上海には不思議な店がある。
　ここ数年めまぐるしく変化を遂げているこの街。
　昔からある古くなった建物は、観光客用に姿を変えるか、それでなければ輝かしい近代建築に建て直されていた。
　その中で、今では数少になった百年前からの面差しを残している、店がある。
　それがこの店、〝麗風楼〟だった。
　表と裏の顔を持つ店。
　表の顔は、世界のガイドマップで紹介されているレストランバー。
　一階フロアでは、昼はレストラン。夜になるとビックバンドが入ってジャズの生演奏をし、ダンサーたちが曲に合わせて踊る。客はレビューを楽しみながら食事や飲み物を楽しみ、時にはフロアでダンスも踊れる、それがこの店の表の顔だった。
　そしてもう一つ、麗風楼の裏の顔。
　歴史に関わるほんの一握りの人間だけが知ることの出来る部屋が、麗風楼の二階にはある。
　花の名の名をもじって付けられた十個の個室は、一階からは絶対に入ることが出来ない。入る資格をもった人間だけが通ることが出来る入り口は、部屋別になっていて客同士がを遭わすこともまったくなかった。
　その部屋で客達は、下で食事と酒と音楽を楽しんでいる平和を眺めながら、時には政治家が、時には企業家がカードゲームでもするように、時代を動かす密談をしている。
　酒と金と、そして漢を楽しみながら…。


　彼がこの麗風楼で働くきっかけは、ちょうど十五年前に遡る。
　そもそも、彼の生い立ちは露西亜人の父と中国の母をから生まれた。
　生まれてすぐに父に捨てられ、女で一つでこの街で彼を育ては母は、心労で彼が七歳の時にこの世を去った。
　それから野良犬の様に生きていた時に、麗風楼の前主人の政に声をかけられた。
『人生を捨てているんなら、私にその人生をくれないか？』
　それが政に言われた言葉だった。
　確かに、振り返るとその頃の生活はひどいもので、普通のチャイニーズであればもっと楽に生きれたのだろう。けれどもロシアの血が混じったハーフチャイニーズには、周りの視線も、対応も酷いものだった。
　スリ、かっぱらい、そして時には売春とご飯を食べるためだったら何でも出来た。
　そうしなければ誰も助けてなどくれない。
　それでも野垂れ死にたくないという追い詰められた思いで、死に物狂いで生きていた。
　その時にたまたま出逢ったのが、政だった。
『まあ、今の生活よりも大変かもしれんが、今の生活よりも安定するだろう。金は今の生活よりもたくさん与えられるだろうから…』
　政は笑って、麗風楼に彼を連れてきた。
　麗風楼がどんな場所か尋ねると、当時政の秘書をしていた雪が少しだけ辛そうに男娼館だと教えてくれた。
　身を売る場所。しかし容姿に自身のあった彼は、自分の評価される部分を売るのだと割りきり、それなりの覚悟を決めて麗風楼に来た。
　けれども、来て彼に政がさせたのは、店に相応しい教育。学校で行われている勉強といわれるものすべて。そして語学、マナー、ダンスなど社交界で働くのに必要なものすべて。
　それと政の息子レオンの友人だった。
　驚くべき環境変化に戸惑いながら、なんとかレオンの話し相手になった。そう彼が感じていた時、事件は起こった。
　政と雪が外灘に身を投げたのだった。
　父と大好きだった雪を失い、いきなり麗風楼の主人となったレオン。
　十五歳の子供であっても、もともと店を継ぐ自覚はあったのだろう、仕事を気丈にこなしていたけれども、精神的にはぼろぼろだった、見ていて辛くなるくらいに…。
　彼はその時に一つの決意をした。
　レオンを一生助けて生きていこうと…。
　その晩、彼はレオンの部屋に行った。レオンに抱かれるために。
　自分ではその当時、何も出来ない無力な自分に出来ることがそれしか浮かばなかったからだった。
　その後彼は、必死に勉強しレオンの片腕として働きながら、自分からこの麗風楼で男娼として働く道を選んだ。
　淡いレオンへの思いを抱きながら…。


「ミッシェル…、今日は遅かったね…」
　梅花の間のドアを明けた瞬間、部屋の中からいきなり声をかけられ、彼…、ミッシェル・葉はハッと我に返った。
　この店に来る道で、初めて麗風楼の敷居をまたいだ日と同じ、青く清けき満月を見たせいだろう。ミッシェルは、昔の事を思い出していた。
