俺 香田◇◇◇◇◇◇
「はぁ~、うぜぇ・・・」
そいつは決まって金曜日の夜7時きっかりに現れ、俺にブーケを作らせて帰っていく。
名前は知ってる。
香田とか言う奴だ。
支払い時のクレジットカードの名義で知ったわけだから、個人保護法に違反してるわけじゃない。
大体、俺は花束を作ること自体苦手なんだが、いや、花屋で男が働くこと自体どうかと思うけど。
まぁ、しゃあない、この店、俺の家にの最寄り駅だし・・・。
駅の中だし・・・。
自転車で通えるし・・・。
バイトを始めて三ヶ月目、お客さんの中に気になる奴がそいつだ。
格好からすると普通にスーツ着てるし、都内で働くサラリーマンなんだろう。
結婚は多分していない。
指輪とかはめてないから。
でもまぁ、金曜の夜に花束を送る相手はいるらしいけど・・・。
「彼女持ちか・・・」
そんなわけで、俺は毎週打ちのめされる。
この気持ちが恋って言うのか知らないが、まぁ、実際、ドキドキしているわけで、それが毎回のように踏みにじられるのは正直痛い。
そんなことを考えてしまう自分は十分にキモい。
けど、仕方ないじゃん、俺ってこういう人間なんだから。
自分の性癖と格闘しながら生きてる奴は案外少なくないと思うけど。
俺のバイトのシフトは7時半なんていう中途半端な時間に終わる。
無駄に中途半端だと思うが、店長はそんなこと気にしてないらしい。
っていうか、金曜の夕方なんて目茶苦茶忙しいのに、俺一人で働かせんなよな。
店長は奥でタバコ吸って競馬新聞読んでいるし、女の癖に、どうよ、それ?
「じゃ、すいませんけど、今日は枯れた感じのピンク系でお願いします。」
そいつはそんな感じで色だけ指定して、俺のとなりに立って様子を見ている。
俺が花を選んでいる間、何も言わずにニコニコしてるだけ。
俺より少し背が高いと思うけど、170後半ぐらいか。
眼鏡をかけているくせになんか妙に愛嬌がある顔をしていて・・・、まぁ、早い話が悪くない。
悪くないどころか、結構、良い方だと思う・・・。
切れ長の瞳はすごく好みだ、それもかなり。
うわ、俺、きめぇ。
「あ、今日はバラの良いの入ったんで・・・」
店長の教育の成果か、俺の勉強熱心な姿勢のお陰か、バイト君の俺は今日もなんとか花束を作る。
ぎゅぎゅっと茎を集めるのは凄い苦手なんだが、ええい、どうにでもなれと輪ゴムでぐるぐる巻きにする。
俺が作っている間、そいつは何も喋らない。
ただ、花を見ているだけ。
・・・こいつに花をもらえる女ってどんな奴だろう?
まぁ、コイツのルックスとスーツと靴の値段(安物ではないと思う)を考えると、上等な女なんだろう。
あぁ、クソ。
こんな奴のこと気にしてどうするんだよ。
畜生、俺だってバイなんだから、彼女作れば良いじゃんとか、その時はそう思うだけにしとく。
しかし、バイト終えてから近くの成城石井で輸入ビールを買う時には複雑な感情になる。
このまま一人で家に帰ってもやること無いんだよなぁって。
金曜日の俺は毎週失恋してるようなものだから、大学の友達に連絡する気にもなれない。
クラブに行くのも飽きたし、同類で集まってるのも少し苦手。
それに、バイって言うのは色んな意味で『卑怯』だから・・・。
しょうがなく輸入物のサラミを肴にビールを飲む。
おっさんか、俺は・・・。
蛍光灯で照らされた陳列棚に俺のお目当てのベルギービールのヒューガルデンちゃんはある。
ビールの癖に色んな香りが入ってて、・・・美味し!
俺は未成年だけど、大学生だし、別にとやかく言うまい。
今までは大丈夫だったし・・・。
いつかはあの人とビールとか飲みに行けたら幸せなんだろうけど、そんなの夢のまた夢。
あの人はただの客で、すぐにどこかにいなくなるんだろうから。
「はぁ・・・」
ため息混じりに俺はそいつに手を伸ばす。
これじゃまるで酒に逃げるアル中の心境。
あぁ、今なら飲んだくれの心境がよく分かるとか考えてしまう、俺の心の裂傷。
俺、酒は強くないから、1缶で余裕で酔える筈。
・・・だからアル中の人みたいに肝臓壊すってことは無いと思うけど。
しかし、不意に同じように手を伸ばす奴がいる。
「あ、申し訳ありません・・。」
こういう時はサービス業に従事している癖か、妙な敬語が出て困る。
俺は手を引っ込めて、その人にビールを譲る。
大丈夫、まだ5缶はある。
ヒューガルデンの缶は成城石井の限定だぞ、全部取ってくれるなよ・・・。
「あ、すいません・・・。
ありがとうございます・・・。」
って、おい、奴だよ!
