俺はここ数日の間ずっと隣の窓を見上げている。窓はずっと閉じられたまま煌々と明かりはついているのに一向に開く気配はない。思わずため息が出た。秋が深まるなか雨が降ったことも相まって、その息はほんのり白い。
窓の中の住人は一ツ木叶(ひとつぎかなえ)と言ってお隣さん同士の幼馴染、学校は違うけれども同じ中学生で、学年も一緒。つい最近まで叶は俺が今いるこの部屋に来てはふたり一緒に遊んでいたというのに……。
「なんでリフォームなんかするんだよぉ」
なんか声が泣き声になっているなぁと思ったら、鼻水が出てきた。鼻をずるずる啜る。これは涙なんかじゃない。ぜったい違うからな。そう我慢していたのにとうとう涙が溢れ出てしまった。
「ふぇ、ええっ」
ぼろぼろぼろ。涙が止まらない。視界のぼやけた目でまた窓を見上げた。
叶の家は家族四人で住んでいて、あいつには妹がいる。四人で住むには十分の広さだったけど、学年が大きくなるにつれて兄妹が一緒の部屋に寝るのはきつくなったらしい。で、増築するという話になったそうなんだけど……。
それが俺の悲劇の始まりだった。
リフォーム前まで叶の部屋はちょうど俺の部屋の向かいで、隣同士だったからわざわざ玄関を通って遊びに行き来するのが面倒臭く、お互い用事があるときは窓伝いに直接お邪魔していた。
ゲームしたり漫画を読んだり馬鹿話をしたり、たまに宿題をしたり。そして、いつの間にかエッチなことにも興味を持ち出して、親に隠れてこっそりキスしたり、お互いのモノを擦り合ったりもしていた。本当は俺、そんなことを男同士でなんて嫌だったけど、でも叶はキスもエッチもうまいし流されっぱなしで、それでも叶のことは友達として好きだったから、変に思いながらもその状況を受け入れていた。
「さみしいな…」
それがぱったり叶は来なくなった。カーテンを開けてすぐ見える隣の窓は今、使わなくたったために家具で覆われていて、二階だった叶の部屋は増築した三階に移っていた。
三階の窓を何度も眺めるけれど、その窓が開く気配はまったくない。俺はずっと窓を開けて待っているのに。
「くしゅんっ」
秋風がさわさわ流れ込んできたせいで体がふるりと震え、両手で自分の体を抱きしめる。
寒くなってきたなぁ。もう秋だもんな。
子どもは風の子だって言うし、体が寒いのには耐えられるけど、心が寒いのには耐えられないよ……、叶。
俺はまた体を震わせ、時間を見た。
もう9時だ。今日はもう来ないかな。
どちらにしても今日は来てくれない方がいいかもしれない。涙を流しているところなんか見てほしくない。俺は未練たらしくもう一度三階を見上げ、窓を閉めてカーテンを引いた。
なんで来なくなったんだろ。俺なんか嫌なことしたっけ。リフォーム中で別のマンションに引っ越していた時でさえ遊びに来てくれていたから、その後に何かやってしまったんだろうか―――? いくら考えても思い当たらない。叶も怒っているのなら怒っているで、そう言ってくれれば俺も謝れるのに、何も言ってくれなくちゃ謝りようがない。
俺はベッドにころりと横たわって天井を見た。叶が好きだと言うから天井に貼った蛍光シール。何時間もかけて二人で星座の形になるように貼った。俺は星座なんか分からないから叶の言うままに貼ったんだけど、叶は貼ってからというもの天井を見上げてはよく星座のことについて教えてくれた。今ではどこまでがどの星座でどれが何の星座か、星座の名前も全部覚えた。
「叶も今このシール見てるのかな」
叶の部屋にある蛍光シールも俺の部屋とまったく同じように貼り付けてある。俺が同じのじゃつまんないと反論したら、叶は『部屋が別でも一緒の星座を見ていたら、なんだか晴季(はるき)が傍にいるような感じがするから』なんて言うから、それ以上なにも言えなくなってしまった。でも、こんなことするんじゃなかった。なんだか余計、叶との距離を感じて、さみしくなっちゃうよ。