　麗風楼に来て、まもなく十五年になろうとしている。
　前主人が亡くなり、レオンの片腕として働きながらこの店で仕事をするようになって十年が過ぎようとしていた。
「今日も君は美しいですね、ミッシェル。本当に素敵なチャイナドレスです。シルクですか？」
　薄群青色の地に、銀糸を使い菖蒲が描かれたチャイナドレスを着て、腰まで届く真っ黒な髪を共布で作られた花飾りで一本にまとめた。上品で妖艶に見える化粧を、ミッシェルは施していた。
「ミッシェル？　今日はどうした？」
　もう一度男の声がし、ミッシェルは慌ててドアを閉めるとその主に近づいていく。
　男娼として、プロフェッショナルに徹していると思っていたミッシェルだった。
　しかし今晩は、意識から客の姿さえ消えてしまう瞬間がある。
『過去に捕らわれているのは、自分かも…』
　それはミッシェルが、散々レオンにいっていた言葉だった。
　今日はどうかしているのだと、自分でも感じられた。
　ミッシェルが今いるここ梅花の間は、他の部屋に比べるとけして広くはなかった。けれども深みのある木目調を基調とした家具に、上品な梅花絵が黒い鉄細工で装飾されていてミッシェルは好きな部屋だった。
「ごめん、待たせたね…、ナハトムジック…」
　ミッシェルはナハトムジックの横に椅子を持ってくて座ると、空になったのウィスキーのグラスを取りって酒を作る。
「いつもは、私よりも早く来ているのに今日はどうしたんだい？」
　もったいぶったように微笑むだけで、ミッシェルは何も応えなかった。
　ナハトムジックは足を組み直すと、ミッシェルからグラスを受け取り一口酒を含んだ。
　年代物のモルトウィスキー。
　今日のミッシェルの客、ナハトムジックは中国の酒よりも、イギリスの酒を好んで飲んでいた。
　ナハトムジックの含んだ酒がのどを通るのを確認すると、ミッシェルはゆっくりと口を開く。
「それより、今日はどうしたの？　レオンと打ち合わせって、聞いていたんだけど」
　怪訝な顔をして質問するミッシェルに、今度はナハトムジックが不適な笑みを浮かべる。
「気になる？」
「え？　まあ、会社の事だしね…」
　レオンは経営者の素質があるのか、それとも時代の急激な変化に乗ったのか、麗風楼の主人だけでは収まらなかった。
　友人から預かった小さな貿易会社をこの上海でも一、二を争う所まで成功させると、今ではその会社の代表取締役社長までのし上がっていた。
　その貿易会社の引き継ぐ当初から手伝っていたミッシェルは、麗風楼の仕事がないときは、レオンの秘書の座に収まっていた。
　そして、今、男娼館、麗風楼の客として来ているこのナハトムジックは、貿易会社を経営しているレオンの取引先でもあった。
　ナイトミュージックをドイツ語発音にすると、ナハトムジック。
　イギリスの貿易会社を経営しているナハトムジックが、実際はどんな仕事をしていて具体的にはミッシェルは知らなかった。
　それでも麗風楼の、それも二階に立ち入れる客なのだから、それなりに地位だとか金だとか、名誉などの一定水準をクリアしている。
　書類上のナハトムジックの経歴は、完璧、麗人館の客になるために推薦者三名をきちんと受けている。もっともその中の一名は、レオンだった気がするが…。
　まして麗人館を、特にミッシェルのように店で一番の男娼を呼べば、一回でも驚くほどの金額がかかる。
　しかしナハトムジックは、年間計算で十二回以上、月平均一回は、ミッシェルに相手をさせて夜を過ごしている。
　それも、誰が見ても娯楽としか思えない、そんな呼び方だった。
　ミッシェルは、謎の塊が服を着て歩いている男を見つめ、小さく溜息を付いた。
　だいたい、格好からして怪しいんだよね。
　いつもここに来ている姿は、ただの怪しいイギリス貿易商としか思えなかった雰囲気をもっている。
　もともとの容姿やハニーブロンドのさらさらの髪はきまっていて格好いい。けれどもお世辞にもあまり似合うとは言えないモノクロチェックのスーツを着て、それはどうよとつっこみ所満載の色をしたアスコットタイを締めている。
