僕は、ドールアーティスト。 メカニックが型の骨を造り、電気電子技師が血や神経である回路を組み、プログラマーが命を吹き込んだロボットに、人間らしい外見や肌触りを与えるのが僕の仕事。 持ち主から愛されるように、大切にされるように、僕は心を込めて美しく仕上げていく。 人間は外見に左右される生き物だから……。
「キャンセル? もう起動を待つばかりなんです。どうして?!」 俺の抗議の言葉にも目の前の依頼主の女性は動じることなく答えた。 「興味ある人間の男性が現れたから、よ」 彼女の注文は『恋人役のアンドロイド』 注文作成型のロボットは、外見も性格もオリジナル要素が強く、転用が難しい。 依頼主が引き取らなかったアンドロイドは、廃棄処分となる。 「彼に命を与えたのは貴方なんですよ?! そんな簡単にキャンセルなんて!」 「たかがアンドロイドじゃないの」 長い髪を指で弄びながら、うんざりしたように彼女は答えた。 「話し合っても時間の無駄ね。私、もう帰るから」 「お願いです。ひと目『彼』を見てください! 絶対に気に入っていただけます」 しかし、僕の叫びは彼女に届かない。 引きとめようとする僕の手を振り払い、去っていく彼女の後ろ姿を、成すすべなく見送るしかなかった。
ベットの上で眠るように横たわるアンドロイドの傍らに跪き、僕はそっと彼の髪を撫でた。 「ごめんね。君に活躍の機会を与えてあげれなかった」 この数ヶ月、僕はアンドロイドに語りかけ続けてきた。 『君を誰よりも美しく仕上げるからね』『幸せになってね』『今日も星が綺麗だよ』 愛しい人に語りかけるように、ずっと。 美しいサラサラの黒髪。長い手足に引き締まった身体。長い睫毛に整った鼻梁。 どんなに素晴らしい外見を所持していても、その命が粗略に扱われてしまうアンドロイド。 人間とはなんと傲慢な生き物なのか。 「……!」 異変に気付いた僕の身体は、ギクリと強張り、髪を撫でる手が止まった。 起動していないはずの彼の睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が開く。マリンブルーの美しい瞳が僕を捉えた。 彼は僕に微笑みかけてきた。 「マイマスター、……いや一成。やっと言葉を交わせるね」 僕のネームプレートを確認しつつ上体を起こした彼の唇が、僕の額にふれた。 はっと正気に戻り、慌てて彼の耳の内側の起動・リセットボタンを探る。誤作動だ。 プログラムのミスか、電気的なショートか。とにかく動作を停止しないと。 しかし、あるべき場所にボタンが無い。何故?! 停止しようとした僕の気持ちを読んだかのように、彼は僕の両手を捉え、動作を封じた。 がっちりと押さえ込まれた両手は、びくとも動かない。 「放してくれ! ……えっと」 名前を言えず、口ごもる僕に、 「俺の名は、涼」 彼は自己紹介をしつつ、唇を塞いできた。そしてその唇は首筋へと降りていく。 今まで何体も人型ロボットを手がけてきたが、こんな事態は初めてだ。 僕は予想外の出来事にパニック状態だった。 「涼、お願いだ、涼。止めてくれ。主人の言うことは絶対だ」 涼は僕が身につけていた白衣を引き裂き、紐代わりにして、僕の手足を縛っていく。 そして彼が横たえられていたベットに僕の手足を固定すると、肌蹴た僕の胸に涼は唇を落としていく。 「涼!」 僕はもう半分涙声だった。何がどうしてこうなったのか、分らない。 「……一成。頼む、俺を受け入れて」 涼は、そう囁くと、再び唇を重ねてきた。 「?!」 何か液状の物が口移しで流し込まれてくる。思わずコクンと飲み込んでしまった。 フワリ、と身体が軽くなったような浮遊感。目の中が、指先が、……身体が熱い。 