『スターモデル・レイ!今度のお相手は旬のアイドル(20)!?』
そう見出しのついた記事は、人気沸騰中のメンズモデル・レイと付き合っているという若手アイドルが、
写真をとられたのを機に、関係を告白するという形ですすんでいた。
会うときはどっちかのマンションが多いですねぇ~。
たまに買い物したりぃ~食事に行ったり。
結婚ですか?うーん、この指にナニカもらったら考えます。
2人で並んで歩いている写真の横には、上目遣いでにこりと笑う女のでかでかとした写真が添えてあった。
「噂どおりのバカ女だな」
レイは持っていた雑誌をローテーブルの上に放りなげた。
何週間か前に偶然立ちよったクラブで出会い、勢いにまかせて寝たのは事実だが、この女と恋人同士に
なった覚えはカケラもない。
女がこれを利用して名を売ろうとしているのは一目瞭然だった。
だが、“こんな男”相手に、はたして効果があるのかどうか。
レイは、都内のモデルエージェンシーに所属するスチールモデル。
ファッション関係を中心に、カタログや雑誌で活躍している。
すらりとのびた手足とCGで作り上げたような美しい顔立ちを武器にここまでのしあがってきた。
だが、仕事のキレと同じくらい素行の悪さも定評だった。
女優やモデルを相手に浮き名を流したかと思えば、平気でキャバクラやパブにも出入りする。
「“若くてきれい”がいつまでもつか」「しょせんは二流どまり」という陰口がきこえても仕方ない。
レイに言わせれば、そんなもの余計なお世話だった。
自分だってこの仕事が一生モノだとは思っていない。
女性モデルに比べれば寿命は長いものの、何十年もはできない。
元々何がなんでもトップモデルになりたいと思って業界入りしたわけでもない。
気がついたら今のポジションにいた、というわけだ。
レイの悪行はここ1ヶ月で拍車がかかり、バーやクラブを飲みあるき、そのまま店で朝までつぶれているか、
もしくは声をかけてきた女とホテルにしけこむというのが習慣になっていた。 昨夜は外で飲む気になれず、コンビニで目に付いた雑誌と缶チューハイを買い、帰ってきた。
あびるように酒を飲んだまま寝入ってしまったせいかのどが渇く。
床にころがる空き缶を足でけりよけながらキッチンまでいくと、冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出した。
ボトルのまま半分ほど飲んだところで、無機質な機械音が部屋に響いた。
レイは着ているというよりは羽織っているに近いシャツのそでで口元をぬぐうと、携帯を探しにかかった。
「ったくだりーな、どこだよ」
やっとソファの上に見つけると、どかりと腰をおろし、パカっと携帯をあけた。
片手でぽちぽち操作していくと、不在着信やら受信メールやらずいぶんたまっていた。
先ほどのメールは、マネージャーからのようだ。
おはようございます。今日からオフですが、1週間後の○日は9時に六本木でいいですか?
さすが凄腕マネージャー様。電話をしてもどうせ出ないか、出ても不機嫌だとふんでメールをよこしたわけだ。
気が利くというか、俺の扱い方を心得てるというか。
こんなところも、長続きするゆえんかもしれない。
三沢がレイのマネージャーになって気がついたら2年が過ぎていた。
歴代のマネージャーは1年ももたずに辞めていったのに、だ。
レイはローテーブルの上のへしゃげた煙草に手をのばした。
軽くふってみて中身がないと分かると、ぐしゃりとつぶしてゴミ箱に投げた。
それは空中できれいな弧を描くと、ゴミ箱のはしにあたって、床に落ちた。
「クソっ」
胸のあたりがぞわぞわし、何もかもがイラつく。
それはどんな綺麗な女と寝ても、どんな高い酒を飲んでもおさまらなかった。
いっそすべてを放棄して眠ってしまいたかったが、それもできない。
ベッドに入るとなぜか目が冴えて、身体は疲労を訴えるのに寝付けないのだ。
ふと顔を上げると、嫌味のように青く透きとおった空が目に入り、舌打ちした。
ピンポーン
(誰だ?)
