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 (サラリーマン ストーカー気質 一目ぼれ/--)
花屋と会計士01(会計士視点)


俺 望月◇◇◇◇◇◇









入社一年目の秋口の頃、新入社員の俺はその店の前を通りかかった。





「表参道フラワー」



看板にはその文字が光っている。



・・・な~る。



まぁ、この店の言いたいことは分かる。

要は表参道だし、そこはかとなくお洒落みたいな?

でもなんか某有名店をパクってない?



俺はそのネーミングセンスに半ば感心しながら、そして半ば呆れながら、その店を眺めている。

店内には秋にもかかわらず色んな種類の花々が香っている。

こういうお店の収益構造はどうなってるんだろうとか、職業柄思ってしまうのが悲しいところだけど。





「いらっしゃいませ~。

ハロウィンブーケいかがですか~?」



奥の方から店員が出てきた。

茶髪の男だ。

花屋の癖に男の店員とは珍しいなと、俺は少しだけ興味を引かれる。

その店員はオレンジ色のかぼちゃの大量に入った箱を、よいしょよいしょと表に運んでる。

うむ、ご苦労。

こうやって勤労する事を学べば、将来は君もいいサラリーマンになれるだろう・・・。

いや、日本経済のために是非なってくれ!



そんな風に無鉄砲な先輩風を吹かしながら、俺はその様子を見ていた。

まぁ、その時は暇だったからとしか、その理由を言えないわけだが。





・・・・・・!?



その店員の髪の毛は俺も昔やってたみたいな頭が少し悪そうな感じで、微妙に長くて頬にかかる髪が少しうっとうしそうだった。

身長は170前半、痩せ型。

しかし、問題は顔・・・。

すごく整っていて小さくて、なんていうか、お人形みたいだった。

大きな瞳が特徴的で少し垂れているところは猫っぽいとも思える。





時計は午後7時。

俺は花屋の前で立ち尽くす妙な男とに成り下がり、もはや敏腕会計士ではなくなっていた。

そう、これは多分・・・。





・・・そんなわけで、すっごい可愛いのが駅の花屋にいますよっと!





俺ってそっちの毛は無かったはずなんだが、気になってしまったのは運命の悪戯というべき奴か。

いや、容姿がいい奴なんて、俺の友達にもいるけど、男を可愛いとか思ったことは無かった。



大体、いくらキラキラしてると言っても男なんざ普通にパスするのが普通な訳だが。

俺にはこの間まで彼女いたし、別に男が好きだと思う要素はない筈。



しかし、その人のことだけは妙に気になって、気になって、気になって・・・。

この間はとうとうその花屋に入ってしまった・・・。

も、勿論、すぐに出ます・・・、ただ何となく、勢いで。



『いい香りだな・・・』



彼女いない暦=年齢というわけじゃないが、女に花を送ったことがない俺は、ただ花の香りをかぎながら呆然と立ち尽くすのみだった。





「あ、お客様、何をお探しでしょうか?」



俺の隣りには愛しの店員さんがお目見えする。

って、おい、来ちゃったよ!?

そりゃ、この人がいるから入ってみたわけだし、そんなんで驚いていたらバカみたいだけど・・・。

正直、何していいのか分からんぞ。

とりあえず、先方の名前を確認だ。



・・・ネームプレートには『もちづき』と書いてある。

花屋では名刺交換ができないのが悔やまれるところだが、苗字が分かっただけでも御の字としよう。



そっか、もちづきか・・・、いい苗字だ。

って、おい、ここで思考停止してるんじゃないぞ。

俺は隣りに来た望月さんに何も言う事ができず、ただただ花を探す素振りをする。



ええい、どうした?

『お前の会社、いい加減にしないと監査かけちゃうぞ?』と、常日頃から舎弟企業を脅そうと画策してるのはどこのどいつだよ?

年下の男相手に無駄にきょどってんじゃねぇよ。

堂々としてればいいんだよ。



そんな自信とは裏腹に、俺はすっごい焦ってる。

ままよとばかり、眼球を物凄いスピードで動かして何か話の種を探す。

ビジネスの基本知識だと、まずは天気の話から入るのが無難なわけだが、こんな所では通用すまいっ。

望月っていい苗字ですねとか、そこに食らいつくには個性が無さすぎるし。

ちぃっ、恐るべし、花屋の世界!



おっ!



俺は店内に張り出してある、花束・ブーケの表記を見つける。

そうだ!

俺がこの店員さんに花束作らせれば、その時間は合法的に話せる!

