◇◇◇◇◇◇
『この人も・・・』
僕は彼に手をかざしながら、湧き上がる動揺を抑えようとする。
・・・分かってる。
僕がしっかりしなきゃいけないんだから。
表情を悟られないために目を閉じる。
僕がこの子のためにできることをやるだけ、例え微力でも・・・。
オーラのバランスが著しく偏っている。
特に、赤い色。
一番下の・・・。
ビジョンが浮かぶけれど、今回は無視する。
あまり深く考えていたら、こんな仕事はやってられない。
いや、本当は、そんなことも全て包み込むぐらい大きくならなきゃいけないんだろうけど・・・。
「もし必要なら、もう一度お呼びください。
今日は初回ですし、お代は結構ですから・・・。」
数時間程度の作業のあと、僕は依頼主である彼の親御さんに電話をかけた。
・・・・
『Natさん、僕の生き方はこれでいいんでしょうか?』
僕は遠く、アジアの国にいる僕の先生に思いをはせる。
僕がいるのは東京。
神保町から後楽園に自転車で向かうと、きらびやかな東京ドームが幻想的な色で僕を迎える。
それと対照的な僕のクライアントの世界。
世界はこんなに美しくて光に溢れているのに、どうして苦しむ人がいるんだろう?
オーラだとか、ヒーリングだとか、そんなものは自分の人生に関係がない。
そういう風に思っていたときもあった。
そんな僕が今ではヒーラーと呼ばれる仕事をしている。
去年、会社も立ち上げたから、個人事業主とはいえ立派な社長だ。
ま、たいした事ない会社だけど。
・・・
今日の依頼者さんは高校生の息子を見てほしいと言う事で僕に電話をかけてきた。
彼は高校二年生なのだが、4月から学校に行かなくなってしまったとのこと。
今は5月だからもう一ヶ月も学校に通っていない事になる。
所謂不登校というもので、こういったことを相談しに来る方も多い。
僕はどちらかと言うと、物理的なヒーリングの方が得意で、こういった症例を扱うのは難しい。
でも、親御さんも藁をもつかむ思いで僕に電話をかけてきたのだから、できるだけのことをしてあげなきゃいけない。
彼に言われて、親御さんはとりあえず家の外に出て行った。
3時間後に帰ってくるらしい。
まぁ、敏感な年毎だし、しかたないのだろうけど。
とりあえず、彼にベッドに寝てもらう。
彼の体は僕よりも大きくて、しっかりとしている。
痩せているわけでも太っているわけでもない。
見かけは健康そうで結構筋肉質なのだが・・・。
「それじゃ、施術を始めよう。」
手を合わせて祈る。
自分がアンテナだって事を自覚する。
僕は手をかざして、彼のオーラをスキャニングする。
手のひらに、ある種の抵抗をぐぐっと感じる。
それは結構な圧力で、僕は彼の感情が良く分かる。
僕への不信やあざけり、自分のいる環境への悲しみ、絶望、怒り、葛藤・・・。
あんまりポジティブな感情の働きじゃない。
でも、僕は説明しない。
ただ観察して、感じるだけだ。
目、耳、頭、喉、胸、みぞおち、下腹部、ひざ・・・・。
順を追って、僕は手を当てていく。
僕はあんまり直接触れることをしない。
女性の場合は勿論の事、男性相手でもやっぱり変な気分がするものだから。
手のひらに伝わるのは熱、或いは冷たさ。
作用と反作用の関係に思われるそれは、時折僕の心を揺らす。
僕は目を閉じて、ゆっくりと息を吐きながらそれを受け流す。
僕は捕らわれない。
ただの一つのアンテナにしか過ぎない。
彼を座らせて、再び施術をする。
彼の心が少しずつ開いてきているのが分かる。
でも僕は必要な事以外、何も言わない。
俯いていた彼が突然、嗚咽を漏らす。
「先生・・・」
かすれたような声で殆ど聞き取れない。
でも、彼の頑なだった心は発露したのだ。
「何?」
僕は彼の感情の起伏を刺激させないように尋ねる。
あまりこういった嗚咽と言うのは望ましくないのかもしれない。
劇的な変化よりも、いつの間にか治るというのが理想的だ。
僕は手に熱を感じ始める。
時計の針のように、彼のエネルギーが正確な波長を刻み始める。
「俺、学校が嫌で・・・」
施術をする前から、そのこと自体、僕は知っていたから何ともしゃべらない。
多分、そういうことだろうという確認がとれた程度で。
でも、ここでも僕はその情報を素通りする。
僕は彼のカウンセラーじゃない。
或いは、ヒーローでも。
そして、多分、彼はさらに自分のことを話し始めるんだろう。
僕に出来る事は黙って、手をかざすだけ。
「・・・俺・・・、あの、、ど、同性愛者なんです」
彼の悩み、オーラの乱れ、彼自身の葛藤、全てはその告白が物語っていた。
僕は過去にこう言った人を何人か見たことがある。
だから、怖気づかないし、驚かないようにしている。
僕の目に映る彼は、広い肩幅を縮こまらせて脅えている、そんな子供と同じだった。
僕は彼の告白の意味を探らない。
でも、彼は僕に心を開いてくれたんだろうし、それで十分。
僕は何も言ってないし、強制もしない。
それなに、時折彼のように告白する人がいる。
その告白は何を僕にもたらすのだろうか?
