「・・・大丈夫?」 いつも直樹はそう言って、晴海を抱きしめる。 細く震える体は、抱きしめてくる腕から逃れようと身もがいた。 呆然とした頭で、いつも思うこと。
――自分のものにしてしまいたい。
しかしそれは、気付いてはいけない想い。 叶えてはいけない願い。 晴海は、兄の恋人なのだ。
出逢ったのはいつだったか。 もう忘れてしまった。 覚えているのは、胸の高鳴り。 柔らかに微笑む、晴海の笑顔。 そして、言葉。
「あの時?」 「うん。なんて言ったか、覚えてる?」 「うーんと・・・確か、この家で二人きりで逢っちゃった時だよね?」 そう、と直樹は、晴海の首筋に残る赤い痣を指先でなぞる。 自分が付けたものではない。 いつも、証拠を残さないようにと気を付けているから。 「なんだったっけな?覚えてないよ。」 首を傾げる晴海に、直樹は寂しそうに笑った。 「いいです、忘れているなら。大した事じゃないし。」 パチパチと不思議そうに瞬きをする晴海に、直樹は遮るように口付けた。 ちゅ、と音を立てて離す。 至近距離で見つめると、晴海の瞳はまだ閉じていた。 「・・・・・・」 また、口付ける。 今度は、長く。 触れ合わせながら角度を変えると、晴海の唇から舌が覗いた。 それを、優しく吸う。 晴海の鼻腔から、甘い吐息が吐き出された。 腰が疼く。 ついさっき交わったばかりなのに、カラダは勝手に火を燈してしまう。 抱きしめる腕の力を強くする。 胸に置かれた晴海の手が、押しどけるように突っぱねた。 構わず、口腔内を貪る。 晴海はぎゅっと瞼を閉じ、絡まってくる舌を必死で吸っている。 それを薄い視界で見つめる。 長い睫毛。 中性的な顔と体。 晴海の全て。 心臓が鷲掴みにされる。 きゅっと眉根を寄せて、晴海の肩を掴む。 音を立てて離れた唇を、名残惜しげに追いかけながら、晴海は瞳を開いた。 黒い瞳は、快感に濡れている。 いつも、嫌がるくせに。 「嫌なんじゃないんですか?俺とするの。」 「え?」 「いつも、俺のこと避けるじゃない。」 「あ、あれは・・・」 「兄貴の前だから?兄貴にバレるのが怖い?」 「・・・・・・」 押し黙る晴海に、眇めた瞳で微笑む。 卑怯だ。 そうやっていつも誘うくせに、終わると兄の事を盾にする。 兄に知られるのを恐れているのは、直樹も同じだから。 「晴海さん、ずるい・・・」 「・・・・・・そうだね・・・」 晴海は、直樹から視線を外し、逃げるように言った。 欲しい。 欲しい。 あなたが欲しい。 俺はあなたが・・・・・・
首を振る。 頭に浮かんだ二文字を消すために、首を振る。 晴海が、不思議そうに見つめてきた。 「どうしたの?」 あなたは、兄のものだ。 ふ、と、柔らかく微笑む。 でも、瞳は笑っていなくて、晴海はびくりと肩を竦めた。 「教えてあげましょうか?あの日、あなたが何を言ったか。」 「あっ・・・」 まだ濡れている蕾に、指を埋める。 収縮する内壁は、いつも直樹を誘う。 「やっ・・・ぁ・・・あっ・・・」 一番感じるソコを、何度もひっかく。 晴海の腰が揺れ始める。 中心は、熱を持ち、起ち上がり始めた。 それを、ゆっくりと扱く。 「『僕は君のほうが好みだ。』 あなた、あの時、そう言ったんですよ?そして、俺を誘った。」 「あっ・・・あっ・・・」 赤く主張する痣を、上から何度も吸う。 晴海の中の兄の存在を、直樹で埋めるように。 「いつも、俺を誘うくせに・・・・・・」 「いやっ・・・ぁ・・・っ」 「あなたは、兄貴のものだ・・・!」 「あっ・・・あぁっ」 激情に任せ、先端のくぼみに爪を立てる。 ひっ、と掠れた悲鳴が、晴海の唇から漏れる。 「な、直樹・・・・・・っあ!」 嫌がる晴海のカラダを閉じ込めるように抱きしめ、唇を奪う。 いつも、そうやって兄を誘っているのか? 嫌がるふりをして、腰を揺らして。 かあ、と頭の中が熱くなる。 晴海の中にある、兄の存在を全て消してしまえたら・・・・・・! 「ああっ・・・直樹!」 我慢できないとでも言うように、晴海の脚が直樹の腰に絡まる。 ぐっと引き寄せられ、直樹は誘われるまま、嫉妬に狂った塊で蕾を犯した。 どうして・・・・・・ どうして俺を誘うんだ。 なぜ俺は断われない?
どうしてあなたは、俺のものじゃないんだ。
頬を、汗と涙が伝った。
きっともう、自分の気持ちには気付いている。 でも、頭の中で、それを認めたくないと主張するもう一人の自分がいる。 傷付きたくない。 晴海を傷付かせたくない。 兄も、幸せでいて欲しい。 だから、直樹はいつも、想いを誤魔化す。
そして今夜も、直樹は自分を騙すのだ。
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