俺の愛しの『彼女持ち』の香田さんじゃん。
奴の買い物かごにはワインとチーズと生ハム・・・。
あぁ、こいつ、絶対彼女と飲む気だ、これから。
ほろ酔い気分で彼女とよろしくしてんだろうよとか思うと、少しだけがっかり、いや、正直かなりがっかり・・・。
って、俺が奴の買い物かごなんかに注目している間に、そいつは俺のヒューガルデンを3本購入。
俺のために2本だけ用意してくれていたらしいが、悪いけど、俺はビール2本はきついのよ。
1本でいいんだ。
で、奴の姿がスーパーのどこかにいなくなったところで俺はレジに並ぶ。
妙に後ろに並ばれたりとかして、『ふ~ん、一人でビール飲むのか、コイツ』とか思われるのはなんか癪だし。
いや、俺のことなんかそんな風に意識してるわけないじゃん。
俺なんか道端の石の裏についた虫に過ぎんわな(※敬愛する海原雄山氏の言葉をお借りました)。
「すいません、身分証明書はお持ちですか?
年齢確認させていただきたいのですが・・・。」
身分証明書!?
って、マジかよ?
今までこんなこと無かったじゃん。
よく見ると、今日のレジの人はいつもと違う。
見るからに性格悪そうな倦怠期のおばさん。
いつもの優しいおねいさんはどうしたわけよ?
あぁ、クソ。
このままじゃ、妬け酒にもありつけないってのか・・・。
「あ・・・、う~んと、その~」
俺は明らかに未成年だと分かる自分の免許証や学生証を出すことも出来ず、しょうがなくビールを引っ込めようとする。
いや、この際だからサラミも買わずに出て行ってしまおうか。
身分証明書忘れましたとか言って・・・。
「あ、すいません、自分が払います。
俺ら兄弟なんで」
しっかぁし、世の中よくわかんないことが起きるもの。
いきなり俺に兄弟誕生!
って、誰だよ?
俺には姉ちゃんしかいないんだけど・・・。
ひょっとして今更、隠し子騒動とかじゃないだろけど。
「って・・!?」
俺の後ろにはどうやら香田さんが並んでいたらしく、ゴトッと自分のワインとビールをレジに置く。
そしてそのまま俺のビールとサラミと一緒にしてしまう。
て、おいおいおい・・・。
「3552円になります~」
俺の顔はハテナマークで一杯になっているわけだが、そいつはそのままお会計を済ます。
って、おい、これってどういう?
そして、無言のまま俺らは一緒に自動ドアを抜ける・・・。
香田さんはその間、一言も喋らずに、いつものクールな笑顔のままだ。
「はぁ?
あの・・・、これって・・・???」
わけが分からぬ俺は口を開く。
大体、この人、俺のビールとサラミをどうするつもりだよ?
ひょっとして、ヒューガルデンが欲しくなったとかじゃないよな?
「い、いや、あの、すいません。
余計な事しちゃったかな?
なんか困ってたみたいだったから」
そう言って、奴は俺の分のビールとサラミを渡す。
自分の分は別の袋に入れてるみたいだ・・・。
単に親切な人なんだろうか。
しかし、連続的無差別に人が殺傷されるこの時代に、そんな親切な野郎がいるとは信じられない。
「い、いや、そうじゃなく・・・。
あ、あの、金払います」
俺は財布を取り出して、千円札を渡そうとする。
多分、足りると思う。
いや、お釣りが出ると思うんだけど・・・。
ここでお釣りを請求してたら、俺、相当けちな奴だと思われるだろうし。
「大丈夫。
いつも君にはお世話になってるから。
そのお礼。
じゃ、すいませんね」
奴はそういうと、文字通りくるっと踵を返して去っていく。
って、おい、カッコよすぎねぇか?
何だ、この展開?
