僕、川岸学(かわぎし まなぶ)は昔から感情を表に出すことが苦手で、親戚のおばさんには 「無表情で可愛くない」とまでお墨付きをもらったけど、 母さんと父さんは惜しみない愛情を注いでくれたから、僕は幸せだった。
例え、学校で虐められていたとしても。
「あれ?」 確かに間違いなく持ってきたはずの体操服はなぜか長ズボンだけなくて僕は木枯らしが吹く中、長袖とハーフパンツで体育に出ることになった。
母さん似の女顔に加えて、色白な僕は、細い足がさらにナヨナヨしく見えるから絶対にハーフパンツを履きたくなかったのに。 僕を見た先生が一言 「川岸君のようにみんなも元気だと良いわね!」 そのせいでみんなが僕に注目した。 僕は恥ずかしくて俯いてしまったけど、確かに見たんだ。 ニヤニヤ笑う哲也(てつや)の顔を。
体操服を隠したのも、こないだ僕の教科書に落書きしたのも全部哲也だってことはわかってる。 わかってるけど、そのことを先生に言うつもりはないし、哲也自身に問いつめる気もない。 こんなくだらないこと僕が無視してればすぐ終わるはずだ。 そう確信していた。
「よう、学。」 僕は声かけてきた哲也を一瞥してすぐ視線を本に戻した。 「無視してんじゃねーよ。」 「何?」 「今日の放課後、技術室に来い。」 「何で?」 「来なかったらお前俺の下僕な。」 訳のわからない命令に僕はイライラした。 「だから、何で?」 「来ればわかる。」
それだけ言うと哲也はさっさっと自分の席に戻ってしまった。
進んで欲しくないと思うときほど時間が進むのは早くて、あっという間に放課後になってしまった。
技術室は南校舎の一階にある。 僕は重い足取りでそこへ向かった。
技術室のドアを開けると待ってましたとばかりに哲也とその他の男子2人。 「こいつらもお前の泣き顔が見たいんだとさ。」 聞いてもいないのに哲也が言う。 その2人が俺の方へ歩いてくる。 僕は逃げるのも癪なのでぼーっとつったたったまま。 そんな僕を怪訝そうに見たけれど2人は僕の腕を捕まえ、哲也の方へ僕を押していく。
「お前、怖くないの?」 表情を変えない僕に唐突に哲也が聞いた。 「何を?」 逆に聞き返した僕を信じられない物でも見るような哲也。 「技術室の幽霊。」 「何それ?」 「お前マジで知らねぇの!?」
哲也の話によると、「技術室の幽霊」とは僕たちと同じ小学生の姿をした少年で、技術室に一人でいると会うらしい。
「へぇー・・・」 僕は今ほど自分が無表情で助かったことは無い。 気を抜くと笑ってしまいそうだ。
「お前、馬鹿にしてるだろ!」 「うん。」 「実際に会った奴がいるんだからな!それに、技術室から変なうめき声が聞こえることもあるんだぞ。」 「へぇー。」
少しも怖がらない僕にイラだった哲也は2人の男子に命令して僕を突き飛ばさせて技術室から出て鍵をかけて行ってしまった。
残されたのは僕一人。 僕は開かないドアをガタガタしてため息をついた。 先生の戸締めの時間はまだだ、たぶん先生が来るだろうと思った僕はその場に座り込む。
10分ほどして、5時のチャイムが鳴った。 そのチャイムと同時に技術室の奥から「んんっ・・・・」という声が聞こえた。 僕はビクリとして声のした方を見る。 ムクリと起きあがった人のシルエットが夕日に照らされた。 僕は驚いて背中に当たるドアをガタッと揺らす。
「誰?」 僕自身、自分の声が震えているのがわかった。 「つーか、お前が誰だよ。」 そう言いながらこっちへ来るのは僕と同じか、少し上ぐらいの少年だった。 「ぼ、僕は・・・学。」 「マナブ?ふーん。俺は、6年3組の市原 和也(いちはら かずや)お前なんで此処に居るの?」
僕が閉じこめられたコトを説明すると、和也はニヤリと笑った。 「お前、いじめられっ子かよ。ダセー。」 「別に、平気だよ。これくらい。」 「嘘付け、さっき俺を幽霊だと思ってびびってたくせに!」 「なっ・・・」 ニヤニヤと笑う和也を睨んで僕は下を向いた。
僕はふと気づいて和也を見た。 「なんで此処に居るの?」 「俺?此処で寝てサボってたから。」 悪びれもなく言う和也に僕は呆れてしまった。
それからしばらく二人でしゃべっていたが、気づくと外は薄暗くなっていた。 「今日先生鍵締めにくるの遅いなぁ。」 「そうだな。」 和也は気にしてなさそうだったが、僕は心細くなっていた。 そして、すっかり冷え切った体をブルリと震わす。 それに気づいた和也が僕の方へ寄ってきて、後ろから僕を抱えこんだ。
驚いて僕は離れようとしたけれど和也は力を込めて僕を抱きしめた。 「な、何?」 「くっついてたほうが人肌で暖かいだろ?」 耳元でそう言われてぼくはゾクリとした。
でもこのとき気づくべきだったんだ。 変に冷たい和也の体と密着したはずの体から聞こえるのが僕一人だけの心音だったことに。
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