※ぬるいですが、血・傷など身体的に痛い描写があるのでご注意ください。心理的な痛さはありません。
町から十キロほど離れた森を抜けたところに、誰もが忘れてしまった――忘れようとしている墓場がある。
墓場といっても、十字の白い墓標が整然と立ち並ぶような、緑の美しい場所ではない。墓石は倒れ、死者が埋められているはずの土は何故か盛り上がっている。夜空には厚い雲がのさばって、不思議と晴れることはない。死者を悼む者が訪れることがないのはもちろん、この周辺には住宅は一つもなかった。
その墓場を臨むようにして聳えているのが、寂れた古い洋館だ。壁には蔦が這い、周辺を蝙蝠が飛び交っていて、人が住んでいるとはとても思えない。しかし、スティード=カーヴェルは確かにその広い洋館の、蜘蛛の巣の張った寝室で眠っていた。
「ん……」
寝返りを打つと、焦げ茶色の髪がさらりと頬にかかる。こんな古い建物に住んでいるからといって年寄りというわけではなく、まだ二十五だ。服は質素だが、装飾するものがなくとも十分に顔立ちの美しいことがわかる。
スティードは一人、大きなベッドの真ん中に眠っていたが、腹の上には何か別の生き物の影がゆらりと動いていた。ここにはスティード以外の住人はいないはずだが、その影は獣というのにはあまりにも細く縦に長い。
小さく灯してあったランプの明かりが、ふっと消える。影は大きく伸び上がると、風を切って何かを振り下ろした。 ――斧だ。
その瞬間、真っ赤な血しぶきが宙に舞い、真っ白なシーツは鮮血に染まった。そして男の叫びが、寝室の闇を引き裂くように響き渡った。
「いっ……てええぇぇ!」
眠っていたスティードは、ふと脇に人の気配を感じて目を覚ました。しかし、どうやら間に合わなかったらしい。目を開けて体を動かしたのとほぼ同時に左腕に鈍い痛みを感じ、本格的に逃げようとしたときにはその左腕がゴロリとベッドから転がり落ちた。
「あ~あ、また失敗しちゃった。腕だけかぁ」
頭の上で大きな溜め息が聞こえる。スティードは鮮血の噴き出す左肩を枕で押さえると、ベッドから飛び降りて自分の腕を切り落とした者の正体を見定めた。
「このゾンビがっ……またおまえか!」 「ゾンビじゃなくて、クラウスだって言ってるだろ。クラウス=ヒルデン。ちゃんと名前を呼べよな」
薄い唇を尖らせて文句を言うと、かっちりとしたスーツを着込んだゾンビは――クラウスは、持っていた斧を床に放り投げた。その斧の重みはクラウスの軽々とした動作からはわからないが、巨大な刃はミシリと床板にめり込んでいる。
クラウス=ヒルデン――スティードが最も興味をそそられ、最も嫌っている人物である。いや、人物というのは正しくないかもしれない。何故ならクラウスの心臓は十数年前から動いておらず、今、スティードの目の前で動いている彼は、いわゆる生ける屍という存在だからだ。
決して通常の人間と呼ぶことはできないクラウスは、しかし他の動くだけの屍と言っても良いゾンビと違って、はっきりとした自我を持ち、人間と遜色ない動作をする。スティードがクラウスを殺すことが出来ないのも、彼の存在がゾンビと関わる者にとっての興味を掻き立てるからだ。
「おはよう、スティード」
手ぶらになったクラウスは、ついとスティードに近寄ってその髪と同じ焦げ茶色の瞳を覗き込んだ。その仕草は一般的に語られるのろまなゾンビとは正反対で、優雅とすら言える。金色の髪は暗闇でも美しく輝いていて、滑らかな肌はスティードよりも白い。正確な享年は知らないが、外見からするとスティードと同じか少し上ぐらいだろう。
こいつ…… 死体のくせに何でこんなに男前なんだよっ…… 精巧なビスクドールのような顔に至近距離で見つめられて、スティードは一瞬怯みそうになる。しかしすぐに我に返ると、床に転がった左腕を掴んでクラウスから離れた。
「おはよう、じゃねぇだろ! おまえっ……殺す気か!」
本体から離れた左腕は血塗れており、肩はじくじくとした痛みを訴えている。しかしスティードが喚き立ててもクラウスは全く動じることなく、むしろ満足げな笑みを浮かべていた。
「そうだよ? そんなことわかってるデショ?」 「っ――」