大体、すいませんって謝るなよ。
あんた、何も悪くねぇよ。
ただ、訳はわかんねぇ・・・。
俺は訳も分からぬまま部屋に帰り、とりあえずゲームをしながらビールを飲む。
人間失格一歩手前の行動だけど、仕方ないじゃん。
まじですることないし・・・・。
香田、香田、香田・・・。
まるで中学生になったみたいな感じで、俺の脳みそはぐるぐる回る。
アルコールが入ったせいなのか、それとも恋の余韻か。
この思いは絶対に成就することは無いわけだけど。
そうだと思うとなおさら、恋しいって言うか、気になってくる。
奴が一体何物で、何のために毎週花屋なんかに来てるのか?
この間、R25で見た統計によると女の子に花を渡したことがある男って全体の10%ぐらいにしかなんないらしい。
つまりまぁ、それぐらい日本の男子にとってはハードルが高い行為なわけだ。
それを毎週のように平然とやってのける奴は相当なヤリチンなのかもしれん。
眼鏡かけてて真面目そうだし、一見、そういう風に見えないってのが高評価で、今頃、もう女をとっかえひっかえと・・・。
嫌だ・・・。
そんな香田さんは何か嫌だ。
だったら、本当に好きになる前にバイト止めた方が無難かもしれない。
今日みたいに少しでも話すだけで、俺は無駄に浮かれてしまうだろうから。
大体、・・・無駄に立つのが凄い嫌・・・。
・・・・・・
一週間後、結局、俺は花屋でバイトしてる自分を発見する。
だって、金曜日のお店は忙しいわけだし、俺って店長想いだし、親切だけが売りだし・・・。
別に奴が来る日だから今日にシフトを入れたわけじゃない・・・。
時計は7時15分・・・。
っていうか、遅い・・・、遅ぇよ。
何だよ、今週は来ないのかよ。
俺は意味も無くイラつきながら奴が来るのを待つ。
って、俺は恋する乙女か。
馬鹿か・・・。
奴にだって都合はあるんだろう。
何、恋人気取ってんだ、俺は?
時計はさらに回って7時30分。
あっけないぐらいに、今日の俺の仕事は終わりだ。
『今日は来なかったのな・・・』
俺はエプロンを脱いで、ため息を吐く。
「あっ、すいません、あの、ブーケ作って欲しいんですけど」
レジのほうから聞いたことがある声。
って、奴じゃん・・・。
バカめ・・・、7時35分に来るなんて・・・。
俺、7時半までしか働けないんだぞ。
しゃあないか・・・。
俺は笑顔を抑えきれないけれど、何とか根性でポーカーフェイスに保つ。
ニコニコしてるのって馬鹿っぽいし、香田さんにはそういう風に思われたくないし。
「あ、店長さん、俺がやりますから」
そんなわけで俺は無給で野郎に花束を作る。
あぁ、くそ。
何で俺は叶うわけでもない恋のためにボランティアで働いてんだ?
ちらっと横目で奴を見る・・・。
今日は眼鏡かけないで髪の毛おろしてんのな・・・。
全然、印象違うじゃん・・・。
何か、良い意味で大人の遊び人っぽい感じ・・・。
いつもはかっちりしてるけど、こっちのほうが良いかも・・・。
やべぇ、酒飲んだついでにしなしなっと寄りかかりたい!!
・・・・などと、クソキモい想像しながら見とれている場合ではないだろ、俺!
早く、ブーケを作ってやらんかい!
