善良なる市民の為に日夜身を粉にして働いてくださる警察の皆様へ。
明日の短針と長針がピタリと重なる時刻。 藤原頭取がお持ちになっている≪エンジェル ダスト≫を、頂きに参ります。
クロウ
ヤツからの挑戦状、もとい予告状はいつも単純明快だった。
何時、何を盗むか。
ソレしか書かれていないその予告状は、 『いつも』俺の勤め先である警察本庁と、そして、数数多のマスコミ陣に、懇切丁寧に送り届けられる。
そして、 いつもは刑事課の中でも、強行犯係という部署に属する俺の班をも巻き込んで、 ヤツこと『怪盗クロウ』と、そして俺こと『杜岐 丹史(トキ アカシ)』との、 秘密と背徳に塗れた逢瀬が始まるのだ。
勿論、今回もその方程式――方程式なのだろうか?――は一寸の違いも持たずに、 俺の居る強行犯係に持ち込まれてきた。
本庁といえども、人数が有り余っているわけでは無い。 まして、そんな少ない人数なのに、怪盗なんていう、現在日本に一人しかいないヤツの為に、課を設置するわけにもいかない。 だから、各課から何人かを引き抜いて作られた緊急の課を助けるべく、 こうして、他の課にも出動要請が下るのだ。
クロウの予告状が届いておよそにして4時間。 早いのか遅いのかよく分からないスピードで伝達されたその出動要請は、 俺達警察本庁を含む警察全体に、 『毎度毎度クロウに掠りもしない警察』と、辛らつな評価を下すマスコミへのリベンジ魂――リベンジ魂って・・・――を燃え上がらせたのとともに、 俺個人に対しても、 いつも通りの・・・・後ろめたい、そして、ひどく辛い想いを思い出させたのだった。
今から丁度3年前、俺が警察学校を卒業したのと同時に現れたその怪盗は、 その鮮烈なイメージと、繊細かつ大胆な手腕で盗みを成功させたという両方の点で、マスコミ各社に大々的に取り上げられたのとともに、 警察には『税金の無駄遣い』という、なんとも不名誉なレッテルを貼ってくれた・・・ということを覚えている。
勿ヤツの登場は、国民、とりわけ都民――ヤツの出没先は決まって東京都内だ――に多大な恐怖を抱かせはしたが、 それ以上に、ヤツのその容姿が、日本人離れした恰好良さを持ち合わせていたことに対する興味と、 最近これと云って目立った事件も起こっていなかった都内に、新たな波風を立たせたことに対する好奇心が勝ったらしく、 国内は、当時かえってヤツを後押しするムードに包まれていた。
ヤツは決まって俺がいる署に予告状を流した。
ソレはかつての盟友である俺への挑戦状であり、 そしてまた、かつての友であった俺に対する懺悔・・・でもあった。
そう。 ヤツこと『怪盗クロウ』と、俺、丹史は、高校時代を同じ学び舎で過ごし、尚且つ俺とヤツは、親友という関係を結んでいたのだ。
怪盗クロウの本名。 否。怪盗クロウになる前のアイツの名前、 ソレは――――。
『丹史。話があるんだ』
卒業式を明日に控えた白鴎高校の3年7組で、 俺の親友だった『嬰千寺 紫貴(エイゼンジ シキ)』はひどく思いつめた顔で俺にそう切り出した。
『何だよ、紫貴。そんな顔して、何かあったのか?』
明日卒業式というだけあって、校内に残る人の気配はほとんど無く、 無論教室内も、俺と紫貴の二人きりだった。
『昨日、俺の親父が死んだんだ』
窓から校庭を見下ろしながら、まるで世間話でも言っているかのような口調でそう云った紫貴。
『えっ・・・?』
逆光で今紫貴がどんな表情をしているのか分からず、 俺はひどく戸惑った声音で、紫貴の次の言葉を促す。
『そうじゃないな・・・。ごめん、言い換える。俺の親父は死んだんじゃなくて、殺されたんだ』
警察一家に生まれ育った俺は、死ぬとか殺すとか、そう云った言葉は昔から厭というほど聞かされて育ってきていた。 ある時は、親父の相棒が、 そしてまたある時は、俺が兄貴のように慕っていた――本当の兄貴も居るのだが・・・それとは別で――人が、突如死んだとか、殺されたとかを聞かされた。 けれども、 今日のこの時ほど、鮮烈に、そしてまた衝撃的に聴こえた日は無いだろう。