スティードはまた怒鳴りたい気分になったが、そんなことをしてもこのクラウスという男は喜ぶだけだ。それを思い出したスティードは、罵声を飛ばす代わりに懐からナイフを取り出してクラウス目掛けて投げ飛ばした。目に見えないほどの速さで飛んでいったナイフの数は四本、綺麗にクラウスの四肢に命中し、クラウスの体は壁に磔になった。
「相変わらずの早業だなぁ」 痛みを感じている様子は全くない。クラウスは余裕の表情で刺さったナイフを見つめて、感嘆の声を上げている。
あ~…… くそっ…… 俺のほうは腕切られて激痛だってのに…… とは言え、クラウスと会って四年、毎晩のようにこんなやり取りをしているスティードにとって、体の痛みなど慣れたものだ。何より、スティードは普通の人間の数十倍の身体再生能力と、二分の一以下の痛覚を持っている。腕を切り落とされても、のた打ち回るほどの痛みはない。
「なぁスティード、動けないんだけど~」 「そのためにやったんだよ」
呑気なクラウスの言葉を、スティードは苛立って跳ねつけた。しかしこれでクラウスはしばらく動けないだろう。消えてしまったランプの明かりを灯し、寝室の奥にのさばった巨大な机の明かりもつける。そして机の引き出しから道具箱を取り出すと、残っている右腕と口で器用に針に糸を通した。
「何してんの」 作業をする間にも、背後からは相変わらず間延びしたクラウスの声が飛んでくる。
「腕治してんだよ。いくら俺の体が普通じゃないって言っても、ロボットみたいに分裂した腕が本体のほうに飛んできてくれたりはしないからな」
無視なんかしたら、何をしでかすかわからない…… スティードは傷口に意識を集中しながらも、クラウスの問いに答えた。
今回は利き腕じゃなかっただけマシだな…… 流れ出す血は既に止まっている。落ちた左腕を机の上に載せて、屈んだ自分の肩と角度を合わせると、何とか骨と血管を正しい位置に合わせることが出来た。準備した針をぞんざいに肌に突き刺すと、糸を繰って腕と肩を縫い合わせた。
「はあ、出来――」 「治った?」
繋がった腕を見てほっと溜め息をついたところで、スティードはクラウスに後ろから抱きしめられた。首筋に触れる手はマネキンのそれのように冷たい。容姿や仕草がいくら人間のように見えようとも、確かに彼の身体には血が通っていないことを思い知らされる。
「おまえ、どうやって……」 壁にしっかり留めておいたはずなのに……
振り返ってクラウスを磔にしていた壁を見ると、そこにはクラウスの左手首から先がナイフに串刺しになって張り付いていた。残り三本のナイフが床に落ちていることを考えると、クラウスは左手を犠牲にし、体を捻って口で他のナイフを抜いたのだろう。
「おまえまた手をっ……」 「だってそうしなきゃスティードは俺をあのまま放っておくつもりだっただろ? そんなの御免だからな。どうせ俺はスティードと違って痛みも感じないし、あれぐらいたいしたことない」
声を荒げるスティードに構わず、クラウスは手首から先のない左腕をプラプラと振って言った。その傷口から血は出ていないが、スティードは自身が腕を切り落とされた後だけに痛々しく感じた。
あ~……もう…… 治すのは誰だと思ってんだよ…… 怪我の原因を作ったのも俺だけど…… いや違う…… 先にこいつが俺の寝込みを襲ったからだ…… スティードは心の中で問答していたが、結局、平静を装って串刺しの手首が張り付いた壁を指差した。
「千切った手首、持ってこい」 「何、治してくれんの」 「……治さねぇとそっから腐ってくるぞ」
横目で睨みつけると、クラウスは嬉しそうに切り離した手首を壁から外してスティードのところに持ってきた。それを受け取ったスティードは、先程しまいかけた治療用の針と糸を再び取り出して消毒する。
「座って左腕を机の上に乗せろ」 「は~い」 語尾にハートマークのつきそうな調子で返事をして、クラウスはスティードの向かいに腰を下ろした。
無理矢理引きちぎりやがって…… 傷口ボロボロじゃねぇか…… スティードはクラウスの左手首の向きを慎重に合わせると、自分の腕よりも丁寧に縫っていった。ゾンビは痛みを感じず、血が出ることもないが、回復力は人間の何倍も遅い。ここで変なふうに縫い合わせてしまうと、クラウスの滑らかな肌に醜い痕が残ることになる。