もはや、ROI(投資回収率:投資に対するリターンの割合)が一番高いのはこの選択肢だと考えた俺は、その手に乗ることにした。



「あ、え~と、すいません、青系でブーケ作ってください・・・」



我ながら、そんなことしか言えない。

大体、青系とかって自分でもよくわかんないんだけど、望月さんは色々考えてブーケを作ってくれる。

青い花って大体、どんなのがあるんだろうか?



くぅっ、可愛いくせに何て優しい人なんだ・・・。

こんなにキラキラしてる人見たことない・・・。

茶髪を割り引いても、でらべっぴんさんやないの。



いや、恋は盲目とかそういう言葉は俺も知ってるけど、望月さんに限ってそれはない。

普通に望月さんは客観的に見ても可愛くて優しいことは確かだと思う。

・・・俺がそう思うんだから、絶対そうだ、そうに決まってる。



それから俺は毎週金曜日に同僚との日課にしていた六本木でのキャバ遊びも止め、家の最寄り駅の花屋に行く事になった。

ええい、金で喜ぶ女より、望月さんのほうが何倍も純粋!

花束を買う時のあの笑顔は営業スマイルなんかじゃない!



しかし、冷静になって考えると、俺は挙動不審なわけだよな。

金曜日になると浮き浮きしてしまう自分が恐ろしくて、正直、誰かに止めてもらいたい。



・・・あぁ、何してんだ、俺?

大体、もっちー(望月さんのあだ名らしい・・・)は普通に見ればカッコいい部類だろうし、彼女ぐらいいるだろうに。

俺が女だったらほっとかないもんな・・・。

いわばあの花屋の女性客は皆、もっちー目当てに来ていると言っても過言ではない。

いや、店長すら怪しい・・・。



『諦めようぜ、リスクが高すぎる・・・』



俺の脳裏には常にそんな声が響いている。

それなのに、毎週金曜日の7時にはそこにいてしまう俺はおそらく一歩間違えばストーカーだ。

いや、もっちーは気づかれているかも知れん、俺は十分に挙動不審な奴だって・・・。



だって、毎回、



「あ、すいません、今回は○系でお願いします」(○には色が入るらしい)



しか言わないし。

予算とかそんなの言っちゃうと、もっちーのクリエイティビティが発揮されないんじゃないかと、口に出したこともないし・・・。

そんな俺にもっちーはちゃんと付き合ってくれて、驚くほど可愛いのを毎回作ってくれる。



しかし、渡す相手がいない俺は、しょうがないのでうちの婆ちゃんにブーケを渡してる。

婆ちゃんは毎回喜んで、それをいそいそと分解し、結局は仏壇に飾ってるわけだが・・・。

小学校の頃に死んだ俺のじいちゃんはそんな花を飾られてどう思ってるんだろう・・・、ごめん。



俺はブーケを自分の部屋には飾れない。

自分の部屋に飾ってしまうと、何ていうか、彼のことを思い出しまくってしまって駄目なのだ。

もっちー、せっかく作ってくれたのにゴメン・・・。





で、今日も午後7時に到着。

あぁ、花屋でも店員さんをご指名とか出来たらいいのに・・・。

それで同伴とか出来たら・・・。



俺は限りない妄想を抱きながら店内を物色。

お、もっちーは今日も元気に出勤中か、ふふ、偉いぞ。

可愛いよなぁ・・・、横顔とか凄い可愛い・・・。





そんなわけで、今日も俺はブーケを買い、帰途に着くことにする・・・・、と思っていたのだが、持ち前のストーキング魂に火がついたのか、もっちーが終わるまで待っていることにした。



皆様、ごめんなさい、ここに普通に変質者がいます!



大声で世間に土下座したい気分だが、そうは行くまい。

勿論、一線を越えるつもりはないし、いきなり告るとか絶対に出来ない。

多分、告白した瞬間にもっちーに刑事告訴され、明日の朝の日経に小さく乗ることになる。

「監査法人 中央表参道の会計士、男性店員相手にストーカー行為で逮捕!」って・・・。



俺は一応、世間じゃお堅い会計士ってことで通っているんだから、その反響は小さくはないはず。

せっかく受かった会計士の資格を剥奪されるとか、勘弁して欲しいし。



でも・・・、今日だけは神様、許してください!



7時半になると、もっちーの仕事が終わるのは知っている。

俺はただひっそりと彼がどこに向かっていくのだけを観察しているだけしかできない。

きっと、今から丸井でミハエルネグリンを買い物をするとか恐ろしく彼らしい可愛らしい事をしてくれるんだろうか・・・。



って、俺、相当やバイぞ、このまま行けば余裕で捕まるんじゃないか?

