょう、せっかく、カード書いたのに、渡せないのかよ。
今回ばかりは婆ちゃんにブーケを渡すわけにも行かない。
婆ちゃんにメッセージを読まれたら、どう勘違いされるか分かったもんじゃないぞ。
渡すしかないんだ。
「あ、すいません、望月さん?」
俺は急いで自動ドアをくぐり、右手を歩いていく彼に声をかける。
・・・、さぁ、やるぞ。
「は、はい!?
何ですか?」
望月さんは一瞬、驚いたような顔をしていたが、いつものスマイルで応対してくれる。
・・・だから、その笑顔がやばいんだってば。
「これ、受け取ってください・・・。」
俺は右手に持った白いバラのブーケを差し出す。
・・・俺、死ぬ。
膝はがくがく、声は震える、とても前なんて見てらんない。
これが女相手だったら、ある意味すっごい楽なのに・・・。
だって、女の子に告白したって、社会的に死ぬ可能性なんて殆どないじゃん。
俺は何でこんな破滅的な行動に出てるんだ?
この間まではエリートサラリーマンだったはずだろ?
「あ、あの~、返品ならお店のほうに・・・」
しかし、もっちーは俺の想像の斜め上の発言。
って、返品なはずないじゃん・・・。
分かっててやってるなら、まるで生殺しじゃないか。
「いや、そうじゃなくて・・・。
え~と、もっちー、すいませんっ」
俺はもうどうすることも出来ず、逃げ出すようにもっちーに花束を渡す。
周りの人たちの視線も怖いけど、もっちーを動揺させている自分がいると思うだけで非常に心苦しい。
だけど、それも多分、今日で終わるはずだから。
そう、振られたら月曜日まで、俺はおうちで週末断食でもやって誰にも会いません。
もっちーはそれを受け取ると、まじまじと中身のメッセージカードを読んでいる。
!?
ぅぎょえぇ、何もここで読まなくても・・・、っていうか、読んで欲しいけど、心の準備が・・・。
俺の心臓はどどどどどどっと妙な心拍数で稼動していて、情けない話だがこのまま卒倒しそうだ。
目の前の景色に霧のような白みがさしていく・・・。
「あ、え~と、その、何ていうか、す、すいません・・・」
そして、もっちーの一言。
すいません・・・・・。
振られたわ、俺。
このとき、やべ、このまま通報⇒逮捕⇒拘置所とか話になんねぇ、きっちりと謝っておかなくてはと、打算丸出しの思考が働く。
流石は俺、計算高い会計士などと感心している場合ではないのだが、リスクヘッジか自己保身か、土下座をしそうな勢いで俺は声を出す。
「あ、そ・・・うですよね、すいません、マジで。
ごめんなさい・・・、忘れてください・・・」
香田敦也、おとめ座の23歳。
お母さん、只今、俺、男性相手に撃沈しました・・・・。
「す、すいません、今のは何でもなくて、え~と、その、なんだ・・・。
お、俺も香田さんのこといいかなって思ってて・・・、その、すいません」
と、思っていたら、どういうわけか、もっちーも顔を赤らめて、そんなことを言う。
謝る必要はないのに、どういうわけか条件反射的にその言葉が飛び出ただけだったらしい。
監獄送りと覚悟していた俺だったが、最後の最後で逆転サヨナラ満塁ホームランだった。
後から知ったのだが、もっちーも俺のことを何だかいいなと思っていたらしい。
・・・何だよ、それ。
それなら最初に言ってくれれば、情報の非対称性が無くて、ここまで不審な行動をする必要なかったはずなのに。
まぁ、何はともあれ、結果オーライ。
花屋で働く恋人を得た俺は、今日も普通に真面目に働いてます。
毎週金曜日には彼から花束を買って、そして一緒にビールを買って、一緒に彼の家に『帰って』ます。
まぁ、始まったばかりの関係だし別に何かするわけではないけど、何というか中学生以来の気分を味わっている。
今の自分のやってることが本当に正しいのかは分からない。
だけど、自分に正直に生きてる。
その結果、世間の目にビクビクしてはいるが、案外幸せな事は確かなわけで。
俺の取ったおっそろしく不器用で挙動不審な行動。
良い子は真似しちゃいけないから、そこら辺は注意しておくように。
Fin
後書き◇◇◇◇◇◇
大学生視点に続き会計士の視点だったんですが、リアルにするつもりがどうもコメディタッチになってしまいました。 HPでは高校生主体の長編などを書いています。 よろしければお越しください。
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