大学の入学式、1000人を超える男女が集まるこの講堂では、男は通路を挟んで左側、女は右側という座席割がなせれていたため、オレの周囲はまるで男子校のごときむさくるしさを誇っていた。
そんななか、横から視線を感じて振り返ると、隣の席に座っていた兄ちゃんがオレを凝視していた。灰色のストライプの入ったスーツを着た、無駄にかっこいい兄ちゃんなんだけど、なんだか食われそうなほどの目ヂカラに、温厚なオレは普通に引いた。
「何か用?」
オレが不審もあらわに尋ねると、兄ちゃんが音がしそうなくらい嬉しそうににぱっと笑った。
「俺ね、加藤寿一(かとうひさかず)。君は?」
彼の名を聞いたとたん、オレはこいつとは決して関わるまいと思った。ぶっちゃけ今すぐ席を替えたいとまで思った。
だから好印象を決してもたれないよう、冷ややかに注意してやった。
「今は入学式中ですよ。静かにしてください」
学長の話なんかはなから誰も聞いてないけど。周り中うるせぇのなんのって。
だいたいこういうときの話ってのはおめでとうの後にちょっといい話が語られるだけだ。学長んちの軒下にツバメが巣をつくったなんざどうでもいいっつの。こんなの聞こうが聞くまいが変わらないから聞かんでもよかろうよ。
まぁそんでオレは入学式終わったら速攻消えてやる。オレはこいつとは絶対に関わらない。誰が加藤姓のとなりに立つもんか。
となりの男はその気配を察したわけではないだろうに、しつこく諦めなかった。
「えー、いいじゃん教えてよ。俺名乗ったじゃん。知り逃げする気? 名前教えてくれるまで、俺騒ぎ続けるよ」
うぜぇ。この温厚なオレを怒らせるとはいい度胸だ。聞いて後悔すんじゃねぇぞ!
「俺の名前は志村継実(しむらつぐみ)。聞こえたか、カトちゃん」
んだよ。何か文句あっか!
そうですー、私が変なオジサンと同じ名字の継実ちゃんですー。お前と一緒にいたら一くくり間違いなしの志村継実ちゃんですー。
驚いたような顔をしたものの、奴はすぐににぱっと笑った。
「じゃあ俺ら生まれたときからコンビだな!」
「ふん。オレはあと数年したらマスオさんになる予定だ。こんな名前なんかとっとと別れてやる」
だいたいどいつもこいつもそろいもそろってオレをケンちゃんと呼びやがって。オレにはツグミちゃんという可愛い名前があんだよ!
「婿養子? じゃあ俺がもらってやるからお前加藤な!」
「イヤだ。オレはもう加藤にも志村にも高木にも関わりたくはねぇ」
オレがそうぼやいた途端、背後で吹き出す声が聞こえた。振り返ると、もんのすごく胡散臭い男が腹を抱えて笑っていた。どう胡散臭いかって? そりゃあんた。長髪ドレッドで特攻服だぜ。何しにきたの。って聞きたくなんべ?
とりあえずかかわりあいになりたくないので、目が合う前に即座に顔をそむけることにした。となりの兄ちゃんもにたような判断をしたらしい。
オレらが二人そろって前を向くと、後ろの席の深夜にバイク乗って「四露死苦」とか書いてそうな男が、オレととなりの男の肩を両腕で抱きこんだ。耳元でくすくす笑いが聞こえる。
げえ。入学早々変なのに絡まれちまったよ。こんなところでカツアゲか? 温厚なオレから金を奪おうなんていい度胸だ。
オレはこれでも昔は近所のガキ大将と勇敢に戦って詩織ちゃんを守った男だぜ。
……詩織ちゃんてば次の日に転校してきた美少年にぞっこんになっちゃったけど。そのあとガキ大将とはえらい仲良くなったっけ……。
回想終了。とまあそんなわけだから、オレからそう簡単にカツアゲできると思うなよ!
「何か用ですか」
オレがひそかに闘争心を燃やしながら尋ねると、後ろの席の男は笑いをにじませた声でオレととなりの男にはっきりと言った。
「俺の名前。碇屋(いかりや)」
出た――――ッ
なんてこった! オレと隣の男と後ろの男が一緒にいたら間違いなく呼ばれる!
ドリフ
「くくく。ケンちゃん可愛いから後ろから狙ってたんだけどよ、こりゃあ運命だな」
「おい! ツグミちゃんは俺が狙ってたんだぜ! だいたい加藤と志村の方がコンビ性は強いだろ!」
「まあいい。最低でもあと4年は一緒に行動するわけだしな。ケンちゃんにどっちがいいか選ばせようじゃねえか」
「お前みたいに胡散臭いやつにツグミちゃんがなびくわけないだろ。時間の問題だな」
あと4年……?
そこでオレはこの席が法学部の席であることに気付いた。隣の男も、後ろの男も法学部。となると、とる講義も時間割も大体一緒?
「欝だ……」
これがオレとやつらの出会いだった。
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