　そして、いつもミッシェルに怪しいプレゼントを持参してくるのだった。
　プレゼントは迷惑している訳ではなかった。けれどもいつもミッシェルは途方に暮れるようなものをまるで選んだように持参してくる。
　前回はかわいい金糸をあしらったパステルイエローのリボンがかけられたベルギーレースのハンケチの中に、いっぱい植物の種が入っていた。
　そして、その種を訊ねたところ、繁殖率百％のパセリの種だった。
　眉を寄せながらミッシェルが、理由を尋ねるとナハトムジックは胸を張って言い放った。
『貴方と私の子供の繁殖率もこれで、百％です』
　と…。
　男娼に…、相手が男だと判っていてあまりなとんちきな発言に、怒るのを通り越してあきれてしまうほどだった。
　そしてナハトムジックは今日も嬉しそうにカバンから何かを取り出した。
「忘れてました。これ、今回の貴方へのプレゼントです。開けてみて下さい」
　ナハトムジックは、まるでミッシェルの思考を読んでいるかのように、満足げにプレゼントの話題を口にする。
　ミッシェルは驚いたように目を見開き、首を傾げた。
　今日はどんな的外れなものを持ってきたのだろうか…。
　呆れながらも、毎回のサプライズプレゼントに期待している自分がいる。
　少しだけ笑みを浮かべているミッシェルを見つめ、ナハトムジックは優しそうににっこり微笑んだ。そしてミッシェルの手の平に、そっとプレゼントを置く。
　手の上に置かれたのは、パステルピンクのかわいい上質なシルクのリボンがかけられた小さな真っ白い箱だった。
「開けてみてください…」
　ナハトムジックに促され、リボンをほどいて箱を開けると、中からは何の飾りも無いシルバーリングが二本入っていた。
「何これ？」
「何だと思いますか？」
　余裕の表情のナハトムジック。
　どうみても口にするのも恐ろしい、マリッジリング…。
　そして幸せそうなナハトムジックの顔に、ミッシェルは引きつった表情をしながらもう一度訊ねる。
「指輪…、だよね…？」
「まあそうですねが…。けれど、この指輪には一つの目的もあります」
「目的？　何だろう？」
　ミッシェルはリングの目的を自分で言うのを避けるように、わざとしらばくれる微笑みを浮かべながら首を傾げた。
「本当は、判っているんでしょう？」
「え？　何が？　判らないよ」
「しょうがないですね…、左手を出してください」
　微笑んだままナハトムジックは、ミッシェルの左手を取ると指輪を手した。
　そしてまじめにミッシェルの薬指に、指輪をはめようとする。
　ナハトムジックの態度になすがままにしていた。けれども薬指に指輪をはめようとする態度に、さすがにミッシェルは怪訝な顔をした。
　そしてはまりそうになる寸前に、手を引っ込めて右手で左手を隠した。
「何するんですか?!」
　不満そうな気持ちを思い切り表情に表しているナハトムジック。
　ミッシェルはいつもの客にする優しい笑みではなく、厳しい表情でナハトムジックを見つめた。
　しかしめげないナハトムジックは、ミッシェルの両手をぎゅっと握る。
「ちょっと、私と結婚しませんか？」
「はぁ？　頭腐ってるんじゃない？　ここでの色事は遊びだって割り切るのが約束でしょ？　違う？　ミスター・ナハトムジック」
　きついミッシェルの言葉。
　今まで微笑みを浮かべていたナハトムジックがミッシェルの態度にびっくりした後、まじめな表情をしていきなり立ち上がり近づいてくる。
　躯を強張らせてナハトムジックの行動を見つめているミッシェルを、力一杯抱きしめる。
「いつものあなたらしくないです、ミッシェル。何をそんなに脅えているんですか？」
　抱きしめる手をまったく緩めずに、ミッシェルの首筋を捕らえると、ナハトムジックは唇をゆっくり落としていった。
　このままベッドになだれ込んでしまって、今あったことをはぐらかし、ない事にするのは簡単だった。
　しかしミッシェルは、あえて首を横に振った。
「止めて…」
「どうしてですか？」
　胸の前で両手を組んで、必死に拒もうとするミッシェルの耳元に息を吹きかけるように訊ねてくる。
　ミッシェルは静かに息を吐くと、ナハトムジックを睨み付ける。
「どうしてあんたはそんなに焦っているの？」