来訪者にまったく心あたりがなかったので、シカトすることにした。
ピンポーン、ピンポーン
「しつけーな、誰だよ」
連続する呼び鈴にぷっつんキれ、ドタドタと足音も勇ましく玄関まで出た。
「俺はいねーつってんだろ!しょーもねー用だったら承知しねーぞ」
のぞき穴も確認せずに、勢いよくドアをあけると、思いもよらない人物が目に入った。
「た、高島っ・・・」
「久しぶりだな」
そこに立っていたのは、異様な威圧感をはなつ男だった。
身をつつみこむようにぴっちりと仕立て上げられたスーツを着て、黒髪をうしろになでつけている。
レイもこの男も同じように「かっこいい」と形容されるだろうが、その質はまったく違っていた。
がっしりとした体躯に、精悍な顔立ち。ヤクザだと名乗っても10人中9人は信じそうな威圧感。
高島と呼ばれた男は口元だけで笑むとこう続けた。
「入ってもいいか?お留守のようだがな」
「んっ・・ん・・・」
ドアが閉まったとたん、肩をつかまれキスされた。
反射的に開いた唇に高島の熱い舌が潜り込んできて、ビクっと躯が震えた。
確実にレイの倍はある太い腕に腰をつかまれ、手かせのように手首を握られたらもう逃げられない。
角度をかえて何度もきつく吸われていると、だんだん頭がくらくらしてきた。
(酸欠か?呼吸も忘れるなんて、どこのガキだよ)
自分で罵倒し、閉じていた目を開けると、背筋の凍りそうな冷たい目にぶつかった。
「ずいぶん遊んだようだな。たった1ヶ月が待てないか?」
「なっ・・!」
レイは顔が熱くなるのを感じた。
熱いキスとはうらはらに、男の言葉は冷ややかだった。
なんでこの男につつぬけなのか。
唇をかんでうつむいていると、大きな手で顎をつかまれ、上向かされた。
「おい、なんとか言ったらどうだ?その唇はキスするためだけに付いているのか?」
「っ・・・るさい!てめぇに関係ねーだろ」
あまりの言い草に、レイは真正面からにらみつけた。
「俺がどこで誰と寝てようが、てめぇに何の関係があるってんだ!」
高島は口を閉ざすと、レイの顔をじっと見つめた。
レイも負けじとみらみかえす。
ほんの10秒ちょっとのことだろうが、レイにはそれ以上に思えた。
背中をいやな汗が伝うのが分かる。
やがて高島は地鳴りのような低い声で言った。
「1ヶ月の間に口のききかたも忘れたようだな」
無意味に大きなベッドに投げ出されて、スプリングがはねた。
そういえばこのベッドを買ったのも高島だったと、今さらながら思い出す。
起き上がって逃げ出そうとするのを、強い力で押さえ込まれて、なにかで後ろ手にくくられた。
外そうとひっぱっても締まる一方でちっとも緩まない。
「おい、外せ!」
高島はそしらぬ顔で聞き流し、レイが羽織っていた大きめのシャツをはだけると、浮き出た鎖骨に口づけた。
「ちょっ・・・ぁ・・・」
薄い唇がふれてははなれ、またふれる。
鼻をくすぐる嗅ぎなれた整髪料のにおいにレイの肌は粟立った。
「敏感だな。何人と寝た?」
「クソっ・・・覚えてるわけね・・・痛っ」
いきなり噛まれて皮膚が破けたかと思った。
「両手で足りないほどか?」
あいまいに首をふって、YESともNOともとれる返事をする。
「答えろ」
質問の間にキスは鎖骨から胸へと降りていく。
それにあわせてレイの息も次第にあがってきた。
「はぁ・・・ヒトのこと言えんのかよっ・・・」
「あ?」
「・・・てめーは寝た女の数覚えてんのかっていってんだ!」
「それは嫉妬か?」
まったく見当違いの指摘にかっとなった。
(なに頭のくさったこと言ってやがる!)
そう怒鳴りつけてやりたかったが、いつのまにか太ももにまわっていた手に身体の奥がぞくぞくして、それもままならなかった。
身体が、熱い。
レイは自分の身体が、待ち望んだ快感に侵食されていくのを感じた。
(なんで・・・・・)
いい女に己を入れるほうがオスの欲求は満たされるはずなのに。
女相手ではえられなかった、気がふれそうな快感が、ここにあった。
1ヶ月ぶりの、この男との行為。
そう、唇を合わせるのすら1ヶ月ぶりだったんだ。
高島と体の関係になってからは、5日とあけずにセックスしていた。
そこへ突如もたらされた、1ヶ月の空白。
理由はいわなかったが、おそらく仕事だろう。
レイは、生理的なものか感情的なものか、自分が涙を流していることに気づいた。
それを見た高島は、一瞬目を細め、レイの耳元にもっていった唇でささやいた。
「寂しかったか?」
「はぁ・・・ぁ・・・・」
「どうだ?」
「・・あぁ・・・・・・」
「レイ」
今日、はじめて名前を呼ばれた。
キスよりも愛撫よりも、耳に感じたその衝撃に、レイは頭が真っ白になった。
ぼやけた視界の向こうに、高島の顔が見える。
薄ら笑っているかと思ったそれは、意外にも真剣な顔をしていた。
ここで素直に寂しかったといえたら・・・・・
「・・・ちっとも」
「あ?」
「相手がいすぎて・・・はぁ・・・テメーのこと思い出してる暇はねーっつったんだ・・・!」
「ほう」
「・・・っ!?あぁぁぁぁぁ!!!」
一瞬の沈黙のあと、低い声が答えたのと絶叫が響いたのはほぼ同時だった。
くるりと身体を反転させられて、なんの施しもされていない乾いたままの後ろにいきなりいれられた。
「あっ・・・いた・・・・、ぁ・・・・」
痛みで目の前が真っ赤になる。
そこからは熱さと激痛が、レイの感じるすべてだった。
髪をすかれる心地よさに目がさめた。
目をうっすらあけるとさし込んでくる光はまぶしくて、今が昼間だとしらせた。
(いったい何時間たったんだ・・・?)
