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 (マイペースな生徒×純情な先生/--)
宝石


付き合い始めてすぐに、先生の鞄の中に携帯電話が
潜んでいるのを僕は発見していた。
もちろんイマドキの高校生である僕は当然持っていたけれど、
頑なに「先生」という鎧を着た先生には、なかなかにそれを
「教えて」とは友達みたいに気軽に聞けない雰囲気があったんだ。

役員が全て引き払った生徒会室で、顧問として一度、職員室に戻った
先生は、僕に会うためだけに、わざわざ見回りのフリをして、
ご丁寧にも鍵束まで手にしていた。
待ち合わせもしていなかったのに、先生を待っていた僕を、
見つけた瞬間に目を輝かせて見つめてくれて、それから注意深く
左右の廊下に人がいないことを確認してから、足音を忍ばせて
生徒会室に入ってきた。
その行動のほうが、ちょっと怪しいんじゃないかと思うのだけど、
先生は至って真剣だから、僕は笑って向かい入れた。
「ねえ、先生。メルアド交換しない?」
僕は隣のイスに置きっぱなしにしていた鞄から携帯電話を
取り出して先生にチラリと見せた。まあ、一応、学校は携帯禁止
だからね。
「えっ・・・いいの?」
「なにが?」
「だからメルアド・・・」
そんなに驚くべきことなのだろうか。僕は思わず首を傾げて
しまいそうになるのをグッと堪えながら、
「電話番号も、って言ったら、もっと驚くの?」
と、悪戯半分に尋ねてみた。そうしたら先生は、ぽかんと口を
開けて、しばらく絶句した後に、
「・・・電話、していいの?」
と、呟いた。顔面蒼白だ。そんなに重大事だったのだろうか、と
僕は思わないでもなかったけれど、あまりに先生が真剣なので、
うん、と素直に頷いてしまった。
「どうして?」
「だってっ!!オレッ、職員の特権で、つまりそういう、ええと
携帯番号は知らなくても、生徒の個人情報を知ることが出来る
立場にあって・・・それで、見ちゃいけない、知っちゃいけない、
ってわかっていても・・・そのっ・・・」
「成績でも知ったの?」
「まさか!それは・・・まあ、その、耳に入ってくるっていうか
耳がダンボになるっていうか・・・その、多少は。だけど、ホント
くわしくなんて知らないから。オレが言っているのは電話番号の
ことで!」
「つまり自宅の?」
「・・・・あ、う、ん。ああ!だけど、悪戯電話とかしたことないし!
ただ記憶して、それで反芻しているだけだったから・・・!」
「してくば良かったのに」
思わず、笑ってしまうと、先生は眉間に青筋を立てながら、
「そんなこと出来るわけないだろっ!だいたい、なんていって電話
するんだよっ。担任でもないのにっ・・・!親御さんが心配するじゃ
ないか!いきなり教師から電話がかかってきたりしたら!」
当たり前のこと言わせるなよっ!と、先生は、プイッと背を向けて
しまった。偶然・・・というか、いわば職権乱用で知ってしまった
僕の家の電話番号は、こうして先生を結果的に煩わせていたわけだ。
「別に・・・教師だって名乗る必要もないんじゃない?」
「え?」
「本名で電話してくればいいだけの話じゃないの?声だけで
先生か、生徒か、子供か、大人か、なんてわからないでしょ」
「あっ・・・」
くしゃ、って先生の顔が歪んだ。きっと、そこまで気は回らなかった
のだと思う。僕は、その微笑ましさに目を細めて先生を見つめた。
「で、でもっ・・・!万が一のことを考えないといけないだろっ」
「万が一のこと?」
「そうだよっ。オレがヘマした時のこと・・・とか」
先生はそう言うと、しょんぼりと項垂れてしまった。動転した挙句に
教師だと名乗ってしまうヘマだろうか、それとも、実は付き合い始め
ました。と親に挨拶でもするつもりだったのだろうか。
僕は考えて、不謹慎にも、ちょっと笑ってしまった。
「なんで笑うんだよっ!オレは真剣なんだからなっ」
「うん、わかってる。だから、携帯電話番号、教えて」
「えっ・・・!オレのも!?」
「ダメなの!?」
先生はスーツの内ポケットに仕舞ってある携帯電話を取り出そうか、
辞めようか、しばらく思い悩んでいた。なにをそんなに考えることが
あるのだろう。と、僕が、突然、不安そうに身を縮める先生を覗き
混むと、
「か・・・かかってくるの、待ちたくないから・・・」
「え?」
「かかってくるの待ちたくないから教えたくないっ!」
耳がキーンとハウリングを起こすほどに怒鳴られて、僕は目を白黒
させてしまった。
「だいたい・・・勉強もしなくちゃいけないだろうし、家族との
時間もあるし・・・友達とだって話すだろうし、その・・・気になる子
から、かかってくるかもしれないし・・・そのときにオレと電話中
だったりしたら・・・悪いし」
「そんなの・・・」
「そういうの辞めてくれなんて絶対に言わないし。だいたい、学生に
携帯代金がどれだけ負担かって、ちゃんと知っているから。この間、
労働白書にも書いてあったし。職員会議でもやっていたし。だからさ、
友達とか、そういう方を優先させていいから。ホント」
先生はきっぱりと言い切ると「それがいいよな」と自分で勝手に
納得してしまった。
変な人。と言ってしまえば、まったくもってそれまでなんだけど。
それが先生たる所以なんだ。ここで僕が言葉を尽くしたとして、
果たして先生は本気で納得してくれるか甚だ疑問なところだ。だって
そうだろ。先生は、オレを取り囲んでいる全てを最優先させて、
自分はいつだって後回しにしろ!なんて、言う人なんだからさ。
だから僕は、自分の鞄の中からノートを取り出し、一番最後の白紙の
ノートを破ると、そこに携帯電話の番号と、アドレスを書きつけた。
「じゃあ、先生からメールして。時間は、夜10時」
「え・・・」
「僕の時間が空いているか確認して。それから電話するって言うのは
どう?」
「あ・・・空いてなかったら」
「空いているよ。空ける予定だから。僕が先生の電話を待っているよ。
そういうのはダメ?」
「ダメじゃ・・・・ない。けど・・・」
「けど?」
「・・・あんまり優しくするなよぉ」
先生はノートの切れ端を抱きしめて、その場に座り込んでしまった。
「ホントに好きで堪らないんだからな」
木目の床の色が変わった。ポタポタと声も出さずに涙が零れるのを
僕は黙って側で見ているだけだった。
だって、こういうときってなんて言えばいいんだろう。「泣かないで」
っていうのも可笑しいし、「僕も好きだよ」なんてノリで言ったら、先生は間違いなく、この場で水没してしまいそうで。
だから僕は先生と同じように床に座り込んで、側にいただけだった。

ねえ、先生って純情だろ。それって伝染するみたいなんだ。


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...2008/4/28(月) [No.426]
未来淳良
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