「シールはがそうかな……」
「なんではがしちゃうの?」
「だって見てたら悲しくなるし」
「僕がいるのに悲しいの?」
「――――――――――え?」
ふいに叶の声が聞こえきて、俺はガバッと起き上った。カーテンが揺らめく傍で叶がすこし怒った顔で俺を見下ろしていた。
「あ、あの……、叶?」
俺は喜びよりも驚いてしまって、聞きたいことが山ほどあるのに咄嗟に何も言えなかった。叶は俺の呼びかけに答えず、つかつかベッドに近寄ってきた。そして俺の顔をじっと覗きこむ。
「なな、なに?」
「なんで、こんなに泣いてるかな。なんか辛いことでも?」
「それは……、鼻水…だと、思う」
「ふーん。鼻水がこんなにいっぱい、しかも目から? さぞ痛いだろうね」
叶は俺の顎をくいっと持ち上げ『こんなに涙の跡つけて』と不機嫌に言って、それでも優しく頬にキスをくれた。いくつも唇を押し付けられて、いったん離し、また顔を覗きこまれる。そして『ぜんぜん消えない』と舌打つと、今度はべろりと舐められた。
「くすぐったいよ、叶」
「もうちょっとだから」
ぺろぺろと舐められていると、叶が猫になったように見えてくる。叶の目は大きくつり上がっていて色素が薄く、動物にたとえたら正さしく猫。肌は色白でサラサラとした茶色の髪の毛が綺麗だ。こう言うと叶は嫌がるけど、女の子みたいな容姿だから、きっと猫耳が似合うだろうなと思う。
俺はしばらくの間、猫になった叶に毛づくろい(?)されていた。
「笑ったね?」
「え?」
確かに舐められてくすぐったくて笑っちゃったかな……?
「だって悲しそうにしてたからさ―――。笑えてよかった」
そう言って叶はにっこり笑った。叶の笑顔を見て、俺はつかまれたように胸がきゅうと痛くなって、またじんわり目が潤んだ。痛くて痛くて、助けて欲しくて、叶にしがみついた。
「叶ぇええ―――」
「よしよし、どうしたの」
叶は俺のベッドに座り抱きしめてくれて、背中をとんとんと慰めるように叩いた。
「む、胸が痛い……」
「胸?」
「うん、胸がぎゅうって」
「―――そう……。…大丈夫、僕がついてるから」
叶がここに来てくれたら、辛くなくなって苦しさもなくなると思ったのに、なんでだろう、こんなに胸が痛いのは。でも同時に叶がいてくれるだけで体が安心感に包まれる。不思議と気持ちよくて叶の胸にすり寄った。叶の腕に力がこもる。
「まだ痛い?」
「すこし……」
「だったら―――」
そこで叶はちょっと言いよどんだ。でもすぐに言葉をつないだんだけれど、それが―――。
「僕とキスしたら、マシになるかも」
「キ、キス?」
「そう、さっきもしたでしょ? さっきキスしたとき晴季ってば気持ち良さそうにしてたじゃん」
「う―――っ、そうだけど……」
「ね?」
叶は身を起こすと俺に顔を近づけてきた。
「…うんっ」
整った顔だなといつも思っていたけど、改めて近くで見ても本当にきれいで、俺は顔を真っ赤に火照らせてしまった。恥ずかしくて唇が届く直前でぎゅっと目を閉じた。
涙で鼻が詰まっているし、叶のキスは長くて、息ができなくて喘いだ隙に舌がするりと滑り込んでくる。キスは何度もしているけれど深いのは初めてで、どうすればいいのか分からない。叶にされるがまま舌を舐められたり絡められたりした。
「どう? マシになった?」
「わか、わかんない…」
「じゃあ、もっと先に進めるよ」
そう笑って、またキスしてきた。
「…っふ、ぅうん、はぁ……」
胸が痛いのは収まらないけれど、キスは気持ちいい。もっと気持ちよくなりたくて俺からも叶に舌を差し出した。そしたら、叶の身体がびくんと震えて、さらに大きく口を開かされた。
キスに夢中になっていたら、いつの間にかパジャマが肌蹴ていた。叶が邪魔だとばかりにパジャマを肩から滑らせてベッドに落とした。
ボタン外したっけ?