いつも思うけど…… 俺は何でこんなことをしてるんだろう…… 針を持った指を器用に動かしながら、スティードは溜め息をつく。大人しく治療を受けていたクラウスは、そんなスティードを見て愉快そうに口を開いた。
「スティードってゾンビを全滅させるために政府から派遣されてここに来たんだよな?」 「……そうだよ」 「それなのに、こんなふうに俺と話して怪我の治療してるなんて。怒られないのかよ」
言葉は心配しているふうだが、声の調子はまるっきりスティードを揶揄している。同じようなやり取りは今までに何度も二人の間で交わされてきていて、その度、クラウスはご機嫌に、スティードの気分は暗くなった。
「んなことあるわけねぇだろ。こんなところに来る人間は俺しかいないからバレねぇし、政府はもう俺のことなんて死んだと思ってるんだから」 「ふーん? そのわりには他のゾンビはバサバサ殺して、任務こなしてるみたいだけどな。俺だけは傍にいるのも許してくれるんだ」 「いつ誰がそんなこと許してやったんだよ」
俺はおまえに傍にいていいなんて言った覚えはない…… おまえを殺さないのも、単におまえが普通のゾンビとは違うからだっ……
睨み付けて罵声を飛ばしてやりたい気分だったが、手元が狂ってしまっては不味い。湧き上がる怒りを必死に堪えて、クラウスの手首を治すことに意識を集中させた。斜め上から相変わらず色のついた視線を送られているのがわかったが、それも無視する。が、治療を終えて、伸びる糸をプツンと鋏で切ったとき、服の襟を掴んで体を引き寄せられた。
「何っ……」
スティードを殺すような凶器となるものを、斧を投げ捨てたクラウスはもう持っていない。となると、クラウスが今しようとしていることは明らかだ。それはスティードにとって、殺意以上に身の危険を意味していた。
ヤバイっ……
必死に体を捩らせたが、もう遅かった。スティードよりも頭一つ分背が高く、ゾンビ特有の怪力を持ち合わせているクラウスは、難なく間にあった机を跳ね飛ばしてスティードを腕の中に収めた。
「何って、俺がここに来る理由なんて、スティードを殺すためか――これしかないだろ?」
整った顔を歪めて笑うと、クラウスは文句を言おうとしたスティードの口を唇で塞いだ。その唇は冷たく、味わうようにスティードの唇を舐めてくる舌は更にひんやりとしている。
「んっ……うっ……」
治したばかりの左腕で腰を抱えるように押さえられて、スティードは身動きを取ることが出来なかった。右手で顎を掴まれて、無理矢理に口を開かされると、冷たい唾液と共にクラウスの舌が忍び込んでくる。 「っ……ふ、あっ……」
自分の温かい唾液と混じって、生ぬるい唾液が喉に溜まっていく。クラウスの舌は巧みにスティードの感じる舌の裏を撫で上げ、顔の角度を変えては何度も口付けてくる。唇を離したときにはスティードの息は上がり、目の端には涙が滲んでいた。
「ん~、色っぽいなスティード」 「フザけっ……」
力の抜けた腕を振り上げたところで、クラウスは軽々とスティードの体を横抱きにした。突然、足場を失ったスティードは、思わずクラウスの首にしがみついた。 「ちょっ、やめろっ……」
スティードの抵抗など物ともせず、クラウスはベッドまで歩いて行ってスティードの体をそこに下ろした。そしてスティードが逃げ出す間もなくその手首を一まとめに押さえつけると、股の間に自分の膝を割り入れて、動きを完全に封じてしまった。
「最近は天気が良かったから、スティードとセックスするのは五日ぶりだな」
ゾンビは日差しと高気温に弱い。しばらく姿を現していなかったクラウスは、悪魔のような微笑みをその整った顔に貼りつけてスティードを見下ろしていた。
「誰がそんなことするって言っ――つっ!」 怒りに任せて首を起こしたところで、クラウスはスティードの鎖骨に歯を立てた。その痛みでスティードが怯んだ隙に、クラウスはスティードの白い肌にキスを落とす。
「んっ……」 久しぶりの甘い痺れは、いつもよりも敏感にスティードの脳へと伝わる。スティードの身体は先程のキスで既に熱を帯びていて、冷たいクラウスの舌の動きがいっそう鮮明に感じられた。