「じゃ、すいません、今日は白系で」
この人って色しか指定しないんだよな。
普通、予算とか大きさとか指定するのに・・・。
まぁ、花屋のお客なんて大抵が女の人だし、男ってのはなかなかそういうの苦手だろうけど。
俺はバラ主体でブーケを作成、ちょっとポップさを出すためにマムを入れておいた。
後は葉っぱ系やね。
・・・っていうか、無言で作業してないで俺も喋れよ。
『この間、ビールありがとうございましたとか』って言えればいいのに、どういうわけか口が上手く動かない・・・。
「あ、あのっ、すいません、メッセージカードとかありますか?」
そんな時、こいつは俺にメッセージカードを要求。
あぁ、はいはい、『毎朝、俺の味噌汁を作ってくれないか?』とかそんなくっさいこと書くんでしょうな。
へぇへぇ、分かってるよ。
俺はすっかりやさぐれながらカードを渡す。
ちきしょう、こんなんならさっさと帰れば良かった。
やっぱり止めよう、このバイト・・・。
心臓に悪いし、毎回、悲しいし。
「じゃ、お会計は2415円になります」
そんなわけで、今日の業務も終了。
俺は香田さんにブーケを渡し、奴は何事もなく帰途につく。
分かりきった事だったけど、レジ越しに俺に花束くれるとかそういうドラマチックな展開ってのは余裕で無いようだ。
・・・ま、そんなことされたら普通に引くか・・・。
大体、渡されようもんなら、
『あの人、今、男の人から花束貰ってたわよ?』
なんてヒソヒソ言われるに決まってる。
俺にだって世間体はあるわけだから、そんなの勘弁して欲しいかも・・・。
俺はそのまま成城石井で相変わらずベルギービールを探す。
って、おい、駄目なんじゃん・・・。
忘れてたけど、俺、もうここじゃビール買えないんだった・・・。
「はぁあ」と俺は肩を落として成城石井を出る。
一体、何しに来たのかわかんねぇ・・・。
しょうがないから、近所のサンクスでビールとホタテの貝柱買って帰るか。
いや、今日は鬼殺しにトライしてみようかな、死ぬかもしれないけど。
「あ、すいません、望月さん?」
って、後ろから声がかかる。
誰だよ、俺の名を呼ぶのは・・・。
どっかで聞いたことのある声だけど。
「あ・・・・」
って、奴だよ!?
どういうわけか、後ろには俺の意中の香田さんがいる。
俺の名前はエプロンについた、「もちづき」って言うネームプレートで分かったんだろうか?
「は、はい!?
何ですか?」
俺はそのまま妙に直立不動になってしまう。
なんだ、この人、何の用だよ・・・。
早く帰って彼女に花でも渡せよ。
「これ、受け取ってください・・・。」
そう言って、差し出されたのは白い花束。
俺が作った奴ですけど・・・。
どういうこったこれ?
あ、そっか。
「あ、あの~、返品ならお店のほうに・・・」
俺はてっきり香田さんが返品したいのかと思った。
俺の勤務時間は終わってるから、お店のほうに行ってもらわないと困るんだけどな。
「いや、そうじゃなくて・・・。
え~と、もっちー、すいませんっ」
何がしたいのかわからんが、香田さんは俺の手に半ば強引にブーケを渡す。
俺はたじたじしながらもそれを受け取る。
ってか、あの、ここって普通に駅の中で、しかも路上で、女子高生とか女子大生の皆さんが闊歩してらっしゃるんですが・・・。
もしかして新型の爆弾とかじゃ・・・。
それ以前に、『もっちー』って俺のこと?
俺はそおっとブーケの中を見る。
・・・メッセージカード・・・?
そういや、さっき書いてたっけか。
俺はその場でそれを開く。
『君のことが好きです。
気持ち悪かったら即行で燃やしてください、すいません』
「って、ここでも『すいません』かよ・・・。」
いい加減、香田さんの口癖に気づいていた俺は思わず笑ってしまう。
・・・・!!!??
って、笑ってる場合じゃないだろ、常識的に考えて。
どうすりゃいいんだよ?
俺は何て伝えればいいんだよ?
ええと、俺も好きでした、太古の昔から・・・、とかそんなんでいいのかな。
って、良くねぇよ!
何言っていいのかわかんない。
「あ、え~と、その、何ていうか、す、すいません・・・」
って、おい、俺も謝ってどうする。
これじゃ、振ってるみたいじゃん・・・。
「あ、そ・・・うですよね、すいません、マジで。
ごめんなさい・・・、忘れてください」
香田さんは相変わらずターンが早くてすぐさま帰っていきそうになる。
って、おい、無闇に反応が早いってば。
俺はアンタのこと嫌いとかじゃないって言うのに・・・。
「す、すいません、今のは何でもなくて、え~と、その、なんだ・・・。
お、俺も香田さんのこといいかなって思ってて・・・、その、すいません」
結局それか・・・。
・・・・・
そんなわけで、口癖の似てる俺らはそのまま俺の家でビールを飲む事に。
香田さんの家は偶然というべきか、俺の家の近くにあったんだけど、実家だってことで行くのは却下に。
その日は別に何かがあったわけじゃないけど、なんていうか、すいません、俺、すっごく嬉しい・・・。
幸せでスイマセンって奴だな、うん、それだ。
Fin
作者◇◇◇◇◇◇
ご読了頂きありがとうございました。 普段は高校生モノを書いているので、働く人々は難しいです・・・。 よろしかったらHPにも遊びに来てくださいね。 ご感想のコメントをもらえるとすっごい嬉しいです。
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