あの身体がもういちど欲しいって、そんな風には思うけれど。
「好きだって?俺を?」
悪いけれど、笑い出しそうだ。 「やめといたほうがいい。わかってるだろうけどさ、俺は男だ」 「そんなことわかってる。男同士だからって、すごい考えたけど…ダメなんだ。好きなんだよ」 「………」
『ゆ……き!もう…やめろ…っ』 『なんだよ。こんなになってるのに、いまさらやめろはないだろ?』
身体の奥を探る指。快感。濡れた音。
ぐちゅり。
『あ……あっ……!』
「貴也。……俺のこと、気持ち悪いと思うか」 「……逸樹」 ―――いつき。 気持ち悪いだなんて………
「なあ、俺さ。強姦されたんだ」 「――――――」 ゆっくりと目を見開くさまが、おかしい。 「気持ち悪いと思う?」 「たか……」 「汚れてるって」 思う? 「たかや!」 抱きしめられて、その強さにぐらりと視界が揺らいだ。 「貴也……汚れてるなんて。そんな、風に思うわけない」 たどたどしい口調が、その言葉を本心だと知らしめる。 だけど、 「いや、汚れてるんだ。俺はもう一度、由貴に抱いてもらうのもいいかなあ、とか思うんだから」 「……ユキ?」 少し低くなった逸樹の声が、覆い被さってきたときの由貴の声に少しだけ似ている。 「知り合いに、やられたのか。…ユキって、名の」 「そう」 抱きしめられる力が強くなった。もしかしなくても本当に好かれているのかもな、と思う。 「そいつのこと、好きなのか」 …何故そうなるのか、強姦だって言ったのに。 「別に?」 逸樹は、彼にしては乱暴な仕草で首を振った。 「だってお前、そいつにもう一回抱いて欲しいって思ってるんだろ」 「……そうだな」 思い返す。
『あ…あ、あ、ゆ…きっ』
その痴態をながめての、彼の含み笑い。
『犯されるのが、そんなに気持ちいいか?』
手酷いセリフ。殺意。
たまらないオルガズム。
「ああ、そうだな、もういちど」 あの快感を味わうのもいい。 「それは……好きだってことだろ」 「すき?」 考えるまでもない。 「好きってことじゃない。全然」 やはり笑える。 「ただ、気持ちよかったなあと」 「好きじゃない相手に身体を好きにされて?感想はそれだけ?」 逸樹のこんな口調は初めてだ。 「怒るなよ。だから、俺は汚れてるって言ってるん――」
唇をふさがれて、驚く。
「………汚れてるんじゃない。…俺とキスして、どう思った」 「…………」
別に、何とも。 そう言えそうな、言えなさそうな、
「友達だったの?」 いつもの優しい口調にもどった逸樹。 そうなると、由貴とは似ても似つかない。 「――幼なじみ」 「好きだった?」 もう一度問う逸樹。 そんなことないんだってば。 「――――別に……」 「俺は失恋するんだしさ、本当のこと教えてもらえないか」 いつもの口調、だと思ったけれど、そうでもないような感じ。 「好きってわけじゃない。身体が、欲しいだけ」
いきなり口付けて、この身体を蹂躙した、あのときの彼も。 きっとただ、カラダが、 「身体、が」
そして今ごろ、東京の空の下の彼は、また誰かを快感に震わせている。 こんな片田舎じゃないんだから、強姦なんてしなくても最初から喜んで身体を開く男も女も多いはず。だから。
「カラダ…ね」 ため息をつく逸樹。 何にあきれてるんだよ。だって好きなんて思ってない。 「何だよ」 ひどく乱暴に俺を抱いた由貴、 悪夢のように痛む体で目をさましたときにはすでに旅立っていた由貴、
快感の種をカラダの奥に植え付けられてしまっただけの俺、
……恋になんかして、何の得があるってのさ。
「好きなんじゃない。ただ、気持ちよかったって思うだけ」 だからさ。 「逸樹。俺を抱きたいか?」
「……貴也」 「抱いてくれよ」
普段穏やかな印象を与える彼の瞳に、チラリと深い色が揺らぎだす。 「――――」 再び抱きしめられて、背後のベッドに引き倒される。 「たかや」 熱い声。 由貴はそんな風に名を呼んでくれたっけ?
「……き」 逸樹の唇から、彼の名が漏れる。
ゆ、き、――と、憎しみが響く。
「いつき……」 首の後ろに腕をまわす。 そう、これなら恋になる。
『お前が悪いんだ、来ないから』
俺たちはただの幼なじみで。 夢を捨ててまで、必死ですがりつかないといけないような間柄じゃあないだろ?
好きなんかじゃないだろ。
その証拠に、こうして、他の男に抱かれることもできる。
『気持ちイイんだろ』
恋になんかして、何の得があるのさ。 俺たちは幼なじみで。 もしもこんなふうに離れなかったら、きっと何も変わらなくて。ずっと。 ずっと側に?
「いつ…き」
恋なんてしてない。絶対。 絶対だ。
「――本当は、嫌なんだろ、貴也」
胸元を唇で探りながら、ふと、逸樹が言った。 見透かすような口調。 見透かされるようなものは何もないと思うのに。
それなのに、なぜか。
一粒だけ、涙がこぼれた。
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