一定の解釈か、理解か、或いは・・・?
僕は心を惑わせないように、彼の瞳に手をかざす。
眼窩から涙がこぼれているのが分かる。
膝の上に水滴が垂れ、彼の着ていたジーンズを濡らす。
「今は何も考えないでいいよ。
君を脅かすものは本当はどこにもいないんだから」
施術後、僕は椅子にうなだれている彼にそう声をかける。
後は水をたくさん飲んだほうがいいってことを。
僕は彼の心の中でどんな事が起きているのか知らない。
彼の表情は少しだけ明るくなった。
口数も多く、色々話している。
もともと、暗い性格なわけじゃなかったんだろう。
「先生、驚いた?
俺が・・・、ホモだって言う・・・」
彼の心は少しはふっきれたのか、笑顔が戻っている。
僕は黙って首を横に振る。
「他にもそういう人を知ってるから・・・」
そういうことは特別な事じゃない。
普通に世の中に存在していて、普通に苦しんでいる。
我々に共通する普遍的な苦しみ。
「あのさ、先生とか・・・駄目かな?」
そして、こういった告白の後に来る、言葉も殆ど同じだ。
女の人も、男の人も、癒しを得た後は少しだけ大胆になる。
勿論、僕はそれを受け入れるわけに行かない。
僕らの関係はあくまで施術者と依頼人だ。
初めて会っただけの人にそういうことを言われても戸惑うばかりで、僕には断る以外の選択肢がない。
でも・・・。
僕は彼の気持ちが分かる。
拒絶されたくないと叫んでいる彼らの心が。
でも、ここで僕がそれを受け入れれば、結局は彼らの心を弄ぶことになる。
そんなわけには行かない。
「ごめん・・・」
僕は自分のバッグを持って、そろそろ部屋を出る事を伝える。
僕は彼の瞳を敢えて見る。
ここで、瞳をあわせなければ、彼は再び拒絶されたと思うだろうから。
こういう時に営業用の笑顔になってしまうのは嫌だな。
でも、僕はこれで生きているんだから・・。
僕は少しだけ微笑んで、「頑張って」と言う。
彼はまだまだ子供だから、不安定になっているだけだろう。
彼ぐらいの年頃は少しだけでも人の優しさを感じてしまったら、それを愛情だとか勘違いしてしまうことがある。
・・・僕も同じだったからよくわかるよ。
「先生!」
大きな声じゃないけれど、悲痛な声。
まるで母親の脚にすがりつく、小さな子供。
ここで振り返っちゃいけないのは毎回の事。
彼の感情の波に飲み込まれるのは、お互いにとってマイナスだ。
でも、現実はそんなに甘くなくて、スマートには進行しない。
彼が僕の手を引っ張る。
体格差があるのか、僕が非力なのか、僕は気づけば彼の腕の中だ。
彼の心音が伝わってくる。
その音は暖かいけれど、崩れ落ちそうなほど彼の心は参っている。
その熱さは彼自身の不安を表しているんだろう。
刺々しくて、痛々しくて、脆い。
歪んだ赤いオーラが見える。
多分、彼は・・・僕としたいんだろう・・・。
「・・・こんなことしちゃ、駄目だよ?