「ふっ……やっ……」 首や腹にキスマークを散らしていたクラウスの左手が、ふと胸の尖りに伸びてスティードは体を跳ねさせた。しかしその手はゆるゆると乳首を撫でるだけで、いつものように強く擦ったり摘み上げたりすることはない。
「う~ん、まだこっちの手は動かないなぁ」
先程、引きちぎられたクラウスの左手は、見た目はほとんど元通りになったものの、まだ神経は繋がっていなかった。腕は動いているが、指先はぶらりと操り人形のように垂れたままだ。クラウスはその左手を見ながら、残念そうに肩を落としている。
「こんな手でちゃんとスティードを満足させられるかなあ」 「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! さっさと離せっ!」 「離す、なんて出来るわけないだろ? せっかく久しぶりにスティードと出来るチャンスなのに」
唇の端を上げてクラウスは笑うと、上着を脱ぎ、ネクタイを外した。その仕草は妙に色っぽく、スティードの心臓は知らずドクンと高鳴った。
くそっ…… ゾンビのくせにスーツなんて着やがってっ…… そのスーツは実はスティードが自分の物を直して作ってやったものなのだが、とにかく自分の身体の反応を誤魔化したくて、心の中で悪態をついた。その時、ふいにクラウスがスティードの体を裏返した。
「スティードを満足させるためには、やっぱ手は重要だよな」
スティードが目を白黒させているうちに、クラウスはスティードの手首を後ろに捻り、外したネクタイで縛り上げた。左手の指が使えないというのに、器用なものだ。スティードが自分の身に何が起きたのかを理解したときには、体はまた仰向けに戻されて、意地悪いクラウスの顔が目の前にあった。
「完璧~。スティードの体ってすぐに治るから便利だよなぁ」
言って、クラウスは先程自分が切り落とした、スティードの左肩の傷口を舐めた。そこは既に傷跡が薄れ、後ろ向きに捻られても外れたり血が滲んだりすることがないほどに回復している。
「俺の体はおまえのために早く傷が治るわけじゃねぇんだよ!」 「その力がなかったら俺と会うことも、こうすることもなかったんだぞ?」 「はあ? そんなのそのほうが良かったに決まってっ――」
言いかけて、口を閉ざした。クラウスのからかうような笑みが残酷なものへと変わり、空いた右手ですうっと腹を撫で上げられたからだ。
「もう黙って、スティード」 「……っ……」
スティードが表情の変化に面食らっている隙に、クラウスは愛撫を再開させた。その手の動きには先程のような躊躇いはなく、最後までするのだという綿密さが感じられる。死体などに感じさせられたくはないのに、胸の突起を絶妙な力加減で摘まれると、スティードは背がシーツから浮き上がるほどの快楽を感じた。
「あっ……」 妙に甘ったるい声を止めたいのに、後ろ手に縛られているせいで口を塞ぐことが出来ない。唇を噛んで堪えていると、クラウスが爪でつうっとスティードの首筋を引っかいた。
「つっ……」 「これも気持ち良い?」 「そんなわけあるかっ!」 そうは言ったものの、スティードの身体は緩やかな愛撫の中の小さな痛みに、新たな快楽を見出していた。うっすらと血の滲んだ傷跡を舐められると、ぞくりとした快感が背筋を駆け上る。 何で俺はこんなやつに感じてんだよっ…… しかもこんな、SMみたいなことされてっ……
「ふあっ……」 「凄いな、もう傷が塞がってきてる」
口を離して、クラウスは血のついた唇をペロリと舐めた。血色の悪い唇は唾液とスティードの血で色づき、妙な色気を醸し出している。クラウスはスティードの身体を舐めまわすように眺めると、
「俺が前につけた傷ももう治っちゃってるし……もうちょっと深く傷つけないとダメかぁ」 スティードの胸に舌を這わせて、乳首の先端に噛み付いた。 「いっ――」
敏感な場所にもたらされる刺激は、他の場所よりも鋭い痛みを脳に伝える。それでも熱の冷めない自分の身体は、やはりどこかおかしいのだろうか。クラウスもそんなスティードの反応を見逃すはずがなく、
「勃ってるよ?」