　ミッシェルの質問でナハトムジックの動きが止まり、息をのむ音が聞こえる。
「どうして、そう思うんですか？」
「だって、あんたはいつもふざけるけど、絶対にマジにはならないだろう？」
　言葉は胸に刺さったらしく、完全に動きを止めるとナハトムジックは、ミッシェルから離れた。そして少しだけ辛そうに、ナハトムジックはホールドアップするように、両手を上げた。
「私の負けです。判りました、止めます」
　ナハトムジックが席に戻ったのを確認して、乱れた服の首筋を整えるとミッシェルは、自分用にウィスキーを作った。
「貰っていいよね？」
「ええ…」
「有り難う」
　礼を言ってかたミッシェルは、目を閉じてウィスキーを飲んだ。
「レオンと何かあったの？　ナハトムジック…」
　ミッシェルが首を傾げ訊ねると、ナハトムジックは一瞬息を飲み、それから声を立てて笑う。
「そうでーす。ばれましたか？」
「またくだらないことレオンにしたんでしょ？」
「判りますか？　ちょっとこの前あなたに差し上げた種を販売しないかと言ったら、はっきりと断られました…。くだらないと…」
　うなだれ、溜息を付くナハトムジックを見つめ、ミッシェルは表情を普段のものに戻して笑った。
　噂では、このナハトムジックと云う男は、それこそゆりかごから墓場まで、用意出来ないものはないと噂されている男だった。
　しかし客としてのこの男は、親父ギャグは言うは、変な物を持ってくるは、プロポーズするは、ミッシェルにはただの怪しい人間にしか見えなかった。
　ただし、それは噂であって、ここ麗風楼の客として、レオンに認められた男なのだから、ミッシェルには判らないところで辣腕を震っているには違いないとは思ったが…。
「あんたの考えそうなことはね。何でこんな怪しげな男と取引しているのかしらレオンは…」
　大きく溜息を付きミッシェルは、呆れながらそう呟き、グラスのウィスキーをくっと飲んだ。
　ミッシェルの呆れている表情を見て、ナハトムジックはまじめな顔する。それからミッシェルが持っていたグラスを机に置かせると、空いた左手を取り唇を押し付けた。
「そんな冷たいこといわないでください、私はあなたに本気なんです」
　手を握られたまま動けなくなったミッシェルに、のぞき込むように微笑む。
「さっきレオンに言いました。私はあなたへの思いは本気なのだと…」
　ミッシェルは息を飲んだ。
「それで…、レオンは何て？」
　戸惑っているミッシェルの姿に、ナハトムジックは意地悪げに笑う。
「レオンは、あなたの勝手だと。だから自分は関係ないといいました」
「そう…」
　レオンが初めて抱いた男がミッシェルだった。あの時、レオンは十五歳で、ミッシェルは十一歳だった。
　この麗風楼の前主人〝政〟が、その情人〝雪〟と入水自殺をし、葬儀が終わったその日にレオンはミッシェルを抱いた。
　まだ女の抱き方も知らないくらい、レオンの性技は長けてはおらず、ほとんどミッシェルに任せた性行だったのをよく覚えている。
　そして、あのとき以来ミッシェルとレオンは何度もそれこそ数えられないくらいに関係を持っていた。
　寂しがり屋のレオンは孤独に耐えられなくなると、ミッシェルを抱く。
　自分の不安と孤独の恐怖から逃れるかのように…。
「あなたは…、どうですか？　私と共にイギリスに行きませんか？」
　ミッシェルは静かに目を閉じる。
　レオンの心で求めている人間は自分ではない…、それはずっと判っていた。しかし、心の中でいつか自分の方を向いてくれる…、そんな奇跡を期待していた。
　そして、レオンもいつかは半身を見つけるだろう…。
　鼻で笑うようにミッシェルは息を吐くと、目を開けて微笑む。
「だめよ、そんなこと言ったって…。それ以前に私は勝手にレオンの横にいると決めているの…。放っておけないのよね、あの手のタイプって」
「ミッシェル…。でもレオンもいつかあなたの手を必要としなくなるかも知れない…」
「ナハトムジック…」
　痛いところを衝かれ、ミッシェルは言葉を失った。
「ミッシェル…、わたしはあなたをただ美しいから、とても頭がよいから好きなのではありませ」