もし君がそうだからって、むきになっちゃ駄目だ」
僕は抱きしめられたまま、彼の体に手を添える。
僕のしていることは拒絶じゃない。
彼にそう言い聞かせる。
でも、一瞬のリビドーに任せて動くには、人生は長すぎて、後悔だけがついてくるから。
偽善だって、思うかもしれないけど。
「そんなの・・・。
俺、先生みたいな綺麗な人見たことないし・・・」
彼はもう一度僕を抱きしめる。
そして、強引に僕の唇を奪う。
まるで一人でのめりこむ芝居のようだ。
僕はその未熟さが悲しくて、息が出来ない。
この舞台は彼の無謀さと、彼の脆弱さと、そして、恐らく、僕自身の愚かさを露呈している。
こういった仕事をしていると、こういうことに遭遇する事が多い。
それも全部、自分の弱さなんだろう。
孤独と言う飢えた怪物はいつもその獲物を狙っていて、僕の隙を突いてその中に侵入してこようとする。
僕の中にある冷たい瞳がそれを凝視して、彼の心を落ち着けるようにアドバイスする。
「駄目だよ?こういうことをすると君に好きな人が出来たときに必ず後悔するから・・・」
彼の力が弱まるのを知る。
多分、彼にも好きな人がいるんだろう。
僕はその代わりになってあげられない、ごめんね?
「じゃあね」
僕はそのまま部屋を出る。
それから、親御さんに作業が終わったことを電話を入れる。
初回の謝礼はもらわない。
それが僕の方針だ。
そして、僕の先生との約束。
・・・・
5月の風が夜の若葉を揺らす。
こういうときは少し心が重いけど、それでも僕は前に前に自転車をこぐ。
いつか、彼も気づくだろう。
僕らは一人じゃないって事を。
それに、僕は彼に説教を垂れる事ができるほどの高尚な人物じゃない。
「ただいま・・・」
マンションのドアを開けると、電気がついている。
多分、僕の彼がいるのだろう。
今日は随分早いおかえりだなと思って、部屋の奥に進む。
「おかえり。疲れただろ?ビールでも飲む?」
そんな笑顔で言われると断れそうにないけれど、あいにく僕はタバコもビールも摂取できない。
ついでに言えば、動物の肉も駄目。
多分、一般的に見ればベジタリアンなのかな。
「いらない・・・」
どうせ断るって分かっているくせに僕に勧めてくるんだから、コイツも人が悪いよ。
僕は少し憮然とした態度でお風呂に行く。
とりあえず体を洗って、気分を変えよう。
僕は今日のお客さんのオーラを未だに引きずっているような感覚を覚える。
そんなはずはないのに。
ひょっとしたら、これが先生の言ってた「念」なのかもしれない・・・。
熱いシャワーが僕の心と体を押し流す。
ヒーリングをしている時、僕の体は疲れない。
だけど、ヒーリングが終わってから、こうやってアレコレ考えると疲れてしまう。
結局は、ヒーリング以外の行為で僕の肉体や精神を酷使しているのかもしれない。
「ふぅ」
僕は風呂上りのエビアンを飲んで、ソファに座る。
やっぱり、僕にとって水が一番いい飲み物だ。
学生時代には飲んでたから、ビールの味は知っているけど、もう、とてもじゃないけど、アルコールは飲めない。
僕の体は変わってしまった。
「お疲れ様。」
さっきとは打って変わって、今度は嫌に紳士的だ。
僕が怒っているように見えたんだろうか?
悪い事をしたかなと思って、彼の顔を覗き込むと、いきなり体が宙に浮く。
「うわっ」
情けない声を出して、僕は彼の首に捕まる。
彼は僕を、彼の意図する方向に運ぶ。
そんなに広いマンションじゃないから、目的地は分かりきっている。
「さてと・・・、準備はいいかな?瑞樹君」
僕をベッドに乱暴におろした彼が獲物を狙う黒豹のように忍び寄る。
猫科の動物は獲物で遊ぶ。
まさしく、今夜の哀れな獲物は僕だった。
「準備も何も・・・。
ご飯だってまだ食べてないし・・・」
僕は無駄な抵抗をこうやって繰り返す。
毎晩、毎週、繰り返してはあがくけど、無駄なのは分かってる。
一種の儀式みたいなものだ。
「今から、ヒーリングを始めます」
彼はふざけたように僕の上に手をかざす。
本職の僕から見れば物まねにしか見えないけれど、その姿はなかなか様になっているのかもしれない。
「・・・瑞樹、お前、今日も客にキスされただろ?」
年上の僕をお前呼ばわりする彼にいらっと来るのも、毎度の事。
そして、こんな風に勘が鋭いのも毎度の事・・・。
「べ、別に・・・。
僕が望んでしたわけじゃない。」
僕は瞳をそらす。
当然だけど、そんなことは知られたくなんかない
「最近は、週一回ペースなんじゃないの?」
彼の意地悪な瞳が僕の視界に入る。
そう言って僕を困らせるのは彼の日課だってことは分かっているけど。
「ごめん・・・。
でも、仕事だから」
彼を傷つけるつもりはない。
隠す必要もない。
だから謝らなきゃ・・・。
「駄目」
そういって、彼は僕の唇を強引に奪う。
なんのムードもない始まり方。
口付けの中で、彼の飲んでいたビールの味がする。
舌がびりびりして、感覚が薄れていく。
次第に服を脱がされて、されるがままになっていく僕。
彼はその舌で観察するかのように僕の体を嘗め回す。
年下の攻撃に開始15分で降伏するには早すぎるけど、僕の心はもうすでに彼の僕だ。
何で年の差が5歳もあるのに、僕がこんな目にあうんだろう?
