無断転載禁止 / reproduction prohibited.
 (オリジ。大学生。やや切ない。/15禁)
flowers


「室井くん」
大学の門の前で呼び止められる。
この寒いのに待ち伏せしていたのか。
鼻先が赤い。
小柄で髪の綺麗な女の子だった。
「何。」
女の子は耳まで赤くなった。
そして早口で言う。
「あの、私、宮内って言います。えと、少し、話しませんか」
冷たい風で女の子の髪が遊ぶ。
「いいよ」

女の子は可愛い。

「室井くんはどんな女の子が好き?」
「さあ。考えたことないから」
珈琲に砂糖を入れる仕種がかわいい。
僕を見る目も。
「じゃあ、甘いもの、好きでしょう?」
「何でわかるの」
「なんとなくよ」
からからと、笑う。
「じゃあ、宮内さんは、俺の事好きでしょ」
「・・・何でわかるの」
「なんとなく」
彼女は俯いて笑う。
「当ってるわ」
悪くない気分だ。



「壱、さっきの彼女?」
バイトの休憩時間、やたら雨宮と一緒になる。
落ち着かない。
「関係ない」
目を逸らして煙草をふかす。
そんな僕を見て雨宮は小さく笑い、僕の煙草で火を分けた。
「お前、それ止めろよ。」
「どうして」
「どうしても」
「口付みたいだから?」
かえす言葉が見つからない。
言い返せ。
早く。
早く。

「煩い。」
殆ど吸っていない煙草を捨てて、ドアへ向かう。
雨宮は出ていく僕を笑って見ていた。
僕は雨宮が嫌いだ。



「あ、室井くん。」
この前の女の子がまた門で待っている。
「一緒に、帰らない」
頬を赤くして笑う。
僕は彼女の手を握る。
「いいよ」
彼女の手は温かい。
「帰ろう」

僕らは頻繁に会うようになった。
つき合おうとは言わなかった。
面倒だったからだ。
彼女も何も言ってこない。
このままがよかった。
曖昧な関係が心地良い。

僕らは何度か寝た。
女の子は柔らかくて温かい。
このまま沈んで行きたいと、思う程。
だけど、決して「愛してる」という言葉に応えなかった。
その一言を言ってしまうと、戻って来れなくなるからだ。
僕は理性的な人間でいたい。

彼女と過ごした後、その足でバイトに行った。
眠くて仕方なかったのに、残業を頼まれた。
その上雨宮と一緒だなんて。
ついてない。
残業が終わって、23時をまわっていた。
帰る方向が同じだからと、雨宮はついてきた。
「なあ、壱。今日暇?」
いい加減、迷惑なのに気づけよと、いつも思う。
今日こそハッキリ言ってやる。
「悪いけど、そういうの迷惑。」
ちょっときつく言い過ぎたか、横目で雨宮をそうっと見た。
雨宮は気にする様子もなく、街灯の下、小さく笑った。
ふと、甘い匂いがした。
多分花の匂いだと思う。
「壱。」
この季節、どこにも花なんてないのに。
僕は甘い匂いに耐えれず咽せた。
「何なんだよ、この匂い。」
僕は雨宮を睨んだ。
雨宮は相変わらずで、やっぱり小さく笑っている。
「雨宮」
「壱。知ってる。昔の人は匂いで人を好きになったんだって。
 本能で人を選ぶ。」
「だからなんだよ。」
「僕もそういうこと、あるから」
雨宮が何をいいたいのか分からなかった。
ああ、そう。
それしか言うことはないじゃないか。
ああ、まただ。
またあの甘い匂い。
自分が自分でいられなくなりそうだ。
「壱。」
ああ、雨宮の声がする。
「壱。」
熱い。
耳の裏側が熱い。
瞼も。
首の根も。
「壱は花の匂いだ。」

「雨宮。」
僕らは口付けた。
不思議と厭ではなかった。
雨宮は僕の事が好きなのだ。
僕は雨宮を嫌いだけど、拒まなかった。
雨宮の匂いは好きだ。

あの咽せるような甘い匂いの中で、僕らはしばらく口付けていた。
雨宮は、そうっと僕の唇を噛んだ。
「壱。」
目を瞑ると赤や緑が浮かんだ。
急に雨宮が欲しくなった。
自分のものにしたくなった。
だけど口が裂けてもそんなこと言ってやらない。
僕は理性的だ。
雨宮とは違う。
だけど。

「壱、僕が欲しい?」
口付を止めて雨宮は言う。
「何言ってんだよ。俺もお前も男だ。そんなわけない」
もう、今さら何を言っても遅かった。
僕は雨宮が欲しかった。
雨宮はそれを知ってるのか。
小さく笑う。
「壱が、欲しい」
甘い匂いの中。
僕の理性はぱちんと音をたてた。
もう、どうすることもできなくなっていた。



