ご指摘を頂きましたので、注意書きとして追記させて頂きます。 続編と勘違いするような表記をして、申し訳ございませんでした。
※こちらは前作『指先』『千夜一夜』のシリーズものですが、 続編として書いたわけではございませんので、 単独でお読み頂いても内容は解ります。
今年の夏は、今まで体験したどの夏より熱くて(暑くて)、 そして充実した夏だった。
その夏が、もうすぐ終わる。
「最後の花火大会だから行くんだろ?」
部屋に入ってくるなり遼が言う。
「あ・・・今日だったっけ?」 「忘れてたのか? 前から楽しみにしていたのは匠の方だろうがっ!」 「ごめん・・・すっかり忘れてたよ・・・ それに・・・今日、だめかも」 「なんで?」 「明日の編集会議に間に合うようにって、原稿の修正とか頼まれちゃった」 「時間掛かるのか?」 「多分・・・」 「じゃあサッサとやっちまえよ。終わったら行こうぜ!」 「うん。ごめんね、待ってて!」
日本に戻って来た匠の為に、 自分の会社の近くにある雑誌の出版社を紹介した。 そこは保険屋である自分が何度も通い詰めて、 編集長や、専務、そして社長にまで契約を取り付けた、 自分にとっては一番の得意先だった。 少なくとも月に3回は顔を出すうちに仕事以外の交友関係も出来た。
募集をしていたわけではないけれど、文章を書くことが上手かった匠なら、 簡単なコラムや記事なども扱えるのではと踏んだから、 社長直々に頭を下げ頼み込んだ。
社長は案外簡単にOKをくれ、そして匠は晴れて小さな出版社の社員になった。
もともと真面目な匠だから、自分の仕事以外の事でも頼まれれば嫌とはいえない。 だからといっていい加減な仕事をすることもないし、 ましてや、愚痴の一つも零さずに黙々とこなす。 編集社にしてみれば、さぞや使いやすい社員だろう。
しかし、遼はそれが面白くなかった。 このところ毎晩のように家に戻ってまで机に向かっている匠の背中を見ていたから。
自分が紹介したのだから、今更やめろとは言えないけれど、 ホンの少しだけ後悔している。
「なぁ、匠? 仕事面白いか?」 「うん。楽しいよ」 「なら良いけど・・・」 「どうして?」 「や・・・最近、毎日のように家にまで仕事持ち込むからさ。 キツくないか?」 「ぜんぜん平気」 「俺が紹介したからって、辛かったら辞めても良いんだからな?」 「うん。大丈夫だってば。 本当に楽しいから」
原稿から顔を上げ、回転椅子をクルリと回すとニッコリと笑う。 その顔にウソはなさそうだった。
(結局俺は、自分が構ってもらえないことが気に入らないだけなのか・・・?)
フンッと鼻を鳴らし、面白くも無いバラエティー番組に目を向ける。
いくら近くに居ても、 それでもまだ足りないと思う自分は贅沢なのだろうか?
目を覚ませば、隣に在る温もりを抱き、 振り返れば、そこに笑顔があり、 手を伸ばせば、握り返す指先がある。
それなのに・・・ これ以上何が足りないというのだろう?
ずっと離れていて、気が狂うほど会いたくて、 どれ程、眠れる夜を過ごしたことか・・・。
今はこんなに近くに居て、 嬉しくて、楽しくて、 もう他には何もいらないと思っていた。
それなのに・・・ これ以上何を求めるのだろう?
(2人で居ることが、こんなに切ないなんて思いもしなかった・・・)
※
窓を振るわせる大きな音と振動が、回転椅子を伝わり体に響く。
「あっ! 花火、始まっちゃったぜ!」 「ごめ~ん! やっぱり間に合わないや・・・」
掃き出し窓を開け、遼がベランダへ飛び出す。
あまり気のなさそうな返事をしていた遼が、 一目散にベランダへ飛び出す姿にクスリと笑う。
「なんだ、遼も楽しみにしてたんじゃない!」
聞こえないように小声で呟いた。
「匠! 来て!! ココからでも見えるからっ!」
花火の音に負けまいとするように遼の声が聞こえた。 ペンを置き、ベランダへ下りると遠巻きながらも、大輪の花火が見えた。
「あっ!ホントだ! ココから見えるなんて知らなかった!」 「そりゃそうさ、ココへ越してきて始めての花火だしな」 「うん。これならわざわざ人ごみに出かけることもないよね」 「そうだな・・・ でももっと近くで見たかったんじゃないのか?」 「ううん。そんなことないよ。これだけ見えれば充分」
赤や黄色、そして青や白。
(大輪の花火は派手でまるで遼みたいだ・・・)
ふとそんなことを思い、隣に居る遼の顔を見つめる。 花火が上がるたび遼の顔を色とりどりに染め上げる。
ココへ帰ってきて良かった。 こうして隣に遼が居るだけで、他には何もいらない。 だけど、この胸の奥に感じる小さな痛みはなんだろう?