高島はベッドに腰掛けていた。
何時間にもおよぶ情事のあととは思えないほど涼しい顔で、Yシャツをはおっている。
整えてないのは髪くらいだ。
前髪が目を隠すようにおりていた。
「み・・・ず・・・」
そういうと、首の後ろをもたれ、口移しで水を飲まされた。
ちっとも冷たくない。
でも渇いたレイの中は、確かに潤されていく。
胸のイライラはいつのまにかおさまっていた。
いや、このダルさと痛みで感じ取れないだけかもしれない。
もうどうでもいい。考えるのさえダルい。
レイは倦怠感にまかせて思ったままを口にした。
「どこ、行ってた?」
適当にごまかされるかと思ったが、レイの予想に反し、高島は髪をすいていた手をとめて答えた。
「ニューヨークの本社だ」
「1ヶ月も?」
「企画を通すのに手間取ってね」
「有能な高島社長にしては珍しいこと」
ことさら嫌味ったらしく言ってみても、まったく堪えてないようだ。
「タバコ」
自分は切らしたが、この男は持っているはずだ。
だが男の手が内ポケットにのばされることはなかった。
「当分禁煙だ」
「は?そりゃ、ご苦労なこって」
「俺じゃない、お前だ」
「は?ふざけんな!勝手に独りでやってろ」
「ジムにも頻繁に通え。1ヶ月でずいぶん筋肉が落ちたんじゃないか?」
(なにを言い出すんだ、突然・・・)
レイが話についていけてないにもかかわらず、男は話を続けた。
「鍛えておけよ。うちの広告にお前を使うことになった」
(え?今、なんて・・・・)
「1年契約で、カタログもパンフレットもすべてお前だ。ただし、いいものがとれなかったら即降板、
次のモデルを使うからそのつもりで仕事をしろ。うちを降ろされたとなったら、仕事なんかまわってこなくなるぞ」
高島は、世界に名だたるメンズブランド・DARLIN’の日本支社代表取締役社長をしている。
(ということは、俺があのブランドの広告の看板をやるってことか!?)
はっきりいって、今までレイがやってきた仕事とは格が違う。
高島のいうように、もし下ろされたら、DARLIN’に認められなかったとレッテルをはられ他の仕事にも影響がでるのはまちがいない。
逆に成功したときは・・・どうなるのだろう。一介のモデルにすぎないレイには予想もつかない。
「なんで・・・!余計なことしてんじゃねーよ!」
「怖いのか?」
「ンだと!?」
「失敗して、その顔さえ売り物にならなくなるのが怖いのかと聞いているんだ」
その一言で、レイの頭に一気に血が上った。
「ふっ・・・ざけんな!俺はこのツラが大っ嫌いなんだ!だいたいモデルだって好きでやってるわけじゃない。なんで俺が・・・っ」
「嫌いでもなんでも、使えるものは使うしかないだろう?それに、お前に顔以外にとりえがあるのか?ないだろう?」
高島は鷹揚にかまえ、ゆったり腕組みをしてみせた。
(こいつ・・・っ)
「だからって・・・・!だからって、お前に世話されたくない!」
「勘違いするな。俺は仕事に私情ははさまない。あくまでモデルとしてのお前を使おうと思っただけだ。
ずっとトップモデル続きでマンネリぎみだったからな。今年は名もないモデルにしてみようということになったのさ」
「それが・・・てまどった企画・・・?」
「そうだ。たいしたキャリアのない者を使うといったら反対されてな。だいたい仕事と引き換えにするほどの価値が
お前の体にあるとでも思っているのか?」
(なんだと!?)
「誰彼かまわずねやがって。お前は男娼か?ちょっとはモデルという立場を考えて行動するんだな。
他に質問はあるか?ないならもう行くぞ」
(っム・・・カツク・・・!)
いつも俺ばっか驚かされて焦らされてバカみたいだ。
レイは上着を着ようとしている背中にとっさに言った。
「男ともやった!」
男が振り返る。
「お前がいない間に男ともねた」
高島は目を細めると、静か言った。
「おもしろい嘘だな」
「っ・・・嘘じゃねーよ!」
「そうか」
この男まったく信じていない。
「ほんとだっつってんだろ!」
「のわりには、きれいだったようだが」
「!?」
ドコの話か分かって、かぁぁぁとレイの顔が赤くなる。
昨日あれだけやれば、場数を踏みまくっている(とレイは思っているし、実際そうだろう)高島には分かるのだろう。
(くそっ~~~)
「出て行け!てめーなんかと二度とやらねぇ!」
高島は唇をあげて笑うと、今度は振り返ることなく部屋を出て行った。
fin
|