『殺された・・・?オマエの親父さんが?』
親父がよく言っていた。否。今も生きているから、言っていたではなく、言っている。 犯罪は犯すほうにも、そしてまた犯されるほうにも、それなりの原因がある。と。 殺された、つまりは犯罪を犯された立場にある紫貴の親父さんは、何か殺されるようなことをしたのだろうか。 否。まさか。 あの人の良さそうな親父さんがそんなこと――それが何かはわからないが、そう云ったことを――するはずがない。 紫貴の親父さんは本当に優しくて、いい人だったのだ。
『親父は一昨日何かは分からないが、ひどく重大なものを拾ってしまったと俺に震えながら話した』
紫貴の利き手である左手は硬く握りこまれており、 ヤツの慟哭がそのまま俺に伝わってくるようだった。
『多分、何かの宝石だったんだと思う。まだよく分からないが、間違いないだろう。 それを拾ったその次の日、親父は殺された。 自殺に見せかけて殺されてた。 警察は直に『自殺』だと判断するだろう。 アレだけ自殺にお膳立てされてたんだ。そう判断されても仕方がない』
何も言葉が出なかった。 何か言ってやりたいのに、 唇が凍ったように動かない。
『だから、俺は警察なんかには任せず、俺自身の手で親父が殺された原因を突き止めることにした』
そう云って俺を振り返った紫貴。
『どうやって・・・・』
向かい合ったまま、視線が逸らせない俺。
『俺は、親父が絡んでいた全ての企業から、やつ等の持つ宝石全てを盗み出す。 勿論ソレは、ある程度、確証を持ってからになるだろうが・・・でも、必ず俺はやる』
『なっ・・・。それじゃぁ、犯罪じゃねぇかよ』
既に警察学校進学が決まっていた俺には――否、俺でなくとも――信じられない言葉だった。 ヤツは、警察になるだろう俺に、犯罪の予告をしてみせたのだ。
『あぁ。そんなことは十二分に分かってる。 だけど、そんなことも言ってられない。 だから・・・・・・・・』
ゆっくりとスローモーションのように近づいてくる紫貴。 否。多分、紫貴は普通のスピードで近づいてきているんだと思う。 だけど、俺の眼には、紫貴がとてつもなくゆっくりと近づいてきているようにしか見えないし、 そして、それから逃れようにも、足が地面に張り付いたように動けない。
『オマエが俺を捕まえてくれ』
目の前まできた紫貴は俺にそう言うと、 突如、俺の右腕を掴み、ブレザーの袖を捲り上げた。
『なっ・・・・何するんだよ』
紫貴の左手には、先ほどまでストーブの上に乗せられてあった、銀色をしたクロスがある。 勿論ハンカチで掴んではいるが・・・かなり熱いだろうことが伺える。
『これはその約束の・・・・証だ』
そう云って紫貴はその左手に持った銀のクロスを、 俺の右腕の手首から十センチほど上に、グッツと乗せ、そして上からハンカチで包んだ指でソレを押さえつけた。
『ぐぁぁぁぁぁぁ!!!!」
右腕が焼けるように熱く、皮の焦げるような匂いがあたりに広がった。
『痛いか?丹史』
そんな当たり前のことを、唇に薄い笑みを浮かべながら問う紫貴。
『―――ぁぁっぁぁぁぁ!!!』
あまりの痛みのせいで、叫び声を上げる以外に何も出来ない俺。
暫くして離されたそのクロスの下は、 見事なまでに焼印――もしかしたらこれは刻印なのかもしれない・・・――のようなクロスの後が残っていた。
『な、んでこんなことするんだよ』
俺の右手はまだ紫貴に囚われたまま、自由を得ていない。
『丹史が約束を忘れると困るからだろ?』
オマエ、忘れやすいからな。 そう囁かれ俺は背筋を何か冷たいモノが伝うのを感じた。