　返答が出来ずに戸惑っているミッシェルの手をぎゅっと握り締めると、ナハトムジックは瞳の奥を見透かすように真っ直ぐに見つめる。
「ミッシェル、人間が生きている時間は永遠ではないのです。レオンもあなたももっと自由に楽しんで欲しい」
　ミッシェルにも嫌と言うほど判っていることだった。けれども他人に指摘されたくない部分でもあった。
　ミッシェルはナハトムジックから視線を反らすと、薔薇色のルージュが引かれた薄い唇を引き締めた。
「あなたを困らせるつもりはないのです。けれども…、あなたはもっと広い世界で生きるべき人だと思います」
　ナハトムジックはきっと真剣に考えた結果を口にしているのだろう。
　それはミッシェルにも痛いほど判る。
　いつか自由に生きたいと思うときもない訳ではなかった。
　十一歳の時から、ずっと一方通行の恋に囚われているのだ。
　一人ぼっちが大好きな寂しがりやに出逢った時から…。
　ミッシェルは鼻から息を吐き、唇に笑みを浮かべると自分に重ねているナハトムジックの手を解く。
「ありがとう。でも決めるのは今ではないわ…。今はレオンの手伝いをしているビジネスも楽しいし、この店での仕事も楽しいから…」
「ミッシェル…」
「ってことで、イギリスには行けないわ。それよりも…」
　ナハトムジックは苦笑しながら、〝それよりも何ですか？〟と尋ねてくる。
　ミッシェルはクスクスクスと微笑んでから、すかさずナハトムジックの唇にキスをする。本当に一瞬の出来事の様に。
「これからどうするの？　言いたい事だけいって、それだけで帰るの？　それならそれでいいけどさ…」
　ミッシェルの微笑みにつられるように、ナハトムジックも微笑んだ。
「とんでもないです。この場だけでもいいです。あなたは今は、私の恋人です。上に行きましょう…」
　ナハトムジックが立ち上がると、ミッシェルの躯をまるで子供が母親にすがるように後ろから強く抱きしめてくる。
　背中越しのナハトムジック。ミッシェルは背中に手を回して抱きしめると、ナハトムジックは、首筋に唇と乗せていく。
　ナハトムジックはミッシェルの着ている中華服のボタンを器用に外していくと、胸の小さな粒に爪を立てると、その部分はつんと硬くなり反応する。
　背中越しのナハトムジックの髪を掻き毟り、唇を重ねるとすぐに心が反応してくる。
　一瞬触れるだけでは収まらない。二人は何度も音を立てて口付けをした後、早く一つになりたい、そんな欲望を舌に託して唾液で顎を汚すほどに絡めあう。
　ナハトムジックの手が、ミッシェルの中華服の裾を捲くり、その先に隠された屹立に触れてくる。
　やわやわと握り締められる花茎に、ミッシェルは自分の体温も上がっていくのを感じすかさずナハトムジックから離れた。
「ここでする？　それとも上でゆっくり楽しむ？」
　ミッシェルにとってはここでしても、上にのベッドでしてもどちらでもよかった。
　いずれにしても楽しむことには変わりなかった。
　ましてナハトムジックは、他の麗風楼の客とは違うのだ。
　麗風楼の客は皆、それなりの思惑があって、この場を使い、男娼を使う。
　しかしナハトムジックに関しては、今の所実害なくセックスが楽しめるのだ。
　甘えた素振りを見せるミッシェルに、ナハトムジックは小さく息を吐く興奮の元から手を離した。
　その代わりに、ミッシェルの片手を取った。
「上に行きましょう…。あなたとは行為を楽しむだけの付き合いはしたくありません…」
　こういう意味不明な誠実心が、客を選ぶので有名なミッシェルには壷なのだ。
　ミッシェルは微笑みながら腰を少し屈めて、頭をナハトムジックに預ける。
　安心感。ナハトムジックの一番の美徳なのだ。
「今日はあなたにもう一つプレゼントを持ってきました」
「何？」
　微笑むミッシェルを横から抱きしめると、ナハトムジックは内緒話でもするように、耳に直接囁く。
「心が気持ちが良くなるお酒と、もっと私が欲しくなるジェルで～す」
　そんなナハトムジックを見つめミッシェルは苦笑する。
「馬鹿じゃない？」
　しかし、これは仕事なのだ…、そう思いながら心では、レオンの事が気になっていた。
　いつか別れるときが来るのだろうか…、レオンと…。


Fin