ズボンの布地の上からスティードの昂ぶりをやわやわと揉みしだくように触れてきた。布地のザラザラとした感触は先端を擦って、スティードは自分のモノが硬度を増したのがわかった。
「やっ……、あっ……やめっ……」 「どんどん大きくなってる。やっぱり凄く感じてるんじゃん。真正のMだね、スティード」 「だ、れがっ……ああっ……、感じてなんかねっ……」 「強情だなあ。こっちのほうが良いってことかな?」
楽しそうに目を細めたクラウスは、スティードのズボンを下着ごと一気に脚から引き抜いた。そして足が自由になったことに気づいたスティードが抵抗する隙も与えず、股の間で立ち上がるモノの先端にキスを落とした。
「これなら左手が使えなくても後ろと一緒に触れるしな」
言って、クラウスはスティードのモノをぱくんと口に含む。その瞬間、熱を帯びたモノは冷たさを感じたが、すぐにその巧みな口術によって何倍もの熱を与えられていった。
「ぅ……やあっ……あぁあ……」
くそっ…… 感じたくなんかないのに…… 声も抑えらんねぇ……
クラウスはスティードのモノを舐めたり吸ったりして快感の極みに追い上げていく。宣言した通り、反対の手ではその後ろの蕾の周りを解すように愛撫しており、スティードは身を捩じらせてその快感から逃げようとした。しかしその些細な抵抗は、蕾の中に指を入れられるとすぐに意味のないものとなった。
「ああぁあっ!」
突然、ぬるりと内部に入ってきたクラウスの指の感触に、スティードはいっそう大きな嬌声を上げた。クラウスはその反応に一度口を離して満足げな笑みを浮かべると、
「久しぶりだからちゃんと解さないとね。スティードはここ弄られるのが大好きなんだし」 スティードが最も感じる部分を指先で抉るように突いた。
「ひあっ……、やあっ……やめっ……」
熱い内部で蠢く冷たい指は、襞を擦って信じられないような快感をスティードにもたらす。しかもクラウスはまたスティードのモノを口に含み、顔を上下しながら扱いているのだから、スティードがいくら感じないようにと気持ちを戒めても全く意味を成さなかった。
ダメだ…… もう…… 何も考えらんね……っ……
「これ以上したらイッちゃうかな?」
茶色の瞳から涙がぼろぼろと零れ落ち、そろそろ頂上に達しようとしたとき、クラウスが顔を上げた。硬かった蕾の入り口は溶け、ひくひくと誘うように収斂している。内部で蠢いていた指を引き抜かれると、スティードは水から上がったときのように何度も息をして肺の中に酸素を取り込んだ。
「はっ……はあっ……」 「やっぱり最初は二人でイキたいから、今度は俺を気持ち良くさせてもらわなきゃな」
内部の圧迫感がなくなり、スティードは潤んだ視界でぼんやりとクラウスを見上げていた。しかし突然、弛緩させた体を指とは比べ物にならない質量で一気に貫かれ、背をしならせて派手な嬌声を上げた。
「あああぁああっ!」
「んっ……やっぱり……キツイなっ……」 クラウスはいつの間にか立派に育った昂ぶりを、スティードの最奥まで突きこんでいた。
ゾンビは痛みは感じないのに、食欲と性欲はしっかりとあるから不思議だ。血が出ることもないのに、消化液と精液はきちんと分泌される。ゾンビと交わっているスティードは、そのことを身をもって知っていた。
俺…… 絶対におかしい…… 死体にヤられて感じてるなんて…… こんな男、世界に俺だけに決まってるっ…… そう思うのに、腰を押さえつけられ、逞しいモノで内部を抉られると、鋭い快感が脳に突きあがって思考を鈍らせた。口から漏れるのはもはや罵倒ではなく嬌声と区別のつかない抵抗の言葉だけで、結合部から響く粘着質の音はスティードの耳をも支配する。
「あっ……やあっ……」
クラウスは先程、噛み付いた胸の傷口を今度は優しく舐め上げていた。その傷跡は既にかさぶたになっているが、もともと皮膚の厚いところであるだけにしばらくは完治しそうにない。
「熱いなぁ……スティードの肌は……」
左腕でクラウスの細い脚を抱え上げ、右手は器用にクラウスの肌を愛撫している。それでいて腰はしっかりと双丘に打ち付けて、スティードの感じる部分を先端で抉ってくる。
「やっ……やああぁっ……、やめっ……ああっ……」 「スティードの中、めっちゃ気持ちいい……すぐにでもイキそうだっ……」 「フザケッ……、あっ……や……!」