クロスを乗せられた右腕が酷く痛んで今にも躯ごと崩れ落ちそうだ。 それでも気力を振り絞って立っていたのは、 目の前に居る紫貴が、俺の知っている紫貴ではないように感じて、とてつもない恐怖を抱いたからだろう。
あまりの痛さに眉をしかめ、そして思い出したように紫貴から逃れようとする俺を無言で自分の方に引き寄せた紫貴は、 恐怖のあまり紫貴の目を真っ直ぐに見ることが出来なくなっている俺の目の焦点を無理矢理自分のそれにあわせ、 今まで決して短くは無いともに過ごした日々の中で一度たりとも聞いたことの無い、 低くて・・・・そして、甘い、まるで、恋人にでも囁くような声音で、一言だけ囁いて、その場から去った。
否、その場・・・からではない。
紫貴は、俺の目の前から、綺麗さっぱり消え去ったのだった。
ヤツはよき思い出になるはずだった卒業式にも顔を出さず、 そしてまた、一切の情報をも回りに与えず、その姿を忽然と煙のようにくらましたのだ。
『その腕の証を忘れるな』
たった一言、そう俺に言い残して。
「各自配置に着け!!」
今回こそは掴まえて、世間の見世物にしてやる。 そんな想いがたっぷりとしみこんだような声音で、 この怪盗クロウ逮捕に燃えている警部らしき人間は叫んでいる。
逮捕出来なければ無能。 逮捕してしまえば夢を壊す無慈悲な警察。
そう勝手がって叫ぶマスコミに、いい加減一泡吹かせてやろう。 そして、 いつもいつも己らを嘲笑うかのように、見下すかのように、その仕事――盗み――を行う怪盗クロウに、 冷たい監獄での飯を食わせてやる。
そんな願いを抱いて、警察は燃えていた。
その中俺は・・・というと、 これまたいつものように言われた配置にいつものように無気力さを装って着き、 そして頃合を見計らって、ヤツが去るだろう経路に先回りする。
警察が莫迦だと言われる由縁は、頭数ばかりを気にし過ぎて無駄に人数をつぎ込むとろこにある。 狭い場所に何人も、否、何十人もの警官がひしめきあっていれば、それは動き辛いことこの上ないし、 それに、敵さんから見ても発見しやすいことこの上ないだろう。
俺の配置された場所も然り。 一畳くらいの面積地に、警官の数が8人。
・・・・・いくらなんでも多すぎるだろう。
あまりの多さに、一人くらい居なくなっても誰も気に留めない。 ・・・っつか、むしろ誰か一人抜けたほうが、一人当たりの場所が広がって皆は喜ぶのだろう。
『ヤツを掴まえ、日本国民に再び安心感を』
その使命感に燃えている警察の方々には悪いが、 俺は俺だけの考えを持って、ヤツの逮捕に参加している。
だが実際は、ヤツの望むものを与えてやりたいという想いと、 ヤツの手をこれ以上汚させてはならないという偽善とが俺を取り巻き、 結果、俺はそれに縛られて動けないでいる。
掴まえてやるべきなのだろうか。 それとも、 親父さんが殺された原因を突き止めさせてやるべきなのだろうか。
悪者は問答無用で捕える警官にあるまじき問いに、 俺は一人苦笑を洩らす。
掴まえるべきなのだろう。 ヤツの未来を思って。 これ以上ヤツの手を汚させないためにも。
だけれども、 ヤツを掴まえることでヤツの親父さんの事件は、本当に迷宮入りになってしまう。 あの優しかった親父さんが何故殺されなければならなかったのか。 その理由が問われることなく闇にうずもれてしまう。
親父さんを殺したものはその罪を問われることなく、 闇がすべを飲み込んでしまう。
それは果たして良いことなのか、 それとも、悪しきことなのか。
一体どちらなのだろう。
「よぉ、丹史」
俺が警察学校に入っている間、ヤツは事件を一つたりとも起こすことはなかった。
「・・・・・・・・・・・・・怪盗・・・クロウ・・・・」
そして、俺が警察学校を卒業したその日。 ヤツはその行動を開始させた。
『予告状』無しで、動き始めたのだ。
「随分と他人行儀な呼び方するんだな」