「何、もしかして緊張してる」
雨宮の部屋には植物がところ狭しと置かれている。
見かけによらず園芸マニアらしい。
だから花の匂いがしたのか。
「何に緊張するんだよ」
甘い花の匂いは部屋中に充満していた。
正気でいられるはずがない。
今にも壊れてしまいそうなのをどうにか押さえているのだ。
こんなの僕じゃない。

「壱。」
雨宮の唇が耳の裏側に触れる。
「厭だ。」
忽ち熱くなる。
「何が。」
今度は瞼。
「俺は、お前なんか、欲しく、ない。」
「壱。」
最後は首の根。
僕に花が咲く。
熱い。
もう遅い。
「簡単だよ。」
そう、簡単なこと。
甘い匂いが強くなる。
雨宮は信じられない程柔らかく触れる。
「お前なんか、嫌いだ。」
だけど止まらなかった。
雨宮は僕の熱に触れる。
そして僕も雨宮に触れる。
熱が重なりあう度びりびりと感じた。
「これは厭じゃない?」
「うん。」

雨宮は僕を口にする。
「雨宮。」
さすがに抵抗した。
男と、ていうのはどんなものか知らない。
だけどもう、僕にはそんなこと考える余裕なんてなかった。
只、溺れていくだけだった。
「あ。」
「壱。いいんだよ。」
「厭だ。止めろ。厭だ。」
雨宮の髪を掴む。
「壱。出して。」
雨宮は続けた。
「ふ。」
「あ。」
僕は雨宮の口腔で弾けた。
雨宮の喉が鳴る。
「雨宮、呑んだのか。」
雨宮は小さく笑う。
「壱は今、ここら辺だ。」
そう言って雨宮は喉元から胸、そして腹を指差した。
熱はまだ冷めない。

「こうゆうのは?」
厭じゃなかった。
味わったことのない熱だ。
「厭。じゃ。ない。けど。」
「けど?」
「こんなことするなんて。変だ。俺もお前も男だ。こんなこと。だって。」
うまく舌がまわらない。
植物の緑がちかちかする。
あんなに緑は鮮やかに発色するものなのか。
「いいんだよ。感じるだけで。あとのことは考えなくて、いいんだ。」
答えになってない、そう思ったけど僕の身体は納得していた。




「室井くん」
僕の心臓がひとつ、大きく音をたてる。
また門で彼女が待っていた。
彼女はじっと僕を見ている。
「何」
なんだか顔が見れない。
「今日、暇?」
彼女の甘い香水に思わず顔を顰める。
厭だ。
「悪いけど、今日はこれからバイトがあるから」
嘘を吐いた。
だけど今直ぐこの場から逃げ出したかった。
この匂いに耐えられない。
「そう。じゃあ、また今度」
彼女は残念そうに去っていく。
彼女は気づいただろうか。
僕の態度に。
僕の身体はおかしくなってしまった。
全部あいつのせいだ。




「壱、もう慣れた?」
甘い匂いの中、僕らは熱を放つ。
「お前のせいだ。俺は、」
雨宮は僕を見た。
「壱、あの女の子の事、好きじゃなくなった?」
違う、そうじゃなくて。
「わからない。」
「僕はいいよ、壱が誰を好きで、誰と寝ても。」


瞬間、頭の中が真っ白になった。
気がついたら僕は雨宮を殴っていた。
雨宮の口の端から少し血が出ている。
「ちっとも効かない。慣れてるんだ。」
小さく笑う。

「どうして、」
「壱、泣いてる。」

「どうして俺なんだ、」

体中が締め付けられる。
何なんだ。
どうして。
こんな。

「壱、それは僕にもわからないよ。」
雨宮は僕を抱き締める。
甘い匂い。
「聞こえる?心臓のおと。こいつがさ、壱のこと好きだって。」
雨宮から伝わる振動は、次第に早くなっていく。
「僕には止められないんだ。」
僕の心臓も、同じように早くなっていく。


「壱、」
「なに。」
雨宮は僕を抱きしめたまま云う。
「僕らはもう、繋がってるんだよ。」



僕らは繋がっている。
甘い匂いは、僕らの体に溶けていく。

そして
僕らは花になる。
「雰囲気を楽しんでいただければ良いかと。」
...2003/4/22(火) [No.45]
ryu
No. Pass
>>back

無断転載禁止 / Korea
The ban on unapproved reproduction.
著作権はそれぞれの作者に帰属します

* Rainbow's xxx v1.1201 *