最初は冷たかったクラウスの昂ぶりも、スティードと繋がると次第に内部の焼け付くような熱さが移って人肌並みの体温を帯びていく。それを中で感じるとき、スティードは何となく自分がクラウスに命を与えているような気分になった。しかしそれが戸惑いなのか、喜びなのかは、いつも快感の波に流されてわからなかった。
「あっ……クラ、ウス……も……やめ……っ……」 「そんなに……嫌なら、さっさと俺のことも殺せばいいのに……他のゾンビみたいにっ……」 「そ……んなこと……出来ないってわかってるくせにっ……」
クラウスの息も上がっている。それより前から快感を与えられていたスティードは、放置された昂ぶりの熱を解放するために知らず腰を揺らしていた。普段ならクラウスはそんなスティードをからかうのだが、今回は彼も限界が近かったのだろう。スティードのモノに手を伸ばすと、
「一緒にイこうっ……スティードっ……」 共に頂上に達するために、腰と手の動きを早くした。
「ひあっ……あっ……ああっ……」
死肉の塊だとわかっていても、クラウスの張り詰めたモノで内部を擦られ、突き上げられると、信じられないような快感が全身を支配した。相変わらず冷たい指先は、スティードのモノの先端から溢れる蜜で密着度を増し、直接的にスティードを追い上げていく。
容赦ない責めに屈したスティードは、熱い滾りをクラウスの腹に放って達した。それとほとんど同時に、クラウスが小さく呻き、内部にスティードの体温が移った生ぬるい液が叩き付けられたのを感じた。
* * *
あれから何度、スティードの中で精を放ったのだろうか。
スティードは何度目かに達した後、すうっと意識を失うようにして眠ってしまった。今、クラウスによって体を清められたスティードは、無防備にクラウスの傍らに横たわり、あどけない表情で寝息を立てている。訪れたときのような殺意を感じれば目を覚ますのだろうが、傍目には完全に熟睡しているように見える。
「綺麗な寝顔……」
涙で張り付いた焦げ茶色の髪をそっと避けて、クラウスはその額にキスをした。滑らかな白い肌は自分も持っているが、スティードの肌からは自分にはない温もりが感じられる。
「いいなあ……スティードは……」
呟いて、スティードの頬に爪を立てた。そのまま下に引くと僅かな血が滲むが、痛みに鈍いスティードが目を覚ますことはない。その血に舌を這わせると、鉄錆のような味が口内に広がる。しかし唇を離したときには、その傷はもうほとんど消えていた。
「これでも、スティードはちゃんとした人間なんだもんなぁ……」
スティードの身体には、事の最中にクラウスが残した傷が数個、残っている。キスマークは一瞬にして消えてしまうから、その代わりのつもりだ。
「殺してやりたいよほんと……」
クラウスは体を起こすと、仰向けに眠るスティードの体の上に圧し掛かった。そして、その細く白い首筋に右手をかける。膝をついたベッドのスプリングが、ぎしりと音を立てて軋んだ。
「俺はゾンビだから……スティードがその気にならない限り、死ぬことは有り得ないから」
呟いて、首筋にかけた指の力を強める。
「スティードもゾンビになってくれなきゃ、俺が一人ぼっちになっちゃうじゃないか」
唇の端を上げて残酷な笑みを浮かべたが、すぐにふっと目を細めて力を抜いた。体も離して、再びスティードの隣に横になる。
――好きだから殺したい。 それで俺のものになるのなら。
――でも好きだから殺せない。 相手の意思を無視して、命を奪うことは出来ないから。 無念の末に死んだ者の行き着く先がどういうものかを、俺は誰よりもよく知っている。
クラウスはスティードの頬に手をかけると、今度は傷つけることをせず、ただキスだけを落とした。
「でも死ぬときは絶対に俺の手で――」
最上の愛の言葉を囁いて目を閉じる。傍らの温もりが、無意識に自分のほうに手を回してきた。生ける屍に眠りが訪れることはないが、それだけで、瞼の裏には甘い夢が繰り広げられるような気がした。
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