怪盗クロウ・・・否、嬰千寺紫貴は、そう云ってクスリと笑みを零す。
「オマエにこれ以外の名前があるのか?」
もう、捨てたんだろ? オマエが怪盗クロウと名乗ることを決めたその時に、俺との思い出が詰まったその名は。
「知ってるくせに」
親の力を借りずに、俺自身の力だけで警察でやっていきたかった。 だから、俺は国家公務員上級試験もいらぬ理由をつけて受けなかったし、 親父の居る本庁にも、行かなかった。
俺が入ったのは、東京都内の何処にでも在る所轄だ。
東京の街に埋もれるほど小さくはないが、 かといって、特出するほどでかくもない、そんな取るに足らないようなところだ。
親父の名を知るものも少ない。 そんなところをわざと選んだのに。
「知らん。それに、よく考えてみろ。 何故俺が知ってるんだ?お前とは只のドロボウと警察の関係なのに」
じわじわと注目され始めていた怪盗クロウの初の予告状は、 俺が勤務していた所轄に届いた。
「右手の証、もう消えたか?」
それも、 第一方面本部長を父に、 警視庁副総監の一人娘を母に持つ、 出世を捨て、所轄に埋もれた、俺宛に。
「消えるはずないだろ!!」
からかうように囁かれて、 我を忘れて声を上げる俺。
消えないように焼いたんだろ?紫貴。 だったら消えるはずないだろう。
警察学校在学中の三年間。 そして、ヤツが現れてからの三年間。 何時消える、何時消える。 そう思いながらずっと見つめ続けているこの痕は、 初めの頃に比べたら少しばかりは薄くなったのだろうが、 それ以上は決して薄くなる気配を見せず、今も尚、この腕に残り続けている。
「仕事は楽しいか?」
不意にそう問われて、俺はヤツをギッと睨んだ。 ヤツは俺とこうして盗みを終えた後で対峙するとき、その問いを必ず俺に投げる。 返ってくる俺の問いはたった一つだと知っているのに。
「楽しいわけないだろう。オマエのおかげでな」
俺宛に来た怪盗クロウの初の予告状は、 それまで隠しとおしていた俺の背後をさらけ出したのと共に、 俺の居た、友人に囲まれて極々普通に仕事をしていたという、その温かいぬるま湯のような場所を、 一瞬のうちに奪い取った。
「だったら、そろそろ俺の云ってることに頷いたら?」
楽になるぜ? そう甘い誘いをかけられて、俺は攫われてしまいそうなその誘惑に首を振って抗った。
ヤツが奪ったのは、俺のいたぬるま湯のように過ごしやすい場所と、 親父やお袋の父親の威光を全く感じさせない庭。 その一見取るに足らないようなものだが、俺にとっては至極大切だった、二つだ。
「それは出来ない」
俺はそれが知れた日、つまりは怪盗クロウからの予告状が届いたその日に、 本庁への転属令を出されたのだ。
所轄の連中の大半が憧れる、 出世を約束された、切符と共に。
「なんで?」 ――辛いんだろ?
紫貴は笑って俺に手を伸ばす。 俺がその手を取れば、何時でも攫ってやってやる。 まるで、そう言うかのように。
「オマエを掴まえるために、まだ此処から出るわけにはいかない」
本庁勤務が決まって――と云うか、無理矢理決められて――両親、祖父、そして、警視庁捜査一課、管理官である兄は喜びの声を上げた。 それはそうだろう。 警察一家、それも、エリート階級の家に生まれたくせに、 出世を拒み、どこぞの名の知れない所轄なんかに勤務していた俺が本庁勤務になったのだ。 これを彼等が喜ばないわけはない。
「それはもういい」
それよりも、今は別の願いを聞いて欲しい。 紫貴は、昔の願いよりも、今の願いを俺に叶えろとそう言い放つ。
「そうはいかない」
この腕の証がある限り。 俺はその約束を違えることはないし、まして、それを忘れることなどありえない。
「丹史。そろそろ一緒に来てくれてもいいじゃないか?」
オマエがそこから逃げ出しやすいよう舞台も整えてやった。 後はオマエが一歩踏み出すだけで良いんだぜ?