いくら触れ合っても、 いつも胸の奥にチクリと針の刺さるような痛みを伴う。 いくら一つになっても、 心臓をギュッと握られたような痛みを感じる。
こんなに好きなのに、 これほど愛しているのに、 痛みを伴う理由が解らない。
もっと遼を知りたい。 何を思い、何を望んでいるのかを・・・。
「ん? 何? 花火はあっち」
遼の顔を見詰めていたことに気付き、慌てて遼の示す方向へ顔を背ける。
「俺のこと見てる方が良いのか?」 「もぉ! そういうことサラッと言わないでくれる!」 「俺は花火より匠を見てる方が良いなっ♪」 「ウソばっかり! 一目散にベランダに飛び出したクセに!」 「あ・・・」 「遼だって花火楽しみにしてたんだよね? ごめんね、行かれなくて・・・」 「別にいいさ。匠と一緒に見られるならどこでも・・・」 「うん」
花火を楽しんだのも束の間、ベランダに遼を残し、やり掛けの原稿に向かう。
このところいつも仕事を家に持ち帰る嵌めになる。 それを遼は心配してくれるけれど、やはり良い気はしないのだろう。
遼の紹介してくれた仕事場は確かに楽しいし、嫌ではない。 けれど、家に帰ってきたら遼と居る時間を優先したい。 そう思っては居るクセに「明日まで」と言われ、断れない自分が嫌になる。
自分を気遣う遼の思いが手に取るように解るから、それに答えてあげたいと思う。 だけど、現実はそう甘くは無くて、しがらみが邪魔をする。
誰にも、何にも邪魔をされずに 遼と2人だけの世界ならどんなに幸せだろう。
ありもしない幻想に囚われる。
「あ~~あ、終わっちゃった! ごめんな、俺だけ楽しんで」 「良いよ。ぜんぜん! 遼が楽しんだならそれでいいから」
突然、遼の腕が頭を抱える。 頬を摺り寄せ、唇が触れそうな位置でボソリと言う。
「・・・俺は、匠と一緒が良いんだ・・・ 一人じゃ何も楽しくない。 匠が居なきゃ意味がない」 「・・・ごめん・・・」 「だから、一緒に花火をやろう」 「えっ?」 「最後の花火は、やっぱり匠と2人でじゃなきゃ、 俺たちの夏は終わらないから・・・」 「そうだね。 じゃあ明日やろう!」 「よし! 俺がたくさん買ってきてやる。 だから・・・ だから、明日仕事、持ち込むなよな・・・」 「うん。 ごめんね」
今年の夏がもうすぐ終わる。 初めての熱い(暑い)夏。
この先も、また繰り返し訪れる夏は、 2人にとっても、 また熱い(暑い)夏であるのだろうか?
見えないものを見ようとするから チクリと針が刺さる。
※
決まった時間に決まった場所で見る空の色が、 いつを境に変わったのだろう。
少し前までは昼間と変らぬ明るさと熱を持っていた。 けれど、 ほんの僅かな間にその明るさも熱も夏の終わりを告げている。
充分に暗くなったことを確かめた遼が「そろそろ行こうか?」と言い出す。
大事そうに花火を抱えた遼と連れ立って近くの河原に下りた。 店頭に出すように沢山の花火を並べる遼の隣で、端から袋を開けていく。
「どれにする? 火、つけてやるよ!」 「じゃあこれ!」
色とりどりの花火の中から1本の線香花火を選んだ。
「なんで? もっと綺麗なの一杯あんのに」 「これが一番好きなんだ。 派手さは無いけど、頑張ってますっ!みたいなところが健気?」 「ふ~~ん、匠って変ってるよな?」 「そうかな? どうせ遼は派手なやつが好きなんだろ?」 「そりゃ見てて綺麗だしな・・・」 「遼って外見で人を見るタイプだよね?」 「そんなことないっ! ちゃんと中身だって見てるさ! まぁ、最初は外見しかわからないから、汚いより綺麗な方が良いけど・・・ でも、それは人間ならみんな同じだろ?」 「そうかもしれないね」 「匠は?」 「何が?」 「何処に一番に目が行くか」 「俺は・・・心かな?」 「そんなの見えないだろっ!」 「見えるよ!会ったばかりの人は無理けど、 ある程度付き合いが出来れば見える」 「じゃあ匠が見えるのは、少しでも関わりがあるやつだけ?」 「そう。それ以外は眼中にないから目が行くこともないし」 「それっていい性格!」 「だって必要なものだけ見えれば充分でしょ?」 「理想はな・・・」 「だから遼だけ見えれば良いよ。俺はね!」 「・・・ずっと・・その言葉を聞いていたいな・・・」
ポツリと呟いた遼の言葉に 心臓を握られる感覚を味わった。
これは見えない未来を覗いたから・・・?
そうだ、きっとそう。 幸せな今があるから、 その先を考えるのが怖い。
だから、 見えないものを見ようとすると痛みを伴う。
やっと解った。 この痛みの意味が・・・
いつかは終わりが来るのだという 見えない未来を見詰めるから・・・
どんなに暑く(熱く)ても、 時が来れば移り変わる季節と同じ・・・
夏が終われば、秋が来る。
誰もが見惚れる大輪の花火じゃなくて良い、 地味だけれど必死でしがみ付く線香花火で充分だから・・・
消えないで・・・
二人の夏を終わらせないで・・・
匠の花火を火種に、遼が新しい花火に火をつける。 遼の花火を火種に、匠が新しい花火に火をつける。
花火は堪えることなく、 次から次へと引き継がれていく。
それでも、
いつかは・・・
― 完 ―
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