情けないなって思うけど、もうその羞恥心にも慣れた。
体はべだべたになっていくけれど、大して嫌じゃないって言うのは危険な兆候。
「そろそろ・・・」
彼はそう言って服を脱ぐ。
僕の目の前にあるのは彼の大きな体と、それに似つかわしいソレ。
理性を残した僕は少しだけ怖くなるけれど、同時に体の違う部分が弾けるような感覚を得る。
「してくれる?」
彼の言葉を僕は待っていたんだろうか?
今日はいつもよりも一生懸命にかれのために尽くす。
彼の感じる声、大きい手、そして、その感覚器。
彼の望んでいる事全てをしてあげたい。
しばらくすると、口の中に彼の味がしてくる。
多分、もう終わりが違いのだろう。
一瞬の生と死、そして復活。
まるで聖書のラザロの話だ。
僕はまるで、聖なる切片のようにしてそれを飲み込む。
この作業が終わると顎と口が凄く疲れる。
彼のが大きすぎると言うのもあるんだろうな。
僕のぐらいだったら楽なんだろうけど・・・。
それはそれで情けないかな・・・。
「んじゃ、するか」
そういって、彼は僕の事を再び、弄ぶようにいじり始める。
もう目的は分かっていて、僕も覚悟は決めている。
「んぁ・・・・・・、やぁっ」
僕の口から情けない声がでる。
何で僕は声変わりがあんまりしなかったんだろう?
皆と違う自分がずっとコンプレックスだった。
でも、彼はそれがいいって言う。
それでも、僕はこんな声を上げる自分がまだ好きじゃない。
「そろそろ入るよ?」
僕に彼のソレがあてがわれる。
とローションの音。
熱。
重さ。
時間が止まったような感覚。
そして、若干の痛み。
優しい彼は少しずつ、僕の中に侵入してくる。
少し入っては止め、僕にキスをしてくる。
僕はもうどこかの世界に行っていて、彼のキスのことすら覚えていないくらいだ。
「っつ、大丈夫?」
彼のそれが僕の中に入った。
熱くて、重くて、少し痛いけど、それ以上に自分の中に響いてくる波。
或いは、オーラそのもの。
無事を確認すると、彼のグらインドが始まる。
始めはゆっくり、そして段々と激しく。
その感覚に声にならない。
言葉なんて要らない。
何なんだろうこれは?
何でこんな事で、僕の心は満たされるんだろう?
「しょうっ、もっとして・・・」
君の名前を何度も呼ぶ。
遠くに行かないでって言う。
僕の裏切りを許してほしい。
どういうわけか涙が出そうになる。
僕にはもう彼しかいない。
まるで、僕は嵐の中の小さなヨットのようだ。
翻弄されるだけで何もできない。
彼の体はまるで火の玉のように、熱いまま、僕を貫き続ける。
僕はまるでバターのようにその熱の中で溶け出していく。
このエネルギーが、この熱が、この涙が、生きているって言う事なんだろうか?
でも、僕はこの人以外との行為で、ここまでそれを感じた事はなかった。
「み、みずきっ・・・。」
激しい音を響かせた後、彼の顔が僕の隣に倒れこんでくる。
僕はもう何度もしてしまっていて、彼の出すのを待っていたぐらいだった。
天井を眺める。
緑色のものが見える。
僕らの放ったエネルギーがまたどこかに帰っていくのだろうか。
『綺麗だな・・・』
僕はその光景に一瞬、重力がなくなったかのような気分になる。
彼と僕の間に宇宙の何かを見た気がしたけど、それは儚い一瞬の夢のように掻き消えていく。
「翔、好きだよ・・・」
僕は彼の名前を呼ぶ。
僕とつながったままの彼はゆっくりと体を起こし、僕らはそのままキスをした。
僕はこの瞬間の中に永遠の価値を感じる。
例え、それが一瞬の夢であっても、彼のことをずっと信じていられる気がした。
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