俺の居場所を奪い、出世欲に塗れた本庁に叩き落したソイツは、 そう云ってクスリと笑う。
月明かりに照らされる紫貴の横顔は息を飲むほど綺麗で、 その紫貴の右手に握られている首飾り――エンジェル ダスト・・・今回も成功したのか・・・・――が艶やかな光を放ち、 俺はそれらを直視できずに、目を逸らす。
ヤツはいつまで経っても汚れない。 今までショーケースに入れられ、守られてきたものたちと同じ輝きを、 いつまで経っても失うことは無い。
「警察の俺が、ドロボウのオマエと一緒に行くなんておかしいだろ」
ヤツが俺を望んだのは、予告状を出してから二年目のことだった。 それからずっと一年間、俺はヤツに自分の元に来るよう誘われ続けている。
「おかしくなんかないぜ? それに、丹史は俺の親友だろ?『親友』が『親友』の傍に居るのは当たり前だ」
親友なんかじゃない。 そう云ってやりたいのに、いざ紫貴に親友だと言われると、その甘い響きに頷いてしまいそうになる。
本当は親友でいたかった。 この汚い世界に身を置くことが決まっていたあの高校時代からずっと、紫貴は俺の逃げ道になっていた。
逃げることは悪いことではない。 俺のところで一休みして、またそこへ戻れば良い。
家で兄のような完璧さを求められた俺は、 そう云って羽を休めさせてくれる紫貴が本当に有難かったのだ。
なのに、紫貴は俺の敵になった。
親友というポジションを捨て、 敵という新たな地位に上った。
それは俺にとってはひどい裏切りで、 そしてまた、俺の唯一だった安らぎの場所を失った瞬間でもあった。
紫貴を掴まえる。
そう決めて一歩踏み出したはずなのに。 俺は今も過去の親友という産物に囚われ、それ以上先に進めていない。
否。もしかしたら初めから一歩たりとも進めていなかったのかもしれない。 親友という響きにいつまで経っても囚われている俺は、 進歩の無いヤツだ。 そう云われても、言い返すことが出来ないだろう。
それほどまでに、俺は紫貴に固執している。
「俺は・・・・・・・・・・・・」
その時、急に携帯が鳴った。
それはまるで御伽噺のシンデレラの12時に鳴る鐘のように、 無情にも俺とヤツとの隙間を広げていく。
「ハイ。杜岐です」
電話の向こうで家鋪――俺の同僚だ――は、ひどく焦った声で、 また、ヤツにダイアが盗まれた、そして、オマエは今何処に居るんだ。 と、そう叫んでいる。
「俺は今・・・・・・」
そう答えようとして、不意にそれが奪われ、 間を置かずに、それの電源が切られた。
「浮気はいただけないな」
そうからかうように云って笑う紫貴。
「ソレを返せ。俺には俺の世界がある」
だからオマエとは行けない。
「丹史は相変わらず頑固だな」
唇に浮かべた薄い笑みを崩さずに、紫貴はそう俺に囁く。 だが、笑っているはずの紫貴のその目が決して笑みを模ってないことをを俺は知っている。
「オマエには負ける」
紫貴は本気だ。
「今回はこれくらいにしておくか」
また、誘いに来る。 そう云ってヒラリと屋上から身を投げ出そうとする紫貴。
「待てっ!!」
そう叫んで、紫貴の手に手錠をかけようと己の手を伸ばす俺。
気付けば何故か、身を投げ出したはずの紫貴の躯が自分の直ぐ前にある。 伸ばした右手を掴まれ、ヤツの方に引き寄せられる。 ヤツの手で視界を塞がれ、 闇に飲まれた視界の中、耳元に熱い息を感じる。
再び視界の自由を手にし、 視線を彷徨わせる。
だがしかし、 もうそこには、俺の探すヤツの姿は無かった。
急いで追いかけようと身を翻すも、 右手がヤツを捉えるはずだった、銀の手錠に繋がれ、屋上のフェンスに繋がれていることに気付き、 俺は、右手を空に掲げる形で、そこに腰を落とした。
『掴まえたのは、オマエじゃなくて俺だ』
『云っとくけど、逃がす気なんてサラサラないぜ?』
『覚悟しな』
ヤツに囚われる日は、そう遠くないのかもしれない。 そう考えながら――――――。
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