~二階堂先輩と大原君~
放課後、部活のため調理室のドアを開けた僕の前には、いつもと同じ風景があった。
黙々と料理を作り続ける鬼頭(きとう)部長と、その助手をする1年の染谷(そめや)君。
豪快に魚を捌いている同じクラスの龍馬(りょうま)。
同じく同じクラスの、何を考えているのかわからない表情で魔女鍋のような物体を作り上げている相川(あいかわ)。
僕は相川に気に入られているらしく、野生の動物じみて縄張り意識すらあるような彼が、自分の作った料理を一番に僕に食べさせてくれる。それは嬉しいのだが。
今日はアレを食べさせられるのか……。
食べられる味と中身であることを祈るばかりだ。
僕はといえば、普段は夕飯のために、主に家庭料理を作っている。全寮制の男子校だから自分で作らないと学食に行くしかないのだ。
部室である調理室に来た僕は、ドアのところに立ち、改めて調理部のメンバーを見回した。
そんな中で騒ぐ2人組みがいる。
「今日のお菓子はプリン・ア・ラ・モードよ! ご覧なさい、この美しさを!」
「うわぁっ すごいです、ご主人様ー!」
パティシエのようなお菓子作りの腕前を持つ二階堂(にかいどう)先輩と、試食専門の1年の大原君だ。
大原君が白い頬を紅潮させ、涎を垂らさんばかりに二階堂先輩のプリン・ア・ラ・モードを見詰めた。輝く瞳が子どものようで可愛らしい。
それをあざ笑うかのように、二階堂先輩はお菓子の盛られたガラス皿を頭上に遠ざけてしまった。
身長190センチ近い二階堂先輩と160センチそこそこの大原君では背伸びしても飛んでも届きはしない。もっとも、残念ながら大原君の体はたっぷりついた脂肪のせいで、跳躍と言ってもたいして持ち上がることは叶わないのだけど。
「ふふふ。ぶー太、食べたい?」
いつも繰り返される光景ではあるが、この時、二階堂先輩は本当に楽しそうな顔をする。
ちなみに「ぶー太」というのは、大原風太(ふうた)という名前を大原君の体格に掛けて、二階堂先輩が勝手にかえたものだ。
「食べたいですー!」
食べるのが趣味と公言してはばからない大原君は、跪きかねない勢いで懇願した。大原君のその様子を眺める二階堂先輩の顔が快感に歪む。外見が美形なだけに、その変態的な嗜好が勿体ない気がするのは俺だけだろうか。まあおかまという時点でアウトか。
彼らの言動はこれからさらにヒートアップする。
「さぁ、ぶー太。エサが欲しかったらどうするのかしら?」
「はいっ 僕はご主人様の奴隷ですー。卑しい僕にご主人様がお作りになったエサをお与えくださいー」
「ふん。そうねぇ、豚にふさわしくぶひぶひ鳴いてご覧なさい。そしたら食べさせてあげてもいいわよぅ?」
「ぶひぶひっ ぶぅぶぅぶーーっ」
食べたいっ と聞いているこちらにもわかるような鳴き声だった。二階堂先輩はいよいよ興奮状態になった。
「おーほほほほっ 何て卑しいのかしら! ほぉら豚さん、もっと豚らしくお願いしてみなさいよ!」
「ぶひぃ、ぶぶぅぶぶ……」
僕、食べたいです、先輩ぃ。そう聞こえて来る。
二階堂先輩にすがりつきながら、表情と豚の鳴き声だけで訴える大原君の表現力は見事だった。大原君の表現力が入学してからこっち、日に日に増しているのは確実だ。
「うふふ。卑しい豚にスプーンが使えるわけないものね。ほら、口をお開け」
喜色を満面に浮かべ、素直に口を開く大原君の口に、二階堂先輩はスプーンでプリンをすくい入れた。
「美味しいですーっ!」
「ほら、あーん」
幸せそうな大原君に食べさせる二階堂先輩は、可愛くて仕方がないという感情が全身から溢れ出ていた。
幸せそうでいいことだ。
普通ではないと知っていても、慣れてしまった俺にとってはもはや何ら感慨もない。他のメンバーも特に気にしていない。
二階堂先輩と大原君はところ構わずこの調子だ。そして僕らもそれを気にしない。こういうことから調理部は「変人の巣窟」の名を冠されたのだろうな、ということは何となく想像がつくのだった。
僕が見つめていたことに気づいたのだろう。二階堂先輩が声を掛けてくる。
「あら、キタローじゃない。遅いわよ」
二階堂先輩は僕のことを「キタロー」と呼ぶ。僕はそんな奇抜なちゃんちゃんこを着て、髪の毛が堅そうな名前じゃない。本名は御木凛太郎(みきりんたろう)という。ミ「キ」リン「タロー」から「キタロー」になるらしい。
「すみません。ちょっと優貴(ゆうき)と話していたので遅くなりました」
優貴というのは僕の友人で、学内では「キング」と呼ばれるほど人気のある美青年だ。
僕の答えに、二階堂先輩がにやにやと笑う。
「ふぅん、いちゃいちゃしてきたのね。仲がいいわねぇ」
「友人というのは、そういう擬態語は使わないのでは」
反論すると鼻で笑われた。
「そうねぇ、ベロちゅーするような「友人」なら使ってもいいんじゃなぁい?」
「「べろちゅー」とはなんですか?」
聞きなれない単語に、メモを用意して聞く体勢に入る。
「ベロちゅーっていうのはね、互いに舌を相手の口腔に挿入して、舌を絡めあうことよ」
その説明で以前、突然優貴にされた行為を思い出す。
「あぁ。あれのことですか。結構気持ちのいいマッサージですよね」
「……は?」
なぜそんなことをされたのかわからず、これはなんですか、と聞いたところ、そう返ってきたのだ。親しい間のものしかしてはいけないそうだが、最近、若者の間で流行っているマッサージだとか。
「今度実家に帰ったら弟にやってあげることにします」
やり方は優貴がたくさん教えてくれたから、僕もだいぶ上手くなったと自負している。
ぽかん、としていた二階堂先輩だったが、おかしそうに笑う。
「弟くんの反応は是非教えてちょうだいね」
「もちろんです」
堅く約束を交わす。大原君を見ればひとつ食べ終わり、次のプリンに取り掛かるところだった。本当に美味しそうに食べるなぁ、大原君は。
微笑ましくなって見つめている僕に、二階堂先輩が笑い混じりに言う。
「これだから「変人の巣窟」とか言われんのよねぇ」
自覚があるのはいいことですよ、二階堂先輩。
口には出さずに同意を示すのだった。
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