「あっ、あ、あん、んんんっ」 思わず、あえぐような高い声が口から漏れる。 「可愛いよ、一成」 涼の手が僕のペニスを包み込む。 さわらないで! 言いたいのに、口から漏れるのは意味の無い言葉ばかり。 「ああ、ああああん、あああ」 「気持ちいい?」 右手でやわやわと揉まれて、僕がグン、と大きくなる。喉が鳴って、腰が揺れてしまう。 すると、ツプッと涼の左の指が僕のアナルに差し込まれてきた。ゆっくりと指が中を動き回る。 うああああ。 拒絶反応で僕のペニスは力を失い、くったりと萎える。 しかし、それに気付いた涼に優しく扱かれ、再び力を取り戻した。身体が熱くなる。身体が涼に翻弄される。 涼は女性用のセクサロイドなのに。 まるで、プログラムが男性相手を想定しているようだ。何故? 涼の指が、僕の中の何かを掠めた。ビクリと身体が震える。 それに気付いたかのように、涼の指が同じ場所を往復する。 気持ち良さで喉がなり、思わず身体を擦り付けてしまう。 すると、涼は嬉しそうに微笑みを深くした。 「……いい子だ」 指が外され、ホッとしたのもつかの間、涼自身のペニスが僕のアナルにあてがわれた。 灼熱のような熱い塊。それが、グイグイと身体の中に入り込んでくる。 「あああああああああ!」 身体が引き裂かれる! 痛みで僕は叫び続けた。 「一成、力を抜いて」 「あぐっ。む、無理だ。いっ、あう……。出来ない」 叫びすぎて、出てくるこえはかすれていて。涙で霞んで涼の顔が見えない。 「助けて。……助けて、涼」 呻く僕の唇に、涼の唇が重ねられた。 カラカラになった口の中を潤すように、しっとりとした彼の舌が僕の口の中を撫で回す。 水を求めて、涼の舌を捉えようと、唇に意識を向けた僕の身体の力が緩んだ。 それを待っていたかのように、一気に涼が僕の中に入ってくる。 うわああああ。 僕の叫びは、涼の口に封じられている。 涼がスライドをはじめた。突きこまれる度に、内臓が口から飛び出しそうな衝撃がはしる。 助けて! 助けて! 助けて! 涼の唇が、僕の耳元に寄せられる。 「一成。語りかけてくれるお前が、俺の心の支えだった。俺の声が届くのを願っていた」 涼の囁きが、少しずつ遠くなる。 痛みとショックと、そして何より身体中をうねる波に飲み込まれるように。 頭の中が真っ白になって。 そして、僕は意識を手放した。
意識を取り戻して目を開けると、白い天井が目に入った。 見覚えの無い天井、見覚えの無い部屋。 僕は涼に抱きかかえらるようにして、横たわっている。 涼は、まるで人間の様に僕の隣で寝ている。いつの間にか、拘束されていた手足は解かれていた。 グルリと見渡すと、枕もとの台に置かれた水差しと果物、果物ナイフが目に入った。 僕は、涼の腕からそっと抜け出し、果物ナイフを手に取る。 赤く拘束された跡の残る、自分の手首を見る。 衝動のまま、そこに思い切りナイフを突き刺した。 瞬間的に痛みが走る。傷口が熱い。ボタボタと血が流れる。 命が流れ出ていくようだ。どんどん手が冷たくなっていく。 でも、まだ足りない。 一度手首からナイフを放し、再び突き刺そうと振り上げた。 「一成?!」 異変を感じたらしい涼が、飛び起きて僕の両手を押さえた。そのまま押し倒される。 「はなして、涼」 「駄目だ! ……嫌だ、一成」 ビクともしない涼にいらついて、僕は叫んだ。 「放せ! ロボットが人間に指図するな!」 暴れて涼を押しのけようとした僕は、頬に冷たさを感じて動きを止めた。 ポタッ、ポタッ、と水滴が頬に落ちてくる。僕の顔の上方の涼の顔を見上げて、息を呑んだ。 涼は泣いていた。まるで人間の様に。 僕の頬にあたっていたのは、彼の涙だった。 僕は力が抜けて、手からナイフが落ちる。 