もし、拘留されて、



『香田被告は会計士らしい一々数字に細かい偏執的な性格で、男性店員の歩数まで数えて尾行した疑い・・・』。



などという風に報道されたら生きていけない・・・。

歩数数えるってことはしないよ、俺だって。

俺の中で沸き起こる無数の葛藤が、俺の心をがんじがらめにしていく。



しかし、今を生きてこそ、人生!



俺は自分に言い訳をして、もっちーの入っていった成城石井についていった。



なるほど、もっちーはここで買い物をするのか・・・。

俺より年下の割りに大人めな選択をするな・・・。

育ちがよさそうな顔してるし、ひょっとして、家がお金持ちとかなのかな。



よし、俺も手ぶらでは怪しまれるだろうから、何でもいいから買い物かごに入れよう。

そして万が一、もっちーと意気投合した時のためにワインとかパルマハムも買っておこう。

仮にもっちーを警護している覆面警官に詰め寄られても、自分は買い物中なんですよとしらばっくれればいいのだ。

会計と同じで法の抜け穴なんてどこにでもあるのかも知れん。

備えあれば憂いなし、二重帳簿に裏帳簿と言う奴だ。



しかし、



『・・・裏帳簿と言えば、あそこの会計監査死んでるんだよなぁ・・・・、入社早々、やくざ屋さんの舎弟企業を扱うなんて欝・・・。』



と、仕事のことを思い出してしまったがため、一瞬にして俺はもっちーのことを見失う。



どこだ?

どこにいるっていうんだ?

俺のもっちー!!

俺は彼がいそうな場所を早歩きで探す。

走ったりしたら、普通に引かれるから、最低限の配慮という奴だね。



結局、いるに違いないと予想していたスイスチョコレート売り場に彼は姿を見せず、俺はとぼとぼと下を向いて歩く。

「はぁっ」と大きなため息、ここら辺で止めておくのが潮時だと思う。





ふと横を見ると、棚には輸入物のビールがずらり。

あぁ、そう言えば、最近は健全に生き過ぎててビールなんて飲んでないな・・・。

俺はふと目についたビールに手を伸ばす。

銘柄は何でもいい。

何なら発泡酒でもいい。

もっちー帰っちゃったし、適当にやけ酒しよう。



「あ、申し訳ありません・・。」



どうやら、俺が取ろうと思ったビールを他の人も取ろうとしたらしい・・・。

男の癖に随分、丁寧な口ぶりだ。

それになんだか聞いたことがある声・・・。



「あ、すいません・・・。

ありがとうございます・・・。」



俺はとりあえずビールを三本かごの中に入れる。

世の中には親切な人もいるもんだ。

最後にその人にきっちり一礼してこの場を去ろう・・・、って、この人、もっちーじゃん!



これは奇跡か運命か!!!?

どういうわけか俺が取ろうと思ったビールをもっちーも取ろうとしていた!!

・・・いや、冷静に考えて、何の奇跡もないか・・・。

俺がぼぉ~っとしていただけだ。



内心、焦りまくった俺はそのままくるっと回れ右をして、輸入調味料売り場に直行。

ここは岩塩の品揃えが充実してるらしくヒマラヤのブラックソルトを販売していたが、今はそんなところに構っている場合ではない。



なんだよ、今の・・・。

もっちーじゃん!

もっちー、まだいたんじゃん!

ひょっとして、俺のために!?



俺は過呼吸気味になっている自分の胸を押さえて、ふぅーっと大きく息を吐く。

落ち着け、亮!

こんなんで焦ってたんじゃ、死んだオカンも浮かばれないぞ・・・・、いや、まだ生きてるけど。

大体、もっちーはビールが飲みたかっただけだ・・・。



「よっし」



俺は自分を励ますために軽く独り言を言って、レジに並んでいる彼の後ろにささっと忍び寄る。

偶然を装って、「あ、またお会いしましたね。お嬢さん。ひひひひひ」的なノリで・・・。

いや、大の大人が「ひひひひひ」はいらんな、普通に引くよな。



しっかし、目の前のレジのおばさんはもっちーの顔をじろじろ見てる。

何だよ、この間は?

ひょっとして、『惚れました、結婚して下さいっす』じゃないだろうな。

い、いかん、こんなおばさんすら恋のライバルに見えてきた・・・。





「すいません、身分証明書はお持ちですか?