一瞬疑問に思ったけれど、絶え間なくキスをしてくる叶に翻弄されているうちに、気にならなくなってしまった。
ついと唇を離された。もう終わりかなと少し残念に思ったら、叶のキスが耳にやってくる。叶の吐息がキスと共に耳に吹き込まれて、背中がざわざわ戦慄いた。
「ここ、感じるんだ……」
「だって、叶が――っ」
「うん。うれしいよ」
舌が耳の後ろを通って首を辿り、鎖骨まで降りてきた。そこできゅっと啄ばまれる。
「跡がついた」
叶はそう楽しげに笑って、乳首を舐めてきた。
「っやだぁ…」
今まで散々アソコを触られたことがあるのに、初めて乳首を舐められることの方が数倍恥ずかしい。俺は身を捩って逃げようとするけれど、叶が腰を支えていて逃れられない。仕方なく叶の頭を抱え込んだ。
「そ、んなとこ、舐めんなって――っ」
抵抗したところで叶には敵わない。知らず知らず突き出していた腰の先にあるモノの先が叶の腹に当たって泣きそうになった。
「こんなに勃てて……」
叶はため息をつくようにそう言って俺のを掴んだ。
「は、恥ずかしい」
「どうして? いつもしてるでしょ」
叶はいったん手を離し、ズボンの中に手を入れた。直接握られて身体がビクビク跳ねてしまう。
「もう、イっちゃう?」
俺は恥ずかしすぎて返事ができなくて、その代りに叶を抱きしめた。叶が笑ったのが空気で分かって、ばっと顔が熱くなった。照れ隠しになにか言い返してやろうとしたその時、あまりの衝撃に悲鳴が出てしまった。臍の方を見ると叶の髪がゆらゆら動いている。
「あぁっ! 叶ぇっ! そんなとこ――!! やだぁああ」
まるで飴をしゃぶるみたいに舐めたり咥えたりされて気が遠くなる。
き、気持ちいいけど、そんなぁ……っ。
頭を押さえて叶を外そうとするけれど、さらに飲み込まれてしまった。腰がヒクついて動くのを止められない。
「イキたかったら出していいよ」
なんて言われたけど、そんなのできないっ。
頭をせいいっぱい振って拒否をしたけど、どんどん叶の動きが速くなる。
ああっ、もう、破裂するっ!!
なぜか涙が目尻から流れて、こめかみを伝わり落ちる。
「あああああああああああああっ!」
あっけなくイってしまった。
「叶のバカァ…」
でも、叶はなかなか解放してくれない。俺の全てを吸いつくすかのようにねっとり舌を絡めて、まだ下から上へと扱いている。
「はぁ、あ、あ、あぁん…」
最後に俺がぶるりと身を震わせて、やっと出尽くしたのか、叶が口を離してくれた。そして俺に見せつけるように唇を舐める。
俺は叶を睨みつけた。
なんでこんなことするんだよ。嫌がらせだったら、もっとほかの方法選べよっ。
でも叶は俺のたぶん鋭いはずの視線を受け流してニコニコ微笑んだ。
「なに、そんな色っぽい顔で見てくるの。もっと欲しい?」
「い、色っぽい?」
ガーンと頭で鐘が鳴った。まるで俺が誘ってるみたいじゃん。
それに――――。
俺の向かいで笑っている叶をちらりと見た。俺が誘っていると勘違いして、なんか叶のやつ嬉しそうだし―――? じゃ、じゃあ、もしかして、今まで部屋に来てくれなかったのは、俺がエッチなこと拒否ってたから、とか? 俺は顔を青くする。
俺のせいかよぉ~~~っ。
またもや涙が出そうになって恨めしく叶を見上げた。
「どうしたの。そんな百面相して」
おかしそうに聞いてくる叶に、俺は涙をこらえて口を尖らせた顔をぷいと逸らした。逸らしたまま横目に叶に言い募る。
「なんで最近ここに来なかったんだよっ」
「ああ。引っ越しで忙しかったから」
叶はなんでもないふうに言った。
「引っ越し………」
「うん。リフォームしたとはいえ、自分の家に戻るだけなのに大変だったよ。しばらく引っ越しなんてコリゴリだなぁ。部屋の掃除を放り出して何度晴季のところに行こうと思ったか知れないよ」
叶は笑って、ちゅっと俺の額にキスを落とした。
「それにさ、今までみたいに簡単に窓から行き来できなくなったでしょ? だからハシゴも作ってたんだ」
「ハシゴ…」
「ハシゴがあれば、二階と三階を往復できるからね。縄で作ったんだけど、あとで見せてあげるよ」
俺の頬っぺたは火がついたんじゃないかというくらい火照った。
俺が悶々と三階を見上げてはため息をついているだけだったところ、叶はどうしたら窓の距離を克服できるか考えていたんだということに気づいて、自分が情けなくなった。
よっぽど酷い表情になっていたのか叶が心配顔で見つめてくる。
「さっき泣いてたのは寂しかったから?」
「……うん」
「だったら遠慮せずに会いに来ればよかったのに」
「……うん。ごめん」
「あやまらなくてもいいよ? よく頑張ったね、晴季。―――僕もさみしかった」
俺は素っ裸なのに叶はちゃんと服を着ていて、そのギャップにうろたえたけど、でも、抱き合うのは心地よかった。そのまま叶にベッドに抱き下ろされた。
「えっ? あのあの――っ」
「晴季はイって気持ちよかったんだろうけど、僕はまだだからね」
「えぁ、あのそのっ、ご、ごめんっ」
「いいよ? 今からいっぱいするから」
叶はくちゅりと自分の指を舐めて俺に覆いかぶさってきた。
「へ? ――――んんっ」
さっきみたいな物凄いキスをされながら、腰が浮いた隙間に叶の手が入りこんで、つぷりと指を俺の尻に挿した。
「な、なに? 叶っ!」
「男同士はここでエッチするんだよ?」
事もなげに叶は言うけれど、ここって―――? ここでエッチするってことは―――。もしかしなくても、ここに入れるんだよな?