涼はアンドロイド。彼や僕の意思に関係なく、プログラムされたままに動く人型の機械。 僕への行動も、命令通りに動いたに過ぎないのに。 この数ヶ月、彼に命を吹き込むため、僕は大切に大切に造り続けてきた。 愛されるように、大切にされるように。 その僕自身が、涼を苦しめる言動をとるなんて。 ……いや、苦しい、という感情も分らないのかもしれないけど。 「泣かないで、涼」 顔を持ち上げ、唇でそっと彼の頬に触れて、涙を拭う。 涙を拭い続けていると、拘束されていた両手が解かれた。 両手を涼の背中に回して優しく抱きしめる。すると、ギュッと抱きしめ返された。 「ごめんね、涼」 酷い言葉を投げて、ごめんね。 悲しませて、ごめんね。苦しめて、ごめんね。勝手に自殺をはかって、ごめんね。 人間の我儘で振り回して、本当にごめんね。 涼は、僕を抱きしめたまま、静かに涙を流し続けていた。
「何を作っているの? 涼」 僕は後ろから涼を抱きしめながら、涼の手元を覗き込んだ。 あの後、僕の傷の手当をしてくれた涼は、せっせと僕のために料理を作り続けてくれている。 傷は予想外に深かったが、運よく動脈も神経も傷つけておらず、こうして僕は元気に動いている。 甲斐甲斐しく僕に尽くしてくれる涼に、愛おしさがこみ上げて来る。 僕のアンドロイド。 僕の、涼。 「カレー用のじゃがいもを剥いている」 面映そうに身じろぎをして、涼は僕の問いに答えた。 「じゃあ、手伝うよ」 半分材料を取り上げて彼の正面に座ると、僕も一緒にジャガイモを剥き始めた。 そんな僕を見つめて幸せそうに微笑みなが、涼が愛の言葉を囁く。 「一成、大好きだ。愛している」 「……俺も」 涼に微笑み返す。この気持ちが、恋愛感情かはわからないけど。 幸せな時間。涼と共に過ごす時間が、愛おしく掛け替えのないものに感じていた。
* * *
女が、食い入るようにモニターを見つめていた。 モニターの中に居るのは、ドールアーティストとアンドロイド。 一成にアンドロイドを依頼した、女だった。 二人の睦みあう様子を見つめて、女はうっとりと微笑む。 腕の良いドールアーティストと紹介された一成を、ふんわり優しい笑顔を浮かべる彼を、ひと目で気に入ったのだ。 アンドロイドと共に手に入れたいと思った。 だから、彼以外のメカニック達に、プログラムの変更を命じた。 一成は、今はまだ気付いていないようだ。 誰が、涼を起動させたのか。 誰が部屋を用意したのか。誰が食料を用意しているのか。 そして自分が囚われている、という事実に。 彼女は手元のキーを操作してアンドロイドの顔をアップに映し出した。 モニター越しにアンドロイドの唇に指を這わせる。 まるで視線を感じたかのように、アンドロイドが冷たく凍るような視線を向けてきた。 ゾクリ、と女は寒気を感じて指を止め、狂ったように笑い出した。 「自分の意思に反して、私の命令通りに動く身体。どんな気持ちかしら? 涼」 ドールアーティストは、完全なアンドロイドだと信じているが、実は違う。 涼には、人間から取り出された脳が組み込まれていた。 彼女をふった、憎らしく、そして最も愛おしい男の脳が。 もしかすると涼は、アンドロイドではなく、サイボーグと呼ぶべきかもしれない。 「まさか機械の身体が、涙を流すなんて予想外だったけど」 囚われの二人の男を見つめながら、うっとりと女は呟いた。 「涼。私のものよ? もう、絶対に離さないわ」 彼女以外誰も居ない部屋。 モニターを見つめ続けながら。 女は、何かに取り付かれたかのように笑い続けた。
(END)
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