年齢確認させていただきたいのですが・・・。」



な~んだ、そういうわけか・・・。

確かにもっちーは高校生と言ってもいいぐらいの童顔だからな、怪しまれるのも無理はあるまい。

でもまぁ、もっちーの年齢は俺も気になるところでもあるし、これで成年か未成年かぐらいはわかるってものか。



「あ・・・、う~んと、その~」



しかし、もっちーは顔を多少ひきつらせて、そんなことを言っている。

・・・どうやら、この人、忘れたらしい。

それなら、俺が助けてあげるのが人情ってモノじゃないのか。

そりゃ確かに俺はストーカーだよ?

一歩下がっても多分、ストーカー気質だよ?

でもね、好きな人が困ってる時にもストーキングしてられるほど、俺は人間腐ってねぇんだよ!?



「あ、すいません、自分が払います。

俺ら兄弟なんで」



神様・・・、すいません、思いっきり、嘘です。

っていうか、もっとましな嘘つけよ、俺。

兄弟とかどんだけ出鱈目だよとか、そんな突込みとか入れられると泣きます。



望月さんは俺の顔を見るなり、しどろもどろになるが、ここで俺までしどろもどろになったら、店員さんもしどろもどろになるはず。

そんな店員さんの扱うレジの機械もしどろもどろになって、結果として、妖怪おどろおどろが暴れだす筈。

ううん、何か考えると面白い響きだ、しどろもどろ。



「3552円になります~」



そんな俺の混乱しすぎた思考などつゆ知らず、パートのおばちゃんはレジを叩く。

俺は颯爽とレジ袋を受け取ると、ささっと自動ドアから外に出る。



もっちーは驚いた顔をして俺の後ろに着いてきた。

うぅぅ、なんかすごい挙動不審なことしてしまったような・・・。



「はぁ?

あの・・・、これって・・・???」



望月さんは思う様焦ってる。

そりゃそうだ、焦るに決まってるじゃん。

いきなり見知らぬ男が自分の分のビールとおつまみを支払いやがったんだから。



「い、いや、あの、すいません。

余計な事しちゃったかな?

なんか困ってたみたいだったから」



よし、謝ろう。

謝って誠意を伝えよう。

ストーキングしてスイマセンとは言えないけど、俺はもっちーのこと助けたいとか思ってて・・・。



「い、いや、そうじゃなく・・・。

あ、あの、金払います」



もっちーは未だに困惑した顔でそんなことを言う。

そりゃそうだよな、なんかビールを人質にして脅されるとかって思ってしまったのかもしれないし。

勿論、俺はもっちーの分のビールを渡すつもりだったから、会計学的にはお金をお支払いいただくのが正しいと思う。



しかし、会計なんかクソ食らえだ、俺の愛のほうが上回っているのさ。





「大丈夫。

いつも君にはお世話になってるから・・・。

そのお礼。

じゃ、すいませんね」



俺は適当に口を開き、いつもの癖で何気ないことを言う。

全く、我ながら、本当に下らないことしか言えないようだ。

もっちーは、『はぁ?』って感じの顔をして俺の顔を眺めているに違いない。







『しまった・・・・。』



歩きながら、俺は自分が口にした言葉に絶句する。

何言ってんだと、っていうか、これじゃ俺がもっちーのこと意識してんのバレバレじゃんと。

自分の言葉に凍り付いてどうすると思うかもしれないが、俺はどうすることも出来ず逃げ出してしまったようなものだ。

駄目だ、ヘタレ過ぎる。

昨日のデューデリジェンスで見せた気迫はどこに行ったというのだ?



俺は帰って、そのまま布団を被る。

お土産と称して、ワインも、生ハムも、勿論、ブーケも、婆ちゃんに渡すしか無かった・・・。







一週間後の金曜日、いきなり午後4時半時から会議が始まる。

毎週、金曜だけは外して下さいと土下座する勢いだった俺なわけだが、今回はそうも言ってられないらしい。

悪くすると警察沙汰とか言う話・・・。

喫緊の自体という事で、シニアだけじゃなく、ヴァイスの人も来るらしく、三下の俺も勿論、駆り出されるわけだ。



俺は内心、安心してしまう自分を発見する。

この間、すっごい微妙な事言ってしまったし、何ていうか、会いに行くのが物凄く億劫だったのだ。

かといって、会いたいのは山々なんだけど。

これ以上、近づくと、自分が何をしでかすか保証できない。

もう、あの花屋には近づかないほうがいいのかもしれない。

これで止めとけ?

男相手じゃ、なかなか友達に紹介も出来ないし、結婚も出来ないんだぞ?





(その2に続きます)
「コメディタッチにし過ぎた・・・」
...2008/12/6(土) [No.460]
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