「え、えええええ!?」
「できるだけ痛くないようにするから」
や、やっぱりぃいいいい!!
「そ、そういう意味じゃ…。あん、あ……、き、汚い、からぁ」
「ここが感じるんだ?」
後ろの一点を叶がぐりぐり攻めてくる。目眩がするくらい快すぎて何度も腰が揺れる。
「やだっ、きたな…っ」
「お風呂入ってきたのに何言ってるの。石鹸のいい匂い…」
叶は俺の項に鼻を当ててクンクン嗅いできた。全身が敏感になっている俺はそれだけでも快感で喘ぎ声を上げてしまう。
「そそるね、晴季――っ。僕もう耐えれないかも…」
余裕なく言った叶が俺の中へ勢いよく入ってきた。
「ふ、うぁぁぁっ」
叶の髪をぎゅっと掴んだ。自分のものとは思えないような声が聞こえてきて耳を塞いでしまいたい。涙を流して出て行ってと訴える俺を慰めながら、それでも叶は突き上げるのをやめなかった。
気持ちも体も限界だった俺はそれからどうなったか記憶はない。次に目を覚ました時には叶が腕枕してくれていて、笑って『おはよう』と言ってくれた。まだ夜の12時だったけど、俺が照れて周りの状況がつかめなくて、慌てて『おはよう』と言い返したら、『まだ朝じゃないよ』って笑われた。
笑われて、それが面映ゆくて目の前の胸にことりと額を乗せると、叶がやさしい瞳をして俺の頭を撫でてくれた。
「今度は僕の部屋においで? せっかく晴季に会うのを我慢して片づけたんだ。一番に来てほしいな」
「うん、もちろんだよっ。叶の作ったハシゴも使ってみたいし…。なんかアスレチックみたいだなっ」
「そうだね。なんか晴季が言うと楽しそうだよ」
叶はまた笑って身を起こした。
「でも今日はたぶん晴季の体が辛いだろうから、また今度ね?」
「だ、大丈夫っ」
俺はチャンスを逃すまいと身を起こそうとしたんだけど―――。
「痛ってぇーっ!!」
腰がまったく言うことを聞かなくて、ばったり足の間にうつ伏せてしまった。叶があたふたと俺の腰を摩ってくれる。
「だから今日は無理だって…」
「うぅー…」
叶は申し訳なさそうに俺の体を支えて再びベッドに寝かしてくれた。
なんで叶はそんな元気なの………。
じとっと叶を見上げたけれど、ふんわり微笑まれてしまった。俺は叶の笑顔にとてつもなく弱い。それを見ただけで何もかも許してしまう。
俺がベッドのなか悶々としていると、叶はパパッと服を身につけてベッドから抜け出した。
「もう帰るの?」
俺の声がまた泣きそうになっている。
「また来るよ」
言いながら叶が俺の肩まで布団を引き上げてくれた。そして部屋を横切り、窓枠に足を掛けて、上からぶら下がっている縄ハシゴを手繰り寄せる。
「いつでも来れるよ。ハシゴがあるしね」
カーテンがさっと靡いて、叶の姿が消えてしまった。
カーテンの間から覘いたハシゴはなんてことのない茶色の縄でできたハシゴだった。色気も素っ気も何もない、普通のハシゴ。でも俺にとってそれは赤い糸のように見えた。だって俺と叶との距離を埋めたのだから。
明日は俺から叶の部屋を訪ねよう。一緒に星座を見るんだ。いきなり行ったらどんな顔をするかなぁ、叶。ちゃんと部屋で待っててよ、叶。
俺は明日を想像しながら瞳を閉じる。
ハシゴを登って行くから―――。あの赤い糸を絡めてできたハシゴを使って………。
END
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