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 (ファンタジー 騎士/--)
湖面の酒


(うぁ、やっちまったー)
ルドは騎士である。ごく普通の騎士だ。
昨日はずいぶん酒を飲んだ記憶がある。しかし、その後の記憶は曖昧だ。気づくと宿屋の一般的な寝台で眠っていた。問題は昨夜一緒だったはずの相手で。

(いねえな……もう帰ったのか)

ルドにとって殆ど記憶にない一夜を過ごした相手をアークと言った。



アークとは士官学校からのつきあいだ。
つきあいと言っても内容は薄い。文字通り、殆ど同級生というだけの仲だ。
ルドは士官学校時代にアークに告白されたことがあった。
しかしルドは断った。そのとき別に付き合っていた相手がいて、うまくいっていたからである。
士官学校卒業後、付き合っていた相手とは別れたが、アークと付き合い始めるわけでもなく、そのまま、年に一度、思い出したように一緒に飲んだりするかしないか程度の薄い関係だった。

(共通点ねえしな…)

アークは美男子だ。褐色の髪に鮮やかな青い瞳。筋肉質ではなく、バランスの整った体躯。外見にも結構気を使うタイプでいつもセンスのいい格好をしている。そして女性に人気の高い整った容姿は人の目を惹き付ける。同期生では間違いなくトップクラスの人気を誇る。それがアークだ。
一方のルドは目立つような個性もなく、多くの人々に埋没してしまう、平凡な人物だ。
同じ騎士ということぐらいしかアークとの共通点はないに等しい。

『俺、ずっとルドのこと好きだったんだ』

昨夜、酔っていたアークが語り始めたことは意外なことだった。

『ずっとずっと好きでさー、思い切って告白したのに彼女いるからって玉砕して。それで諦めりゃよかったのに未練タラタラでずーっと吹っ切れなくてさ。しかもお前、卒業後に彼女と別れちまっただろ。それでますます諦められなくなって、我慢できなくて、けど迷惑になるのもいやだから、誕生日だけお前誘うことにしたんだ。去年は焼き肉食いに行っただろ。一昨年は東通りにある小料理やで、その前は…』

ルドには殆ど記憶にもない思い出をアークは嬉しげに語った。
去年はどさくさに紛れてお前の食べかけてた肉を奪って食えた、とか。
一昨年は酔ったお前をちょっと介抱することが出来て嬉しかったとか。
完全に酔っぱらいらしいめちゃくちゃなしゃべり方だったが、アークはルドが目の前にいることが嬉しくて仕方がない様子で、喋る間にもルドがどれほど好きかを語り続けた。
一方のルドは思い出したように飯を食いに行く程度の知り合いに赤裸々に告白されて、完全に困惑していた。いくら過去に告白を受けたとはいえ、ルドにとってはとっくに終わったことで、忘れていたような思い出だった。ましてやずっと思われていたとは夢にも思っていなかった。
困惑を深めるルドに対し、アークは完全にソノ気になってしまっていた。
今夜だけでいい、絶対迷惑はかけない、責任云々などいわないから、と言いつのる。
結局のところ、ルドも酔っていたのだろう。
酔っぱらいの戯れ言を真に受け、今夜だけならという約束で応じてしまったのだ。

『すげえ嬉しい。俺、ルドに抱かれてる。へへ…ルドだ……』

もう、未練ないなぁ、いつでも死ねる、と騎士としては演技でもないことを言い、アークは満足そうに笑っていた。
それが昨夜の最後の記憶だ。



「……は?怪我?」
頭痛のする体を引きずるようにして向かった勤務先でルドは思いもかけないことを聞いた。

「嘘だろ、俺、昨日あいつと酒飲んだぞ」

目の前の友人は顔をしかめた。

「何言ってんだ。重傷で運び込まれたのが昨日だぞ。酒を飲めるわけがねえ。しかも長期勤務で不在だったんだから」

何かの間違いではないかと思う。では昨日一緒に酒を飲んだ相手は誰だったのか。
慌てて向かった医務室の奥、重傷者を収容する病室に問題の相手は眠っていた。

(マジかよ……)

間違いなくアークであった。
昨日、一緒に酒を飲み、誕生祝いを告げ、相手の望むように抱いた相手だった。

ふと、いつでも死ねると呟いていた相手を思い出し、ルドは慌てて相手の頬に触れた。幸い、体温はあった。暖かい。ルドはホッと息をついた。
誰かに触れられたことに気づいたのか、それとも偶然か。
ゆっくりとまぶたが開く。青い鮮やかな眼差しがルドの目と合った。

「ルド……」
「あぁ、俺だ…」
「ヘヘ……まだ夢の続き見てんのかな…」

重傷のせいか、声はかすれ気味だった。
一つ間違えば死ぬんじゃないかという酷い傷を負っている相手は嬉しそうに笑んだ。

「俺、信じられねえぐらい、いい夢見てて…笑うか?俺、ルドと酒飲んでた。すごく美味しかったんだ。…当然だ、一年に一度の最上の酒だからな…」

一年に一度、という言葉に誕生日だけルドと酒を…と話していた相手をルドは思い出した。

「今年は諦めてたけどなぁ……俺、すげえ飲みたかったんだな。夢でまで誘って……」

そこでルドはやっと口を挟んだ。

「夢か。俺は夢じゃなかったぞ。お前と酒を飲んだ」
「……え?」
「お前に誘われて酒を飲んだ。大通りに面してちょっと西に入ったところにある宿屋の酒場だったな。お前は悪酔いしてるのか喋りまくったあげくに一度だけだと言って俺を部屋に連れ込んだ」

相手が息をのんで聞いているのをルドは見つめ返した。

「……夢……俺はここから動いてない。動けないし……けどそれは……」
「俺にとっては現実だ。お前じゃないなら俺は一体誰と飲んだんだろうな」
「……」
「非常に気持ちが悪い」

ルドの呟きにアークは傷ついたように目をそらした。

「だから仕切り直すぞ。早く退院しろ。誕生日じゃなくても酒は飲んでかまわないだろ?」
「……え……」
「今度こそ二人揃って現実で酒を飲むぞって言ってるんだ」
「……!!」

ようやく意味が通じたらしい。アークは嬉しそうに笑んだ。とっさに声がでないのか慌てて頷いている。

(夢だろうがなんだろうが、今度はしっかり最初から最後まで覚えておきたいもんだ)

良い夢だった。だからちゃんと今度は現実で見たいと思う。

(酒はセーブしないとな)


「普段は男前な受ばかりがでてくるファンタジー小説を書いております。興味があられましたらどうぞ。」
...2007/7/30(月) [No.382]
夢来
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